スカイライトの活躍によって、すっかり引き立て役に収まってしまったオフィクスは悩んでいた。
このまま彼女たちに花を持たせて撤退するのも悪くはないが、悪役としての見せ場がまだ足りない気もする。
――もう少しだけ暴れておくか。
少し悩んだ末にオフィクスがそう結論を出した矢先のことだった。
『今すぐそこから逃げて下さいッ!』
インカムから焦燥感に満ちたオペレーターの声が響いた。
突然の警告にオフィクスは眉をひそめたが、その理由はすぐに判明した。
空から降ってきたボロボロのレネゲイド。
「…………」
そして、アトラクションの上からこちらを見下ろすヒーロー『アストレア』。
「…………」
「……なんで、アストレアがここにいる?」
オフィクスは動揺を表情に出さないよう努めながら、インカム越しにオペレーターへ問いかけた。
任務の際、周辺に現れる可能性のあるヒーローの巡回予定や出勤状況は、事前にある程度把握しているはずだった。
もちろん、急な出動や予定の変更まですべて予測できるわけではない。
それでも、アストレアが現場に現れるなど想定外にも程がある。
『申し訳ありません。離れた別の現場で交戦していたため、こちらに向かっていることまでは把握できませんでした』
「いや、急な事態なら仕方ない。それより暫く集中するからインカムは切るぞ」
『はい、ご武運を……』
オフィクスは通信を切ると足元に倒れているブルーノへ一瞬だけ視線を向けた。
どうやら、あのレネゲイドを追いかけているうちにこちらの戦闘にまで合流してしまったらしい。
何故、彼がこっちまで来たのかは知らないが、オフィクスからすればいい迷惑だった。
ヒーローが乱入してくること自体は仕方ない。どれだけ注意しようと、イレギュラーというものは起こってしまう。
それ自体は別に構わない。
問題なのは、目の前にいる相手がよりにもよってアストレアだということだった。
「…………」
オフィクスは、思わず見惚れてしまいそうな銀髪を風に靡かせながら、こちらを冷徹に見下ろすアストレアに視線を向ける。
ヒーローランキング三位。
剣技と身体能力を極限まで高める異能を持ち、数多くの凶悪なレネゲイドを成敗してきたトップヒーロー。
そんな相手を前にして、いつものように適当に戦って負けるだけで済むとは思えない。
「こりゃ、本気で――」
刹那、オフィクスの視界に白刃が煌めいた。
「――ッ!」
全身に悪寒が走る。
反射的に錫杖を持ち上げ、身体の前に構えた。
その直後、ギィンッ! という甲高い金属音が響き渡る。
見れば、アストレアが引き抜いた軍刀とオフィクスの錫杖が激突していた。
「ほう? 私の一撃を防ぐか」
「……ッ」
――マジで見えなかったぞッ!?
感心した様子で呟くアストレアに対し、オフィクスは頬に冷や汗を流しながら内心で叫んだ。
「レネゲイドにしてはやるな」
「それはどう……もッ!」
「ッ!」
賞賛の言葉を口にするアストレアにそう言い返しながら、オフィクスはトンと足で地面を叩く。
瞬間、オフィクスの足元から眩い光と共にオロチが現れ、アストレアに喰らい付いた。
そのまま彼女の身体を宙へと持ち上げる。
『カッ!?』
しかし、数秒も経たないうちにオロチの身体に刃が走り、まるで微塵切りにでもされたかのようにバラバラになった。
オロチが消滅したことで自由になったアストレアは、大気を蹴ると勢いよくオフィクスへと襲い掛かる。
「フッ!」
「ちぃッ!」
風切り音を鳴らしながら迫る軍刀に、オフィクスは堪らず跳躍し、後方へと飛び退いた。
直後、爆音が響き渡る。
「わわッ!?」
「しっかりして下さい!」
軍刀が直撃したコンクリートが、まるでせんべいでも割るかのように砕け散った。
さらに、発生した衝撃波によって、後方にいたスカイライトも思わず体勢を崩しかける。
「無茶苦茶な奴めッ!」
「中々、骨のあるレネゲイドだな」
あまりの威力にオフィクスがドン引きする一方、アストレアは冷静に目の前のレネゲイドの評価を改め、軍刀を勢いよく横薙ぎに振るう。
「オロチ!」
その動作を視認したオフィクスの判断は早かった。
素早く足元にオロチを呼び出し、その頭部を思い切り蹴って高く飛び上がる。
「ッ!」
足元に視線を向ければ、先程まで自分がいた場所を斬撃が通過していた。
斬撃はオロチの身体を斬り裂き、そのまま後方のアトラクションすら真っ二つに切断していた。
「これはやべぇな」
このまま戦い続ければ死にかねない。
そう直感したオフィクスは、今回の任務のことは忘れ、この場からの逃走に全力を注ぐことを決めた。
「オロチ・群烈」
アトラクションの上に着地したオフィクスは、素早く異能を発動させる。
数十体ものオロチを一気に生み出し、そのすべてを眼下のアストレアへと放った。
「ふん」
ミサイルの如く向かってくる白蛇の群れを前にして、アストレアはつまらなそうな声を漏らしながら、静かに軍刀を鞘に収めた。
キン、と軍刀が鞘に納まる音が響く。
「なッ!?」
オフィクスの口から驚愕の声が漏れた。
視界に広がるのは、三枚下ろしにされたオロチたち。
その太刀筋すら碌に視認できなかったオフィクスは、アストレアの強さを実感しながら、さらなるオロチを召喚しようと試みる。
「煩わしいな」
「嘘だろッ!?」
しかし、その前にアストレアが凄まじい速度で肉薄してきた。
振り下ろされる軍刀。
オフィクスはその一撃を受け止めるため、異能の発動を中断せざるを得なくなる。
「ぐッ!」
受け止めた衝撃によって両腕が痺れ、さらに足場にしていたアトラクションが壊れ、崩壊していく。
――なんつー力だ!
軍刀を受け止めたことで身体が悲鳴を上げるのを感じながら、オフィクスはアストレアの膂力に戦慄する。
異能者は一般人と比べて身体能力が高くなる傾向にある。
けれど、だとしてもアストレアの力はあまりにも強過ぎる。桁外れと言っていいだろう。
「アンタ、ヒーローだろッ! 良いのか、こんな人が集まるレジャーパーク内で建物を壊しまくってッ!?」
「この辺りの人々が避難しているのは既に把握している。それに、このパークも残念ながら来月で取り壊しだ。ある程度は壊しても問題あるまい」
「よくご存じでッ!」
どうやら、状況はしっかりと把握しているらしい。
流石はトップヒーローだとオフィクスは感心しながら、未だ痺れの残っている腕に力を込める。
「ッ……らぁあああッ!!」
「むっ」
オフィクスは叫びながら、一瞬だけアストレアの軍刀を押し返した。
足場が崩れて不安定だったこともあり、彼女の体勢を崩すことに成功する。
「はぁああッ!」
「ッ!」
アストレアが体勢を立て直すまでの僅かな隙を見逃すことなく、オフィクスは素早く身体を捻り、彼女の脇腹へと蹴りを放った。
アストレアの細い身体がくの字に曲がり、衝撃によって勢いよく地面に衝突する。
「アストレアさんッ!」
離れた場所からレッドの声が聞こえる。
だが、オフィクスは心配する必要などないと、心の中で言い返した。
それこそ、レッドやブルーならばまだしも、相手はあのアストレアだ。
心配するだけ無駄だし、寧ろこの隙にさっさと逃げなければならない。
「……ッ!」
オフィクスはスカイライトたちに背を向け、その場から跳躍した。
そのまま閉鎖区域のアトラクションを次々と飛び移り、この場から逃走を図る。
だが——――。
「久しぶりに怪我をしたよ」
その言葉が聞こえた瞬間、オフィクスは目を見開いた。
アトラクションを蹴り、目の前の建物に着地しようとしていた彼の視界には、いつの間にか軍刀を構えたアストレアの姿が映っていた。
横一閃に放たれる斬撃。
オフィクスは咄嗟に錫杖を身体の前へと差し込み、直撃を避ける。
しかし、その力までは受け止めきれなかったオフィクスはそのまま施設の壁へと弾き飛ばされてしまった。
「良い反応速度だ。ここ最近退治したレネゲイドの中では一番強いな」
「クソッ、勘弁してくれよ……」
錫杖を支えにしながら立ち上がったオフィクスは、額から流れた血を拭いながら近付いてくるアストレアを視界に入れ、困ったように笑った。
そして、再び異能を発動させる。
*****
「凄い……」
オフィクスとアストレアの戦闘を目に焼き付けていたレッドは、思わずそんな声を漏らした。
圧倒。
彼女の視界で繰り広げられる戦闘は、まさにその一言に尽きた。
幾度となくオフィクスに向けて振るわれる軍刀。
その一撃一撃がオロチを容易く斬り裂き、さらに、その余波によって周囲の地面や建物まで破壊されている。
「……これ、大丈夫?」
「少なくとも、パーク内の人々の避難が完了したという連絡は少し前に来ています。問題ないはずです。建物の方は…………ちょっと分かりません」
派手に崩壊していくアトラクションや建物に不安を抱くレッドに、ブルーはそう答えた。
一応、この場所は閉鎖区域で、元々解体する予定だったため、ある程度壊れる分には問題ないだろう。
だが、果たしてこの壊れ方は、ある程度に入るのだろうか。
「……まぁ、仮にもトップヒーローです。そこら辺は考えて行動しているでしょう」
「そ、そっか。そうだよね」
ブルーの言葉にレッドは頷き、改めて視線を前に向ける。
自分たちとは比べものにならないほどのスピードとパワーで、オフィクスに攻撃を仕掛けるアストレア。
対するオフィクスは防戦一方だった。
生み出した蛇を壁にして斬撃の軌道を逸らし、放たれる刃を錫杖で受け止め、時には身体を捻って攻撃を躱し、反撃を繰り出す。
その姿は、これまでレッドが知っていたオフィクスの戦い方とは明らかに違っていた。
いつもなら、どこか余裕を感じさせる態度で戦い、最後には決まって捨て台詞を吐きながら撤退していく。
しかし、今のオフィクスにはそんな余裕などないようだった。
目の前の強敵の攻撃から生き延びるため、持てる力のすべてを使っているように見えた。
そして、何より――。
「私たちと戦ってた時よりも全然強い」
「…………ええ」
恐らく自分たちでは反応すらできないであろうアストレアの斬撃を、紙一重で躱し続けるオフィクス。
彼の動きも、自分たちと戦っていた時とは比較にならないほど速く、力強かった。
「やはり本気じゃなかったようですね」
「けど、ならどうして…………」
――今まで本気で戦わなかったのだろうか。