「オロチ・猛襲」
『『『シャァァアアアッ!!』』』
地面を砕きながら現れた三体のオロチが咆哮を上げながらアストレアへと襲い掛かる。
「くどいな」
対するアストレアは柄に手を添えながらそう呟くと勢いよく抜刀。
たちまち迫ってきたオロチの首と胴体は分離して宙を舞う。
『ガァァアア!!』
「むっ」
襲ってきたオロチを纏めて薙いだアストレアが軍刀を鞘へと納める中、そのタイミングを狙ったように地中から現れた更に一体のオロチが襲い掛かる。
「納刀のタイミングを狙ったか」
そう呟きながら素早く後退したアストレアはオロチが先程まで自身がいた地面を砕きながら潜っていく姿を見送り、再び抜刀。
前方にいるオフィクスに向かって斬撃を放った。
「うおッ!?」
大気を斬り裂きながら飛来する斬撃を錫杖をもって受け止めたオフィクスはその衝撃によって後方に弾き飛ばされる。
「アカン、死ぬ……」
くるりと宙で一回転しながら地面に着地したオフィクスは息を切らしながら思わず弱音を吐く。
本気で頑張っているのに一向にアストレアから逃げられる気配が無い。
「つーか、何だあの強さは? 化物か?」
思わず愚痴が漏れる。
先ほどから何度も距離を取ろうとしているのだが、その度にアストレアは追い付いてくる。
オロチを使って足止めを試みても、彼女は一太刀で切り伏せる。瓦礫を蹴り飛ばして進路を塞いでも、剣の一振りでまとめて吹き飛ばされる。
挙げ句の果てには、こちらが逃げる方向を先読みして回り込んでくる始末だ。
流石にデタラメが過ぎる。
————『セブン・オーダー』とは絶対に戦うなって言う訳だな。
オフィクスはかつて上司から言われた警告を思い出す。
セブン・オーダー。
ヒーローランキング上位七名にヒーロー協会から与えられる特別な称号であり、彼らはヒーローの象徴として人々から称えられている。
故にその実力は通常のヒーローとは一線を画すと言われており、オフィクスがレネゲイドとして契約した時も彼らとの戦闘だけは避けるようにと厳命されていた。
「完全に侮ってたな……」
かつてランキング十位のヒーローと戦った経験があるオフィクスは、セブン・オーダーが相手でも逃げに徹すればどうにかなると思っていた。
しかし、こうして実際に闘うといかに自分がセブン・オーダーというヒーローを甘く見ていたかを実感させられる。
「逃走は諦めたのか?」
「ッ!」
聞こえてくる声にオフィクスは反射的に錫杖を薙ぐ。
「軽いな」
「くそッ」
錫杖はアストレアに片手で止められ、オフィクスが思わず舌打ちを漏らす中、もう片方の腕が持つ軍刀が至近距離で振るわれる。
地面に鋭い斬痕が刻まれ、衝撃によって周囲の瓦礫が吹き飛んでいく。
「……咄嗟に武器を手放して剣を回避したか」
「回避しきれてねぇよ……」
血が付いた軍刀を見つめながらそう呟くアストレアに対してオフィクスは離れた場所で血が滲んでいる肩を抑えながら呟く。
我ながら素早い判断をしたつもりだったが、それでもアストレアの軍刀を完璧に回避するには至らず、肩に浅くない傷を負ってしまった。
「その程度の怪我、直撃には含まれん」
「嘘だろ、これで回避した扱いなの?」
「ああ、誇っていいぞ」
「…………」
————誇るにしてはあまりにも肩が痛いんだが……。
拍手でもしそうな勢いでそう言うアストレアにオフィクスはズキズキと肩が痛むのを感じながら黙り込む。
「…………まぁ、お前が誇ろうとなかろうとどちらでも私は構わないが」
————え、もしかして拗ねてる?
どことなくムスッとした様子のアストレアにオフィクスが戦慄を覚えていると彼女は手にしていた錫杖を足元に放り投げた。
カランカランと乾いた音を鳴らしながら地面に転がった錫杖は次の瞬間、アストレアによって真ん中から踏み砕かれてしまう。
「これでお前の武器は消えたわけだが、まだ抵抗するか?」
「………」
———降参してぇぇぇ。
アストレアの問いにオフィクスは思わず内心でそう叫ぶ。
今すぐ両手を上げてもう無理、参りましたと言いたい気持ちに駆られる。
———けど、それすると終わりだからなぁ。
オフィクスは降参した後のことを考ながら内心で呟く。
レネゲイドとしての活動はあくまで仕事だ。
だが、そんな事情は捕まったところで何の言い訳にもならない。
契約上、会社が助けてくれることはない。
会社は一切関与していないという立場を貫き、オフィクスは自分の意思で犯罪を繰り返していたレネゲイドとして裁かれることになる。
それは最初から分かっていたことだ。
自分がやっていることが、許される行為ではないことくらい理解している。
だから捕まったときに自分がどうなるかについては、今さら文句を言うつもりもなかった。
けれど……。
楓まで巻き込むことだけは、避けたかった。
兄が犯罪者だと知られれば、楓まで周囲から好奇の目を向けられるかもしれない。
自分のせいで楓の人生に余計な傷をつける。
それだけは、どうしても避けたかった。
「……はぁ、面倒な契約だ」
オフィクスは自嘲気味に呟く。
自分で選んだ仕事だ。文句を言う資格なんてない。
それでも、ここで捕まるわけにはいかなかった。
「降参はしない」
『シャアアアアアッ!!』
その返答と共に数体のオロチが姿を現し、咆哮を上げながらその赤い瞳でアストレアを睨み付ける。
「悪いが、最後まで抵抗させてしまう」
アストレアはそんなオロチたちの視線を浴びながら軍刀を鞘に収めると僅かに目を細めた。
「……そうか。ならば制圧させて貰う」
「……来いよ」
その言葉と共に腰を落とし、柄に手を掛けながら構えを取るアストレアに対してオフィクスも挑発の言葉を漏すと腰を落とす。
場に生まれる一瞬の静寂。
そして、斬光が瞬いた。
「フッ!!」
「ッ!」
咄嗟に伏せたオフィクスが横を見れば軍刀を振り抜いたアストレアと粒子となって消滅していくオロチの姿が視界に入る。
「その足、もら———ッ!」
アストレアは伏せるオフィクスに対して素早く軍刀を振り下ろそうとして直後、身体を何かに拘束される。
「油断大敵だ」
「足元から……!」
アストレアは足元のコンクリートを裂きながら現れて身体に巻き付くオロチに苛立ちが込められた声を漏らす。
———いつの間に。
疑問が浮かんだのは一瞬だった。
先程、オロチを呼び出した際にあらかじめ地中へ潜ませていたのだ。
こちらが斬り掛かる瞬間を狙い、足元から拘束するために。
「誘導したな」
「生憎、こっちは武器も壊されてるんでね!」
叫びながらオフィクスはその場から駆け出す。
拘束したとはいえ、どうにかできる相手では無い。
オフィクスの狙いは一貫して逃走だ。
「だが、この程度で私を拘束など……ッ!」
アストレアは巻き付くオロチの胴体を掴むとそのまま無理矢理、引き剥がす。
『カァッ!?』
「パワーあり過ぎだろッ! このゴリラ女ッ!!」
「失礼な奴め」
勢いよくオロチを宙に放り投げたアストレアは軍刀を構えるとその背を貫かんと駆け出す。
しかし、放たれたアストレアの突きは、直前で反転したオフィクスが自らの腕を刃に突き刺すことで止められてしまう
「……度胸があるな」
「ッ、ぐ……オロチ・天剛」
軍刀によって赤く染まる手。
けれどオフィクスは痛みなど感じていないかのような様子で異能を発動させる。
「……ッ!」
二人の身体を巨大な影が覆う。
アストレアが見上げると太陽をその巨大で覆い隠し、こちらをその赤い瞳で見下ろすオロチの姿が視界に入った。
『ガァァアアッ!!』
「……どうやら、武器を失っても異能は問題なく使えるようだな」
「そりゃあな。錫杖はあくまで補助だ。これが無くなったくらいで、俺のオロチが使えなくなるわけじゃねえよ」
「それは興味深い」
「なら、その身で味わってみろ」
オフィクスはそう呟きながらアストレアの腕をガッシリと掴む。
『グォオオオオッ!!』
サイレンのような咆哮と共にオロチがその巨体をしならせると二人に向かって尾が勢いよく振り下ろされる。
「死なば諸共、だ」
「先程も言ったが……」
ニヤリと笑いながら自分ごとアストレアを潰そうとするオフィクスに彼女は静かに告げる。
「この程度で私を拘束はできない」
アストレアは足に力を込めるとオフィクスの腕を振り払い、思いっきり軍刀を手の平から引き抜く。
鮮血が舞う中、尻尾の範囲から離脱したアストレアは軍刀に付着した血を払いながらオフィクスに視線を向ける。
「……ッ!」
アストレアの視界に映るオフィクスの口角の上がった口元。
その笑みの意味を理解する前に轟音を響かせながらオフィクスの姿はオロチの尾によって消える。
大地を揺らす轟音と共に土煙が巻き上がり、アストレアの視界が不明瞭になる。
「何を……ッ!」
オフィクスの狙いが読めず、アストレアが思考を回す中、振り下ろされたオロチの尾が壁の如く彼女へと迫ってくる。
「チッ!」
アストレアは舌打ちを漏らしながら尾の一撃を軍刀で受け止め、そのまま思いっきり振り上げる。
オロチの尾が勢いよく空に跳ね上がる中、アストレアはその白い鱗に覆われた巨体を駆け上がるとこちらを見下ろす頭に目掛けて軍刀を振るう。
「ふッ!!」
軍刀が閃く。
次の瞬間、オロチの頭部に深々と斬撃が刻まれ、存在を維持できなくなった巨体は白い粒子となって崩れ始めた。
同時に身体の上に立っていたアストレアは足場を失い、地面へと着地する。
「…………」
アストレアは静かに周囲を見渡すが、姿はおろか、オフィクスの気配さえ感じることができなかった。
「……やはり、逃げられたか」
数秒してその事実を受け入れたアストレアは、オフィクスが潰されたはずの場所へと視線を向けた。
しかし、そこには血痕ひとつ残っていない。
「なるほどな」
代わりに目に入ったのは、人ひとりが潜り込めそうなほどの穴だった。
恐らく、これは『オロチ・猛襲』の際にアストレアが斬らずに躱したオロチによって作られたものだろう。
あの時、地中へ潜っていったオロチはそのまま地面を堀り進みながら逃走経路を確保していたのだ。
「……してやられたな」
巨大なオロチの尾が地面を叩きつけた轟音と巻き上がる土煙。その隙にオフィクスはこの穴へと逃げ込んだのだ。
自分が潰されたように見せかけるため、敢えて相打ちを狙ったように振る舞って。
「……終始、狙いは逃走か」
アストレアは小さく息を吐いた。
最後まで抵抗を続けたオフィクスが、あの瞬間だけは相打ちを狙っている。
そう思い込んでしまった。
その時点で自分は彼の策にはまっていたのだろう。
「セブン・オーダーの名が泣いているな、これは……」
実力では明らかに自分が上だった。
それでも最後の最後で逃げ切られてしまった。
アストレアは自らの判断を省みながら軍刀を鞘へと納めた。
「次は逃さんぞ」
そう呟きながらアストレアは踵を返すと後方にいるスカイライトの下へと歩き出した。
*****
「し、死ぬ……」
東都レジャーランドの外縁。
オロチに掘らせた穴を通り、どうにかここまで逃げ延びたオフィクスは地面に転がりながら息を吐いた。
「も、もしもし……」
『オフィクスさんッ! 無事ですか!?』
「ああ、何とかな」
インカムをオンにしたオフィクスは途端に聞こえてくるオペレーターの大声に顔を顰めながら言葉を返す。
「とりあえず、逃げることには成功したんだが、もう身体が動かん。悪いが、回収に来てくれ」
『わ、分かりました! すぐに手配します!』
するとインカム越しに聞こえてくるワーワーという騒ぎ声に耳を傾けながらオフィクスは変身を解除する。
仮面と和装の戦闘服が消え、次の瞬間にはオフィクスは私服の風見善斗へと変貌した。
一応、これで誰かに見つかってもパッと見はただの行き倒れの一般人に見える筈だ。
「…………どうかバレませんように」
オフィクスこと善斗は祈りながら目を瞑るとそのまま数秒後には意識を失うのだった。
良ければ高評価とお気に入りをよろしくお願いします!