「お兄ちゃん、本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ」
病室のベッドに横たわる善斗は傍らの椅子に座った楓に微笑みながら頷いた。
「けど、手に穴が空いてたんだよ?」
「治療でしっかり塞がったろ? 本当に大丈夫だから。ちょっと仕事先でレネゲイドとヒーローの戦いに巻き込まれただけだよ」
「…………」
そう言って楓を宥めようとするものの、本人はムスッとした表情を浮かべたまま、納得していない様子だった。
そんな楓に善斗は困ったような笑みを浮かべる。
アストレアとの戦闘後、意識を失った善斗は会社の回収班によって回収され、そのまま病院へと運び込まれた。
全身打撲に肩の深い斬り傷。加えて右手は剣が貫通するという重傷を負い、そのまま入院することになったのだ。
———まぁ、セブン・オーダーとやり合ってこの程度で済んだならマシな方か。
腕や足を斬り飛ばしかねない勢いで軍刀を振るっていたアストレアの姿を思い返し、善斗は内心で呟く。
レネゲイドにとって、セブン・オーダーとの遭遇は基本的に終わりを意味する。
今回は一般人の避難が完了していたため、アストレアも周囲への被害を気にせず全力で戦うことができた。
加えてレネゲイドの中でもA級以上に認定された者は『特別指定異能犯罪者』として通常の逮捕手順にこだわらず、状況次第では生死を問わない制圧が認められている。
そのことを考えると今回の戦いに生き残れたことは本当に運が良かったと言えるだろう。
———マジで逃げ切れて良かったぁ。
「ちょっと、お兄ちゃん聞いてるッ!?」
アストレアから逃げ切れた幸運を噛み締めていた善斗は、聞こえてきた怒声で我に返ると、怒りの表情を浮かべた楓の姿が視界に入る。
「あ、うん。何だっけ?」
「だから! 仕事を頑張るのは良いけど、あんまり無理はしないでって!」
「ああ、もちろん。分かって————」
「分かってないよッ! お兄ちゃんまでいなくなったら、私……」
会話の途中でその瞳に涙を溜めながら俯く楓を見た善斗は、そこでようやく自分がどれだけ彼女を心配させていたかを実感する。
「ごめん、悪かった」
善斗は謝りながら楓に手を伸ばすと、その小さな頭を撫でる。
「次からはちゃんと怪我しないように気を付けるよ、約束する」
「……ん」
そう告げながら安心させるように暫く頭を撫で続けていると、楓はようやく顔を上げてくれた。
目元に涙の痕を残しながらもその口元は弧を描いており、そんな楓の顔を見て善斗は静かに安堵の息を漏らす。
「約束だよ」
「分かったよ」
楓が差し出してきた左手の小指に自分の左手の小指を絡ませながら、指切りげんまんを行う。
————いや、これ守れるのか?
通常業務をしている時はともかく、レネゲイドとして活動をしている以上、ヒーローとの戦闘は必須になる。
しかもヒーローとの戦いでは、そのほとんどで敗北しなければならない以上、どうしても攻撃を受ける必要がある。
————やっぱ無理じゃね?
涙を流す楓を宥めたくて咄嗟に約束なんて言ってしまったが、やはりどう考えても怪我をしないなんて不可能だ。
「あの、楓————」
「指切った! えへへ、破ったら針千本だからね?」
「…………はい」
兄が約束を破ることなど欠片も疑っていないはにかんだ笑みを浮かべる楓の姿を見た善斗は、出掛けた言葉を呑み込み、愛想笑いを浮かべながら頷く。
とてもじゃないが、今更やっぱり約束守れないかもと言える雰囲気では無かった。
————どうすっか。なんか新しいスーツでも作って貰うか?
善斗ができるだけ怪我を抑える方法に頭を悩ませていると、突然、病室の扉が開いた。
「善斗さんッ! こんにちは! お見舞いに来たよッ!!」
「朱音、病室に入る前にノックはして下さい。それから大声も出さないで……」
視線を向けると、元気よく挨拶する朱音に続いて、頭を押さえながら葵が病室へと入ってきた。
「二人とも、わざわざ来てくれたのか」
「うん、学校終わってから直行で来たよ!」
朱音の言葉を聞いた善斗が今更ながら二人の姿に視線を向けると、紺色を基調とした制服を着ていた。
「大怪我をしたと聞いて心配してましたが、思ったよりも元気そうで良かったです」
「葵、心ここにあらずって感じだったよね~。授業中、先生に当てられても答えられなかったし」
善斗の様子を見て安堵した様子でそう呟く葵に対して、朱音はニヤリと笑いながら親友の学校での様子を口にする。
「なッ! 朱音ッ!?」
「まぁ、私も凄い心配してたけど、本当に無事で良かったよ」
顔を赤くしながら抗議の声を上げる葵を無視して、朱音は善斗にそう声を掛ける。
「ああ、心配してくれてありがとう」
いつも通り元気いっぱいといった様子の二人に苦笑を浮かべながら感謝の言葉を口にしていた善斗は、そこでふと、先程から楓が一言も喋っていないことに気付いた。
「……楓?」
「お、お兄ちゃん、どういうこと?」
善斗が顔を向けると、困惑している妹の視線が突き刺さった。
————絶対に変な誤解されてる。
「お兄ちゃん、この可愛い子たちは誰? 高校生みたいだけど、どうしてお兄ちゃんと知り合いなの?」
「ああ、この子たちは————」
俺の担当するヒーローなんだと続けようとして、善斗の口が止まる。
考えてみれば、彼女たちがヒーローであると明かす訳にはいかない。けれど、彼女たちがヒーローであることを明かさなければ関係を説明することはできない。
一体、どうすればいいんだ?
「ま、まさかと思うけど、うら若き女の子を誑かしてパパ活とかそういうのしている訳じゃないよね?」
「違うッ! そうじゃないッ!」
楓の言葉に反射的に叫ぶ。
言葉を詰まらせてしまったことで後ろめたいことがあると思われたのか、とんでもない誤解をされている。
「……善斗さん、そちらの方は?」
楓と言い合いをしていると葵が困惑気味に善斗へ声を掛けた。
「あ、ああ、この子は俺の妹の楓だ」
「えっ?」
葵の丁寧な挨拶に、楓は目を丸くした。
「……お世話?」
「うん! 善斗さんには、いつも色々と相談に乗ってもらってるんだ!」
朱音が屈託のない笑顔でそう続ける。
「相談……?」
楓の視線が、ゆっくりと善斗へ向けられた。
「お兄ちゃん……?」
「いや、だから、違うんだって……!」
善斗の必死の弁解が、病室に響き渡った。
*****
「えっ、ヒーローッ!?」
「ああ、二人は現役のヒーローとして活動しているんだ」
驚く楓に善斗は頷く。
あの後、二人からヒーロー名を伏せることを条件にヒーローとして活動していることを明かすことを許して貰えた。
———本当に助かった。
妹からの侮蔑の視線が消えたことに安堵しながら善斗は息を吐く。
「凄いねッ! 私と同い年なのにヒーローとしても活動してるなんて!」
「アハハッ! 大袈裟だって! そんな立派なヒーローでも無いし!」
「ええ、朱音の言う通りです。そんな大層なことはしていませんよ」
キラキラと瞳を輝かせる楓に対して朱音と葵は苦笑を浮かべながら謙遜の言葉を漏らす。
「それでも凄いよ! 私も昔はヒーローに憧れてたし、それこそお兄ちゃんだってねぇ?」
「余計なことは言わないで良い」
「えっ、善斗さんもヒーローに憧れてたの?」
ニヤッと揶揄うような笑みを浮かべながらそう呟く楓を善斗が煩わしく思っていると朱音が驚いた表情を浮かべた。
朱音は一度として善斗がヒーローに憧れていたなんて話を聞いたことがなかった。
「あれ、聞いてないの? 一応、お兄ちゃんは元々、ヒーローを目指してたんだよ」
「それじゃ、善斗さんって異能者だったんですか?」
楓の話を聞いた葵は朱音同様に驚いた様子を見せながらそう尋ねる。
「ううん、違うよ。けど、当時のお兄ちゃんはヒーローになろうとしてトライデント社の異能力の獲得プロジェクトに参加したり、色々と大変だったんだよ」
「おいッ! 楓ッ!」
「あっ」
再び余計なことを口にする楓を善斗は叱責するように声を上げて止めようとするが、既に手遅れだった。
「異能力の獲得プロジェクト……?」
朱音が首を傾げながら呟く姿を見て善斗はため息を漏らし、そんな兄の姿を見ながら楓は手を合わせるのだった。