パパは異世界ATM   作:taniko

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第103話 浮遊

 

「……すみません、少々見張りの者に説明して参りますね。こちらに向かってきておりますので」

 

 魔導盤と魔導線とやらについても聞きたかったのだが、男性の視線の先を見ると、見張りの衛兵がこちらに歩いてきているのが見えた。ライチがもたもたと従者席に乗る様子を見て、不審に思ったのかもしれない。

 

「どうぞどうぞ」

 

 なにせこちらは、好きに見ていいという領主様のお墨付きだ。

 ライチは衛兵のことは気にせず、操縦桿を観察した。

 

「これが“魔導線”、かな?」

 

 なんとなく、耳で聞いた知らない単語でも、漢字が頭に思い浮かぶのは、神様翻訳のおかげだろう。

 

 操縦桿の幅五ミリほどの溝に、金色のものが埋まっており、それが操縦桿の左右と、中央を繋いでいる。

 

「そんでこれが、“魔導盤”」

 

 直径一センチほどの金の円が操縦桿の左右に。そして、中央に直径三センチほどの金の円がある。どうもこれが魔導盤で、ここに触れて魔力を流すようだ。

 

 辿っていくと、金色のラインが棒を伝って車体まで続いている。

 

(飛車の金ラインは、豪華に見せるための装飾かと思ったけど、この線が魔石まで魔力を届ける、導線になっているのか)

 

 実に興味深い。電力が見つかっていない世界で、機械工学が発展しているのだ。

 

(風の魔石なら、車体の下から風が出て浮く……と。

 それなら、火の魔石だと、魔導盤に魔力を流したら、魔石から火が出る……ってことかな?)

 

 水の魔石と合わせたら、すぐにでも先ほど空想していた、“中庭の池、露天風呂計画”も叶いそうだ。非常に夢がある。

 

 

 操縦桿を握りながら思いを馳せる。

 

「真ん中の金色の円を押さえて〜。魔力をどうにかして込めれば……これで、ふわ〜っと、浮くのか〜。左右に動かしながら浮上させたい時は、どうやって持つんだ? こうかな? こんな感じ?

 ……いいなぁ、子ども達を乗せてやりたいなぁ」

 

 魔力はなくても、ハンドルを持たせるだけでも、特に三歳男児のレントは大喜びするだろう。

 

 空飛ぶ乗り物に触れて喜ぶ我が子の笑顔を想像して、ライチの胸が熱くなった、その時――

 

 

 

 

「――は? えっ? あれっ?」

 

 

 

 手を添えている金の円盤が光り、足場のおぼつかない、ふわふわとした感覚が、ライチの三半規管を驚かせた。

 

(嘘だろ?)

 

 

 

「うぃ、ぅ、ういてる、浮いてる浮いてるっ!」

 

 

 

 浮いている。

 

(おれって酔っ払ってたっけ? いや酔ってないない、なんで浮いた? 誰が浮かせてる?)

 

 手元を見る。

 どう見ても今ライチの触れている中央の魔導盤が光っている。

 

「おれっ?! 俺が浮かしてんの?!」

 

 慌てて、貼り付いたようになってしまっていた右手を、円盤から外す。

 

 光がフッと消え、ゆっくりと飛車は降下した。

 

 文字通り地に足がつく感覚に、ホッとする。

 どうやら浮いたと言っても、高さにして、わずか五センチほどだったようだ。

 

(誰かの魔力が残ってたとか? 実は俺が魔力持ちとか? いやいや、最初に触ったときは何ともなかったぞ?)

 

 これはもう一度試してみるしかない。

 

 ライチは操縦桿中央の魔導盤に触れた。

 

「…………何も起きないぞ」

 

 初めと同じく、無反応である。

 

「……誰かの魔力が残ってたとかかな」

 

 ギルドカードの話では、魔力の電池化みたいなこともできるようだし。

 

 なぁんだ。と肩を撫で下ろす。

 

 ハンドルを握るだけどころか、魔力のない子どもたちが飛ぶことも、この様子なら可能なのかもしれない。

 

(あんまり高くまで飛ぶと親として怖いけど、気球みたいに紐をつけとくとかで……。いいね。

 きっと喜ぶだろうなぁ。……レントは結構ビビりだったし、怖がるかもだな)

 

 幼児用ブランコですら大泣きだったレント。

 

 ふふっ、と思い出して笑った瞬間。

 

 

 

「はえっ??!」

 

 

 

 浮いた。

 

 また浮いた。

 

 今度はすぐに手を離したので、ほんの少し浮いただけで、即座に着陸した。

 

(…………俺だ。やっぱり、俺が飛ばしてる)

 

 普通に触れても飛ばせられないが、子どもを思って温かい気持ちが胸に溢れると、勝手に飛んだ。

 

 溢れた気持ちが流れ出て、魔力のようなものになっているのかもしれない。

 

(って、それ、父性エネルギーやないか〜い!)

 

 “魔力と神聖力は、神から授けられし創造の力である父性エネルギーにより代替が可能です”、とは、クラフトスキルさんのお言葉だ。

 

 それに対し、アルフィアーナが、“父性エネルギーが魔力や神聖力の代わりになるなら、荒地が緑地になったり、大きな魔道具が動いたり、聖道具で強大なモンスターを倒せたりするかも……” みたいなことを言っていたが、まさにそのうちの一つが、現実になったということだ。

 

(荒地にスーパーバクテリアくんみたいに、父性エネルギーを撒いたら、大量生産の糸口が掴めたりするかな〜……とかは思ってたけど、まさかこんなストレートに魔力代わりになって、魔道具が使えるとは思ってなかった!!)

 

 これはとんでもない発見だ。

 

(なんだ。俺……飛車、飛ばせるんじゃん)

 

 ということは……飛車、いや、自分の父性ならば、“飛家”とか、“飛列車”とか、どデカいものも浮かせられたら、とんでもない勢いで、物とか人を運んだりとかできるのではないだろうか。

 

(名案!と思ったけど、そういや、魔石とか、魔道具づくりとかって、平民でもどうにかなるものなのか?)

 

 お貴族様の専売特許っぽい気がする。

 プルデリオに聞けばわかるのだろうか。彼も平民なのだが。

 

(……う〜〜ん……。飛車、欲しいなぁ。飛列車、最高だよなぁ……。

 あっ!! アルフィアーナさんがいるじゃないか! さっそく相談しに行ってみよう!!)

 

 昨日の今日で、いきなりアドバイザーの出番到来だ。さっそく屋敷で着替えたらすぐに会いに行こう。

 ライチは、そう心に決めた。

 

 

「――お客様、お待たせいたしました。……何か良き発見はございましたでしょうか」

 

 

 使用人の男性が戻ってきて、ライチに尋ねてきた。

 

(やばっ。完全に忘れてた)

 

 ライチは急にバクバクと忙しなく動き始めた鼓動を感じながら、緊張の面持ちで男性を見た。

 

 男性はとても嬉しそうに微笑んでいる。ライチの思案げな雰囲気から、見学から何らかの着想を得たことが伝わったようだ。

 

 どうやらこのほがらかな様子では、浮いたのが少しだったおかげで、ライチが魔力のようなものを持っているとは分からなかったようだ。

 

 ライチは、ほっっっ……と、大きく胸を撫で下ろした。

 

 ライチが魔力持ち(父性持ち)だとバレてしまうと、魔力持ちとして登録して、貴族や市民のために魔力を捧げて暮らさないといけなくなるはずだ。

 

 それはそれでいい暮らしなのかもしれないが、今は折角のスキルを活かして、あれこれ制限をされず、自由に大規模クラフトに取り組みたい。

 

(俺にはATMパパとして、突然消えてしまった代わりに、せめて家族に巨万の富を仕送りするという使命があるんだ……!)

 

 粉ミルクに、布オムツ、甘味シート、ポリエ糸、グミバッグ、スーパーバクテリアくんも見届けたいし、フォークの他にも石鹸や傘、馬車など、改良やクラフトをしたいものはたくさんある。

 

「……おかげさまで着想を得た気がします。案内してくださって、ありがとうございました」

 

 これ以上余計なことをしでかす前に、急いで飛車から降りて、ライチは使用人の男性に頭を下げた。

 

 少し白髪交じりの、目尻の下がった男性で、薄い青色のお仕着せのチュニックがよく似合う、優しい顔つきをしている。

 

「ようございました。では、戻りましょう。ちょうど良い頃合いかと存じます」

 

 ライチは四方の衛兵たちの目も気にしながら、何事もなかったように発着場を後にした。

 

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