パパは異世界ATM   作:taniko

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第107話 荒地へ

 

(――あ!さっきは富裕層街の方から来たから気づかなかったけど、下町の悪臭が、ほぼなくなってる!!)

 

 孤児院の方の南出入口から下町に出たところで、ライチは、自分の鼻が諦めていない現状に気づいた。

 

 あれこれと考えることが多くて忘れていたが、郊外村に依頼して丸二日が経とうとしている。宣言通りなら、そろそろ街中への塗布を終えている頃だ。

 

 異臭は、するとすぐに分かるが、しないことには意識を向けないと、なかなか分からないものである。

 

(よしよし。当の本人ですら『あれ、そういえば臭いがなくない?』って感じだから、意識もしていない人たちは、特に違和感も抱いてないだろ)

 

 このままナチュラルに生活に溶け込ませてもらって、衛生的に暮らしてほしいものである。

 

(フロステ草が可憐だから、前の、便とか生ゴミがころころと転がっていた排水溝にはもう見えなくなってるな)

 

 ライチはニコニコと街を見回りながら、荒地に行くついでに、郊外村へ向かうことにした。

 

 

 

---

 

 

 

「ライチ!」

 

 ペサが駆け寄ってくる。

 

 数々の差し入れでかなり血色が良くなり、元気に浄化作業に勤しんでいたようだ。

 

 村ごと衛生環境が向上して、ボロボロだが清潔な村になってくると、見え方も変わってくる。痩せてドロドロのゴワゴワではあるものの、ペサはかなり美形な子だったんだなと気付かされた。

 

「スーパーくんを塗るのが、もう面白くって!臭いものがどんどんなくなっていくんだもの!ふふっ。うんちがまた出たときに『うわっ、くさっ!』って改めて驚いちゃったりしてね。こんなに臭いものに囲まれてたんだって、びーっくり!」

 

「それはよかった。村がずいぶん綺麗になったね。浄化隊長さん、本当にありがとう」

 

 ペサが嬉しそうに話す様子を聞きつけ、ラボル村長も作業の手を止めて、ライチの元へやって来た。

 

「ライチさん。報酬ももらいすぎているのに、我々の生活も改善してもらって……。変わってみて初めて、かなり暮らしにくい環境だったことに気付かされたよ」

 

 ラボルがぺこりと頭を下げる。

 

「ひとまず城壁の中はもうすぐ塗り終えられそうだ。まさか郊外村の下水の川に、花が並んでいる日が来るなんて……」

 

 二人で村を眺める。子ども達が、綺麗になった小川のそばで笑っている。

 

「お疲れ様でした。何かもし誰かに聞かれたら、『とある人に作業内容は依頼されたけど、これが何なのかは分からないし、その人のことは話せない』と、俺の名前が出ないように返してもらえると、あとあと揉めなくて助かります」

 

(何を塗ってるか本人たちも分かってないんだから、多分トラブルはないよな)

 

 変にライチの名前だけが一人歩きしなければ、問題はないはず。

 

「汚物を肥やしにしない街が他領にもあるなら、是非広めたいものなんですけど……なかなかすぐ導入は難しいと思うので、おいおいで」

 

「了解だ。街に守ってもらえない俺らが、唯一支えにしてるのがこの村のやつらだ。身内は必ず大事にする」

 

 その“身内”に、ライチも入っているのだと伝えてくれる眼差しが、嬉しい。

 

「ところで、荒地が広く見える場所って、西門とオスティアを繋ぐ街道だけですか? ちょっと、荒地を見ながら……考えたいことがあって」

 

「荒地を? 肥溜め池から南の海の方を見たら、隣の領地まで、荒地がなだらかに見下ろせるぞ」

 

 ラボルが小川の下流を指しながら教えてくれる。

 

「肥溜め池の、さらに奥ですね。ありがとうございます」

 

 肥溜め池は体感で徒歩十五分くらいだったはずだ。近い。ライチはさっそく行ってみることにした。

 

「このジョーカ隊長が、肥溜め池の見回りのついでに、荒地まで連れて行ってあげましょう」

 

 歩きはじめたライチに、ペサがにこにことしながらついてくる。

 

(ふふ。まぁクラフトポンとかでなければ、サーチは見られても問題ないな)

 

 二十分ほどの道中は、ペサが大興奮で“差し入れの食べ物の話”をし続けた。たまにスーパーバクテリアくんのエピソードも。

 

 嬉しそうに紅潮した頬がとても可愛らしい。

 

 もし荒地で大量生産の目処が立ったら、是非その生産の手伝いをしてもらって、稼ぎで毎日たらふく食べて欲しいものである。

 

 

 

---

 

 

 

「ほら、肥溜め池……というか、今はキラキラ池、を越えたら、なぁ〜んにもないでしょ」

 

 確かに、肥溜め周りの草が茂っているオアシスを通り過ぎると、何もない荒地が見渡す限り広がっているだけだった。地面は乾き、ところどころがヒビ割れている。木も少なく、枯れかけた低木がぽつぽつと生えている程度だ。

 

 

「面積は十分なんだよな。森を切り拓くより、ここに魔力を注いでもらうのが一番良さそうなんだけど、それを指示してこないってことは、オスティアや森に魔力を送るので、もうカツカツなんだろうな」

 

 ライチの独り言に、ペサが「何が?」と首を傾げている。

 

 

 さて。まずここで確かめたいことは、

 

 一、父性エネルギーを魔力のようにばらまいてみる。

 

 二、魔力がなくても作物が育つ土地をクラフトできないかサーチする。

 

 この二つだ。

 

(スーパーバクテリアくんのときも、肥溜め池に丸ごと父性エネルギーを込めてクラフトできたし、対象物に遠隔で父性エネルギーを送るのは、なんか普通にできちゃいそうなんだよなぁ)

 

 自分のスキルにワクワクする。ずっとやってみたかったことだ。うまくいくといいのだが。

 

「ペサちゃん。後ろを向いて、耳をふさいで、『あー!』と言って聞こえないようにして待っててくれないかな。俺がいいよって肩を叩くまでずっと。ちょっと……内緒の実験をしたいんだ」

 

 ペサは怪訝な顔ではあるものの、快く言った通りにしてくれた。

 

「あ〜〜〜」

 

 子どもらしく飽きてしまう前に、すぐに実験を開始する。

 

 

(この荒地を緑地に変えられれば、たくさんの子ども達の笑顔に繋がるんだ。

 ――よし!父性充分!荒地よ、父性エネルギーで、緑地に、なれ〜!)

 

 

 ――…………

 

 

 ライチの心の中の呪文は、乾いた風に流されていく。

 

 

(ふむ。これは無理か。……いや待て!飛車の時みたいに、ちゃんと手を触れてないと駄目、とか?)

 

 

 今度は地面に両手をついて同じことをやってみる。

 

 

(緑地に、なれ〜!)

 

 

 ――ひゅうぅ〜…………

 

 

 変化なし。風が耳の横を通り抜ける音だけが聞こえる。 

 

(……………うん。まぁ……そう、うまくは……ね。いかないよねぇ)

 

 手の砂を払いながら思わずペサを見た。

 

「あ〜〜〜〜」

 

 律儀に約束を守ってくれているようで、こちらの恥ずかし行為には気付いていないようだ。

 

(スーパーバクテリアくんのときは、神様スキルのクラフトだったから遠隔で父性エネルギーを注げたんだけど、“土地の緑化”となると、どうも勝手が違うみたいだな)

 

 “緑化”は父性クラフト認定ではなく、“魔力を届ける”というカテゴリーのようだ。

 

 飛車の時は、ちゃんと魔導盤に触れていた。

 父性エネルギーが勝手に流れたのも、その後だ。

 

(触れてないのに飛んだわけじゃないもんなぁ)

 

「まぁそうか……。魔石や魔導線に触れなくても魔力を流せるなら、貴族さんたちも必死に魔導具で乗っ取りエネルギーを発散させてないよな」

 

 魔力持ちは、魔力を放出し続けなければならない。そうしなければ、やがて命を落とす。放出口である魔石も、導線である魔導線も必要になる。

 空中へ勝手に放出できるなら、そんな苦労は最初から存在しない。

 

(父性エネルギーも同じだったかぁぁ)

 

 荒地へ向かって、

 父性どーん!

 草ぼーん!

 ……なんてことができれば楽だったのに。

 

「そこまでのチートじゃなかったか……」

 

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