パパは異世界ATM   作:taniko

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第109話 神の花

 

「……まぁ、そう都合よく何度も会えない、かぁ」

 

 あまり頻回だと怪しまれるのではと、『自分は育児用品を製作している最中だ。最初に寄付した育児用品について、現場の声を聞きたい』という名目で、いつもアルフィアーナを呼び出してもらっている。

 今回は「現在はお話を伺えない時間です」と、話しかけた修道女に断らられてしまった。祈りやお清めなどの作業中なのだろうか。

 

(逆に、いつも何かしらの手を止めて相談に乗ってくれているんだよな……。申し訳ない)

 

 ライチは今、村の皆と一緒に宴会の買い物を終えてきたところだ。

 

 卵にハムにソーセージ!鶏肉、チーズ、ヨーグルト、野菜、酒、ハチミツ、果物、ナッツ!

 甘味シートは全て売ってしまったので、宴会には使えないが、スピネラ村での宴会を参考に、わりと充実感のある内容で買い物をすることができた気がする。計六万円ほど。家族への仕送りが第一なので、村全員がお腹いっぱいになるほどは買えなかったが、それでも皆、何度も頭を下げて喜んでくれた。

 

(最近、大口で買い物をしすぎて、いろんな人に顔を覚えられてる気がする)

 

 苦笑しながら、大喜びで荷物運びチームが村へ帰るのを見送って、ライチは一人、大聖堂を訪れていた。

 

(今日は諦めるか)

 

 今日は折角念願の街の美化が終わった日だ。

 領主からの圧は気になるが、達成感に浸りながら街を散策させてもらおう。

 

 

 

---

 

 

 

 街の排水溝には、水色のフロステ草が可憐に咲き並び、つい数日前まで汚物や生ゴミが転がっていた場所とは思えないほど美しい。

 

 ちらほらと溝に落ちたままになっている生ゴミを、犬がはぐはぐと食べている。犬の食べ物は溶けずに残るようだ。さすが、“神の意志”。

 

(人体にも犬体にも安全……だよな)

 

 それ、食べていいの? お腹痛くならない? とどうしても一瞬考えてしまうが、いくら食べても問題なし、だろう。

 

(――本当に変わったなぁ)

 

 自然と頬が緩む。

 

「聖職者の方たちがやってくださったのかしら」

 

 そんな声が聞こえてきて、立ち止まる。

 

 上水橋の水で洗濯している井戸端会議の人たちを見つけたので、ついつい寄っていって、誰かを待っている風を装って、耳を大きくして話を聞いてしまう。

 

「あっ、例の、“神の花”?」

「そうよ。お隣さんが言ってたの」

「私も聞いたわ。大聖堂の方から段々広がっていったのよ」

「夜にはほんのり光ってて綺麗らしいわ」

「お隣さんってあの噂好きの?」

「あら、光るなんていいわね。今夜窓から見てみようかしら」

「そうそう噂好きのあの子よ!あちこちその話でもちきりだって」

「なんか、溝に捨てた汚いものが、一瞬で“神の花”に浄化されたって」

「そんなわけないって!」「ほんとに?」「えー!」

「ほんとほんと!落とし物は無事らしいわよ。うんちと野菜くずは消えたって、試した人が言ってた」

「神様が街を綺麗にしてくれてるのかしらね」

「子どもが危なくないか、試してみなきゃね」

「うちの子、犬の糞で小遣い稼ぎをしてるのに、大丈夫かしら」

「それがさ、聞いてよ。家の前に生ゴミを撒いとくと、犬が集まって、糞も手に入るでしょ?」

「うん」「骨まで食べると、白い高級うんちを出すよね」「それ、皮なめしのとこが大喜びするやつね」

「そうそう、それよ。でも、神の花のとこの溝に落ちた生ゴミが……なんと……」

「なになに」「どうなったのよ」

「犬の餌になりそうな物は残って、“こりゃ犬も食べないか〜”って腐ってるものだけ、溶けてなくなったらしいのよ……!」

「ははは!」「それは嘘」「絶対ウソだ」「盛りすぎ」

「今度やってみなって!しかも、人間のうんちは溶けて浄化されるのに、犬の糞が下水溝に落ちても、ちゃんと残るらしいんだから」

「あははは」「神の花、ご意思持ってる説」「もういいから、面白すぎ」

 

 きゃぴきゃぴとしたものすごい勢いの会話だった。盗み聞きを終えたライチは、その場を何気なく離れながら、聞こえてきたワードを咀嚼した。

 

(思惑通り、おおむね“神の花”なんて呼ばれて、ありがたがられてたよな。成功成功!)

 

 小さくガッツポーズをする。

 

 犬の糞がどうこうと聞こえたが、ネガティブな雰囲気の話ではなかった気がするので、一安心である。

 

 それから、あちこちを歩き回って確認してみた。

 

(――うんっ!!臭くない!生ゴミもうんk……も、コロコロしてない!)

 

 これは、ちょっと……我ながらものすごいことを成し遂げてしまったのではないだろうか。

 

(俺、すごくない? 誰か、褒めてくれてもいいよ?)

 

 脳内で誰か褒めてくれそうな人を探して――ついつい、家族の、顔が浮かべてしまう。

 

(やっぱ……節目は、家族に労ってもらってナンボだよな)

 

 「ライチ!やるじゃん!家も、それくらい頑張って美化してよね〜」

 「へぇ〜。パパってちょっとスゴイんだね」

 「パパ、かっこいい〜!」

 「あうあうあ〜」

 

 イマジナリー家族に褒められた気がして、ライチはニヤリと笑った。

 

「だろ? もっともっとも〜っと、君たちのパパとして恥じないように、頑張るから、な……」

 

 笑って答えたはずだが、最後の言葉は絞られていった。

 

(恥じないも何も、抱っこしてやることもできない父親なの……に……〜〜とかいうの、なしなし!!

 俺が寂しがってて、振り込みできんのか? 家族にうまい飯食わせられんのか? おん?)

 

 哀愁に飲み込まれそうな自分を叱咤する。

 

(泣いてて金が稼げるなら、いくらでも泣くっての)

 

 そう思って早足で歩きながら首を振っていたライチの鼻を、とんでもない悪臭が爆撃してきた。

 

「おぁッ!!(くさっ!!くっっさ!!)」

 

 大きな声では言えないと、かなり頑張って悲鳴を飲み込んだ。

 気がつくと、悪臭通り……工房エリアの南の端にたどり着いていた。

 

 街の悪臭がほぼなくなってくると、慣れてない状態でここの激臭を喰らうことになり、鼻へのダメージが物理的にも凄い。

 

 ここにもちゃんと、フロステ草は並んでいる。スーパーバクテリアくんもキラキラと光っている。しかし、以前、フェラドに案内された時のままの悪臭がそのまま残っていた。

 

(……だよな。皮なめし工房とか染色工房は、“臭いのするもので加工している”訳だから、分解の対象にもならないし、分解しちゃったらダメだし)

 

 工房を外から見る限り、バクテリアの分解のせいで仕事に支障が出た!なんて騒ぎにはなってなさそうなので、そこは安心したが、悪臭の解決はやはり難しいようだ。

 

(わざわざ犬の糞を待ち構えて、持ち込んでるもんな)

 

 先程の会話でも聞こえたように、オスティアほどではないが、カステリナにもちらほら野犬がいて、ヒトと同じように自由に糞を落としている。

 

 犬の糞は皮なめしに必要な素材らしく、道端に転がっているのを見つけては、街の子どもたちがせっせと運んでお小遣い稼ぎにしているのだ。

 

「あっ!うんこが出てくるぞ〜」「俺が先に見つけたぞ!」「ぼくだよ!」

 

 まさに今、目の前で犬がぷるぷると踏ん張っているそばから、幼稚園くらいの子ども達が、まだ出ていない糞を取り合っている。

 

「三、二、一!」

 

 輪の真ん中に小石を落として誰が取るかを決めているようだ。

 

「いえ〜い!結構肉を食べてる良いうんこゲット!」「いいな〜」「あとちょっとでパンが食えるじゃん」

 

 勝った子が、糞を手で拾ってすぐに皮なめし工房へ消えていった。

 

(肉とか骨の糞は高いんだな)

 

 骨を食べて白っぽい糞だと高い、と先程の井戸端会議でも聞こえた気がする。

 日本では絶対に飼い主のマナーとして持ち帰るルールだった犬の糞に、一体どんな力があるのだろうか。

 

「肉とか骨を消化してる酵素とかが入ってるのかなぁ」

 

 『骨まで食べてても糞では溶けてるし、薄めて動物の皮を漬けといたら、なんかいい感じに消化パワーで柔らかくなるんじゃない〜?』みたいなスタートで、犬の糞を使うようになった、とか、そんな感じだろう、多分。

 

 なんにせよ、糞は糞だ。悪臭には間違いない。

 

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