「そうですね……。寛大にも準備の時間をいただきましたので、緊張を押し潰す勢いで練習して、自信を持ってライチ様のレシピを提供したいと思います」
「いいですね!その意気です!酵母液ができるのに八日、さらに厳選と試作で三日はかかりますもんね」
落ち着いてきたらしいサピダンが、自信を持って頷く。
「はい。三日前にレシピをうかがってから、すでに手に入れられるありとあらゆる果実で、酵母液を作っているところです」
「うんうん!四から五日後くらいにまた泡の出方を見たりしましょ!サピダンさんなら大丈夫ですよ!自信を持ってください」
ライチの謎の励ましでも、サピダンの顔色は良くなり始めた。
「ライチ様がついていてくだされば百人力です!ありがとうございます。よろしくお願いします」
「はい!領主様がビックリするようなもっといいレシピがないか、ちょっと思い出してみますね!」
それに気を良くして、ライチはまたポロっと余計なひと言を言ってしまった。
「領主様がビックリなさる、ですと……?!」
サピダンの目が輝く。
(あ、しまった)
「ぜひっ!ぜひ!お早めにご教授ください!できれば、今すぐにでも!」
揺さぶられるような勢いで詰め寄られ、領主用レシピを一晩考える、という約束で、なんとか業務にお戻りいただくこととなった。
(また、領主対策、か……)
領主の圧がぐいぐいライチにのしかかる。こんな、いち行商人の考えた製品や料理に縋らないといけないくらい、領主としての地盤が緩い人なのだろうか。
「考えてもしょうがないな。レシピを考えて、湯浴みして、夕食にして、送金!だ!」
ライチはベッドで胡座をかいて、思案しはじめた。
---
(よしよし。ジャガイモとトマトとスパイス無しにしては、いいメニューになっただろ。冷蔵冷凍庫の魔道具がどんな感じのものなのか、謎だけど)
お子様メニューによく登場する、ジャガイモとトマトがここにないのは痛恨だが、なかなかに美味しそうな献立が組めたと思う。
夕食に呼ばれるギリギリまで、うんうんと頭を捻って必死に考えたメニューだ。明日のレッスンはこれでいかせてもらおう。
「――あっ、朝ぶりです、プルデリオさん。……なんというか……お疲れ様です」
食事部屋へ案内されると、プルデリオがすでにお誕生日席に座っていた。
うんうんと眉間にしわを寄せて、かなり頭を悩ませている様子だ。思わず、サラリーマン的な挨拶をしてしまう。
「ライチ君。朝は配慮が足らず、気を揉ませてしまったな。君が、貴族への礼儀作法も知らないかもしれないということをすっかり失念していた」
許可無しで領主に話しかけて、あやうく首と胴体が泣き別れるところだったことを言っているのだろう。
「あ〜、いやいや、突然の呼び出しでしたし、俺が自分からあらかじめ聞かなかったのが悪いんで、気にしないでください」
領主に会いに行っているのに、作法のことまで考え及ばず、のほほんと城観光をしていたのだ。自業自得だ。
「……その……大量生産の方はめどは立ちそうなのだろうか。何か、手伝える事があるなら、すぐにでも言ってほしい」
これはプルデリオにしては珍しい物言いである。歯切れも悪く、目線も流れがちだ。さすがに鈍感なライチでもピンときた。
「……もしかして、領主様に何か指示されました?」
図星。と、分かりやすく表情を固めて、動きが止まった。
「指示、ではないが……。隠せとも言われていないな。
可能な限り力になるようにとご指示も受けたし、」
「……し?」
プルデリオの目が、可哀想な者を見る目に変わる。
「“ああいうヤツは、飼うとすぐ死ぬ。好きなように泳がせよ”」
「え?」
突然の物言いに、思考が止まる。意味は分かるが、その言いっぷりにだ。
「城で飼って、情報だけ出せと言っても、余計に話さなくなる性質だろうし、弱点を握れば嘘まで流しそうな反骨精神。怯えているように見えて、決して敬っているわけではない目。これを作れと命令すれば、やる気なく個性の死んだものを出してきそうな――そういう者に見えたそうだ」
誰のこと……とは、聞くまでもなく。
「はぁ……。的を射てますね。ズドンと真ん中を」
「だろう。好きに放している方が、面白いものを取ってくる、猫のようなものだと言われていたぞ。やりたいようにやらせつつ……手綱は、お前が握っておけと、ご命令を受けた」
(え〜!!年下なのに、お目付け役になってる!なんかごめんなさい!)
「手綱……持てますかね」
わりと自由にしちゃってるし、これからもノンブレーキな感があるのだが。
「持てている風を装うしかない」
「それだ」
二人の気持ちは、駄目な方向にピタリと重なった。
「そのことで悩んでいたんですか? 俺の手綱のことで。……あっ、それかレシピのことですか? サピダンさんが悩んでた」
プルデリオが首を振る。
「いや、悩んでいたのは別件のご命令だ」
「おお……手綱とレシピ以外に、さらに上乗せですか……大変ですね」
自分で言うのも非常にシュールだが、気にせず会話を進める。領主に気に入られると、大変そうだ。
「――ライチさん。今朝は大変でしたわね。よくぞ無事にお帰りで」
会話の途中に、アルジーナが入室してきた。
プルプルデリオから『聞いてよぉ〜。今日こんなことがあったんだよぉ〜』という嘆きを全て聞いたのか、表情からすると、すでに話は通っているように見える。
(俺とアルフィアーナさんの構図と似てるな)
正確には、ロボえもんと、のびのび太郎くんに、だが。
「五回くらい、もうダメかと思いましたよ」
ライチの言葉に、優雅に椅子に腰掛けたアルジーナの目が光った。
「本 当 に。聞いてるだけで立っていられなくなりそうでしたわ」
目が怖い。
(旦那さんを危険に晒してごめんなさい!)
ライチの肝が冷えるのと同時に、食事と飲み物が出てきた。
滞在も五日ほどになってくると、サピダン達の作る薄めワインを飲むだけで、ホッとするようになってきている。
「――プルさん。眉間のシワ。
……一人で悩んでもしょうがないって。服飾組合や、職人達とも話していけばいいんだからさ」
珍しくアルジーナが、素のモードでプルデリオに話しかける。眉尻が下がっていて、心配しているのが伝わってくる。
「あぁ、すまない。……すぐにでも動かないと間に合わないとなると、つい考えてしまってな」
「具体的には何に困ってるんですか? 微力ながら何か力になれるかも……」
「君は大量生産の方で忙しいだろう。俺はそれを後押しせねば……」
歯切れの悪い物言いに、アルジーナが呆れたように肩をすくめる。
「もう、プルさん。言ってみるだけタダでしょう?」
プルデリオは一つ息を吐き、ようやく観念したように口を開いた。
「……そう、だな。
実は、王国諸侯会議までに、領主様の衣装を仕立てよと命じられた」
「服……? 王国諸侯会議?」
聞き慣れない言葉に、ライチが首を傾げる。
「あと四日ほどで新月。その次の新月の少し前に、『太陽の歩みが最も長く留まる日』が来るんだよ」
アルジーナが指を折って見せながら、説明を続ける。
「その日の十日後に王国諸侯会議が開かれる。王族のもとへ各領主が集まる、大事な集会さ。そこで領主様がお召しになる衣装を……これから、プルさんが仕上げなきゃならないんだよ」
(太陽の歩みが最も長く留まる日――つまり夏至か!)
ライチは服の話よりも先に、その言葉へ反応してしまった。
(この世界も、太陽で暦を読んでるんだ!)
転移してから、ずっと日付の感覚だけが曖昧だった。
(転移した日は満月だった。そのあと野営中にも一回満月を見たよな。
夏至は六月二十日ごろだから、そのひと月前くらいなら……今は五月二十日過ぎか。
……ってことは、俺が転移したのは四月十日ごろ……かな?)
カレンダーがない生活に、ずーっとモヤモヤしていたのだ。我流の概算ではあるが、日付が分かって、ライチはかなりスッキリした。