「……領主様からは、『ポリエクロスが最も輝く形で仕立てよ』とのご命令だ」
プルデリオが、険しい顔で続けた。
「良い案が浮かばず、頭を抱えている」
その言葉に、ふわふわとカレンダーの方に飛んで行きかけていた意識を、服の会話へと戻す。
(また無茶振りしてるなぁ……)
さすが貴族。命令が豪快である。
「ライチさん……いえ、ライチ様」
アルジーナが身を乗り出した。
「新しい布、新しい調味料、新しい料理……様々な新しいものをご存じの貴方でしたら、衣装についても、何かお知恵をお持ちではありませんか?」
(服かぁ……)
しかも、領主の衣装となれば女性物だ。
「まぁ、うちの嫁の結婚式の衣装を一緒に選んだり、我が子にいろんな服を着せたりはしてたんで……ほんと多少なら。無きにしもあらz」
「ほら、プルさん!やっぱり!お知恵貸してくれるって!ありがとう、ライチさん!」
(いや、貸すとはまだ言ってないけど)
話の飛躍に、ライチは苦笑する。
「もし領主様にご満足いただける案があるのなら、ぜひ力を貸してほしい」
プルデリオが頭を下げる。
「本来ならば、君の手を借りてしまっていては、“手綱を握れ”、というご命令に反してしまうのだが……。……おそらく領主様も、そこまで見越して私に任せたのだろう」
「……確かに。あの人――じゃなくて、あの方、なら、そこまで考えてそうですね」
ライチは深く頷いて同意した。
「キセラを貸し出すので、使って欲しい。明日の夕食には、少しでも案を出してもらえると、非常に助かる」
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夫妻から、キセラと呼ばれる小黒板のような蝋のメモパッドを借りて、衣装案を考えておくことになった。
蝋の小黒板は、オスティア商人組合で見たものだ。木札を金属ペンで押して凹ませるより、書いた跡が見えやすいし、均せば書き直せるので非常に便利だ。
(さーてさーて。考えることがいっぱいになってきたぞ)
明日の朝にはサピダンにレシピ講座。
そして大聖堂でアルフィアーナに魔力講座をお願いする。
夕食には、王族にドヤ顔できる衣装案提示、と。
自分用の客室のベッドで胡座をかきながら、キセラに整理していく。
(いかん……頭が回らなくなってきた)
朝から極度の緊張に晒され、あちこち頭を使いまくって、疲労困憊だ。
(今考えてもしょうがない……今日は寝るか)
と、ランプの火を消して、横になって目を閉じ――
「あっ!!!送金!!!」
ガバリと起き上がる。一番大切な予定を思い出した。
「ふっふっふっ!残高……八一八〇七五六グラルゥゥ!」
ギルドカードの残高を見ただけで、一気にアドレナリンが噴出する。テンション爆アゲだ。
「スキル:ATM起動!」
《スキル:ATM 起動します》
『送金先は 「家族」 ですね』
『ギルドカード を 読み取り機に かざしてください』
『続いて 送金金額を 入力してください』
(五、〇、万、G……ドヤ! “完了”!)
『ご送金先は リノ ですね』
『よろしければ 送金 を押してください』
「五百万円!送〜〜金っ!」
『送金が 完了しました』
『またのお取引を お待ちしております』
送金はあっという間に終わった。目の前にあった光の板が消え、家族との細い繋がりが目視できなくなる。
“家族”、“リノ”。この日本語を、この目で見られるだけでも、五百万円の価値がある。
「前回、百万円。今、五百万円。たった四日で六百万円だ。これはかなり驚いているだろうな〜」
ふっふっふ……と一人で笑いながら布団に再度潜り込みかけて――
「あれっ。四日で六百万円って……それ、税務署とか、銀行口座とか、なんなら警察とか……大丈夫なのか?」
ただのサラリーマンだったライチは、全く高額受け取りについては詳しくない。だが、
『あのネェ、ひと月の受け取りが百万円超えてくると、ちょっと手間なのォ。銀行から確認の電話が掛かってきたりィ、税務署に目をつけられたり、警察に要注意で連絡がいったりするのよォ。ちゃんと理由を答えられないと、口座凍結とか、ガサ入れとか、ネェ。ワタシはぜぇんぶ申告してるホワイトちゃんだけどォ〜』
とは、飛行機で一緒に立ち飲みした美女談だ。(勿論やましいことは何もない。他にも周りに人はいたし、美女は誰かの奢りのファーストクラスから抜け出してきていただけだし、深夜のセリフドリンクコーナーはいろんな人の雑談が行き交ってたし、一番安い航路を選んだらドバイ経由になっただけで自分は貧乏旅行だったし、これは言い訳ではないし)
「口座凍結とか、ガサ入れとか、シャレにならないけど……ATMさんよ、その辺大丈夫なのか?」
ATMスキルが謎に説明好きで饒舌なのは履修済みだ。思惑通り、すぐに脳内に返事が来た。
《スキル:ATM が発動します》
《スキルについての疑念のみ 解消します》
「きたきた」
《スキル名:ATM での 送金に 神以外の存在が 違和感を持つことは 不可能です》
「おぉ、よかった。……って、なんだ、その、“神以外”って。それを言うなら、リノもいくら送っても違和感を持たないってことか?」
《スキルの説明を 終了します》
(むきぃぃ〜〜〜!!!)
「もう!ちょっと!家族の事を教えてくれても!いいんじゃないですかねぇ!スキルさんよぉ!」
拳をわなわなと揺らして衝動に耐える。
(く〜〜!!…………ふぅ。まぁ、いいか。警察に追われたりしないなら安心だ。
遠慮せず、億とか送ってやろ。オクだけに)
モヤモヤをダジャレでやりすごして、ライチは今度こそ布団に潜り込んだ。
さすがに疲れていたようで、カッカしていた頭も、すぐにふかふか布団にほぐされ、あっという間に意識は眠りへと落ちていった。
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翌朝。
「う〜ん。グラキ領主には、あんまりもっこりしたのは似合わなさそう。マーメイドな感じがいいかなぁ。一枚布なら、サリーみたいな着方もありだけど、一枚布を巻きつける着方は、ちょっと古代ローマっぽくなるよな。やっぱりボディラインに合わせて裁断して、縫うのが最新っぽいかな。ポリエクロスって軽くて皺にならないから、重めの衣装より、軽い方がいいよな」
朝食前に必死でグラキ領主の衣装を考える。
「軽め……。そうか、夏至の少し後なら……」
ポリエクロスの新しい可能性を思いついた。
(これでプルデリオさんに提案してみよう)
硬い表情のプルデリオ夫婦と朝食を済ませたライチは、夕食で衣装の話をする約束をして退室した。
すぐに大聖堂へ向かいたい気持ちをこらえ、厨房へ向かう。
「おはようございます、サピダンさん」
「おはようございます、ライチ様!」
昨日よりは幾分顔色が良くなったものの、領主への献上料理という重責により、こちらも、まだどこか緊張した面持ちだ。
「今日は約束通り、領主様にお渡しするレシピの研究ですね」
「はい!どうぞよろしくお願いいたします!」
厨房では、昨日部屋で考えた献立を、一つずつ説明しながら、材料の切り方や火加減、工程を伝えていく。
サピダンは真剣な眼差しでメモに書き留め、料理人達に実際に調理させながら確認していった。
「なるほど……この工程が大切なのですね」
「そうですね、ここは踏ん張りどころですね」
「承知いたしました」
時間はあっという間に過ぎ、気付けば昼も近くなっていた。
「では今日はここまでにしましょう。またいいメニューを思いついたらお伝えします。何度か再現してみて、分からないところがあったらまた聞いてください」
「ありがとうございます!必ず領主様にご満足いただけるよう、練習を重ねます!」
深々と頭を下げる料理長を見送り、ライチは次の目的地へ向かった。