言われてみれば、圧力の方に気を取られてちゃんと内容を咀嚼していなかったが、貴族側から『なんでも用意するよ?』と言ってきてくれるのは、ものすごく好待遇な気がしてきた。
「土の魔道具とか、どうですかね!あとは魔導線をもらうとか!そしたら自力で地中に埋めちゃえるかも」
ライチの思いつきをしばらく受け止めて考え、アルフィアーナはその白く滑らかな眉間を少し寄せて、険しい顔になった。
「飛車ですら、借りられるかどうか怪しいですわ。一旦、飛車だけにしてみませんか? いきなりたくさんを要求すると、怪しまれて飛車すら貸し出されなくなるかもしれませんし。それに、例え魔導線を地中に埋められたとして、本当に父性が魔力と同じように働いて、魔導鉱ができて、土地の命の力として機能するかは……正直五分五分ですわ」
「た、確かに!」
おっしゃる通りである。なんと頼もしいアドバイザーだろう。さすが王様のお嫁さんを目指していただけある。なんならもう全てを丸ごと任せたいくらいだ。
「飛車を貸して欲しいって、え〜と、なんだっけ、ルキ……ルキディウス、さんに、返事を書きます!」
「そうですわね。筆記具を取ってきますわ」
鐘楼からサッといなくなったアルフィアーナが、すぐに戻ってきて細い金属ペンを差し出してくれた。
ライチは木札を裏返し、ゴリ……ゴリ……と力いっぱい返事を書き始めた。
(硬っ……!)
柔らかい木なので頑張れば跡は付くものの、かなりの筆圧が必要だ。慣れていないライチは、数文字で親指の付け根がつってしまう。
右手の先をブンブンと振りながら、なんとか書き上げた。
『ルキディウス様
昨日はお時間をいただき、ありがとうございました。
また、物資についてのお心配りを賜り、誠にありがとうございます。
生産体制を整えるにあたり、物流面についても多角的に確認したいと考えております。
つきましては、城の飛車を一台お借りできませんでしょうか。
乗り手につきましては、魔力組合で手配する予定です。
ご検討のほど、よろしくお願いいたします。
ライチ』
「……よし」
「よしっ、ではありませんわ。貴族宛の書き方には全くなっていないではないですか」
すかさずアルフィアーナからツッコミが入った。横でずっと見ていたのに、ここまで書き上げてから言うなんて、なかなかいい性格をしている。
(リーマン風に書きすぎたか?)
「……首が飛びそうな感じに、失礼だったりします?」
こわごわと確認するライチに、アルフィアーナは首を振った。
「失礼ではありませんわ。内容は伝わりますし、このままで問題はないかと思います。下町らしくもなく、富裕層らしくもなく、どことなく歪に仕上がってはいますが」
(いびつ!)
リーマン文化は、中世西洋貴族には歪。今日の新しい学びだ。神様翻訳が悪さをしている可能性だって、まだ残されているし。
お墨付きをもらって安心したライチは、いそいそと木札を戻し、バインダーを閉じる。
「…………」
――ふよっ ふよっ
「……あれ?」
風信は帰らない。ライチの上で浮いたままだ。
「何これ……ずっと付いてくるのか?」
鐘の下をうろうろと動いても、付いてくる。なぜだ。ルキディウスの所に帰るのではないのか。
子ガモを連れた親ガモのようなライチの様子に、アルフィアーナが小さく吹き出した。
「ふふっ。……送り返すには、再度ギルドカードを当てるのですわ」
「おお、なるほど。開くときと、“帰っていいよ”と閉じるときの、両方にギルドカードがいるんですね」
ライチが言われるままに噛んだギルドカードを当てると、風信は、待ってましたとばかりにふわりと向きを変え、鐘楼を飛び出して飛んでいった。
「便利だなぁ……」
ガラケー時代のメールの送信感覚に似ている。どこにいても電波に乗せて手紙を送れる、あの感覚。こちらでは、手書きが飛んでいくアナログファンタジーなのだが。
「城から送信された物が返る場合は、基本的に本人の近くへ返るので、タイムラグが小さいのですわ。
逆にこちらから送る場合は、城の受信室へ全て届くので、検閲などを通して、やりとりには結構な時間がかかりますの。
今回の返事は、すぐに来るかもしれませんわね」
なんて話していると、本当に五分も経たないうちに、再び風信が戻ってきた。
「本当に来た!」
(うわぁ、飛車、借りられるかな?!)
ほとんどダメ元だ。借りられたらラッキー!
前回よりさらになぐり書きの様な急ぎで書いた字の木札には、
『魔力持ちを雇って城まで取りに来れば、気の済むまで飛車を貸し付けよう。
この証を魔道具管理所と魔力組合へ提出するように。
宰相 ルキディウス』
のような内容が書かれていた。
確かに、バインダーには、木の許可証が二枚入っている。
「仕事が早すぎる……」
思わず呟くと、アルフィアーナが苦笑した。
「これは……優しさというより、『必ず成功しろ』という圧力のように感じられますわね……」
「ですよねぇ……」
ライチは乾いた笑いを漏らした。
魔力持ちと、飛車まで貸してもらえるとなれば、もう後戻りはできない。
ライチは急ぎ、木札の裏に、受け取った旨とお礼を書いて、返送した。
二枚の許可証を服の中に大事にしまい込む。
「魔力組合と、魔道具管理所に行かなきゃ!……アルフィアーナさん、ご一緒に、」
一瞬だけ期待して顔を見る。彼女の白が、ライチの視界を埋める。
アルフィアーナは、静かに首を横へ振った。
「申し訳ありません。修道女は大聖堂の外へは出られませんので……」
「で、ですよね……」
見る気はなかったのに、額の黒い魔石が目に入ってしまい、それとなく目を逸らした。
王妃を目指していたような人が、一生を修道院で過ごすとは、どのような気持ちなのだろうか。歴史的には聞いたことのある話だが、ライチには想像もできない。
「……魔力組合は貴族街に入ってすぐにあります。門番に許可証を見せれば、あとは自動的に進むかと思います。その後は、そこで雇った魔力持ちに案内してもらって、城の魔道具屋……魔道具管理所に行くとよいと思いますわ」
アルフィアーナは心配そうに、ライチの動きを提案してくれた。
「“貴方に、神の光が降り注ぎますように”」
アルフィアーナが祈ってくれた別れの挨拶に、世界はキラキラと輝くが、ライチの心は不安でいっぱいだ。
(めっ、めっちゃくちゃ、心細い……)
アルフィアーナ無しに、魔力系のことをこなすなんて。
……しかし、ライチにはどうにもならないことを嘆いている暇はない。比喩ではなく、首がかかっているのだ。
(まずは飛車を借りて、魔道具が使えるか確認!そのあたりを上手く手がかりにして、大量生産を叶えるぞ!)
ライチは足早に大聖堂をあとにした。
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貴族街に向かうならば、まずは身支度を整えてもらわねば。
ライチはプルデリオの屋敷へ戻って事情を説明し、着替えなどをお願いしていた。
『一人で貴族街へ向かうのはさすがに心細いので、誰か慣れた人に付いてきてもらえないか……』と恥をしのんで使用人に相談をしていると。
「では、私がお供いたしましょう」
そう名乗り出たのは、たまたま屋敷にいた、老執事フィデリスだった。
「フィデリスさ〜ん!!た、助かります!」
「今朝のレシピ代をお支払いに来たところで、お役に立ててよかったです」
(あ!領主様用に考えたレシピ代!ラッキー!)
なんと心強い申し出だろう。フィデリスがいるならば安泰だ。
「どうぞよろしくお願いします」
「ちょうどこの後、貴族街に用事がありましたので、お気になさらず」
にこりと上品に微笑むフィデリスが頼もしい。
準備を終えた二人は、お金のやりとりを終え、城へ向けて歩き出した。