二人は通用門を抜け、貴族街へ足を踏み入れた。
(昨日入ったばかりで、また今日も入ることになるとは……)
どのエンカウントがバッドエンドフラグなのかが分からないので、できればもう今後一生、貴族街には入らないでおきたいのだが。
「魔力組合は、あちらでございます」
門を抜けてすぐ。フィデリスが示した先には、大きな石造りの建物があった。
「昨日もチラッと見えた施設だ。魔力組合だったんですね」
「はい。魔力持ちの平民が所属しておりますので、下町と行き来しやすい場所に建てられております」
ライチは施設をじっと見た。
まず目に入るのは、敷地をぐるりと囲む灰色の石壁だ。 大人の背丈ほどの高さに分厚く積み上げられている。塀の内側には、黒っぽい石造りの建物がいくつか見えている。
正面には、太い木材を鉄帯で補強した、両開きの門扉。
門の左右には、鎖かたびらに金属のベストを着けた騎士が二人、槍を持ったまま微動だにせず立っている。
(“魔力持ちはほぼ貴族”、みたいに言ってたもんな。ちゃんと守られているんだな)
フィデリスの後を追って緊張しながら近付くと、門番の一人が槍を少し前へ傾けた。額に赤い魔石が光っている。
「止まれ」
低い声が響く。
「許可証を」
「えっと……こちらを」
フィデリスに微笑みと共に頷かれ、ライチはアルフィアーナに言われた通り、門番に許可証を差し出した。
門番は手は出さずに、許可証を覗き込む。
「……宰相閣下のご許可か」
門番の纏う空気が少しだけ変わった。
「少々お待ちを」
門番二人のうちの一人が、門の内側の職員に声をかける。
すぐに、なよなよとした職員が出てきた。濃紺のローブ。額には緑色の魔石が光っている。
「こんにちは。許可証を拝見しますね」
ライチから許可証を受け取り、裏表を確かめる。
さらに、市民登録の時に見たものに似た石板へ触れさせると、木札の文字が一瞬だけ淡く光った。
「はい。確認しました。次は本人確認ですね」
石板のスマホのホームボタンのような位置にある球体に、ギルドカードを当てて、認証するようだ。
(市民登録のときにやったやった)
「はいはい。間違いなく“ライチ”さん、ですね。そちらの方は許可証、ありますか?」
フィデリスがゆったりと首を振る。
「私はこちらまでのご案内になります。念のため、ライチ様の御用が終わるまで、門外で待機させていただいてもよろしいでしょうか」
職員と門番の許可を得たフィデリスと、一旦別れることになった。
(許可証がないと、付き人も入れないのか……! ルキさ〜ん、誰かと通れるように許可を出してくれたらよかったのに〜)
すぐに許可をくれただけ、門前まで付いてきてもらっただけ、終わるまで待ってもらえるだけ、全て本当にありがたいのだが、それよりも未知の場所へ一人で足を踏み入れることへの抵抗が勝る。
(城よりマシ!城よりマシ!)
城と違って、相手は宰相でも領主でもなく平民だ。魔法の練習だ☆と、ファイアボールとかが急に飛んでくるような危険な世界でもなさそうだし、心を落ち着けよう。
「いってきます」
フィデリスに言葉をかけて、前を向いた。職員が出てきた、門扉の横の狭い通用門に案内される。
「魔力組合は初めてですか? 僕以外はどこかぶっ飛んだ変な人ばっかりなんで、そんな緊張しなくても大丈夫ですよ」
ライチの固さを見て、職員が笑いながら話しかけてきた。
「変な人ばっかりなら、緊張して然り、な、ような……」
職員の気さくさに、ライチは思わずほんのりツッコんでしまう。
「あはは。変な人だけど、怖い人ではないですから。もちろん僕も怖くないですよ」
「ぁ、はははは」
場を和ませようとしてくれているらしい。ライチも乾いた笑いではあるが、乗っかっておく。
「はい着いた。許可証の通り、魔力持ちを雇いたいなら、こちらで申し込みしてくださいね」
石畳の道を抜けた先にあった、ギルドホールに似た雰囲気の建物に案内された。例の、ケルン大聖堂を地味にして屋根を潰したような建物だ。
入ってすぐの大広間に、シャンデリアのような大きな木製の輪の照明がぶら下がっているのも、正面の一面にカウンターがあるのも同じだ。同じ職人が手がけたのかもしれない。広さの割に、ギルドホールと違って、人がほぼいないのだが。
案内の職員とともに正面の受付へ向かう。職員と受付が軽くやり取りする。許可証が受付の職員によって再度石板で確認され、ライチのギルドカードも確認された。
「宰相閣下のご指示で、魔力組合の者を雇いたいのですね」
受付の職員にそう確認され、ライチは少し緊張しながら、説明を始めた。
「はい。えっと……農村まで飛車を飛ばしたくて。飛車が飛ばせる魔力持ちの方を、何日かお金で雇いたいです」
飛車を飛ばす練習をしたり、いつか緑化が成功すれば、スピネラ村から材料などを運んだりもする予定だが、ひとまずこの言い方でいいだろう。
職員が、カウンター下から、施設用らしきギルドカードを取り出して微笑んだ。緑の魔石が光を反射して光る。
「かしこまりました。魔力持ち一名、一日あたり十万Gでございます。前払い制となります。本日ご入用でしたら、今払っていただくことになりますが」
(十万G……)
頭の中で反射的に円換算する。
(百万円!?)
笑顔が固まった。残高が八千万円あったとしても、かなり手痛い出費だ。しかも一日料金なのに、今は昼下がり。それだけ魔力が貴重だということが、骨身に染みて分かった気がする。
「あ、はい、今……払います……」
宰相の許可までもらっていて、もう後には戻れない。ライチは観念してギルドカードを差し出した。
カチン、とカード同士が触れ合う。字が光る。
残高が十万G減り、【八〇一〇七五六G】となっている。永住権の市民権ではない。1日分でだ。
(さっきレシピ代で四十三万Gを受け取っていなかったら、結構ショックだったかもしれない……)
思わず頬が引きつる。
(こりゃ、とっとと目標を達成して雇うのをやめないと、手持ちがあっという間に底をつくぞ……)
「ありがとうございます。今、対応可能な者を確認いたしますので、少々お待ちを」
職員が踵を返そうとする。
その時だった。
「――飛車で、農村に行くって?」
背後から、低く響くイケメンボイスが耳に入ってきた。
思わず振り返る。
そこにいたのは、やたら背の高い男性だった。
(でか……)
二メートル近くありそうな長身で、少し背を丸めている。
(カラスっぽいお兄さん……)
ぼさぼさの黒髪は前髪が長めで、眠そうに見える黒目がちの瞳がじっ……とこちらを見ている。
顔立ちだけを見るなら、けっこう整っている。
しかし、くたびれた紺色のローブ。手入れされてなさそうな髪質が、彼に野性味を与えていた。
「俺が行くよ」
男性は受付の職員に向かって、ごく軽く言った。
「フガークスさんが、ですか? 珍しい」
職員が驚いたように確認する。
「いいよな?」
首を少し傾げる。
その仕草まで、どこか人を食ったような余裕がある。
「……研究の途中では?」
「詰まってたところだから。ちょうどいい休憩になる」
「休憩……お客さんの前で……」
職員が少し顔をしかめる。
どうやら、カラス男にとってこの仕事は、仕事というよりも気分転換らしい。
「こんな大金をはたいて、わざわざ農村に行くなんて……面白い」
低い声が響く。妙に楽しそうだ。
(……変な人が来たな)
しかし、特別悪いこともされていないのに、チェンジしてくれよとは、日本人のライチにはどうしても言えなかった。
結果、にこにこと楽しそうに笑うカラス男と共に、門前で待つフィデリスの元へと向かったのであった。