「フガークス。二十六。魔石発現は九つのとき」
「ライチです。気がついたら近くの農村にいて、それ以前の記憶が曖昧です」
軽いはずの自己紹介が、どうしても重くなってしまう。
フガークスがライチをまじまじと見る。
「記憶が曖昧? 家族も思い出せないとか?」
「いえ、生き別れになった妻と三人の子どもに、死ぬほど会いたいことは分かります」
「それは……大変だったな。うちは、妹たちのところに、可愛い甥っ子姪っ子がたくさんいるから……ちょっとだけだけど、会いたい気持ち、分かるよ」
ライチは、場の空気を変えるために、努めて明るい表情を作った。
「ありがとうございます。フガークスさん、よろしくお願いします」
(可愛い甥っ子姪っ子がたくさん!なんて言うからには、きっと悪い人ではないはず)
子ども好きは全員仲間だ。
ひとまず残り半日弱だが、仲良くしていきたい。
「……ライチ様、お帰りなさいませ。無事、依頼ができたようですね。安心いたしました。では、私は諸用がございますので、これにて失礼いたします。魔力組合の方、お客様を、どうぞよろしくお願いします」
(あぁっ、フィデリスさ〜ん)
心の拠り所であるフィデリスが、いよいよいなくなってしまった。
これから、ある意味命がけで城へ飛車を借りに行かないといけないのに、初対面のフガークスと二人きりとは。
ライチはプルデリオの元で大忙しであろうフィデリスに、何度もお礼を伝えて見送った。
「――で、魔道具屋に飛車を借りに行くんだろ? さっさと行こう」
『魔道具屋で飛車を借りていいって許可証があるなら、城の馬車にも乗れるんじゃ?』とフガークスに提案されて、試しに白い馬車の従者へ許可証を見せてみることになった。
「これで乗れたり……しますかね?」
従者は、許可証の宰相の名前を見て、乗車を快諾してくれた。
歩かずに済むのはありがたいが……。
(また、尾てい骨破壊マシーン、か)
車内に入り込むだけで、昨日の嫌な記憶が蘇る。
せめて尾てい骨は守ろう、と、両手をお尻の下に敷くことにした。
――ゴトゴトゴトゴト……
「あだっ!いでっ!」
両手を自分で拘束してしまったがために、馬車が走り出してすぐに壁面で頭を打った。痛い!と口に出すと、今度は舌を噛んでしまうという、恐ろしいデススパイラルだ。
(尾てい骨は諦めて、窓枠を持つしかない)
片腕で窓枠を掴んで、腰を軽く浮かせる。
(うぐぐぐぐぐ……帰り道は飛車のはず……!)
そう自分に言い聞かせて、ライチはさらに踏ん張った。
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「はぁ〜。……私物の飛車が欲しい」
フガークスが、馬車から降りながらボソリと呟いた。
(やっぱり当時の人にも乗り心地悪かったんだ……!)
これは、ライチのいた世界でも、ゴムタイヤができた時は、さぞかしみんな喜んだことだろう。
彼はさらに、飛車の乗り心地を知っているだろうから、他の平民より揺れが不快に感じるのかもしれない。
「宰相閣下のご許可ですね。魔道具管理所までご案内いたします」
(さすがに昨日ずっと案内してくれた人はいないか)
人は違うものの、昨日と同じように、馬車を降りたところにいる使用人によって、城内の案内が始まった。
全く同じ動線で、木造の建物を抜け、渡り廊下を渡り、白い石造りの城内へ入る。
昨日は城の地下一階からすぐに地上階へ向かったが、今日は案内役がさらに下りの石階段を指した。
「階下へのゲートを開きますね」
下り階段は鉄格子によって封鎖されている。使用人は、そこに立つ門番に声をかけた。
「許可証とギルドカードを確認します」
門番たちがあれこれと処理している最中に、フガークスが声をあげた。
「俺は、ここで待っとく感じかな」
許可の内容によって、同行できるかが変わるらしい。門番が許可証を再度確認してから答えた。
「……こちらには、“魔力持ちと共に城まで取りに来れば、無期限で飛車を貸し付ける”と書かれているので、魔力組合員であるフガークス様の同行も許可してあるものと思われます」
よかった。フガークスとはほぼ初対面だが、それでも城で一人きりでお使いをするよりかは随分マシだ。
鉄格子が開いて、案内役が白い石の階段を下り始めた。ライチとフガークスもそれについて行った。
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地下二階に降りたが、さらに階段は階下へと続いている。先ほどと同じく、鉄格子と門番により、厳重に警戒されている。中世のこれだけの規模の城に、地下が三階以上もあるなんて……と、そこまで考えて、はたと気づいた。
(……あっ。そうか。土の魔道具があれば、地下施設なんてのも、お手の物なんだ)
アルフィアーナは、本当になんてことないように、“土の魔道具で土が起こる”と言っていた。穴を掘るのも、間取り通り組み上げるのも、それに当たるのだとしたら。
(そうか……。もし飛車で戦うなら、地下の方が、なんならいいんだ)
仮に、飛車と火の魔道具などで戦争をするのだとすれば、防空壕のように、地下に重要な施設を隠してしまうのは、非常に理にかなっているように思えた。
(内壁が整っていて、広くて、風の魔道具で空気を入れ替えられるし、照明の魔道具も、水もある。快適だよな。防空壕というか、地下シェルター、だな)
魔力とは、魔石とは、魔道具とは、なんと便利なものだろうか。
(う〜ん。いやでも、こんな地下深くで、風と火の力を混ぜて、火炎放射器〜!とか、敵にやられたら、危険すぎるよな。まぁさすがに城だし、逃げ道はたくさん用意してあるだろうけど……。やっぱり子育て世代的には、怖さが勝るかぁ)
守るものが増えると、無鉄砲に便利さばかりを追い求められてもいられないのだ。
「許可証とギルドカードを確認いたします」
思考を割るように、受付の職員の声が耳に届いた。
これで何度目のチェックだろう。かなり深いところまで入り込めてしまっている気がする。
(気がする……んだけど、見た感じは、普通〜の小部屋なんだよなぁ)
受付のカウンターがあるだけで、本当に何の変哲もない部屋だ。ファンタジーによくある、ところ狭しと魔道具が並んでいるとか、裏の工房が見えているとか、そういうものを期待していただけに、ややショックである。
(魔道具は城の管理で大切なものなんだもんな。丸出しで並べたりなんかしないか)
ライチがギルドカードで認証をしている横で、フガークスは親指を舐めて個人認証をしている。魔力を持っていると、唾液だけでも個人認証ができるようだ。
「城の飛車を、無期限貸し出し、ですね。保管庫を証明できるものはございますか?」
(なぬっ!? まさかのここにきて車庫証明!?)
一気に日本の納車の制度が蘇る。そうだそうだ、置き場所が決まってないと、買うこともできないんだ。路上駐車するわけにはいかないんだから。
「な、な、ないです。どうしましょう……」
慌てふためきながら、なんとかそう返事をした。受付の職員がライチを安心させるように軽く頷く。
「使用しない時間は、城に返却しに来て下されば、貸し出しは可能ですよ」
その言葉を聞いて、胸を撫で下ろした。
「あ、じゃあそれで……」
ライチがお願いしかけたとき、フガークスが声を被せた。
「無期限なら、何日か借りるつもりなんだろ? 毎回ここまで取りに来るの、地味に大変じゃないか?」
その通りだが、ライチには他に選択肢がない。
そう伝えようと口を開くと、フガークスが片手をあげた。
「返す日までは、魔力組合に置いておくよ。それでいいだろ?」
どうせ隠れ蓑として魔力組合の人にも毎回乗ってもらわねばならないのだ。セキュリティもしっかりしていたし、置かせてもらえるなら否やはない。
「かしこまりました。保管場所は魔力組合、ですね」
個人の一存で、勝手に物を増やしていい職場なのかは謎だが、ひとまずオーケーが出た。
喜ぶライチの耳に、フガークスがニッと笑って声を寄せる。
「何度もあの馬車に乗ってたら、頭をやられちまうよな」
心は一つだったようだ。
「(お尻の骨も粉になりそうですもんね)」
ライチはさらに小さな声でフガークスのノリに乗り返した。