「――手続きは全て完了しました。係員が昇降場までご案内します」
(昇降場?)
いつも通り、漢字は不思議と伝わった。小工場ではなく、昇降場。もしかして、字面的に、例のエレベーターではないだろうか。
物々しいネーミングに、ライチはそわそわと期待に胸を膨らませる。
「私が案内しますね。こちらへどうぞ」
受付の人とは別の、緑の魔石の係員が現れた。
部屋の奥の面にある、受付カウンター横の扉へと通され、窓のない廊下を歩き始める。
――…………
壁の向こうから、何か物音がしている。石壁を抜けてくるなら、結構な音量だろう。
「音が気になるのか?」
ライチの様子を見て、フガークスが声をかけてきた。
「この壁の向こうには、魔道具の研究所と工房がある」
歩きながら、壁をコン、とノックする。
「設備は最高なんだけど……好き勝手に研究できる場所じゃないんだよなぁ」
フガークスの残念そうな言葉に、係員が前からちらりと目線をよこす。
「でも、領内最高峰の研究ができますよ。……まぁフガークスさんには向いてないと思いますけど」
フガークスと案内の係員は知り合いだったようだ。わざわざ言わなかっただけで、受付の人とも知り合いだった可能性もある。
(そりゃそうか。魔力持ちなんだから、魔力関係の場所で働くよな)
フガークスにはホームなのだと思うと、幾分か緊張感が和らいだ。
「そう、向いてない。……でも、設備と物資はほんと最高……。今行き詰まってるやつも、ここで研究できたらなぁ」
「あっちは万年金欠の、ボロ……いえ、成熟した施設ですもんね」
二人はわりとよく話す仲のようだ。
一日一人百万円も取っていて、金欠でボロボロになるとは……。魔道具研究はものすごく金食い虫なのかもしれない。
どことなく二人の会話には入りづらく、ライチはふむふむと聞き入りながら無言で歩き続けた。
「着きました。この風騎で地上に行って待っててもらったら、別の係員が飛車を持ち上げて持ってきてくれますよ」
係員がライチに説明してくれる。
廊下の終わりは壁になっており、右にある扉のない出入口の横に、金色の円盤と金色の線が見えた。魔導盤と魔導線だ。
「おおっ、エレベーターのボタン!」
上下ボタンではなく円盤だが、配置と役割が完全にエレベーターなので、思わず声に出してしまった。
係員はライチの言葉はスルーして、円盤に触れた。ライチが飛車を浮かせた時のように、円盤が光る。
「風騎の呼び出しを見るのは初めてですか? 昇降用のやつは、こうして呼び出せる構造が多いですよ。風騎が少なくて済みます。
壁がなくて昇降の筒が確保できないところは、また別ですけど」
(そうそう、“風騎”だ)
壁がないところでの昇降……城の中庭のような場所のことを言っているようだ。
「はい、来ました。乗ってください。……上げます」
深く考える前に、T字の棒がついただけの床面が下から上がってきた。ライチも見たことのある形だ。
三人でその板の上に乗り込み、係員が金ラインのT字の操縦桿に手を触れると、床面が上に上がっていく。
(おぉぉ……!エレベーターより地に足がつかないというか、ふよふよする感じというか)
エレベーターは箱を紐で引き上げているのだから、感覚が違うのも納得だ。
「――はい、地上です。降りてください」
風騎の通り道の天井は木の蓋でふさがれており、係員が手動で開く。穴の中も暗くはなかったが、急に飛び込んできた日光に、ライチの目は眩んだ。
初めての魔道具搭乗を味わう暇もなく、あっという間に、地上に着いてしまった。
風騎から降りて地面を踏み、周りを見る。
正面とは城の見え方が違う。廊下を歩いているうちに、城の裏にでも来ていたのかもしれない。
「しばらくお待ちください」
係員は、開けた場所へ歩いていく。おもむろに腰のバッグから、先の尖った何かを取り出すと、地面に突き立てた。
突き立てた場所から、係員の前側に向かって、緑の光が地面をジグザクに走りだす。宇宙船のメカニックなハッチのように、台形の凹凸がパズル的に噛み合っているような形だ。
線は十メートルほど伸びたあと、今度は左右に分かれて円を描き始めた。
(ま、魔法だ!これはもう魔法!)
二本の光の道が、係員の突き立てた何かと繋がった、その瞬間。
――ガゴン!
「わっ!」
突如地面から鳴った大きな音に、反射的に声が出る。
――ゴ、ゴ、ゴゴゴゴ……
「……地、震?」
地面の奥から、振動とともに低い音が響いてきた。日本人のライチには、震度ニくらいの揺れに感じてしまう。
――ズ、ズ、ズ、ズズズズズ……
巨大な板状の岩が、土や草を乗せたまま、ゆっくりと滑り始めた。係員のいる場所を支点にして、まるでワニの口が大きく開くように。
「う、うわ、わぁ……!」
目の前でどんどん地面が割れていく。開いた先にあるのは、闇。下は空洞になっているようだ。
(ロボットものにある、地面が開いて出てくるやつだ〜!!)
脳内に重低音の、“ズン、ズン、ズン、ズン、ドンドン……”と、使徒を倒しに行く残酷な出撃シーンのBGMが流れ始める。
異世界に来て、過去一番、テンションが上がってしまっているかもしれない。
(発進!とか、出撃!とか、言って、飛び出てほしい……!)
ライチは目を輝かせているが、係員は地面に片膝を付いて魔力を流したまま、なんてことない顔をしている。
もちろんフガークスも暇そうに立っている。
これが、彼らの日常なのである。
――ズズズズズズ……
岩盤の下にあったのは、大きな四角い空洞だった。
(へぇ、蓋は円なのに、中は四角なんだ)
フィット感が微妙に気になってしまったが、便宜上、そうなっているようだ。
――ズズズズ……
穴の底は見えない。
ただ、四角い穴の角には、いくつもの淡い明かりが見えている。滑走路の誘導灯のように。
――ゴ……ウン……
音が止まった。岩盤のスライドも止まっている。
ぽっかりと空いている大穴を見て、ライチが呆然としていると、フガークスが笑った。
「ははは。最初見たとき、驚くよな。俺もガキの頃、腰を抜かしたわ」
ライチが小刻みに頷く。
「ほんとほんと、地面が割れるなんて、ビックリです。あんな重いものを動かして、係員さんは大丈夫なんでしょうか?」
驚きのあまり、小学生のような語彙になってしまう。
少し離れていたが、ライチの声はしっかり聞こえたようだ。スタスタとこちらに歩きながら、係員が答えてくれた。
「はは。この魔道具は接地してるんで、風魔道具で重いものを浮かせる……とかより、全然楽なんですよ。
岩盤も土、乗っかってるのも土なんで、両方に魔導効果を出せるから、鳴ってる音ほどは、摩擦感がないんです。面白いでしょ」
係員が楽しそうに饒舌に説明してくれる。
それもそのはずだ。ここにいるのは、魔力持ちのなかでも、魔道具の管理に回されているような者たちだ。みんな研究オタク……なのかもしれない。
「土属性同士、とかな、自分の魔石に合った属性だと、そんなに抵抗がなくて、動かすのが楽なんだよ」
フガークスが付け足してくれる。
なるほど。額に土の魔石を持つ人が、風の魔道具で地上に上がってくることもできるが、土の魔道具で地面を開く方が、楽に最大効果を発揮できる、という仕組みらしい。
(個性というか……体質だな。ちょうど四属性あるし、イメージは血液型みたいなものかな?)
まぁ、ヒトの血液型では、発揮できる力が変わったりはしないのだが。