――ヒィーーー
そんなことを考えていると、穴の奥から飛車の笛の音が聞こえてきた。
「おお〜。こうやって、地下から空へ飛び立つんだ」
想像通りだ、うんうん、と頷いてから、ライチはふと気づいた。
「――あれ? それなら、俺達が地下に降りて、そこで飛車に乗って、自分たちで空へ飛ばした方が、ここまで飛車を持ち上げる係の人がいらなくて、よかったんじゃないですかね?」
係員には聞こえないように、そっとフガークスに聞いてみた。
たった一人の動員なのかもしれないが、やや無駄なように感じてしまう。
「おっ。いい案だね。俺達に武器庫をご案内してもいいくらい平和な時代になったら、それもアリかもな」
「ぶ、武器庫!!」
ライチがチラッと考えた、地下シェルターや、魔道具で戦争する、などの空想は、あながち外れではなかったようだ。
(そうか……戦争もあり得る時代なのか……。中世なら、そうだよな…………。それは……確かに誰でも通してはいけない場所だな)
「まぁ、正確には飛車が置いてあるのは武器庫じゃないけど。一般人をほいほい通していい場所じゃないのは同じだな」
戦争になったら、ここから何台も飛車が出入りするのかもしれないと思うと、恐ろしい。
思わず、この世界で知り合った人たちの顔が頭をよぎる。
今は戦時中でないように思えるが……どうか今後も戦争なんて、ありませんように。
武器庫の武器が、ただの防衛と抑止力用でありますように。
「来ましたね」
そうこうしている間に、笛の音が小さくなる。到着間近で、速度が落ちてきたようだ。
やがて、地下から飛び出てきた白い飛車が、地上にゆっくりと降りた。
「お待たせしました。宰相様のご許可の魔道具は、こちらで間違いないでしょうか?」
飛車に乗ってきた係員が、最後の確認をする。黄の魔石だ。
「はい!」
ライチはグッと上がったテンションで、元気よく返事をしてから思った。
(あ!飛車が飛んでいるところを近くで見るのは、初めてだ!)
ついに念願叶ったりだ。
ライチが想像していた、ヘリコプターのような、ドローンのようなふわふわ感が、目視でも分かった。こちらには吹いてこないが、どうやら風の力で飛んでいるらしいのだから、多少ふわふわするのも納得だ。
「フガークスが操縦するのですね。でしたら、説明は不要ですね」
こちらの係員はフガークスを呼び捨てにした。緑の魔石の係員より、さらに気の置けない仲の人らしい。
――ゴゴゴゴゴ……
そんな話をしている間にも、飛車が出ると同時に、緑の魔石の係員によって、開いていた岩盤がゆっくりと閉じていく。
巨大な石が滑り、暗い穴を覆っていく。
――ガ、ゴン
何事もなかったように、地面は元へ戻った。
身体にはまだ、振動の余韻が残っている。
こうなると、ここに巨大な穴があるということは、かなり近づかなければ分からないだろう。
ライチは、フガークスと黄の魔石の係員が何やら話している間、白い飛車と、閉じた地面とを交互に見て、感動に浸る。
「じゃ、行こうか」
フガークスが飛車の従者席にさっと飛び乗り、声をかけてきた。
慌てて飛車の横まで駆け寄る。
「あ、はい」
(……この人、大丈夫かな)
乗り込んだ瞬間から、ライチは改めて観察を始めていた。
もちろん、能力を疑っているわけではない。
(飛車を、大量生産の物流に使うなら、原材料を見られるよな。
しかも、魔道具に触れても暴走しないで制御できるように、できれば特訓もしてもらいたいし……)
じいいいい……
(制御を教わるには、父性エネルギーの話もしないとだよな……? 魔石はないんだけど、気持ちが高ぶると魔力みたいなものが流れる、くらいなら伝わりやすいかな?)
ライチは考えながら、飛車の中に入って腰掛ける。
構造は馬車とほぼ同じなので、散々尾てい骨を痛めつけてきたものと、同じ椅子ということになる。無意識に身体が固まり、振動を警戒してしまう。
「浮かすぞ。……怖かったら、真ん中の操縦桿を持っててもいいから」
可愛いと言っていた甥っ子と姪っ子で慣れているのか、フガークスはその大きな見た目よりも、細やかな気配りができるタイプのようだ。
(ごめんなさい、操縦桿を掴んだら、うっかり操縦しちゃうんです……)
氷の女王が、手袋をつけないと何でも凍らせてしまったように。ライチも、何かしら制御の仕方を学ばなければならない。
「大丈夫です。あ、行き先なんですけど、」
「農村だろ? 歩くと五日くらいだっけ? 大変だもんな」
(農村とひとえに言っても、いくつもあるんだけど……)
もしかしたら、フガークスは、各村の名前と場所が一致していないのかもしれない。だから、今のように、適当に山の方に飛んで、あとはライチの指示を受けながら向かう気なのかも知れない。
(空からスピネラ村とか、行ける気がしないんだけど)
歩いた道のりの、半分ほどは森の中の細い道だ。木々の上から目視できる気がしない。
――ヒィー……
行き先をはっきり伝える前に、フガークスが魔力を流したようだ。小さな笛の音をさせながら、飛車がスーーっと浮かび上がる。
あれよあれよという間に、地上がどんどん遠ざかっていく。
(うわっ、どうしよう、やばい。怖いかも、これ)
某国の、紐無しの気球で広大な土地をフライトする体験のように、内臓がきゅっと小さくなるような恐怖がライチを襲う。
(あぁ〜……懐かしい……。
“えっ、このおっちゃんのバーナーの匙加減だけで、あとは風に任せてこんな上空を飛ぶん? マジ? これマジ?” という、あの恐怖)
ほぼ初対面の人一人の魔力の匙加減で、ライチの生き死にが決まるこのゾワゾワ感。
(急にフガークスさんが体調不良とかになったら、墜落死する……)
実際に飛車に乗った時に、急に手を離してもゆったり降りたことから、それはないだろうとは頭では分かっている。
それに、初対面の人の操縦に命を預けるのは、小型船でも、タクシーでも、バス、ヘリコプター、気球、電車、全て同じではある。
しかし、それぞれ、ライフジャケット、違反を取り締まる警察、バス会社、副操縦士、管制塔など、事故が起こらないようにする手立てがあってこその安心だ。
飛車はどうだ。交通ルールなんてまるでなさそうに、フガークスは自由に飛んでいく。
(これはちょっと……俺には乗りこなせないかもしれない……)
こちらでもさっさと死んでしまったら、前の世界での失踪扱いもプラスで、二重に無責任な死になってしまう。
なんとしても一日でも長く生きて、一円でも多くの仕送りをしたいのだ。
(こんな危険な乗り物、操縦できない気が……)
ひとまず、今日の分の支払いはしているし、恐怖には蓋をして、話を次に進めるしかない。
城の敷地を出て、貴族街も越えたあたりで、ライチは椅子から立ち上がり、向かいの、従者席に近い席の方に半身で座った。
「フガークスさん!!カステリナの南にある!荒地に!一度行ってくれませんか!!」
風の音に負けないように、フロントガラスのない大きな窓枠の外に向かって、声を張り上げてみる。
フガークスはT字操縦桿から右手を離して、右耳を塞いだ。
うるさい、というジェスチャーだ。顔は笑っている。
「そんな声を張らなくたって、風が吹き込まないように作ってあるから、聞こえるよ。
街の南の荒地な。オッケー」
フガークスは、山、つまり北へ向けていた進路を、ぐるりと反転させる。
(ほんとだ、落ち着いてみたら、風が吹き込んできてないや。さすが、お貴族様の乗り物)
初めの恐怖感も、しばらく乗っていると、だんだんと麻痺してくる。
(そうだそうだ。気球の時も結局、広大な景色が綺麗で、朝焼けが感動的で、怖いのがなくなってたんだった)
ライチは真下をチラリと見下ろす。
(うん!まだ、冷静になって下を見たら怖いなっ!……でも、おいおい慣れていけば、いけそうだ)
どうなることかと思ったが、最初のステップ……というか、前提条件はひとまずクリアだ。
ライチは、ほぅ、と息をついた。