「はい、到着」
器用に荒地に着陸して、フガークスが従者席から振り返った。
「ありがとうございます」
ライチは、ふーーー……、と細く長く、息を吐いた。
(フガークスさんが、全てを話していい人かは分からない。
次の人がもっといい人なのか、逆なのかも分からない。こればっかりは、誰になったって、他言無用の誓いを立ててもらうしかないよな……)
誓いの存在は、いつもライチの心の支えになっている。神様が約束を見張ってくれる、安心感。
(誓いを立ててでも聞きたいって、そう思ってくれれば……――いや。本当に自分で言う通りの研究馬鹿なんだとしたら、俺の匂わせ方によっては、是が非でも聞き出そうとするはず。
そう思えば、やっぱりフガークスさんが適任だ)
なにせ、魔力ではないもので魔道具が動くのだから。彼ならばきっと、この話に乗ってくれるはず。
「あの、魔力を使うお仕事ではないんですが……降りて少し、俺の話を聞いてもらえませんか?」
その言葉に、フガークスは、黒目がちの双眸でじっとライチを見つめたまま、小首を傾げた。
「半日に十万Gもかけて、“話”? ……いいね。聞こうか」
フガークスの目には期待の色が見える。
飛車の隣に立って向かい合った二人の間を、荒地の乾いた風が通り抜けていく。
「えっと、俺と誓いをして欲しくて」
「誓いを?」
(うわ、間違えた。初手でしくじった)
なにが、“俺の匂わせ方によっては”だ。匂わせるどころか、匂いの元を強引に鼻の穴に突っ込んでしまった。
「あ、違う、いや、違わないんですけど、そう、えっと、俺は、内緒の話がしたいんです」
「ふふっ、いいね。内緒話か」
しどろもどろになるライチの様子に、フガークスがクスクスと笑い始めた。
「俺って、実はちょっと変わってて、その変なところを、一緒に飛車を使うと、赤裸々に見られちゃいそうなんです。ちょっとフガークスさんの研究と近いところがあるかもなんですが……。それを、他の誰にも伝えないでほしくて」
研究と近い、と聞いて、フガークスの片眉がピクリと上がる。興味を持ったことが分かりやすい。
匂わせることには失敗したが、ようやく、伝えたいことを話し始めることができてきた。
「へぇ。変わってる、ねぇ」
フガークスが、じぃぃ……と、穴が空きそうなほどライチを見つめる。
「枠にはまれないというか、はい。俺の変なところも、飛車を使って領地を良くする方法も、他の人の前では、見なかった、聞かなかったことにしてほしいです」
「領地を良くする?」
ライチは荒地に視線を落とした。
「俺、故郷は思い出せないんですけど……ここの領地の人にはすごくお世話になってるんです。だから、領地を豊かにして、恩返しがしたいです」
この言葉はするすると出てきた。何の後ろめたさもない、心からの言葉だからだろう。
「領地を豊かに、ねぇ……」
カラスのような男が、ニヤリと笑った。
「反乱分子とか、飛車でプスッと殺して回るつもりかな?」
「ええぇ〜〜?!」
何をどうしたらそうなる?!
……あっ、他言無用の誓いを立てさせるからか!
「違います違います違います!他言無用は、そういうことじゃなくて……俺の事情を、多くの人にあまり知られたくないだけですから」
ライチの説明に、フガークスは片方の眉と口角を上げて応えた。
「誰も傷つかないなら、いいよ。人を不幸にする魔力の使い方には、俺は加担しないから。甥っ子姪っ子に顔向けができない」
(お、おぉ……!)
最後の一言で、ライチはフガークスと固く握手をしたくなった。
(やっぱり、子どもを可愛がっている人は、同士だ!ぜひ握手をおねがいします……!)
我が子がいるとは聞かなかったのに、すでにご立派な父性をお持ちである。
「怪しい魔力の使い方をする気だとこっちで判断したら、協力ストップで」
フガークスが続けた言葉に、ライチは頷いた。
「勿論です。俺も、遠くに住む我が子に知らせられないようなことは、絶対にしません」
例え同じ世界にいなくても。
(俺は、ルノとレントとロクの、父親だからな)
我が子の顔が曇るようなことは、しない。
「契約成立かな? “内緒”の内容は分からないけど、先に誓っとこうか」
「ありがとうございます。では、“ライチに関することで、ライチから口外するなと言われた内容は、ライチの許可なく他者に伝えない”で、どうでしょう」
「いいね」
ライチの提案をフガークスが快諾した。
すぐに誓いが行われる。
ふわりと胸が温かくなったので、神様に届いたようだ。
これで、フガークスの前で多少の無茶をしても、寄ってたかって解剖されることはないだろう。ほっと一安心である。
「で? その“研究に近い内緒”、早く教えてくれよ」
フガークスは興奮した面持ちで、ずいっとライチに一歩近づいてきた。
「見せるのが一番手っ取り早いんで、ちょっと一緒に飛車の従者席まで来てください。今から見せるものは、口外なしで」
いろいろと説明したいこと、お願いしたいことはあるが、まずは大前提からだ。
「うん」
フガークスが、わくわく、といった様子で従者席にライチと横並びに座る。
「知り合いの魔力持ちの人に言ったら、“魔石もないのにそんなばかな”と驚かれたんですけど……その、見た感じはそこまでパッとしないです、なんかごめんなさい」
あまりの期待のされように、ライチは長めの前置きをしてしまう。
「いいから、勿体つけないで」
野性的な目が怖い。黒目が大きくなっているように感じる。従者席が狭くて近い。
――ふーーーー……
深呼吸をする。
ライチは、城での出来事を思い出しながら、操縦桿の中央の金の円盤に手を置いた。
どんなときだって、彼らを思えば、こんなにも。
(……ルノ、レント、ロク)
呼びかけるだけで、会いたい気持ちが溢れる。
魔導盤が金の光を放つ。
「ぇ」
フガークスの声が漏れた、その時。
――ふわ
飛車の車体が地面から浮いた。ほんの十センチほどだろうか。暴走してはいけないので、すぐに手を離す。飛車はゆっくりと着地した。
「…………」
隣にいたフガークスの動きが止まる。
いつもなら、何が起きても「へぇ」と笑って済ませそうな男だった。
しかし今は違う。
目が大きく見開かれているのが、長めの前髪の隙間から見える。
「……今の、何? 額の魔石はどうした? 外せたのか?」
「元々ないです」
「は? 魔石のない魔力持ち?」
「いやそれが、実はですね、神様のお告げで、『想いの力が魔力みたいに使えるよ〜』、と言われてまして」
「は?」
「口で説明するのが難しいんですけど……フガークスさんみたいに、身体にあるエネルギーを送り込んでるんじゃなくて、心に、ある想いをいっぱいにすると、なんか勝手に魔力的なものが流れ出しちゃってですね」
「はぁ?」
「お城で、たまたま飛車に触れたときに、こうやって浮いたんで、フガークスさんには、うまく操作できるように、練習に付き合ってほしくて」
「ちょっと待てちょっと待て」
「はい」
「一から十まで何一つ理解ができない。まずその、ある思いってのはなんだ。ここだけ隠されても混乱が加速するだけだ」
フガークスが頭を抱える。
(それもそうか)
もうこうなったら、アルフィアーナのように巻き込み型で、しっかり説明させてもらおう。
「じゃあ自己紹介からしますね。俺の、最初の記憶が、スピネラ村という、この領地の農村でした」
ライチは、転移とスキルのことは含めずに、農村からこれまでのことを、ざっくりと“記憶がある部分”として、説明し始めた。