「――なるほど、アンタは今、商人組合長宅で、なぜか知ってる知識を売って荒稼ぎしていると」
フガークスは、冷静になりがてら、ライチの自己紹介を落ち着いて聞いてくれた。
「家族と離れて、か」
フガークスも、魔石が発現した九つの頃から、家族とは離れて、魔力持ちと生活している身だろう。思うところがあるのかもしれない。
「家族を思ったり、他の子どもたちを思ったりすると、父性というか、守りたい気持ちが溢れて、どうやらそれが、魔道具に流れ込んでるみたいなんです」
「もう一回」
「え?」
「さっきの、もう一回やって。ちゃんと説明しながら浮かしてみて」
研究職の目で見つめられながら言われる。ライチを見ているようで、どこか遠くを見ているような、研究に心奪われているような。
「はい。まず、手を触れてなければ何も起きないです。こうやって手を触れているときに、心の中で我が子に呼びかけたり、会いたいなぁ、可愛いなぁと思ったりします。すると……」
――ふわり
先ほどと同じように飛車が浮いた。すぐに手を離そうとしたところで、ガッと右手を魔導盤に押さえつけられる。
「わっ」
痛くはないが、あまりに俊敏な動きに、思わず声が出た。
「そのまま、頭では違うことを考えてみて。
――今朝は何を食べた?」
手を押さえつけられたまま、食事の話が始まる。
「え、えーと、なんだっけ。パンは食べました。あとは……」
手を触れたままでも魔導盤の光が消え、飛車が降下を始める。
「口に出して、お子さんの名前を呼んでみて」
「えっ……」
個人情報的に、あんまり子どもの名前は知られたくないなぁ……と癖で一瞬考えて、もはや異世界では無駄な配慮であることに気がついた。
集中するために、ライチは目を閉じる。
脳内にくっきりと焼き付いている、我が子の顔を思い出す。
三人とも、ほっぺがぷにぷになんだ。頬ずりしたい。
「ルノ、レン」
「ほぉぉ……」
ルノを呼んだ瞬間から浮き始めたので、呼びかけの声と、フガークスの感嘆の声が重なる。
「ト、ロク――」
「面白い。面白い!」
目を見開いて、押されていた右手を取られる。まじまじと観察したあと、いきなり顔を掴まれ、観察。そのまま頭皮をさわさわと触られる。
無言で服をめくりにかかられたところで、いよいよライチはツッコんだ。
「ちょ、魔石はないですって!
気持ち!気持ちで飛ばしてますから!」
服を押さえつけながら体をよじる。狭い従者席だ、逃げ場がない。
(もう完全に目が、モルモットを見るサイエンティストなんだよ……!)
解剖がリアルに想像され、背筋をゾワゾワと恐怖が走る。
「魔石がないのに魔力を流してる事実が、まだ消化しきれなくて」
悪びれもせず手を離し、それでもまだじっとライチの身体を見るフガークス。
「魔力じゃないですよ、父性です。父性エネルギー」
「…………本気で言ってる?」
疑わしいという目で見られる。
ライチ自身、電気で動くと思っていたドライヤーなどが、「これは母性でも動くのよ」とリノに言われたとしても、にわかには信じがたい。
いくら目の前で動いたとしても、何かの勘違いやバグやトリックではないかと、事象そのものを疑ってしまうだろう。これは信頼ではない部分だ。フガークスの気持ちはよく分かる。
「神様がそう言ってたんで、たぶん」
正確にはスキルが、だが。
「神様がいるのは知ってるけど、姿も見たことがないし、お告げなんてのも聞いたことがないから、研究者としてはどうにも信じがたいな」
神様に対して、初めて盲信していない意見を聞いた気がする。大抵「神様が許してるんで」「神様に誓ったんで」でなんとかなってきていたのに。
実際に超常的な力で関わってこられていても、結局は遠い存在だ。研究職なら、自分の目で見て耳で聞いたこと以外は、納得するまで調べないと、事実であるとは言い難いのかもしれない。
「(――まぁでも、“父性で飛ばしている”、と仮定して話を進めるしかないか。心中は検証しようがないからな)」
ぶつぶつとひとり言を言いながらなんとか咀嚼しようとしているフガークス。
「――うん、オッケー。父性ね。お子さんを思うと飛ぶわけだ。
それで、飛車を飛ばせるようにしたいって?」
やがて、納得したように声がかかった。
「領地を豊かにするには、物流もですし、魔力も、魔道具も大事なんで、まずは本当に父性で飛車が飛ばせるのか、特訓に付き合ってもらえないかと思って」
「さっき言ってた、“魔力持ちの知り合い”に頼ったらいいんじゃないか? 俺に頼むと、高くついちゃうぞ」
フガークスがやや心配したように指摘してくれる。
確かに、何日で習得できるものなのかは分からないが、一日百万円だ。ツテがあるならそちらを頼るのが優先だろう。
「……その人は、話はできるんですが、練習に付き合うのは難しくて……」
「……なるほど。で、組合に来たってわけか」
フガークスが顎を触って続ける。
「――普通の魔力持ちから言われたんなら、“魔力学校”に行けって言うところだけど」
「魔力学校?」
そんなファンタジーでしか聞いたことのない、夢の施設があるのか。
「そう。王立魔力学校。魔石が発現した人間は、基本的には全員行かなきゃなんだ」
フガークスは説明を続けた。
「魔石の使い方を覚えるためにな。平民用と貴族用で校舎は分かれてるけど、二年間、魔力の管理や、魔道具の扱い方を学ぶところは同じだ」
「ほうほう」
「発現した時によって、入学時期も年齢も変わるんだ。最少年齢は、記憶が薄れにくい十歳から。上限はなし。
春入学が終わったところだから、今なら秋入学を勧めるよ」
年齢を問わない大学のような施設らしい。興味はものすごくあるが、どう考えても解剖の未来しか見えないので、近寄るのはやめておこう。
「ちょっと、人体実験に近づきそうなんで、学校にはいけないですね」
「だな」
フガークスも、あっさり通常ルートは流したようだ。
「とりあえず飛車を飛ばせるようになればいいんだな?」
「そうですね。できれば水の魔道具や、土の魔道具とかも使えるようになりたいですけど……まずは飛車を操縦できるようになりたいです」
大量生産には首がかかっている。
魔道具がルキディウスから貸してもらえると分かった今、使えるようになっておけば、生産に繋がる手札が増える。
「オッケー。じゃあ、時間もないし始めようか。
とりあえず、学校で習うやり方からやらせてもらう」
「えっ、合わなそうなやり方からですか?」
時間がないのに? 言ってることがチグハグで、思わずツッコんでしまった。
「魔力との差異を見たい」
黒い瞳で、じぃぃ……と見つめられる。狭い席に隣り合わせで座っているので、やたらと顔が近い。実験体を見る目でしかないのが恐ろしい。
「さいですか……」
通じるかは分からない日本語の小ボケを挟んで、ライチは受講の姿勢を正した。