「まずは、魔力を感じるところから。体の隅々を、中にも外にもエネルギーが流れてる感じが……」
「ないですって」
「うん。じゃあ、マッサージをすると、血の巡りが良くなる感覚はある?」
「なぃ……いや、血流が良くなった時は分かりますよ。なんとなくだけど」
手当たり次第にないないと言おうかと思っていたので、さっそくトラップに引っかかった。これはちゃんと聞いて答えた方が良さそうだ。
「うんうん。逆に、じっと長時間同じ姿勢をしていたり、長く歩き続けたりしたときに、血流が滞ってる感覚は」
「ありますあります」
長時間パソコン仕事をしていると、一度体操を挟みたくなる感じね。
(バルゴさんとか絶対無さそう)
ちまちまと何時間も座って何かをし続けるイメージが無さすぎる。冬だとまた違うのだろうか。
「じゃあ、便秘気味だったところから、一気に快便になって、体内から全部出たぞ!スッキリ爽快!ってのは」
「ここにきてのお下トーク?! そりゃありますよ」
女性もそんな授業を受けているのだろうか。初手でビンタされそうな汚い話である。
「その辺を合わせたような感じが、魔力持ちには、ある。溜まってくると、重だるい感覚になって、ある程度出すと身体が軽くなる」
「へぇ〜」
ファンタジーの裏側を見たような気持ちだ。
ファイアボールで肩こりが取れていたとは。いや、魔法もないし肩こりは取れないので、これはあくまでもイメージだが。
「額に意識を向けると、体内の巡りが、外界と繋がるような心地になる。その状態で、魔導盤や魔石に触れると、体内にあったものが、体表を走って抜けていく」
なんとなくどこかで聞いた気がする。
いや、こんな話をライチにするのはアルフィアーナに決まっているので、“どこか”呼ばわりをしたら怒られてしまう。
「魔石がないから、おでこに集中しても意味ないですもんね」
「そこなんだ。出力の調整は、基本、額の魔石でやっている感覚なんだけど、それがないアンタは、完全に別のアプローチを試みないといけない。ここからは実地だな」
学校で習う内容はよく分かった。しかし、実地に行く前に、ライチには確認すべきことがある。
「あっ、フガークスさん、質問です。
領地を豊かにするために、この荒地を緑地にできないか検討してるんです。お城の大きな魔道具じゃなくて、今ここで土地に魔力を遠隔で振りまいたり、地下まで穴を掘って魔導プレートみたいなのに触れて魔力を流したりするのは、理論上できるんでしょうか?」
(ここは捨て地だから、魔導プレートはないってアルフィアーナさんは言ってたけど、別の土地ならこの方法がいけるかもしれないし)
「うーん。ここを緑地に、ね。発想としては悪くないと思うけど、ここまで荒れてしまっていると、どんな方法にしろ膨大な魔力が必要になるな」
この荒地に、地下からは魔力が送れないことを、フガークスは知らないらしい。腕を組んで考えている。
「あの、俺の父性エネルギーなら、もうほんと無限に湧いてくるんで、使えたらいいなぁ……と」
「だな。お子さんの名前を呼んで、飛車が飛ぶなら、心臓横で発生して体を巡っているという一般論から完全にはみ出てる。
もう、脳室での思考とともに、何かしらのエネルギーが体外に放出されている、とするのが妥当だろうな」
「脳室?」
脳ではなく、“脳室”。
脳の、髄液が入っている部分だった気がする。
「うん。思考は、広く一般的には、心臓や、お腹あたりで行われていると言われてるよな」
「ぇ?」
お腹で考える? 緊張でお腹が痛くなる、などの現象からくる、古代の考え方だろうか?
「でも、本当は……頭の中の、脳、つまりクッションに囲まれた空洞に、精気という、情報のガスのようなものが溜まって、それで思考している、というのが今の知識人の定説なんだ」
(脳が……ただのクッション!? 空洞のガスで思考?!)
この世界の一般常識も、知識人の研究結果も、どちらも驚きだ。
(そりゃ、そうだよなぁ、思考なんて形のないもの、いくら解剖して調べても正体は掴めないよなぁ)
この世界の人間の身体構造と、元の世界のものとが同じとは断定できないので、あながち間違っているとも言えない。
元の世界でもまだまだ研究中の分野だった気がするし。
(前の世界では、そのクッションだと思っているところにある神経細胞が、シナプシュ……じゃなくて、シナプスを通じて、電気信号と化学物質を使って情報をやり取りしている……みたいな仕組みだった気がするけど)
その辺が、ライチが父性エネルギーを出せる原因なのか、それとも研究が人体の構造に追いついていないのか。
何にせよ、今ライチが解剖されて調べられるとしたら、心臓横の魔力生成器官と、脳室あたり、ということだ。ひぃ。
「頭の中のことは、カチ割ると死ぬから調べようがないし、何とも言えないけどな。
アンタは、脳室とかその周りで魔力が生成されて、それが鼻の奥とか、耳の中とか、どこか見えないところにある魔石で外に流し出せてる、ってのが、今の俺の仮説だ」
「な、なるほど」
まぁ、そんな鼻くそ耳くそのような魔石はライチにはないし、出てるものも魔力ではないのだが、自分の持つこれまでの認識で置き換えると分かりやすい、という気持ちは分かるので、訂正はしないでおく。
「考えによってエネルギーが生まれるなら、それもあり得ますね」
「うん。だから、魔力量としては案外いけてしまうのかもな。あとは、物理的な問題だけど……。
まず、穴を掘って直接触れて……ってのは、絶対に無理な案だ」
「“絶対に”」
「そう。魔道具は全て領地の管理物だし、大魔道具なんて、王家の管理物だ。
掘削して手を触れようなんて、王家が許可を出すわけがない。領主の城の中枢の大魔道具に触れられないのと、同じように」
フガークスは、この荒地の下に魔導プレートがある前提で話をしている。
つまり、ここは元より、その他の土地でも、ライチが土地に手を触れて、飛車でやったように、父性エネルギーを流し込むのは不可能、ということだ。
「遠隔で振りかける、という案は……」
ライチはダメ元で聞いてみた。この案が不可能なら、アルフィアーナと嘆いたように、八方塞がりになってしまうのだ。
「それはもっと無理だな。何もない空間に流すことができるなら、とっくにみんなやってる」
「デスヨネー」
やっぱり詰んでいた。折角の無尽蔵のエネルギーも、流せないのでは意味がない。
『大量生産なんて、オスティアみたいに魔力をたっぷりにすれば、どんどん材料が生えてきて、よゆーのよっちゃんタコよ』などと思っていた自分を、ぶん殴りたい。
「――質問は終わったか? 時間もないし、さっそく実地で特訓してみよう」
大量生産になんのプレッシャーも感じていないフガークスに、ライチの焦りはさらりと流され、いよいよ飛車の特訓が始まった。
(そ……そうだ。飛車が一人で飛ばし放題になれば、どこかの余っている土地で材料を育てて、それを一気に運ぶこともできるんだから、それも大量生産への道だ!まだ首は繋がってるぞ!)
ライチは気を取り直して、目の前の操縦桿をじっと見た。