パパは異世界ATM   作:taniko

124 / 129
第123話 衣装案

 

「あれ?! ライチ、いつの間に肥溜め池まで行ってたの? ずっと村にいたのに、通ったの気づかなかった」

 

(行きは飛車で飛んでたからね、ふふ)

 

 ペサたちにそんなふうに驚かれながら、郊外村の中を歩く。ふと思い立って、ライチは軽く村の子ども達と遊んでから屋敷に帰ることにした。

 

 初めは、ティモとエルノにやったように、持ち上げてぐるぐる回るメリーゴーランドからだ。近くの子ども達の笑い声が響く。

 

(ふあ〜……実験体から、面白いおっさんに戻れる……)

 

 子ども達は栄養が足りてきて、元気が有り余っているのか、最初に見たときより、かなり笑顔が輝くようになっている。

 

 ライチさんがいるなら……と、親御さんが送り出してくれたのか、乞食も、夕食の支度も放り出して、二十人ほどの子どもが集まってきて、巨大な鬼ごっこが始まった。

 

(嗚呼……魂が浄化される……)

 

 鬼のライチの手を逃れようと、全力で叫びながら身をよじる子。

 タッチして欲しそうに、近くまで来てライチを煽る子。

 笑って悲鳴を上げながら手を繋いで数人で固まる子。

 

(う〜ん。エネルギーで言うなら、子どもの笑顔からも、何かしらのエネルギーが出てるよな?)

 

 ライチは真剣にそう思った。

 

 子どもの笑顔は、不思議な質量を持って、世界を幸福にしている気がする。

 

「次は増え鬼にしよう!」

 

 一人で二十人を追いかけていて限界が来たライチが言うと、「何それ何それ」と子ども達が集まってきた。

 ライチの説明を一度で掴み、一斉に子ども達が逃げていく。

 

(増え鬼は、最初はしんどいけど、後は楽できるな)

 

 更に、今回は地面に線を描いて、逃げる範囲も限定している。さっきよりも逃げる側は阿鼻叫喚だ。

 

「いけー!!」

 

 最後の一人を、全員が捕まえにかかる。

 ライチは足を止めてそれを応援した。

 

 くるくると回転して、迫る手を避けていた走り自慢の子が、ついに捕まってしまう。

 

「もっかい!もっかい!」

 

 二十人に取り囲まれて、催促される。すぐに二回戦が始まった。

 

 先ほど、嫌というほど聞いた「もう一回」すら、不思議と浄化されたような心地になる。

 

(いや、特訓は決して嫌だったわけではないけど)

 

 難しいことを考えて煮詰まった頭が、単純明快になっていくような心地が、“浄化”のように感じるようだ。

 

 

「――ふぅ。……そろそろ、俺は行かなきゃだ」

 

『えぇ〜!!!?』

 

 無限に体力が湧いてくる子ども達の大ブーイングに、ライチは大人として毅然と対応する。

 

「“えぇ〜?”は文句で、悲しい言葉なので、“楽しかったよ、また絶対やろうね”と言ってください」

 

「たのしかった〜!」「またやろう、ライチ!」「また来てね!」「ありがとう!」

 

(す、素直……!!)

 

 瞬時にライチの話に適応して、にこやかに言葉を返してくれる子ども達。

 

(これこれ。この瞬間瞬間の一生懸命さ。これが子どもだ)

 

 ライチは止まらない汗をぬぐいつつ、大きく手を振りながら、村を後にした。

 

 

 

---

 

 

 

「それで、衣装の案はどうなっただろうか」

 

 夕食のために着席した瞬間、待ってましたとばかりに、プルデリオが尋ねてきた。

 

 魂の浄化も終え、湯浴みもして、完全にリセットされたライチは、部屋から持ってきた蝋板――キセラを、夫婦に渡した。

 

「こ、これは……」

「絵心はないんで、口で説明しますね」

 

 ポカン顔の二人に、ライチは慌てて付け加えた。

 

「ここの領地で着られる服は、チュニックが基本ですよね。大きな布をかぶって、腰を帯やベルトで締めるもので、アルジーナさんや、領主様のように、女性なら丈の長いチュニックワンピースが一般的です」

 

 貴族も農民も、ほとんどの人がチュニックだったのは、毎回の観察で確認済みだ。

 いずれ子ども服を作りたいライチには、このくらいのリサーチはお茶の子さいさいである。

 

「ええ。分厚くて重い、羊毛などのしっかりとした生地を、染料をたっぷりと使って濃く染め上げるのが、上流の者。ゴワゴワでスカスカの麻布が平民。

 裾や袖、マントなどで布の量が変わる以外、形には、そこまで差異はありませんわ」

 

 アルジーナが改めて説明してくれる。

 

 そう。そこからだ。

 

「まずは、形からパンチを入れます」

 

「ふむ? 形?」

 

 プルデリオが少し前のめりになる。

 

「大きな布を縛って合わせるのではなく、そもそも身体に沿うようにピタリと布を切り、縫い合わせてしまうんです」

 

「ピタリと縫い合わせる?」

 

 服が立体になるような型紙が、この世界にはまだないのだ。そこに、最初の一撃をお見舞いする。

 

「俺がよく着せてもらってる、この家の服。あの、後ろにボタンがあるシャツのように、紐やボタンで開閉して着脱します。ここのより、もっと身体にピタリとくっついてる感じですかね。

 身体のラインが分かるので、より女性が魅力的になるかと思います」

 

 ライチには服飾の知識はほとんどない。家庭科レベルだ。それでも、リノの結婚式のドレス姿は脳裏に焼き付いている。

 奥さんの着ていたドレスがどんなものだったか、詳細まで思い出せる夫は、一体どれくらいいるのだろう。

 

(俺は、その内の一人だ……!)

 

 ライチは目を充血させるような勢いで、自分の奥さんの(服の)可愛さを、熱く語り始めた。

 

「更に布質で追撃を入れます。

 ポリエ糸を、標準的なポリエクロスより、隙間を空けて織り上げます。おそらく、縦糸を等間隔に抜いて、横糸も押し込まないようにすれば、透ける布が出来上がる、はず」

 

 これは、スピネラ村で一本一本縦糸を通しながら、マーヤに教えてもらったやり方だ。

 

 この世界に来てから見聞きしたものは、確実にライチの身になっている。

 

「お披露目の季節は夏。いくら空調が魔道具で整っていたとしても、ギラつく日差しまでは変えられないはず。

 暑い中、分厚い服をずっしりと着た領主達の前に、うちの領主様が、艶のある薄くて軽い布を、ヒラヒラさせながら、涼しげに登場するわけです」

 

 これはかなりインパクトがあるはずだ。

 

「うちの領地は何かと青い色を重んじて使っているようなので、色は、深い夜空みたいな暗い青。そこに、それより少し明るい青の薄い布を何枚も重ねます。重ねれば重ねるほど、明るくなり、まるで夜明けの少し前の空のように見えるはずです」

 

「腰から下は、Aをひっくり返したような形に広げます。布は、ひだが上から下にくねくねと蛇行するように広げて垂らして、歩いたときに、服のあちこちがふわっと揺れるようにします」

 

 この世界のAが、元の世界のアルファベットを、上下逆さまにひっくり返した、Vのような形をしていることは、メルカトに習って確認済みだ。さらにひっくり返せばAに戻る、というわけだ。

 

「ただ、あまりひらひらさせすぎると子どもっぽくなるので、全体の形はすっきりで。布が軽いからこそ、飾りを付けなくても綺麗に見えると思います」

 

 さらに上半身を指差す。

 

「首元は品良く高めに。もちろん神聖石の周りは穴を空けて刺繍で飾ります。

 袖は布を惜しまず長めに、貴族らしくたるみをつけつつ。でも、手首を絞って活動しやすくします」

 

「あと、刺繍です。銀色の糸を使って、全面的にたっぷりと刺繍を入れたいですね」

 

「……そんな、感じです」

 

 ライチから、ふしゅっと、プレッシャーが抜ける。リノの着ていた、二人で選んだ服。その美しささを、少しは伝えられただろうか。

 

「…………」「…………」

 

 キセラを見たまま、二人ともが黙っている。

 

「えっと……?」

 

 何かまずかっただろうか。

 やがて、プルデリオがゆっくりと息を吐いた。

 

「服飾は専門外なので、私には判断しかねるところもあるが……聞く限りでは、とても良さそうだ。

 アルジーナはどう思う?」

 

「非常に面白いですわね。わたくしにも是非作ってみてもらいたいです」

 

 アルジーナのおねだりに、プルデリオは光の速さで同意した。

 

「試作品は君のサイズで作るのがいいだろうな。実際に着れるのは、領主様のご判断のあとにはなるだろうが」

 

 プルデリオはキセラを見下ろし、もう一度大きく息を吐いた。

 

「……よければ、できるだけ早めに、私と一緒に服飾工房へ行ってくれないか」

 

「え?」

 

「うちで買い取っているポリエ糸を持っていく。職人たちに君の案を伝え、試作品を作ろう」

 

「いや、俺、服飾は素人ですよ?」

 

「私もだ。……職人に伝えるための知識が私には足りない。だから、君が指示を出してくれ。

 ……私へのご命令なのに、すまない」

 

 毎日お世話になっているプルデリオに、こう頭を下げて頼まれては、NOとはとても言いづらい。

 

「……わかりました。ひとまずやってみましょう」

 

 『明後日の午後を空けておいてくれ』、と、さくっと服飾工房ゆきの予定が入れられる。

 

 こうしてライチは、領主の衣装作りの方も、実行責任者のようなものになってしまった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。