「あれ?! ライチ、いつの間に肥溜め池まで行ってたの? ずっと村にいたのに、通ったの気づかなかった」
(行きは飛車で飛んでたからね、ふふ)
ペサたちにそんなふうに驚かれながら、郊外村の中を歩く。ふと思い立って、ライチは軽く村の子ども達と遊んでから屋敷に帰ることにした。
初めは、ティモとエルノにやったように、持ち上げてぐるぐる回るメリーゴーランドからだ。近くの子ども達の笑い声が響く。
(ふあ〜……実験体から、面白いおっさんに戻れる……)
子ども達は栄養が足りてきて、元気が有り余っているのか、最初に見たときより、かなり笑顔が輝くようになっている。
ライチさんがいるなら……と、親御さんが送り出してくれたのか、乞食も、夕食の支度も放り出して、二十人ほどの子どもが集まってきて、巨大な鬼ごっこが始まった。
(嗚呼……魂が浄化される……)
鬼のライチの手を逃れようと、全力で叫びながら身をよじる子。
タッチして欲しそうに、近くまで来てライチを煽る子。
笑って悲鳴を上げながら手を繋いで数人で固まる子。
(う〜ん。エネルギーで言うなら、子どもの笑顔からも、何かしらのエネルギーが出てるよな?)
ライチは真剣にそう思った。
子どもの笑顔は、不思議な質量を持って、世界を幸福にしている気がする。
「次は増え鬼にしよう!」
一人で二十人を追いかけていて限界が来たライチが言うと、「何それ何それ」と子ども達が集まってきた。
ライチの説明を一度で掴み、一斉に子ども達が逃げていく。
(増え鬼は、最初はしんどいけど、後は楽できるな)
更に、今回は地面に線を描いて、逃げる範囲も限定している。さっきよりも逃げる側は阿鼻叫喚だ。
「いけー!!」
最後の一人を、全員が捕まえにかかる。
ライチは足を止めてそれを応援した。
くるくると回転して、迫る手を避けていた走り自慢の子が、ついに捕まってしまう。
「もっかい!もっかい!」
二十人に取り囲まれて、催促される。すぐに二回戦が始まった。
先ほど、嫌というほど聞いた「もう一回」すら、不思議と浄化されたような心地になる。
(いや、特訓は決して嫌だったわけではないけど)
難しいことを考えて煮詰まった頭が、単純明快になっていくような心地が、“浄化”のように感じるようだ。
「――ふぅ。……そろそろ、俺は行かなきゃだ」
『えぇ〜!!!?』
無限に体力が湧いてくる子ども達の大ブーイングに、ライチは大人として毅然と対応する。
「“えぇ〜?”は文句で、悲しい言葉なので、“楽しかったよ、また絶対やろうね”と言ってください」
「たのしかった〜!」「またやろう、ライチ!」「また来てね!」「ありがとう!」
(す、素直……!!)
瞬時にライチの話に適応して、にこやかに言葉を返してくれる子ども達。
(これこれ。この瞬間瞬間の一生懸命さ。これが子どもだ)
ライチは止まらない汗をぬぐいつつ、大きく手を振りながら、村を後にした。
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「それで、衣装の案はどうなっただろうか」
夕食のために着席した瞬間、待ってましたとばかりに、プルデリオが尋ねてきた。
魂の浄化も終え、湯浴みもして、完全にリセットされたライチは、部屋から持ってきた蝋板――キセラを、夫婦に渡した。
「こ、これは……」
「絵心はないんで、口で説明しますね」
ポカン顔の二人に、ライチは慌てて付け加えた。
「ここの領地で着られる服は、チュニックが基本ですよね。大きな布をかぶって、腰を帯やベルトで締めるもので、アルジーナさんや、領主様のように、女性なら丈の長いチュニックワンピースが一般的です」
貴族も農民も、ほとんどの人がチュニックだったのは、毎回の観察で確認済みだ。
いずれ子ども服を作りたいライチには、このくらいのリサーチはお茶の子さいさいである。
「ええ。分厚くて重い、羊毛などのしっかりとした生地を、染料をたっぷりと使って濃く染め上げるのが、上流の者。ゴワゴワでスカスカの麻布が平民。
裾や袖、マントなどで布の量が変わる以外、形には、そこまで差異はありませんわ」
アルジーナが改めて説明してくれる。
そう。そこからだ。
「まずは、形からパンチを入れます」
「ふむ? 形?」
プルデリオが少し前のめりになる。
「大きな布を縛って合わせるのではなく、そもそも身体に沿うようにピタリと布を切り、縫い合わせてしまうんです」
「ピタリと縫い合わせる?」
服が立体になるような型紙が、この世界にはまだないのだ。そこに、最初の一撃をお見舞いする。
「俺がよく着せてもらってる、この家の服。あの、後ろにボタンがあるシャツのように、紐やボタンで開閉して着脱します。ここのより、もっと身体にピタリとくっついてる感じですかね。
身体のラインが分かるので、より女性が魅力的になるかと思います」
ライチには服飾の知識はほとんどない。家庭科レベルだ。それでも、リノの結婚式のドレス姿は脳裏に焼き付いている。
奥さんの着ていたドレスがどんなものだったか、詳細まで思い出せる夫は、一体どれくらいいるのだろう。
(俺は、その内の一人だ……!)
ライチは目を充血させるような勢いで、自分の奥さんの(服の)可愛さを、熱く語り始めた。
「更に布質で追撃を入れます。
ポリエ糸を、標準的なポリエクロスより、隙間を空けて織り上げます。おそらく、縦糸を等間隔に抜いて、横糸も押し込まないようにすれば、透ける布が出来上がる、はず」
これは、スピネラ村で一本一本縦糸を通しながら、マーヤに教えてもらったやり方だ。
この世界に来てから見聞きしたものは、確実にライチの身になっている。
「お披露目の季節は夏。いくら空調が魔道具で整っていたとしても、ギラつく日差しまでは変えられないはず。
暑い中、分厚い服をずっしりと着た領主達の前に、うちの領主様が、艶のある薄くて軽い布を、ヒラヒラさせながら、涼しげに登場するわけです」
これはかなりインパクトがあるはずだ。
「うちの領地は何かと青い色を重んじて使っているようなので、色は、深い夜空みたいな暗い青。そこに、それより少し明るい青の薄い布を何枚も重ねます。重ねれば重ねるほど、明るくなり、まるで夜明けの少し前の空のように見えるはずです」
「腰から下は、Aをひっくり返したような形に広げます。布は、ひだが上から下にくねくねと蛇行するように広げて垂らして、歩いたときに、服のあちこちがふわっと揺れるようにします」
この世界のAが、元の世界のアルファベットを、上下逆さまにひっくり返した、Vのような形をしていることは、メルカトに習って確認済みだ。さらにひっくり返せばAに戻る、というわけだ。
「ただ、あまりひらひらさせすぎると子どもっぽくなるので、全体の形はすっきりで。布が軽いからこそ、飾りを付けなくても綺麗に見えると思います」
さらに上半身を指差す。
「首元は品良く高めに。もちろん神聖石の周りは穴を空けて刺繍で飾ります。
袖は布を惜しまず長めに、貴族らしくたるみをつけつつ。でも、手首を絞って活動しやすくします」
「あと、刺繍です。銀色の糸を使って、全面的にたっぷりと刺繍を入れたいですね」
「……そんな、感じです」
ライチから、ふしゅっと、プレッシャーが抜ける。リノの着ていた、二人で選んだ服。その美しささを、少しは伝えられただろうか。
「…………」「…………」
キセラを見たまま、二人ともが黙っている。
「えっと……?」
何かまずかっただろうか。
やがて、プルデリオがゆっくりと息を吐いた。
「服飾は専門外なので、私には判断しかねるところもあるが……聞く限りでは、とても良さそうだ。
アルジーナはどう思う?」
「非常に面白いですわね。わたくしにも是非作ってみてもらいたいです」
アルジーナのおねだりに、プルデリオは光の速さで同意した。
「試作品は君のサイズで作るのがいいだろうな。実際に着れるのは、領主様のご判断のあとにはなるだろうが」
プルデリオはキセラを見下ろし、もう一度大きく息を吐いた。
「……よければ、できるだけ早めに、私と一緒に服飾工房へ行ってくれないか」
「え?」
「うちで買い取っているポリエ糸を持っていく。職人たちに君の案を伝え、試作品を作ろう」
「いや、俺、服飾は素人ですよ?」
「私もだ。……職人に伝えるための知識が私には足りない。だから、君が指示を出してくれ。
……私へのご命令なのに、すまない」
毎日お世話になっているプルデリオに、こう頭を下げて頼まれては、NOとはとても言いづらい。
「……わかりました。ひとまずやってみましょう」
『明後日の午後を空けておいてくれ』、と、さくっと服飾工房ゆきの予定が入れられる。
こうしてライチは、領主の衣装作りの方も、実行責任者のようなものになってしまった。