翌朝。
“予定が立て込んでいるから、朝食を早めにしてほしい”とサピダンに頼んだら、更に早朝から作りまくっているらしい領主メシの試作品を、“味を見て欲しい!”とたくさん出された。
お残しはゆるしません、をモットーに生きてきたので、食べ過ぎて胃がはち切れそうだ。サピダンはたくさんのアドバイスにほくほく顔だったが。
ライチは、重いお腹をさすりながら、えっちらおっちらと大聖堂へ向かった。
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「魔力組合に、協力者ができたのですね。それはよかったですわ」
朝は何かと忙しいのか、結構待たされたあとにアルフィアーナは来てくれた。鐘楼に移動してすぐ、ライチは昨日、飛車を取りに行ってからのことを報告した。
「変な……いや、研究熱心な人なんで、よかったと言っていいのか……って感じですけど。前のめりで一緒に実験……じゃなくて、特訓してくれるので、助かってます」
本音がポロポロと出るライチに、アルフィアーナが苦笑した。
「あと、なりゆきで、明後日から、領主の集まる集会みたいなのに、領主様が着ていく服を、工房の人と一緒に作ることになりました」
「……ぇ?」
アルフィアーナが、フリーズした。
「そうだ。ちょっと衣装案を考えたんで、意見をもらえません?
上半身は身体にピタリとフィットさせて、腰から下はふんわりさせる。これ、かなり革新的なはずなんですよね。チュニック文化だと。
首元は高く。袖や、腰から下には、薄く透けるほどに織り目を減らしたポリエクロスを重ねて、深い青から少し明るい青へグラデーションにする。刺繍も入れて上品に――」
「ライチさん」
「はい?」
「ご自身が、何をしようとしているか、分かっておられますの?」
声が低い。
「え?」
「領主様が、王族の御前でお召しになる衣装ですわよ?」
「はい」
「それを……あなたが考えた形で?」
「まぁ、ほんとなりゆきなんですけど、気がついたらそうなりました」
ライチの気の抜けた言葉に、アルフィアーナは、ゆっくりと息を吐いた。
「……王族の前でお召しになる一着の晴れ着を作るということが、どれほどのことか、ご存知ではなさそうですわね」
「ど、どれほど……とは……」
物々しい言い方に、ライチはごくりと唾を飲み込んだ。
「その衣装は、領主様だけの服ではありません」
「?」
「“領地の顔”、ですわ」
「顔」
顔というと、パッと見て、第一印象を決める、あの。
「どれほど良い布を作れるのか。どれほどの職人を抱えているのか。どれほどの財力と技術があるのか……。王族と他の領主の御前で、それを一着で示すものですの」
「それは……顔、ですね」
言われてみれば、総理大臣が国際的な集会に、環境保全をアピールした最新技術のネクタイをつけて行く……なんて話と同じように考えると、イメージがしやすくなった。
(そうか、俺がやろうとしてるのって、そういうことか……)
なんとなくメモを描いて、なんとなく工房に連れて行かれるが、もしかして、とんでもないことに巻き込まれてしまっているのかもしれない。
(できませんって、言えばよかったかな?
…………まぁそれは絶対しないか)
少し想像してみたが、あの状況で拒絶できるような自分ではなかった。それなら考えるだけ無駄である。
「領主様は、先代領主のお身体ために、どうしても領地の格を上げたいのでしょうけど……」
「え? 先代領主? 領地の格?」
アルフィアーナの呟きを、ライチが拾う。真剣な視線がライチに突き刺さる。
「今回ライチさんが作る服によって、王族がアゼルシルバ領に流す、医者や薬、輸入品の量が変わります。
それにより、先代領主の寿命も変わる……と伝えた方が、ライチさんには事の重大さがお分かりになりますか?」
「えぇっ?! 寿命?!」
領地の格とやらはさっぱりだが、寿命は分かる。領地の顔になる服作りが、人の寿命に直結するなんて、どういう理屈だ。急に責任が重すぎる。
「領主様は、夏季王国諸侯会議で、大勝負に出るおつもりなのでしょう。
だらだらと今のまま下位領地でいては、御父上が救えないとお考えではないかと」
(お父上……あ、先代って、領主様のお父さんなんだ)
「なるほど……何かご病気とかで、急いで王族に認められないと、まずいってことか……」
「ええ。推測ですが、熱心にご回復を祈って、神聖石が発現したというお話も聞くので、それも充分あり得るかと」
「なんだかすごく責任重大なことは分かりました」
考えても無駄だと諦めて、無駄にキリッとしているライチの様子が不満だったのか、アルフィアーナの目つきが鋭くなる。
「全く分かっていませんわ」
「分かりましたって!
でも、異世界の服の知識で、かなり時代を先取りしたものは作れると思うんです。もう逃げようもないですし、やれるだけやってみます」
割り切ったライチの様子に、ふ、と息を吐くと、アルフィアーナは何かを思い出したような顔になった。
「そうですわね、先ほど、すでに案を話されていましたね。
聞いた限りでは、身体に沿う形も、布が透ける所も、新しい布に対するインパクトは充分だと思いますわ」
混乱の中でも、しっかり聞いて、考えてくれていたようだ。
「“透ける布”そのものは、貧乏を表すものですが……。滑らかで艶があり、美しく染色されているのならば、高級品であると誰が見ても一目でわかるはず。
……どんなものが完成するか、わたくしも見てみたくなりましたもの」
(そうか、アルフィアーナさんは……)
昔は豪華な衣装を好きに着ていた身分だっただろうが、今着れるのは白装束だけだ。
服は持ち出せないだろうし、この大聖堂の敷地からも出られないから、工房に見に来てもらうこともできない。
肩を落としかけて、ふと思い立った。
(――そうだ!試作品を作る時に、持ち出し可能なものも追加で作れないか聞いてみよう。アドバイスが欲しいからって)
ライチが名案にうんうんと頷いている横で、アルフィアーナは眉をしかめている。
「となると……いよいよ本当に、王国も巻き込んで、領地をあげて大量生産を実現しないといけなくなってきていますのね。……しかも、“太陽の歩みが最も長く留まる日”の十日後までに」
なんとなく今が五月二十日すぎだとして、夏至の十日後は六月三十日前後だ。つまり、あと三十日ちょっとで、『はい!すごい服も、その大量生産もできましたよ!』と王族や他領主に言えないといけないと。
(無理ゲーすぎる)
ライチの首が飛ぶ、以外に、いろいろ乗りすぎている気がする。責任が重すぎる。