スーパーバクテリアくんを初めから箱型便器とやらに塗っておいてもらって、できた粘土だけを回収する方法もチラリとよぎったが、
(貴重な資源だし、バレない方がいいか)
と考え、口に出すのはやめ――
「あっ!!!!」
ライチの突然の大声に、アルフィアーナはビクリと肩を揺らして、反射的に周囲を警戒した。
「ライチさん、一応密会中ですわよ!」
「す、すみません。凄いことに気づいちゃって」
なんだ早く言え、という視線を受け、ライチは続ける。
「街の南にある、肥溜め池をね、ぜーんぶスーパーバクテリアくんに、変えたんですよ。この間」
「そ、それは、つまり……」
アルフィアーナの目が見開かれる。
「そうなんです!魔力持ちの糞尿が、何年も、何十年も? 溜まっているであろう肥溜め池を、です」
「!!」
アルフィアーナが、息を呑んだ。
「それは……池の中は、とんでもないことに……」
「ですよね?!」
ライチも身を乗り出す。
「表面には油膜みたいにスーパーバクテリアくんが輝いてたんで、キラキラ池にしか見えなかったんですが……」
その下には、何十年分もの魔力持ちの生体由来物質が……?
それを、スーパーバクテリアくんが全部、魔導粘土へと変換していたとしたら……?!
「ものすごい量の粘土が、底に沈んでたりするかも……!」
「ライチさん、冴えてますわね……!」
「アルフィアーナさんも!」
二人は、同時に両手を取り合った。
「「すごい!」」
しばらくの間、わーいわーい、すごーいすごーいと、お互いの発想を讃え合う。
だが。
ふと、二人の動きが止まった。
「…………」
「…………」
アルフィアーナが、ゆっくりと口を開く。
「……で、どうやって肥溜め池の底の粘土を取り出すんですの?」
「…………」
ライチは考えた。
考えて、ようやく一言。
「……なが~い持ち手の、柄杓、とか?」
「池の深さにもよりますが、現実的ではないですわね……」
アルフィアーナの声にも、明らかに覇気がなくなった。
「撹拌しながら池の底をさらうより、宰相様にお願いして、今まで通り糞尿を集めてもらう方が、効率が良さそうですわ……」
「ですよねぇ……」
ライチは池の様子を頭の中に思い浮かべる。
「じゃあ、人力で池の水を抜いて……は、無理か。
重機……は、ないし。
魔道具で水をパカーンと割ったり、地面を起こしたりは……?」
「できますの?」
「……フガークスさんなら、もしかしたら?」
「その効果を持つ魔道具は、どちらに?」
「…………ないです。ただ、借りられる可能性はあるかも」
「水を割るのは、かなり高度な操作が必要ですわ。水の魔力持ちで、水の魔道具に慣れている者がいれば、もしかしたら実現可能かもしれませんが……平民の魔力持ちだと、厳しいと思いますわ」
アルフィアーナは続ける。
「それに、地面を起こすほうは、池の中身どころか、周囲までぐちゃぐちゃになってしまいそうですわね」
「ああ……確かに」
ライチは、がくりと項垂れた。
せっかく、目の前に大量の材料が眠っているかもしれないのに。
「素材が取り放題だと思ったのに……。勿体ないなぁ」
「ゆくゆくは取れるようになるかもしれませんから」
アルフィアーナが慰めるように言う。
「今はひとまず、試作品の材料を手に入れるところから始めましょう」
「そうですね……」
池の底に眠る大量の魔導粘土は、ひとまず諦めるしかない。
「じゃあ、ルキディウス様に“魔導粉と、糞尿を調達してほしい”って風信を送れないか、フガークスさんに頼んでみます」
(魔導粘土が浮く性質を持ってるかもしれないし、俺は、諦めないぞ)
かなり長話をしてしまったので、帰りはいつも通りドタバタになった。
視界がキラキラするお別れはどんなときも必ずやってくれるので、律儀な人だと思う。
(いつも何のお返しもできてないのに、アルフィアーナさんにはお世話になってばっかりだ)
何をお返しすれば、喜ばれるのだろうか。
(偏見だけど、女性といえば甘い物!のイメージだよな)
今度、お菓子でも作って渡そう。
キラキラの余韻を噛み締めながら、ライチはそう決めた。
---
(スーパーバクテリアくん池には、やっぱり粘土のようなものは浮いてなかったな……)
郊外村でペサがついてこようとするのをいなして、肥溜め池をチラチラ見ながら、約束の荒地に向かった。
(粘土がプカプカ浮いてたら、素材回収が楽だったのに)
非常に残念である。
(底に沈んでそうだなぁ。今は文字通り手も足も出ないか)
しょんぼりしながら荒地に着くと、フガークスはすでに飛車とともに待ち構えていた。目の下にくっきりと隈がある。寝ていないようだ。
「待ってたよ。さぁ、試したいことが山ほどあるんだ」
目がキマりきっている。
「口外禁止で誓ってるから、一人で研究するしかないし、考え出したら止まらなくて」
それもそうだ。ライチは苦笑しながら特訓という名の研究に参加した。
(やっぱり、指から父性を流す、ってのがどうしても無理だ……)
もうこれで何度目だろうか。親指だけで触れていたら、勝手に父性が流れていくので、浮かすことができる。
右に曲がる時にも、一度手を離して、右の魔導盤にのみ触れて、我が子を思えば、右には曲がる。
しかし……
「あ〜……。手を離すと、降下が始まっちゃうんだよな」
下りながらの右旋回になる。左も同様だ。
「ある意味これも狙ったところに飛べてるのでは……?」
上下に揺られながら飛行するライチの横で、フガークスがツッコミを入れる。
「飛べてはいるな。……“操縦”としては0点だけど」
正直、荒地を緑地にする方法が分かった今、お金さえ払えば飛ばしてもらえる飛車を、自分で操縦できるようになることに、そこまで魅力も感じなくなっている。
「もう一回」
カクカクのスパンを変えたり、触れる手を一本から二本にしたり、いろいろと試すが、現状は全く変わらない。
父性は、勝手に流れ出るもの。調節はできない。
魔力は、土地に流せば命の力になる。
父性エネルギーはならない。でも魔道具は動く。
魔力は、不治の病の乗っ取りエネルギー。
父性は、我が子を思うと自然と溢れてくるもの。
やはり何もかもが違う。クラフトスキルからのお達しにより、性質も違うものだと証明された今、飛車の飛行も、これが限界のように思えてならない。
「ほら、もう少し力を集める感じだ。胸のあたりから湧き出るものを、額の魔石に集めて」
「……すみません。その感覚がなくて」
「じゃあ、額から腕に流す感覚は?」
「流れないです」
「……そこからだもんな。魔力持ちなら、誰でも分かる感覚なんだけど」
「すみません……」
一歩も話が進まなくて、教えてもらっていて申し訳なくなる。
せっかく付き合ってくれているのに、何一つ成長できない。
「もう、やめておきます。乗れなくても、フガークスさんがいるし」
とうとうそう言おうと息を吸い込んだライチ。
しかし、フガークスは諦めなかった。
「じゃあ逆に聞くけど、飛車を動かす時は、何をしている? お子さんのことを考えてたのは分かるけど、他は?」
「何を……」
ライチは操縦桿を見る。
金のラインの、ただの棒。
魔道具を動かすための部品。
「もっとこう……お子さんのことを考えててもいいけど、飛車と意思を合わせるんだよ。コイツだって道具だけど、エネルギーで繋がった時は、相棒みたいなもんだろ」
「相棒……」
パートナーか。