パパは異世界ATM   作:taniko

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第128話 もっと

 

「……それを言うなら」

 

 パートナーといえば配偶者。リノの顔を想像して、ライチは思わず笑った。

 

「子どもの方がいいですけど」

 

「子ども?」

 

 その言葉を口にした瞬間だった。

 フガークスにに聞き返されながら、ふと、気付く。

 

(触れているのが、我が子だとしたら?)

 

「例えば、操縦桿は、棒じゃなくて、ルノの手なんです。レントの手。ロクの、」

 

 ライチは大切に、大切に操縦桿を握った。

 

「手」

 

 ――ふわっ

 

「おっ、いい感じ」

 

 フガークスの言葉に、ライチは答えず、ただ目を閉じた。

 

 

(レント)

 

 子どもの手を引いた場面が蘇る。

 

(そっちは危ないよ。真ん中は車の道!お外では、“端っこ!”だろ?)

 

 ――ぐん

 

「左」

 

 

(ルノ)

 

 もうお姉さんだもんな。

 

 手を繋がなくても、ちゃんと歩けるようになった。

 

(右に寄れるか?)

 

 ――ススス

 

「右」

 

 散歩をした日々が蘇る。

 

 握り返してくれる小さな手。

 でも、すぐすり抜けるんだ。

 ちゃんと二本指で手首をロックしないとな。

 

「パパ!あれ見て!」

「ぶーぶー きた」

「公園寄ろうよ」

「ブランコ したい」

 

 どんな日にも、楽しそうな声。

 何気ない、いつもの道。

 ただ歩いただけの時間。

 何でもないと思っていた毎日が。

 

 今になって、こんなにも大切なものだったのだと分かる。

 

「そっちは危ないって」

「今日はこっちにしとこ」

「もう暗くなるぞ」

「ドーナツ買いに行こっか!な?」

 

 次に何をさせるべきかで、頭がいっぱいだったあの日。

 

 

 好きなだけ、遊ばせてやればよかった。

 もっと笑顔を胸に刻めばよかった。

 どこまでだって、ついて行ってあげればよかった。

 並んで歩く時間は、こんなにも大切なものだった。

 

 小さな小さなロク。もっともっと一緒に行きたいところがあったのに。

 

 

(……大好きだよ)

 

 胸の奥から思いが溢れる。

 

 不思議と、切なさに胸が苦しくなるような感覚がなく、愛情がスルスルと流れ出るような喪失感がある。

 

(もっと……)

 

 子ども達の笑顔を。

 

(もっと……!)

 

 幸せな場面が一気にフラッシュバックする。

 

「リノぉぉ、ありがとう、ありがとう」

 彼らが生まれたとき。

 

「にぃ」

 初めて笑った顔。

 

「んくっ、んくっ」

 一生懸命にミルクを飲む呼吸音。

 

「……」

 思ったより力強く指を握ってくれた小さな手。

 

「ぱ、ぱ、ぱぱぱ、ぱぱ、パパ」

 初めてパパと呼ばれた日。

 

「三人抱っこじゃ〜!」

 三人まとめて抱き上げた重さ。

 

 

(もっと……!)

 

 

「パパのところに生まれてきてくれて、ありがとうなぁ。

 

 大好きだよ」

 

 

(もっと…………!!)

 

 

「――おいッ!!」

 

 

 肩を、強く、揺さぶられた。

 

「……え?」

 

 

 ――ヒィーーーーーー!!

 

 

 突然、音が戻った。

 笛のけたたましい音がする。

 

 フガークスに肩を掴まれている。

 

「あれ?」

 

 ライチは反射的に握っていたものから手を離した。

 

 下を見る。

 

「ぁ……」

 

 高い。

 ものすごく。

 

 スカイダイビングとかのやつ。

 

 手が勝手にシートベルトを確認する。

 

(な、い)

 

 内臓も意識も、何もかもが地表に吸い込まれるような感覚。

 見えるのは、ただ、はるか下に見える地面だけ。

 

「だ――」

 駄目だ。

 

 そう言おうとした。

 

 声になる前に、意識が

 

 

 

---

 

 

 

「――あれ、ここは……。あっ、フガークスさん」

 

 いい天気の空だ。家族の夢を、見ていた気がする。

 

「おそよう。呑気なもんだなぁ」

 

「のんきって……」

 

 反射的に反論しかけて、直前の記憶が一気に蘇る。

 

「……あっ!? わぁぁっ!落ちるっ!!」

 

 バッと飛び上がり周囲を確認した。

 

 地面だ。フガークスのローブが地面に敷かれ、その上に寝かされていたようだ。

 

「とっくに下ろしてるよ。魔力切れ……じゃなくて、父性切れだろう。意識を失ってたんだ」

 

(?? 父性って切れるものなのか?)

 

 初耳である。

 

 パンパンとローブの砂を払い、お辞儀をしながら返却する。

 

「父性が切れたというか、『落ちたら死ぬ!』と思ったら血の気が引いて意識がなくなったような……」

 

 ライチの言い訳はスルーして、フガークスが首を振る。

 

「あれだけ一気にエネルギーを流し込んだんだ、まだ頭がクラクラするはずだ。今日はもうやめた方が良い」

 

(クラクラ……? してないような……)

 

 よく分からないが、魔道具を操作していたら、ままある事らしい。プロの言うことだ。聞いておこう。

 

「なんかすみません」

 

「……何がどうなって、ああなった?」

 

「ああ、とは……」

 

 意識を失う直前は、目を閉じて家族の事を考えていたはずだ。

 

「左右に調子よく、高度を保ったまま移動できていたんだ。途中までは」

「おお!やりましたね!えーと、どうやってやったかな……」

 

 思い出そうとするライチに、フガークスは険しい顔で続けた。

 

「途中から、ものすごい速さでひたすら上昇し始めた。何度止めても、何かに乗っ取られたみたいに、こっちの話も聞かないで」

 

「えっ」

 

 それは危険だ。危険すぎる。

 

「これでダメなら、ぶん殴って操縦桿を奪おうかと思って、最後に声を掛けたら、ギリギリで正気に戻ったんだ」

 

「マジですか」

 

「マジです。空の向こうまで行くかと思った」

 

 フガークスが、真剣な顔で回想している。

 

「――で? 当のアンタは何をしてた?」

 

 研究者の目で見つめられ、ライチは一生懸命に思い出しながら説明した。

 

「最初は、えっと…………そうだ!散歩の場面を思い出しました」

 

「散歩?」

 

「操縦桿を子どもだと思って、手を繋いでみたんです」

 

(そうだそうだ。それがきっと上手くいったんだ)

 

「右に行くんだよ〜。とか、左に行こうね〜。とか、そんな風に思ったら、そう言えば飛車が移動していたような気がします」

 

「それは……大成功じゃないか。やった。

 右に曲がろうと思うと、右の魔導盤に父性が流れるってことなのか? それとも、三点全てに流れているけど、想いのエネルギーなら、魔石側で操作できてしまうのか……これは興味深いな……」

 

 真面目な瞳を一瞬喜びに染めて、実験の成功を噛みしめるフガークス。

 

 しかし、すぐにまた険しい顔に戻った。

 

「……で、それが、なんで暴走になった?」

 

 暴走するやり方では、成功と呼べないのだろう。

 

 ライチは必死に自分の思考の流れを思い出した。

 

「繋いでるのが我が子だと思ったら、別れてる分、愛が溢れて止まらなくなったような……気がします」

 

「なるほど……」

 

 子どもが可愛い同盟だからか、フガークスはあっさり納得してくれた。

 

「じゃあ、明日は最初の、お子さんとの散歩の感じでやってみようか。目がぶっ飛んできたら、ビンタで起こすからな」

 

「ビ……!」

 

 思わず頬を押さえてしまう。

 

「魔力暴走はそれくらい危険なんだ。さっきのが、一人で乗ってるときに起きていたら? 簡単に意識を失って、飛車はどこに降りたと思う? 座ってられなかったアンタの身体は、どうなってたと思う?」

 

「それはもう、従者席から落ちまして……ひぃ」

 

 あの高さから落ちたら、木っ端微塵だ。ライチだけでなく、落下地点に人が居ないとも限らない。

 

「絶対に乗りこなせるまで練習しよう。飛車自体は、魔力切れを起こしてもゆっくりと降下するから、腰紐とかで固定しておけば安全かもな。それか車内に座るか。

 …………今日は随分、肝が冷えたよ」

 

 フガークスの目が、心配に染まっている。

 

「すみませんでした……」

 

「一歩進んだんだから、喜ぼう!な。

 操縦桿そのものに父性を向けるのは、盲点だった……。明日の研究、じゃなくて、特訓が楽しみだ」

 

 根っからの研究者ではあるが、優しい人だ。フガークスの励ましを大事に受け取る。

 

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