「じゃあ、今日の組合に払う代金を、もらっておくな。十万G。このギルドカードに送って」
そうだそうだ。支払いだ。
フガークスが取り出したギルドカードに、自分のカードを当てようとしたとき、ライチはフリーズした。
「――あ……あれ? 銀行でも、お屋敷でも、俺って、一度も自分で金額設定して、送金したことがないかも……」
金額を入れたことがあるのは、ATMスキルだけだ。画面にタッチできるやつ。
「あぁ、たまたま引き去り金額が固定されてるところだけだったんだな」
フガークスは嫌な顔一つせず、丁寧に使い方を教えてくれた。
「ギルドカードは、先人の叡智が詰まった素晴らしい魔道具だ。情報書き換え系といえば、たいてい土魔道具だ。砂鉄が動くのと同じような原理だな。
裏面に“ # ”みたいな区切りの浅い溝があるだろ」
「あっ、滑り止めかと思ってたやつ」
「上から、123、456、789。下の真ん中のはみ出たところが0だ。0の両側は“送る”と、“受ける”。
相手へ送金するか、相手から引き去るか、だな」
十二の区切りで電卓のようになっているらしい。
(0の概念とか、大きな数字の概念とか、前の世界のこのくらいの時代より、発達してるよな。ギルドカードのおかげかな?)
「押し間違えたらどうするんでしょう?」
「順番にいくぞ。まず最初に、表面の残高の部分を強く押して反応させるんだ。そうすると、裏字が光る。
裏の数字を強く押すと、表の残高の部分に、入力した数字が光るようになる。その表の入力した字を強く押すと、リセットだ」
「おっ……おおっ……ほんとだ!」
ギルドカードを触れ合わせず、入力だけを練習する。
(タッチパネルじゃなくて、金属板を押し込むことで、砂鉄的な物が動くのを、土の魔石に感じ取らせてるのか。奥が深いなぁ)
いちいち表に返して数字を確認しないといけないのは手間だが、現金でやりとりするより遥かにマシだ。魔道具開発をしているすべての人に、感謝である。
「――五万でいい」
「へ?」
十万と入力し終えたライチに、フガークスは『ふっ』と笑って言った。
「初回は信頼度を上げるために金額が固定されてるだけど、あとは半日で五万Gずつにもできるんだ」
「そうだったんですか!やった!なんか、得した気分ですね」
半日五十万円。半日百万円よりも、かなりお得だ。ラッキー。
「…………変わってるって言われる?」
「? 言われないですね。ごく普通です」
五万Gを無事送金しながら会話する。
(え? 半日百万円が、五十万円になったら、誰でも喜ぶよな?)
フガークスの感性はよく分からないが、ここは甘えておこう。
「それじゃ、今日は栄養のあるものを食べて、よく眠るんだよ」
(多分それは身体器官で魔力が生成されるときの休み方……!)
労り方が甥っ子姪っ子相手のようで、ライチは微笑ましく思った。
「了解です。…………あっ」
ライチは別れの挨拶で大切な用を思い出して、懐から一枚の木札を取り出した。
「そうだ、フガークスさん。一つお願いがあるんですけど」
なんだ? という視線を受けて、言葉を続ける。
「これを、お城の宰相様まで風信で送ってもらえませんか? やり取りの内容は、見てもいいですけど、“口外禁止”で」
木札には、先ほどアルフィアーナと話し合った内容が書かれている。
『魔力持ちの排泄物を肥料として利用することで、大量生産に繋がらないか試したい。
また、魔石の粉や、魔導鉱の粉も、生産に役立てられるのではないかと検討中。
どちらも、なんとか使わせてもらうことはできないだろうか。
もしもらえるならすぐにでも取りに行くつもり』
フガークスは木札を一瞥すると、軽く肩をすくめる。
「オッケー。魔力持ち由来の肥やしね。確かに効きそう。
粉も、今は土に還してるから、普通にもらえそうだし。
……そか。俺のうんこもいるってことだよな」
「へ??」
ライチは、目の前にいる男性が放った言葉を理解するのに、しばらく時間を要した。
(――!!
ほんとだ!魔力持ちの排泄物で、一番手に入りやすいのって、フガークスさんの物じゃんか!)
全くの盲点だった。
しかし、お願いしようとして、モゴモゴと言い淀んでしまう。
「あっ、えっと、顔を知ってる人の排泄物を、個人が分かるような状態で受け取るは、ちよっとさすがに……」
(プライバシー的に、駄目だよな?!)
検尿・検便でも、渡すときにこっそりと恥ずかしがっているライチだ。知り合いだと更に。
現代人の感覚で遠慮するライチに、フガークスはあっけらかんと言い返した。
「何が? みんなその辺に転がしてるじゃんか。
今度出すときには、何か別容器にためるようにするよ」
(そりゃそうか。犬の糞を拾って、おしっこを溜めて、窓から汚物を捨ててる下町の生まれなら、排泄物を欲しがる人に渡すなんてのは、日常の一部か……)
自分の出した汚物を、わざわざ行き交う人に見せびらかしているような状況だ。道に出して見せるか、器に入れて見せるかの違いしかない。
「あ、ありがとう、ございます」
「ピピだって、工房が買いに来るし、一緒一緒」
フガークスがつけ足した言葉に、ライチは、それもそうか、と納得した。
(ピピ……ピーピー、おしっこの略か。日本語だとシーシーだから、シシ? うちは“チッチ”派だったなぁ。 自然と子ども言葉が出るなんて、甥っ子さんと姪っ子さんを、よっぽど可愛がってるのかな)
本人にはあまり自覚がないのか、あまりにナチュラルに入り込んだ子ども言葉に、ライチですら聞き逃してしまうところだった。
(おしっこが出せた時の、「ちっち でたよ〜」。うんちが出せた時の、「んち でたよ〜」。
ああ……可愛かったなぁ……)
回想に浸るライチの横で、ファークスが淡々と話題を変える。
「あとは、風信な。送るのはいいけど、魔力組合に戻ってからになるし、こっちから送る分は城の受信室止まりだから、返事が来るまでは結構時間がかかるかもよ」
「みたいですね。聞いたことがあります。それで大丈夫です」
ライチはキリっとした顔に戻って頷く。
「オッケー。じゃあ、また明日、同じ時間に」
「はい。フガークスさんこそ、今日は寝てくださいね。隈が怖いですよ」
笑うライチに、フガークスはこめかみを揉んだ。
「研究に没頭してたら、五徹くらい余裕だろ?」
「すぐ死んじゃうんでやめてください……!」
睡眠は大切だ。
「“タイムイズマネー”、ではありますけど、身体が資本ですよ!」
「“時は飛ぶ”か。時間は飛ぶもんじゃなくて、ただ過ぎていくもんだと思ってるけどな。研究してたら確かに“飛んで”いくけど」
(へ? 時は飛ぶ? 光陰矢の如し、的な感じかな?)
時間を貨幣に見立てる言い回しは、ここにはなかったようだ。似たような意味に意訳されている。神様翻訳の興味深いところである。
「ま、できるだけ寝るようにする。じゃあ」
そう言って、笛の音をさせながら、フガークスは飛んでいった。