父性切れと診断されたことにより、思ったより早めに解散になってしまった。
大量生産系は風信の返事待ち。
衣装作りは明日の予定。
料理はサピダンたちの自主練中。
大聖堂には行き過ぎてさすがに怪しまれる。
……ということで、久々に完全にフリーになったライチは、ずっと楽しみにしていたものの進捗を聞きに行くことにした。
(あれから五日くらいかな? フォークとか箸とか絞り器とか!フェラドのお父さんのところに寄って、今どんな感じか、見たかったんだよな)
いい加減、領主領主領主のご命令ご命令ご命令……で、食傷気味だ。
もう無茶ぶりはいい。
箸を……箸を使いたい。
箸を持って、ほっとしたい。
日本が恋しい。というか家が恋しい。
ロクの首のシワに溜め込まれたミルクゲボの、チーズの匂いを全力で嗅ぎたい……。
荒地から、肥溜め池、郊外村……と抜けて、南門から街に入ると、すぐにフェラドのお父さんの工房に着く。
以前来たときと同じように、南門から左へ曲がると、ひときわ大きな工房がすぐに顔を出した。鉄槌と火掻き棒の紋章が目に入る。
下町らしく、門は開いたままになっていて、門番もいない。出会い頭に殺人ハンマーが爆速で飛んでくるような場所に、不審者は入ってこないのだろう。
正面の小さな中庭に入って、ライチはようやく異変に気づいた。
「あっつ!」
「それ持ってこい!」
「湯、もういいぞ!」
「型を開けろ!」
「おいそっちはまだだ!」
以前のハーモニーが消え失せ、中庭であってもむせ返る熱気と、作業音と怒号で、工房全体が上に下にの大騒ぎになっていた。
「あのぉ〜……」
正面の建物の開いた扉から、ライチはそっと顔を入れてみる。
「バカ野郎!死ぬぞ!!」
(へ?)
鋭い声。誰に言ってるか分からず、呑気に右を見ようとした瞬間。
――ヒュンヒュンヒュンヒュン
またも金属ハンマーが、回転しながら風を切って飛んでくるのが、視界の端に映り込んだ。
「だぁぁ!」
(今度こそ死ぬっ!!)
反射的に身を引くのと同時。ハンマーはライチの鼻先をギリギリで掠めていく。そして、左にいた人物の手に吸い込まれていった。
「鍛冶屋に顔から入ってくるやつがあるか!誰だァ!この馬鹿は!」
相変わらずの剣幕で、フェラド父が床に穴を空けそうな勢いで走ってきた。ハンマーが飛んできた方向だ。
「え、あ、すみませ――」
言いかけたライチは、フェラド父の顔を見て固まった。
「や……やつれました?」
たった五日で、頬がこけて、隈が酷いことになっている。髪もボサボサで、髭も伸びっぱなしだ。病気を疑うレベルである。
「お前ぇは……ラ……なんだ……そう! “スーパークラフター”とやら!」
(なんかフェラドがふざけて言ってたなそれ)
バクテリアはともかく、自分の呼び名に“スーパー”がついているのは、三十過ぎの男として、いかがなものか。
「お前ぇがフォークを頼みに来てから、鍛冶屋と木工屋は地獄を見てんだ」
「えっ」
「フォークだよフォーク!フォークフォークフォークフォークフォーク!朝から晩までフォーク!」
フェラド父が、両手を頭に乗せて天を仰ぐ。
「昨日も今日も明日もフォーク!とんでもない納期と数!」
「それは、悪いのは俺じゃなくてプルデリオさんでは……」
「おい、オヤジィ……持ち場離れんなって……」
奥から、煤だらけの男性が一人、ふらふらと歩いてきた。
前回来たときに会った、フェラドの兄の一人だ。
「あっ、最初のお客さん……」
こちらも、あまり寝ていないのか、精気もなくボロボロである。
「お前ぇ……」
フェラド父が、ゆっくりとライチの肩を掴む。
「一本作ってみるのと、死ぬほど作るのじゃ、わけが違うんだよ、分かっ、て、ん、の、か?!」
そのまま物凄い勢いで前後に揺すられる。
「俺っ、は、試作、品を、」
(プルデリオさんに言えない愚痴を、俺に言わないでくれ〜)
ライチが頼んだものが一本であることは分かっているようで、怒りを直接向けられている感はない。
しかし、フラストレーションが滲み出てる、というか、立ち昇っている。
その声を合図にしたように、奥から何人もの男たちが顔を出した。
「親方、俺から言ってやっていいっすか」「いや俺が言う!」「俺なんか毎日夢に出てきてんだぞ」
「わゎ……」
思わず可愛くて小さい生き物のような声を漏らし、ライチが一歩後ずさる。気分はゾンビに囲まれた絶体絶命の生存者。
「お前ぇがフォークを頼みに来てから五日……俺たち職人はとんでもない目に遭ってるが、自覚はあんのかゴラァ」
般若だ。般若がいる。お国的には悪魔か。
「えっと、もうちょっと納期をゆっくりにしてあげてって、プルデリオさんに頼んでみますから」
あくまでも直接の原因はライチではない。……と、本人は思っている。
「馬鹿」「そういうことじゃない」「鍛冶屋舐めんなよ」
よってたかって猛反発を食らってしまった。なぜだ。
「あー。地獄を見てはいるが、文句はねぇんだ。そこは誤解すんな。
地獄だからこそ、とんでもない儲け話をもらったんで、死ぬ気で食らいついてるだけだ。商人組合長にチクんのは、絶対やめろ」
フェラド父が一度トーンダウンして説明してくれた。
なるほど。地獄の納期だが、儲かるから頑張っちゃってるよ、という状態らしい。さすが、プルデリオとアルジーナのコンビである。
フェラド父が再度ライチの肩をがっしり掴む。
「だけどな? 地獄の元凶がのこのこ来たら、いかに俺たちが無茶振りをされてるか、お伝えしたくなるもんだ。……なァ、お前ぇら」
「そうだそうだ」「よくも軽々しくこんなもんを商人組合長に教えたな」「他の発注も待ってもらってんだ」「うまくできるまで、オレたちがどれだけ試行錯誤したか」
不満の声が、ほうぼうからライチにかけられる。
(俺か?! 俺のせいなのか?!)
ここまで言われると、段々自分のやり方が何かおかしかった気がしてきた。
(え、自分で使う用のカトラリーと調理器具を頼んだだけだよな?)
よく分からないが、愚痴を聞く責任くらいはあるのかもしれない。
「そうだぞ、お前ぇ。責任とって、どれだけ大変か聞いていきやがれ!」
「ふぁい……」
ライチは気の抜けた返事で受け入れた。
「まずは試作品だ!鉄を打って成形してみた!スプーンの端を切りゃできんだろってな」
――チャリン、チン、キン
机の上に、何本ものフォークの試作品が投げ寄せられた。
「歯が細くて三本ある!」「しかも三本とも太さ、長さ、間隔を揃えろと!」「二本目を叩いてる間に一本目が潰れんだよ!」「さらに混じりもんだらけだから、こんな薄く細くしたら、すぐ折れんだぞ!」「口に入れる道具なら、鍋なんかと違って、ごく細かい凹凸も危険だ!」
「一本ならともかく、三百本、これをやるのは無理だ」
比較的形の綺麗な鉄フォークを持って、フェラド父は言った。
「さ、三百……」
確かに、一本ずつ繊細に叩くには多そうだ。しかし、なんとなく、現代人のライチからすると、プレス機みたいなもので、ポンポン鉄板から型抜きして作れば、すぐ出来そうな本数のように聞こえてしまう。
「フェラドの案もやってみた!鉄板から打ち抜きゃいいって話だ」
(おお、まさにそれ!)
「だがな、その“打ち抜く型”を作るのが大仕事だった。硬ぇ鉄で作らなきゃなんねぇからな」
「硬い、鉄」
鉄にも硬さがあるらしい。何かの成分の含有量とかだろうか。
「で、作って、叩いて伸ばした鉄板の上に乗せて、ハンマーで打ち抜こうとしてみた」
「おおっ」
「鉄板がまだ厚かったんだろうな。しかもフォークは歯が出たり引っ込んだりしてやがる。ハンマーで叩いたって、力が散っちまって、鉄板は抜けねぇしで」
「先に型が潰れちまった」「オレの傑作が……」
フォークの形のクッキー型のようなものが、無残にも潰れているものが机に放られた。
「他にも、部位ごとに打ち抜きするやり方も試したが、どうしてもどこかしらへしゃげちまう」
――キン、キン、チン
失敗作が積み上がる。
「しかも、食器なら濡れて使うもんっしょ? 鉄だと、スズのメッキがちょっとでも剥がれりゃ、すぐにこんな風に錆びちまう」
水につけて置いていたのか、すでに赤茶になり始めているフォークを、フェラドの兄の一人が手に取った。
「た、大量生産って、大変ですね」
少数作るのと、「これをたくさんよろしく」では、わけが違うのだ。ライチにはそれがよく分かる。