「……だから!」
フェラド父がけたたましい音を立てて、鉄の失敗作を机から薙ぎ払う。
「青銅にした」
煤だらけのフェラドの兄の一人が、その言葉を聞いて、金色に輝くフォークを何本も机に並べ始めた。
「お、おお……これが、青銅のフォーク……」
黄色っぽい新品の十円玉のような見た目で、バッチリと三又のフォークが出来上がっている。
初めて見た完成品に、ライチは感激してしまった。たかがフォーク。されどフォーク。
「青銅だと金額の方が跳ね上がるんだよ」
「そこは、フェラドが商人組合長と交渉してくれてな」
「うちで作るフォークは、下位貴族とか、富裕層に回るから、銀を使う最高級品より格を落としてあれば、青銅で作ってもいいらしい」
「しっかり原価代を上乗せした代金を支払うって」
みんなが口々に説明してくれる。
「青銅なら、一個まともな鋳型を作れば、あとは流し込んで作れるんだ。これもフェラドの案だ」
「あれっ? ライチさんじゃないっすか。奇遇っすね」
噂をすればなんとやらで、フェラド本人が工房に現れた。
「フェラド!フォーク作り、皆さん大変なご苦労をされたみたいで……。今それを聞いてたんだ」
「そっすそっす。打ち抜きで作るには鉄の質が悪かったっすね。掘り出す場所にもよるし、こればっかりはねぇ。みんな腕は一品なんすけど。しゃーねーっす」
あっけらかんとしつつも、誰も責めないフェラドに、ほっこりとする。
「……じゃあ、鋳造で、もう楽になったんですね?」
いやぁ、よかったよかった。と頷きかけたライチに、全員の視線が刺さった。
「なると思ったか?」
フェラド父が低く言った。
「あれ……鋳型に入れたら完成……じゃ、ない、とか」
もごもごと濁すライチの背中を、全員が押し始めた。
「見りゃ分かる」「見てけ」「見た方がいい」「知ってりゃ、言わん言葉だぞ」「ライチさん、それはまずいっす」
「わっ、えっ、ちょっ」
ライチくん、初めての鋳造見学の開始である。
「まず、マスター。原型だ」
フェラド父が持っているのは、フォークをぺたんこにしたような鉄の板だった。
「木で作っても良いがな。鉄でも良いのができてたんで、これを元に型を作った」
「型は……ザラザラした粘土、ですか?」
「型土だ。砂と粘土を混ぜて、鋳物用にしてある」
「こっからは、鋳物専門のオラの担当だ」
ずいっと前に出てきたのは、前歯が一本抜けている初老の男性だ。
「上下の粘土型で、マスターを挟む。一番湯流れがいい配置で、できるだけたくさん型を取った。一回で十本」
「ところが、湯……溶けた青銅が、細い歯の先まで回らねぇんだ」
フェラド父が歯が足りないフォークを見せてくれた。
「だから、これもフェラドの案で、歯の先に、小さな湯溜まり……ボールを付けた。歯の先に湯の逃げ場があれば、止まりにくくなるからな。固まったあとで切り落としちまえばいい」
「歯もそうだけど、このカーブが鬼門なんだよ」「ほんとほんと」「湯溜まりをつけると、カーブからマスターが抜けなくなる」「全く鋳造向きじゃない」「だよな」
みんながうんうんと頷いている。
「なるほど……それで、ペタンコのマスターを持ってるわけですね」
「そうだ。カーブありで鋳造したかったが、試行錯誤の末に、カーブは後で、熱してつける方がマシだと判断した」
温めて、型に押し当ててぐにーっと曲げたら、確かにいい感じにカーブしそうだ。
「だがな、少しでも熱しすぎたら、歯と歯がくっついちまったり、バラけたり、形が崩れて終わりだ。熱するのが足りなかったら、負荷がかかってあっという間に折れちまう」
てんでバラバラなフォークが現れた。これは酷い。鋳造なんて、なんにも楽になってないのでは?と疑うレベルである。
「鋳物係の型だって、柔らかいままでは使えないぞ。しっかり焼き締めておかねぇと、水気が残ってたら爆発しやがる」
「型は型で焼き物なんですね。それでも、型があれば繰り返し使えるから……」
ライチの周りがどっと笑った。が、目は笑っていない。
「がっはっは。馬鹿言うなぶっ飛ばすぞ。こんな細っこい型、何度も開け閉めしてたら、あっという間に傷むだろ。使い回すより、作り直したほうが早ぇんだよ」
「三百本分、全部型を作り直し?!」
「それでも、“三百本分叩く”よりかは、かなりマシなんだ」
ライチは気が遠くなってクラクラしてきた。この時代に、手作業で、薄くて細いものを大量に作るということを、全く分かっていなかった。
(がんばれ〜、なんて、軽く考えてたけど、実際に地獄を見るのは現場だ)
「型一個で十本のフォークが作れるようになったから、今は三十個の型を作って焼いてるとこだ」
「それと並行して、こっちは、青銅の通り道だった湯口を切り落とす」「余分なところを折る」「バリを取る」「熱して、一本ずつ曲げる」「滑らかになるまでひたすらヤスリ!」
「…………」
ライチは、ゆっくりと完成品のフォークを見た。
(綺麗だ。ちゃんと、見慣れたフォークに近い)
だが、その一本の向こう側には――
「……これ、何本目ですか?」
「何本目だろうな。なんせまだ量産に入って二日目だ」
「ようやく昨日、ほぼ失敗なく流せる型になったとこなんす」
苦笑するフェラドをよく見た。身なりは整えているが、疲労と寝不足で目が血走っている。
「本当に、お疲れ様です……」
「おうよ」「分かればいいんだよ」「この仕事が終わったら、いいもんめちゃくちゃ食ってやる」「オレは寝る」
周りのみんなは満足して持ち場に戻っていった。相当苦労したらしく、その苦労を、他でもない、発案者に認めてほしかったようだ。
「暑い……。汗が止まらないです。無茶なものを作らせてしまって、すみません」
こんな中で長時間いたら、身体を悪くしてしまう。ライチは心から謝罪した。フェラド父が笑う。
「誰もお前ぇのせいだなんて思っちゃいねぇよ。俺たちゃすげぇだろって、ちょっと褒めてほしかっただけなんだ。『うちに作れねぇもんはねぇ』って偉そうに言った手前、な。
悪かったな、聞いてくれてありがとよ」
「……フォークって、こんなに作るのが大変なもんだったんすねぇ」
隣でフェラドが呟いた。
フェラド父が、その言葉にピキッと青筋を立てる。
「お前ぇの発注書は、確かにお客の思う通りを叶えてるかもしれねぇが、現場を知らなすぎる。鍛冶から逃げ回ってっから、そんなんになったんだ」
「フェラド〜。オヤジが、『もっと家に帰ってこい』つってるぞ〜」
作業場でフォーク周りのケバケバを落としながら、フェラド兄が大きな声で意訳する。
「オカンも心配してるし、このヤマ終わったら飯食いにこいよ〜」
別の兄も笑っている。フェラド父が「ふん」と鼻を鳴らした。
「あと五日でほぼ三百まるまる残ってんだ!くっちやべってねぇで、手ぇ動かせ!」
「自分が一番サボってるくせに、なんか言ってら」
工房全体が笑う。
「あと五日で、三百本……」
ざっと工程を聞いただけのライチでも、それがいかに切迫していて、大変なことか、想像することができた。
「俺も手伝いながら、なんとかやり切るっす。初めて組合長に任された仕事なんで」
フェラドがやる気に満ちている。
(そうか、お金のため、なんて言ってるけど、フェラドの初仕事だから、みんな、寝ないで間に合わせようとしてるんだ)
家族愛を受信して、ライチの胸は温かくなった。