パパは異世界ATM   作:taniko

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第131話 青銅鋳造

 

「……だから!」

 

 フェラド父がけたたましい音を立てて、鉄の失敗作を机から薙ぎ払う。

 

「青銅にした」

 

 煤だらけのフェラドの兄の一人が、その言葉を聞いて、金色に輝くフォークを何本も机に並べ始めた。

 

「お、おお……これが、青銅のフォーク……」

 

 黄色っぽい新品の十円玉のような見た目で、バッチリと三又のフォークが出来上がっている。

 初めて見た完成品に、ライチは感激してしまった。たかがフォーク。されどフォーク。

 

「青銅だと金額の方が跳ね上がるんだよ」

「そこは、フェラドが商人組合長と交渉してくれてな」

「うちで作るフォークは、下位貴族とか、富裕層に回るから、銀を使う最高級品より格を落としてあれば、青銅で作ってもいいらしい」

「しっかり原価代を上乗せした代金を支払うって」

 

 みんなが口々に説明してくれる。

 

「青銅なら、一個まともな鋳型を作れば、あとは流し込んで作れるんだ。これもフェラドの案だ」

 

「あれっ? ライチさんじゃないっすか。奇遇っすね」

 

 噂をすればなんとやらで、フェラド本人が工房に現れた。

 

「フェラド!フォーク作り、皆さん大変なご苦労をされたみたいで……。今それを聞いてたんだ」

 

「そっすそっす。打ち抜きで作るには鉄の質が悪かったっすね。掘り出す場所にもよるし、こればっかりはねぇ。みんな腕は一品なんすけど。しゃーねーっす」

 

 あっけらかんとしつつも、誰も責めないフェラドに、ほっこりとする。

 

「……じゃあ、鋳造で、もう楽になったんですね?」

 

 いやぁ、よかったよかった。と頷きかけたライチに、全員の視線が刺さった。

 

「なると思ったか?」

 

 フェラド父が低く言った。

 

「あれ……鋳型に入れたら完成……じゃ、ない、とか」

 

 もごもごと濁すライチの背中を、全員が押し始めた。

 

「見りゃ分かる」「見てけ」「見た方がいい」「知ってりゃ、言わん言葉だぞ」「ライチさん、それはまずいっす」

 

「わっ、えっ、ちょっ」

 

 ライチくん、初めての鋳造見学の開始である。

 

 

「まず、マスター。原型だ」

 

 フェラド父が持っているのは、フォークをぺたんこにしたような鉄の板だった。

 

「木で作っても良いがな。鉄でも良いのができてたんで、これを元に型を作った」

 

「型は……ザラザラした粘土、ですか?」

 

「型土だ。砂と粘土を混ぜて、鋳物用にしてある」

 

「こっからは、鋳物専門のオラの担当だ」

 

 ずいっと前に出てきたのは、前歯が一本抜けている初老の男性だ。

 

「上下の粘土型で、マスターを挟む。一番湯流れがいい配置で、できるだけたくさん型を取った。一回で十本」

 

「ところが、湯……溶けた青銅が、細い歯の先まで回らねぇんだ」

 

 フェラド父が歯が足りないフォークを見せてくれた。

 

「だから、これもフェラドの案で、歯の先に、小さな湯溜まり……ボールを付けた。歯の先に湯の逃げ場があれば、止まりにくくなるからな。固まったあとで切り落としちまえばいい」

 

「歯もそうだけど、このカーブが鬼門なんだよ」「ほんとほんと」「湯溜まりをつけると、カーブからマスターが抜けなくなる」「全く鋳造向きじゃない」「だよな」

 

 みんながうんうんと頷いている。

 

「なるほど……それで、ペタンコのマスターを持ってるわけですね」

 

「そうだ。カーブありで鋳造したかったが、試行錯誤の末に、カーブは後で、熱してつける方がマシだと判断した」

 

 温めて、型に押し当ててぐにーっと曲げたら、確かにいい感じにカーブしそうだ。

 

「だがな、少しでも熱しすぎたら、歯と歯がくっついちまったり、バラけたり、形が崩れて終わりだ。熱するのが足りなかったら、負荷がかかってあっという間に折れちまう」

 

 てんでバラバラなフォークが現れた。これは酷い。鋳造なんて、なんにも楽になってないのでは?と疑うレベルである。

 

「鋳物係の型だって、柔らかいままでは使えないぞ。しっかり焼き締めておかねぇと、水気が残ってたら爆発しやがる」

 

「型は型で焼き物なんですね。それでも、型があれば繰り返し使えるから……」

 

 ライチの周りがどっと笑った。が、目は笑っていない。

 

「がっはっは。馬鹿言うなぶっ飛ばすぞ。こんな細っこい型、何度も開け閉めしてたら、あっという間に傷むだろ。使い回すより、作り直したほうが早ぇんだよ」

 

「三百本分、全部型を作り直し?!」

 

「それでも、“三百本分叩く”よりかは、かなりマシなんだ」

 

 ライチは気が遠くなってクラクラしてきた。この時代に、手作業で、薄くて細いものを大量に作るということを、全く分かっていなかった。

 

(がんばれ〜、なんて、軽く考えてたけど、実際に地獄を見るのは現場だ)

 

「型一個で十本のフォークが作れるようになったから、今は三十個の型を作って焼いてるとこだ」

 

「それと並行して、こっちは、青銅の通り道だった湯口を切り落とす」「余分なところを折る」「バリを取る」「熱して、一本ずつ曲げる」「滑らかになるまでひたすらヤスリ!」

 

「…………」

 

 ライチは、ゆっくりと完成品のフォークを見た。

 

(綺麗だ。ちゃんと、見慣れたフォークに近い)

 

 だが、その一本の向こう側には――

 

「……これ、何本目ですか?」

 

「何本目だろうな。なんせまだ量産に入って二日目だ」

 

「ようやく昨日、ほぼ失敗なく流せる型になったとこなんす」

 

 苦笑するフェラドをよく見た。身なりは整えているが、疲労と寝不足で目が血走っている。

 

「本当に、お疲れ様です……」

 

「おうよ」「分かればいいんだよ」「この仕事が終わったら、いいもんめちゃくちゃ食ってやる」「オレは寝る」

 

 周りのみんなは満足して持ち場に戻っていった。相当苦労したらしく、その苦労を、他でもない、発案者に認めてほしかったようだ。

 

「暑い……。汗が止まらないです。無茶なものを作らせてしまって、すみません」

 

 こんな中で長時間いたら、身体を悪くしてしまう。ライチは心から謝罪した。フェラド父が笑う。

 

「誰もお前ぇのせいだなんて思っちゃいねぇよ。俺たちゃすげぇだろって、ちょっと褒めてほしかっただけなんだ。『うちに作れねぇもんはねぇ』って偉そうに言った手前、な。

 悪かったな、聞いてくれてありがとよ」

 

「……フォークって、こんなに作るのが大変なもんだったんすねぇ」

 

 隣でフェラドが呟いた。

 フェラド父が、その言葉にピキッと青筋を立てる。

 

「お前ぇの発注書は、確かにお客の思う通りを叶えてるかもしれねぇが、現場を知らなすぎる。鍛冶から逃げ回ってっから、そんなんになったんだ」

 

「フェラド〜。オヤジが、『もっと家に帰ってこい』つってるぞ〜」

 

 作業場でフォーク周りのケバケバを落としながら、フェラド兄が大きな声で意訳する。

 

「オカンも心配してるし、このヤマ終わったら飯食いにこいよ〜」

 

 別の兄も笑っている。フェラド父が「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「あと五日でほぼ三百まるまる残ってんだ!くっちやべってねぇで、手ぇ動かせ!」

 

「自分が一番サボってるくせに、なんか言ってら」

 

 工房全体が笑う。

 

「あと五日で、三百本……」

 

 ざっと工程を聞いただけのライチでも、それがいかに切迫していて、大変なことか、想像することができた。

 

「俺も手伝いながら、なんとかやり切るっす。初めて組合長に任された仕事なんで」

 

 フェラドがやる気に満ちている。

 

(そうか、お金のため、なんて言ってるけど、フェラドの初仕事だから、みんな、寝ないで間に合わせようとしてるんだ)

 

 家族愛を受信して、ライチの胸は温かくなった。

 

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総合評価:14732/評価:8.54/連載:130話/更新日時:2026年11月02日(月) 21:24 小説情報


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