「……で」
ほっこり顔のライチに、フェラドがおもむろに切り出した。
「フォークって、何を食べるものなんっすか?」
「え? お肉、とか……?」
フォークを使ってる場面を思い出して答えたライチの言葉が聞こえたようだ。
ビシリ、と、暑いはずの工房が、凍った。
「肉ぅ……?」
全員がその場からこちらを見てくる。見られているはずなのに視線が合わない。怖い。
「肉は手で食うだろ、そんなもん!」
フェラド父がハンマーを片手に立ち上がった。
吼える。
「神様がくだすった身体だぞ? 手を使った方が良いに決まってんだろ!なんだ、この悪魔の槍みてぇな形は。こんなもん作って、本当に売れんのか?!」
売れなかったとしても、損失を被るのは在庫を抱えるプルデリオだが、職人としては、丹精込めて作った道具が、無残に捨てられるのは耐えられないのだろう。
(悪魔の槍!? どうしよう、ここでは、そういう考え方なのか)
プルデリオ夫妻が肯定的で、フェラドもメルカトもツッコまなかったので、否定的な意見を初めて聞いた。
ライチは、急に足場が不安定に揺れるような心地になった。
(ホントだよな……確かに……)
肉なら、ナイフで切って手でつまんで食べればいい。パンもそうだ。スープやグラタンならスプーン。
わざわざフォークを使う理由がない。
(どうしよう……“神様からもらった手を使わないとバチが当たる”なんて言われたら、何も返す言葉がないぞ)
ライチの顔が段々青くなっていく。自分は、とんでもない思い違いをしていたのではないか。そんな考えがぐるぐると回る。
(どうしよう、どうしよう)
熱気でむせ返る大工房に、冷たい沈黙が流れ――
「売れるっすよ。オヤジ。大丈夫!」
フェラドの明るい声が響いた。
(フェラド……)
自信満々にニッコリと笑っている。あまりに自信たっぷりなので、ライチにもそれが伝播してきた。
(そうか。フォークだけじゃなくて、絶対にフォークの方が食べやすい食べ物と、一緒に流行らせたらいいんじゃん)
長くて。ソースが飛んで。巻き付けないと食べにくくて。乾燥してるからパンよりも日持ちするのに、お湯だけですぐにもっちりと仕上がる、あの主食。
「“めんめん”はフォーク一択です!」
「は?」
「巻き付けないと、死ぬほど食べにくいんで、フォークは絶対に流行ります。めんめんは最強の食材なので、俺が一緒に流行らせます!」
(そうだ。めんめん!子どもが大好きな!)
「メンメン? 美味いもんか?」
「はいっ!“ちゅるちゅる”とも呼びます!フォークがないとめちゃくちゃ食べにくいんです。だから、絶対大丈夫です!」
スプーンなら逃げる。細かくしたら茹でにくいし食感が変わる。手で食べれば熱いしソースでベタベタになる。冷めるまで待てば伸びてしまう。
「まぁ、そこまで言い切るなら……大丈夫なんだな。――そんじゃ、今日もとことん作るか!」
『おうよ!』
ライチの謎のめんめん推しに押し切られ、フェラド父は不思議そうに納得した。
(サピダンさんと研究せねば)
蕎麦のように包丁で切ると、断面が四角になる。そうすると、ライチの求める、ぷるん、ちゅるんとした食感とは違ってしまう。
しかし、現代にあったような、丸穴から押し出す製麺機を作るのは、ライチ一人には荷が重い。
ふと思い立って、ライチはフェラドに声をかけた。
「フェラド、お疲れのところ申し訳ないけど、フォークの未来のために、ちょっと今からプルデリオさんのお屋敷まで一緒に来てくれないかな」
「今からっすか?」
フェラドは工房を見渡した。『任された仕事を完遂してからにしたい』と目が言っている。
「あ、や、ごめん、そうだよな、納期の後で――」
いいよ。そう言いかけた。
実際は、領主へのレシピ披露の場はもうすぐだ。製麺機を一から試行錯誤して作り上げるには、時間が足りない。
(フェラドがいてくれると心強かったけど、五日ほど遅れてもなんとか……なる……はず。仕方がない)
そう思っての言葉だったが、フェラド父が唸るような声を被せてきた。
「鍛冶のできねぇやつがうろちょろしてると、ジャマだったんだよ。今すぐ連れて行ってくれや」
フェラドの目が見開かれた瞬間、その兄たちが三人一気に声をあげた。
「オヤジィ、言い方!」「めちゃくちゃ助かってるって言ってたじゃねぇか」「フェラド、お前の提案で、ようやく完成品ができ始めてんだ、自信持てよ!」
フェラドが、ほっ、と息を吐き出す。四人兄弟で自分だけが力及ばずに家業に携われない心中は、いかばかりか。ライチには想像することしかできない。
「はは。オヤジ、アニキ、ありがと。……みんなで必死に作ってるフォークの未来のためなら、行くしかないっすね〜」
寝不足で赤い目をニコリと笑みのものに変えて、フェラドが了承してくれる。
新しい物を作り出すことに、彼も少し自信を持ち始めているのかもしれない。
「実はフェラドがいてくれないと、にっちもさっちもいかないところだったんだ。ありがとう。
工房のみなさんも、手が足りないのに、すみません。フォークとセットで流行らせたい料理のために、フェラドくんのお力を、少しお借りします」
作業を続けながら、“早く行け”とばかりにヒラヒラと手を振る工房メンバー。
軽く会釈をして、フェラドとライチは歩き出した。
(――あっ)
ライチは敷地を出てからようやく気づいた。
(俺の、箸……)
完全に当初の目的を忘れていた。
(く、無念だ……。
まぁ、急ぎじゃないし、また様子をうかがいに来よう)
とても聞ける雰囲気ではなかったし。
ライチはさくっと気持ちを切り替えて、屋敷へと足を向けた。
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屋敷に戻ったライチは、一瞬迷ったものの、汗みずくの服のままフェラドと厨房へ向かった。
(フェラドも忙しいもんな。着替えてられないよな)
「サピダンさん」
夕食の仕込みで慌ただしい厨房で呼びかけると、サピダンがすぐに寄ってきた。
「ライチ様。どうされましたか」
「お忙しいところすみません。お二人に、新しい料理と、それを作るための機械について相談したくて」
「ほう。機械、ですか。専門外ではございますが、“今すぐ”、ということは……」
サピダンはライチの切羽詰まった様子に、すぐにピンときたようだ。
「そうです。領主様にお届けするレシピに、どうしてもこの機械で作った物を入れて欲しくて」
ふわふわのパンが完成するまでの猶予なら、十日ほどしかない。鍛冶大工房に、五日後の納期の後に作ってもらうとするなら、本当に時間がない。
「昨日の朝に教えていただいたものだけでも、十分な数だと思っておりましたが……さらに増やすのですね?」
「そうなんです。プルデリオさんが作らせている“フォーク”を、料理と一緒に流行らせたくて」
ライチは、フォークが、手を使わずに食べられるカトラリーであることを説明した。
「――なるほど。フォークでなければ食べづらい料理が流行れば、必然的にフォークも流行る、ということですか」
「そうです!」
察しのいいサピダンに、ライチは勢いよく頷いた。