「“めんめん”とか、“ちゅるちゅる”とか家では呼んでたんですけど、小麦粉の生地を細長くして乾燥させたものです。食べるときはお湯で茹でて、ソースに絡めます」
“めんめん”、“ちゅるちゅる”。
声に出すだけで父性が滾ってくるワードである。
“おめめ(目)”や、“めんめ(ダメ)”なんかも、子どもが言いやすい形だ。
めんめんも、ちゅるちゅるも、麺をさしている。
(子どもって、結構長いこと、“目”、“麺”みたいに短かったり、“ダメ”、“うどん”、みたいに違う音の単語だったりを伝えるのが、難しい時期があるんだよなぁ〜)
大工房でも、厨房でも、自分の口から当然のように出てきた、懐かしいお子様ワード。
ライチは、滾る父性をうんうんと噛み締めながら頷いた。
「乾燥させる小麦料理……。ハードパンのような保存食でしょうか?」
サピダンの言葉で、現実に引き戻される。
「あ、パンよりずっと保存には便利です。水と粉だけで作れるんで、乾燥させておけばパンより遥かに長く保存できますし、食べるときは茹でるだけ。ハードパンみたいに硬くないし、ぷりぷり、もちもちになって、とても美味しいんですよ。
そして何より、子どもに大人気です!」
ライチが胸を張る。それだけパスタは偉大なのだ。カルボナーラには何度お世話になったことか。
サピダンが、ふっと笑った。
「ライチ様は、いつもお子様のことを考えておられるのですね」
事実だが、『いやぁそれほどでも』と、ライチは謙遜した。
「保存するなら、粒か、粉でよくないすか? その場で粉をこねて、薄く焼いて食べる携帯食料なんかは、よく聞くっすけど」
「ふっふっふ、その、“こねる”すらなくして、茹でるだけにするのが大事なんだな!」
たった数分を削るために、わざわざ麺にスリットを入れて茹で時間を減らしたり、麺を束ねる帯ですら『食べ物で縛ってあったら、外さないままで茹でられるのにな〜』なんて考えるのが人間だ。
「たっぷりのお湯で茹でるから、水不足の場所には向かないけど、そうでない国とか領地になら、絶対ウケます!」
ライチの自信たっぷりな様子に、ようやくフェラドとサピダンの心も決まったようだ。
「オッケーっす。じゃあ、あと八日くらいで完成させるとして、どんなものを作りたいんすか?」
木札を取り出しながらフェラドが言う。
「小麦粉をどのようにしてから乾燥するのでしょう」
サピダンも続いて木札を取り出した。
ライチは二人に向き直り、説明を始めた。
「えーと、できれば、これくらい長くて、これくらい細くて……断面は丸です」
ライチは指で一般的なパスタの長さと太さを示した。
「丸、ですか」
「はい。手で細く伸ばしてもいいんですけど、均一な方が食感が良いので、できれば小さな丸い穴から、生地を押し出したいんです」
「なるほど」
フェラドが神妙な顔で頷いた。
「転がすより、引っ張るより、押し出すほうが均一で良い。だからオレが呼ばれたんすね。また、無いものをゼロから作ろうとしてんだ」
「そういうこと!」
話が早い。
「つまり、私はまず、生地の作り方を確認すればよろしいですな?」
サピダンが厨房の作業台へ向かった。
「お願いします!」
ライチもその隣へ移動する。
「まず、小麦粉は普通のパンより少し粗めに挽きます。それに水を少しずつ加えて、かなり硬めの生地にします」
「水は少しずつ、ですな」
「はい。最初はボロボロでも大丈夫です。そこから押して、折って、また押して……しっかりこねます」
「こねたら、やはり休ませるのでしょうか」
「そうです!乾かないように布をかけて、しばらく休ませてから、もう一度捏ねます」
ここまでは、家で、ルノのお料理教室のレシピを再現するために手打ちパスタを作ったときの記憶が残っている。
ただ――。
「……あ、でも、普通の小麦だと、少し難しいかもしれません」
「と、申しますと?」
「もっと硬い小麦だといいんです。そっちのほうが向いているので」
「硬い小麦……」
サピダンが考え込む。
「小麦にも、いくつか種類がございますよ。硬めのものならば、ドゥルム小麦がよいでしょう」
「えっ?」
ライチは目を丸くした。
「デュラム? セモリナ? あるんですか?」
「ございますとも」
デュラムセモリナ粉は、パスタで有名な硬い小麦粉だ。
ルノのお料理教室でも、しれっと手打ちパスタの材料として出てきた。自宅で再現するときに、この粉を探し歩いた記憶が蘇る。
何軒もスーパーをはしごして、ようやくちょっと贅沢な輸入グルメ店で見つけたときは、飛び上がって喜んだものだ。
(ややこしい名前だけど、さすがの俺もあれだけ探したら覚えるっての)
サピダンは厨房の棚から一袋を取り出した。
「ドゥルム小麦は、かつてはここアゼルシルバでも作られておりました。しかし、パンにするには硬すぎましてな。今では南のフルメンタ領から仕入れるのみとなっております。
普通のトリブ小麦とは風味が代わるので、私は焼菓子用に仕入れておりますが」
(ドゥルム、か。デュラムに似てるけど、少し違った)
「気候は合ってるんだ。じゃあ、種を蒔けば、ここでも育てられますか?」
サピダンが笑顔で袋を開く。
粉ではなく、小麦の粒がそのまま入っている。
「あ、そうか。穀物は粒のまま保管するんだ」
「はい、挽いた粉は風味も落ちやすく、虫にもやられますからな」
なんとなくスピネラ村で聞いたような話だ。
「なるほど、これを蒔けば、生産は問題ないんだ」
ライチは粒を一粒つまんだ。
(硬い小麦ってのがあるなら、ほんとに作れるかも)
「ちなみに、ドゥルム小麦って高いんですか?」
これからフォークとともにこのパスタを流行らせたいライチは、真剣だ。
「いえいえ、こちらのトリブ小麦と交換されるくらい、ありふれたものでございます。フルメンタも、トリブ小麦のパンは好きなようですから」
「なるほど。いいですね、デュラム……じゃなくて、ドゥル厶小麦。合ってると思います」
「……料理長は、フルメンタにライチさんの作りたい、細くて長い感じのものがないか、知らないっすか?」
フェラドに言われてハッとした。そうだ、すでに同じようなものがあるなら、わざわざ作り出さなくてもその技術を輸入すればいい。
「王国の料理はかなり調べ尽くしておりますが、ライチ様の仰るような形状のものは、聞いたことがありませんね。一から作り出さなければならないと思います」
(そうか……。良かったような、良くないような)
独占販売にはなれるけど、代わりに作り上げるまでが大変だ。フォーク然り。
ライチは気を取り直して、話を先へ進めた。
「えーと、次は、そんな硬い小麦で作った硬い生地を、今度は丸い穴から押し出します」
フェラドが木札を見つめる。
「問題は、こっちっすね」
「そうなんだよ」