「押し出すなら、力が必要っすよねぇ。ネジ式の圧搾機ならあるっすけど」
「ワインや油を絞るものですな」
「それっす。ただ、あれって柔らかいもんを潰して汁を出す機械なんで、硬い生地を、しかも小さな穴から押し出すってなると、とてもそのままじゃ使えないっすね〜」
フェラドは腕を組んだ。
「漏れ出るか、ネジが負けて潰れるか、押せないか……。穴の板の方も相当頑丈じゃないとダメそうっす。
どうせ後で乾かすなら、多めに水を足すとかして、生地を柔らかくするのはどうっすか?」
ライチは少し考えてから続けた。
「そうなんだよなぁ。水が多いと、コシもなくなるし、押し出したあとに麺が自重で伸びたり、くっついたりしそうだし。
ぷるっとした食感にするなら、できるだけ硬い生地の方が良かった……と、思う」
そうじゃなければ、わざわざ硬い生地を取り扱うわけがない。
「なるほど。じゃあ、硬い生地を押し出せるだけの力を、どうやって作るか、っすね。オッケーっす」
フェラドは木札に何本も線を引き始めた。
「長いハンドルにするか、ネジの螺旋をもっと細かくするか……。圧搾機の材質を変えたら……」
ぶつぶつと呟きながら、完全に自分の世界へ入っていく。
「では私は、機械ができるまでに、生地を研究しておきましょう。“硬い生地”というのも、千差万別でございますからね」
サピダンの言葉にライチも同意する。
「そうなんですよねぇ。出来上がりの食感は食べれば分かるんですけど、挽き具合、水の量、太さ、茹で時間で、美味しさが全然変わってくるのに、まともな記憶がなくて……」
これが、ライチがこの話を急いで伝えた理由だ。
フェラド一家の労力を無駄にしないためにも、フォークの流行に全力を尽くしたい。そのためには、領主に料理を振る舞う場でのロングパスタ登場は、もはや必須イベントだと思う。
次にいつこんな場を設けてもらえるか、分からないのだから。
「正解が分かってくださっているだけでもありがたいですよ。あとはわたくしサピダンにお任せください。
押し出し式はともかく、手伸ばしならばすぐにでも正解に近いものを見つけておきましょうぞ」
なんと心強い言葉だろう。
元々、世界最高を目指して料理に突き進んでいるプロがそう言うのだから、ここは完全にお任せしておくのが吉だろう。
サピダンはすでに小麦粉を量る準備を始めている。
「今日はドゥルム小麦は貴重なので、まずはトリブ小麦で硬さや太さを試すことにいたします。生地が押し出せるようになったら、ドゥルム小麦に替えて食感を確認しましょう」
「それがいいですね!」
ライチは大きく頷いた。
「トリブ小麦でも、押し出しの練習はできると思います。もし途中で切れても、そのまま茹でて、スープに入れれば食べられますし」
サピダンが嬉しそうに笑った。
「なるほど。それなら、思う存分試せますな」
「はい!」
話は、綺麗にまとまった。これで、あとは二人に任せられる。
「そんで」
フェラドが、にこにことライチを見る。
「試作にかかる材料費とか、機械の製作費って、ライチさん持ちっすか? それとも組合長持ち?」
「…………」
ライチの笑顔が固まった。
(――あ)
完全に忘れていた。
またやってしまった。例によって、プルデリオにも、誰にも相談していない。
雇用主への相談という、大切な一手をすっ飛ばしてしまった。
「……あーと、えーと……相談して、決めます」
「ですよねぇ」
サピダンとフェラドが、揃って生温かい目を向けてくる。
(ヤバい。また絶対怒られる……)
最初に相談してから!知識を先に伝えるな!とありがたい言葉をもらう未来が見えた。
なんとも締まらない形で、三人のパスタ作りがスタートした。
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(夕食の報告の時にご夫婦に言えば、セーフ、だよな? うんうん)
そう心中で言い訳しながら部屋に戻ると、すぐにメルカトが訪ねてきた。
「はーーーい」
(厨房でまた汗かいたし、湿ってて気持ち悪いから、入浴したかったんだけど……)
タイミングの重なりに、苦笑しながら迎え入れる。
「お帰りなさい、ライチさん」
「ただいまです。……あれ、なんか、すごく嬉しそうだけど」
いつも淡々としているメルカトが、今日は妙に機嫌がいい。
「これからご入浴ですよね? ヘアケアの貴族向けの商品が完成したんで、最終チェックに、試しに使ってもらおうと思いまして」
そう言って、手に持っている包みを少し揺らす。
「おお!完成したんだ!おめでとう!」
ライチのテンションが一気に上がる。
「朝からドタバタで、ほんと今まさにさっぱりしたかったところなんだよ。さすがメルカト!」
あれからメルカトが、どこから材料を仕入れて、どこの工房と話をつけて、どんなふうに製品へ仕立てたのか。ライチには、分からない。
ただ、プルデリオ家に来てからというもの、メルカトが朝から晩まで忙しそうに動き回っていたことだけは知っている。
「どんな感じになった? 見せてもらっても?」
「もちろん。湯浴み部屋も準備済みです。ケアの仕方もチェックをお願いしたくて」
「え、え、え〜!? シゴデキすぎじゃない?」
「毎日帰宅と同時に湯浴みをされてると伺ったので」
(あわゎ……そんな……嬉しすぎるサプライズ……!)
メルカトが輝いて見える。イケメンだし、気が利くし、イケメンだし。もう恋に落ちてしまいそうだ。それくらい、今のライチは風呂を切望していた。
湯浴み部屋の戸を開けると、熱気と湿気がライチを包みこんだ。湯船には、厚手の保温布がかけられている。
(ほんとだ、準備万端だ!)
メルカトは湯浴み作業用の台の上に、包みを置いて、開いた。
「おお……これが……。すごい」
「まだ中身を見てませんよ」
「いや、箱がもうすごい」
現れたのは、木箱だった。
表面には細かな模様が彫られ、小さな金属製の留め具まで付いている。
普段使いの木箱とは、明らかに違う。
蓋を開けると、中から小さな陶器の壺が現れた。
「こちらが、洗浄用の『浄化の露』。
そして、流す用の『まろみの清水』。
最後が、保湿用の『星光の蜜』です」
それぞれ形の違う壺の正面には、どれも“星の道”という印が押されている。
印の上から青緑色のコーティングがされ、光を受けてつるりと艶めいている。
「すごい、ロゴまで」
「はい。“ステラヴィア”と銘打っておけば、覚えやすいので。『ステラヴィアの品なら間違いない』と話題に乗せていただければ、それだけで売りやすくなりますから」
(“星の道”が直訳で、“ステラヴィア”が読みか。神様翻訳的には、カタカナがブランド名っぽいと判断したのかな)
「中身を使い終わったあとも、小さな花瓶とかに使えそうだし、いいね」
容器そのものを、贈り物にする。実に高級品らしい。
「じゃあ……さっそく、使ってみていい?」
「もちろんです。そのためにお呼びしたんですから」
メルカトが手際よく準備を始める。ライチも後ろを向いて、いそいそと入浴用のハーフパンツに着替えた。
(あぁ、かけ湯をしたい)
そう思いながら、ライチは保温布を外し、やや熱めのお湯に浸かる。
浸かれるだけありがたい。ありがたいのだが、折角の貴族向けのヘアケア。できれば綺麗なお湯で受けたいものだ。