「……銀は、大丈夫なんですよ、ね?」
メルカトがヘアケア製品に触れながら、再確認してきた。
(銀粉をペロペロしてオッケー!とはとても言えないけど……まぁ、子どもの口に入ったらダメなものなんて、現代日本にも山ほどあったしな)
細かく言い始めたらキリがない。毒性がない、という判断でいかせてもらおう。
「うん、銀は、食器とかアクセサリーとか、あちこちで使われてたから、少なくとも鉛みたいな心配はないと思う!」
「よかったです。では、お子様対策で、銀粉は量を減らしましょう。使用上の注意も添えておきますね」
うんうん、と頷いて、ライチは並べられた製品を改めて眺めた。
高級そうな箱。凝った容器。銀粉のきらめき。上品な香り。
そして、実際に使ったときの髪の手触り。
「うん。……売れると思う」
以前はメルカトが熱弁していても、どこか他人事だった。
油と灰汁と酸性の水。そんな、どこの家庭にでもあるようなものが本当に? そう思っていた。
しかし、目の前にあるものは、メルカトたちのプロデュースにより、もはやただの油や灰汁ではなくなっている。使う前から特別なものに見え、使えば違いが分かる、高級品だ。
「でしょう。自分で買うだけではなく、献上品にも、贈り物にもなるように作りましたから」
「贈り物か、いいね」
「はい。ご家族や、意中のお相手に贈るものなら、多少高価でも、気にならないものですから。
最初は、異常な程の高値で売り出します。最先端のなかでも最先端ですからね」
「うわぁ……原価を考えたら震えるな」
「一割はライチさんの懐に入りますからね」
「ヤバい」
語彙が崩壊してしまう。異常な程の高値って、なんだ、それは。
頭をマッサージされてリラックスしていたのに、またアドレナリンが出るではないか。下品な話ではあるが……最高である。
メルカトは三つの容器を箱へ戻す。
「最初は、領主様と、上位の貴族様からですね。
領主様が、ヘアケアにご興味をお持ちだとプルデリオさんから伺ったときは、心が口から出てきたかと思いました」
(心が口から出る? 心臓じゃなくて? 面白い表現だな)
メルカトにしては珍しいボケに、ライチはくすりと笑った。
「最初からガツガツ売り込むと、格が下がるので、まずは、三回分だけを贈り物としてお渡ししていきます。『まだどこにも出ていないが、特別に……』とね」
「うんうん。試供品はいるよな」
「お試し品を使った数名が、お茶会に出る。集まりに出る。そして、人と会う。話題にのぼって自慢する。自慢を聞いて欲しくなる。もっと自慢したくなる。お試しじゃ足りなくなる……」
「……それ、生産は追いつくのかな?」
売れすぎて在庫不足にキレられてる未来しか予感できない。ライチは逆に心配になった。
「まだ洗髪する風習がありませんので、流行るかは情報操作次第ですかね。まぁ、必ず流行らせますけど。
オスティアで原材料をおさえ、倉庫を借りて秘密裏に中身を生産。それをカステリナに運んできて包装する……という流れなんですが、トルヴェルさんのご指示により、かなりの規模で用意することができています。
大量発注、どんと来いです」
「ほほ〜」
カステリナに来てから、まだ一週間といったところだったか。ヘアケアのことで動き出してからは、五・六日目くらいだった気がする。オスティアは徒歩二日の距離なのに、連携力が素晴らしい。
(馬で急げば二日はかからないか。トルヴェルさんはトルヴェルさんで、バリバリ動いてるだろうしな)
生産の要のオスティア商人組合長がノリノリなのがデカい。しかも、トルヴェルはプルデリオの商売の師匠なのだから、これが儲けられない訳がない。
「髪をどう洗ってるかなんて、一緒に旅でもしないと知られなかったことだから、ほんと、メルカトに見つけてもらったのは奇跡みたいなもんなんだなぁ。
あと、水質が合わないと、洗えば洗うほど余計きしむらしいし、ここの水質がヘアケアに合っててくれたのもラッキーだ」
(スキルさんから降りてきたやり方だから、ここの水に合わないわけがないんだけど)
独り言のように呟いたライチのセリフに、メルカトが「神のお導きですね」と笑う。
「これが、“世界の変え方”なんだろうなぁ」
(“上から順”、かぁ……)
アルジーナの言葉を思い出す。
元々ライチは、スピネラ村の子ども達のコテコテの頭をスッキリさせてあげたかったのだ。そのために降りてきたヘアケア方法だ。
しかし、ライチ一人では、小さなスピネラ村の考え方ですら、とても変えられなかった。
『なんのために? 油まで使って?』
現代日本ですら、子どもは入浴をめんどくさがっていた。油が貴重なこの世界で、しっかり洗って、中和と保湿をして、髪をサラサラにしよう!と訴えても、聞くわけがなかったのだ。
領主から、貴族、富裕層、下町、農村……と、上の立場から、“常識”を変えていくしかない。
(これが、その第一歩)
いつか、今の、“ベタついて虫がわくような頭と髪が普通だ”、という常識が変わり、汚れなく清潔であることが、当たり前になる日を夢見て。
ライチは満足気に退室するメルカトを見送った。
作業台には、ヘアケア製品が、凛として残されている。
「へっ……へぇ〜っくしっ」
ずっと濡れたハーフパンツ姿でいたから、冷えてしまった。ライチはそっと、ぬるめのお湯に浸かり直した。
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部屋で寝転がりながら、あれやこれやと考えていたら、あっという間に夕食の時間になった。
そう、お子様たちと同じ、“今日の報告タイム”だ。
(毎日夕食で一日の出来事を報告させられるのって、結構プレッシャーなんだな……)
これを言ったら叱られるかな……とチラリと考えるだけで、夕食の楽しみが半減する。これは、教育習慣としてはいかがなものか。
(あ、でも、セリオくんと、ロゼッタちゃんは、たくさん褒められて嬉しそうに報告してるか)
それなら、悪いのはライチの年齢と、報告内容だということになる。
(な〜んだ)
教育に影響がないなら、何の問題もない。
(え〜と、今日は、何があったかな、っと……)
サクッと気持ちを切り替える。今日も盛り沢山だった気がする。
(朝は、アルフィアーナさんの案で、クラフトスキルがようやく動いたんだよな。人工魔導体)
しかし、これは報告ができない。
(そのあと、フガークスさんと特訓して、家族を想ったら飛車が動かせたんだ)
これも報告できない。
(フォークを作る現場が地獄絵図だったことと、それを見て、製麺機を作る必要性を感じたってのは、報告すべきところだな)
プルデリオたちのフォークを流行らせるためとはいえ、使用人をお借りするわけなので、これはちゃんと言わねばならない。
(メルカトのヘアケアの件は……まぁ、知ってるだろうけど軽く言っておこう)
これで報告も完璧だ。使用人に食事部屋まで案内されながら、ライチは大きく一つ頷いた。