異世界転生を断ったら、女神様が必死になりました。 作:ねこめがね
「おめでとうございま〜すっ!」
カランカラン、と鐘の音が鳴り響いた。
目を開けると、目の前の女性が満面の笑みで私を祝福していた。
「……は?」
真っ白だった。
地平線まで広がる純白の世界。足元を見ても、自分の影すら落ちていない。
その真ん中には、純白のドレスを着た女性が立っていた。息をのむほど整った顔立ちと浮世離れした雰囲気は、どこからどう見ても神様だった。
(……あ、これネット小説で見たことある、『女神様』ってやつやな)
しかし、その女性は美しいのだが、それとは不釣り合いなほど大きなハンドベルを持っていた。
「……ここ何処? あと、あんた誰?」
「私は女神……ここは、あの世とこの世の狭間です」
「……は? マジで女神なん? ってか私、死んだん……?」
「残念ながら……」
申し訳なさそうに、眉をハの字にして頷く女神様。
「嘘やん!」
「本当……なんです」
「絶対信じひん!」
「本当なんですってばぁ!」
身を乗り出して両手をワタワタと振る女神様に、私は一瞬冷めた視線を送ったあと、ハァと深く息を吐いた。
「……分かった、百歩譲って私が死んだとしたるわ。……で? なんなん?」
さっきまでの悲痛な顔から一転、ぱぁっと表情を輝かせて両手を広げる女神様。
「なんと、貴女に異世界転生する権利が与えられました!」
「……は? 異世界……?」
「転生ですよ! 異世界ですよ! 良かったですね!」
世紀の大発表と言わんばかりのハイテンションで、希望に満ちた目をこちらに向けてくる。
「嫌や、私は望んでへんで!」
だが、私は断った。
「……えっ?」
女神様の微笑みがすっと消え、大量の汗と共に焦り出した。
「……あの、異世界転生ですよ?」
「それがなんや……」
「剣と魔法のファンタジー世界で、新たな人生を歩めるという、あの夢のようなイベントですよっ!」
女神様はぐっと身を乗り出し、私の目の前で再び両手を広げた。さっきまでの神々しい笑顔が嘘みたいに必死だ。
「嫌や言うてるやん。って言うか、転生云々より生き返らせてや。女神サマならできるんちゃうん?」
「い、生き返らせることは……できませんっ! ごめんなさいっ!」
「じゃあ、せめて私がいた現世に転生させてぇな!」
「……っ! げ、現世はダメです! 異世界じゃないと意味がない……あ、いえ! 異世界だからこそ素晴らしいのです!」
あからさまに動揺して、露骨に視線を泳がせ始めた。
「あんた、今『意味がない』って言わんかった? 現世に戻すんじゃ、あんたの都合が悪いんか?」
「そ、そんなことは……! た、ただの規定です! 転生の規定で『死因が事故の場合は異世界転生一択』と決まっているのです!」
「事故死って、私が? ほんまに? ほんなら私の詳しい死因はなんやの。どこでどんな事故に遭ったん?」
「……に、日本の、道路で……交通事故、です」
「えらいざっくりしとるな! せめて県名とか場所とか、どんな事故くらい言えへんの!? あんた、自分の管轄の案件ちゃうんかい!」
ビシッと手のひらを突きつけて突っ込むと、女神様はびくっと肩を跳ねさせた。
「すみません! すみません! ごめんなさい!」
謝ってばかりの女神はそれ以上事故のことについて話そうとしなかった。
「……で? 結局私はどうなったん?」
「……そ、それは……その……」
女神様は一歩、また一歩と後ずさった。
ついには、身を隠せるものすらない真っ白な空間で、逃げ場を探すように左右を見回している。
「あんた、結局何もわかってへんのに転生やら異世界やら言ってたんか?」
私は腕を組み、じと目で女神様を見つめた。
見た目は完璧な超絶美女の女神なのに、私の圧に押されてどんどん身を縮めていく。
「そ、その……」
けれど、これ以上突っ込まれるのを恐れたのか、覚悟を決めた目で強引に話題を切り替えてきた。
「と・に・か・く! 決まったものは決まったのです! もう決定です! 覆りません! さあ、異世界へ行けば輝かしい新たな人生が始まりますよ!」
「だから……さっきから嫌やって言っとるやん。まだ私、高二やで。それに、明日友達とカラオケ行く約束もあんねん」
「か、カラオケ!? ……そもそも、亡くなっているの、わかっています?」
「だ・か・ら! 私は認めなーい!」
「い、いい加減……認めてくださいよぉ……」
「嫌なもんは嫌や! 私は帰って友達とカラオケ行くんや!」
「ううっ……! こ、このままでは埒が明きません……!」
女神様は覚悟を決めたようにぐっと拳を握りしめた。
「こうなったら……で、では物で釣ります!」
女神様は焦ったように胸元から小さな冊子――『新人女神のための転生誘導マニュアル』と書かれた本を取り出し、必死にページをめくり始めた。
「えっと……チート能力を差し上げます! マニュアルにも『難色を示された場合は豪華特典で買収すべし』とあります! どんな敵も一撃で倒せる最強魔法とか! 石ころを金に変える錬金術とか!」
開いたページを指で必死になぞりながら、カンペ丸出しでアピールしてくる。
「おい、マニュアルの指示をそのまま口に出すな! あと、別に勇者にも錬金術師にもなりたいわけやないんよ」
「ご、豪邸! いえ、豪華なお城ならどうでしょう?」
「いらん、いらん。そんなんどうやって住むんや」
「えーっと、次は……あっ、今ならなんと、美肌効果のある美味しいご飯も食べ放題!」
「……ちょっと詳しく」
私がぴたっとツッコミを止めて少し身を乗り出すと、女神様の顔がパァッと輝いた。いけると確信したようなドヤ顔だ。
「お任せくださいっ!」
女神様はどこからか、『新たな人生 〜はじめての異世界編〜』と書かれたフルカラーの折りたたみパンフレットを取り出し、目の前で派手に広げて見せた。
「ほらっ! こちらをご覧ください!」
まるで営業マンのように、パンフレットの写真や図を指さしながら熱弁をふるい始める。
「剣と魔法の世界! 見たこともない絶景! 豊かな自然と美味しいグルメ! 今ならなんと、生まれ変わったあなただけの特別なチート能力もセットでお送りしております!」
「……旅行代理店か」
私は腕を組み、カラフルなパンフレットと女神様のドヤ顔を交互に見つめながら、しばらく黙って話を聞いていた。
「……で、どうでしょう?」
「いや、でも行きひんで。知らん世界で一からやり直すとか、めんどくさいやん」
私が元の冷めた顔に戻ると、女神様は両手で頭を抱え込んだ。
「なんでなんですかぁっ……!」
女神様としての威厳はどこへ行ったのか。怒られた子供みたいに半泣きで縮こまっている姿は、正直ちょっとかわいかった。
「……とにかく! 何か質問があれば、遠慮なく――」
女神様が言いかけて、ハッと何かに気づいたように転生誘導マニュアルを二度見した。そして、気まずそうに視線を泳がせた。
「……何でも聞いてええん?」
「あ、いえ。何でも、というわけでは……」
女神様の声が急激に小さくなり、語尾に向かって失速していく。手元のマニュアルの隅っこを指でなぞりながら、気まずそうに視線を泳がせた。
「マニュアルの注釈に……『質問対応は原則三回まで』と……」
「自分から聞け言っといて注釈てなんや!」
突っ込むより先に、謎の半透明なウィンドウが浮かび上がった。
【女神への質問権:残り三回】
文字通り可視化されたカウントダウンを見つめると、女神様がそっと視線を逸らした。