異世界転生を断ったら、女神様が必死になりました。 作:ねこめがね
「……うわ、なんか出てきたで。なぁ、これって何なん? ……ってこれも質問や、危ない危ない。無駄遣いするところやったわ」
「……っ!」
ギリギリで踏みとどまった私を見て、女神様が心底残念そうに肩を落とした。
「露骨にガッカリすな。……はーん、さてはこれ、あんたにとってこれ以上聞かれると都合が悪いやつやな」
「うぐっ……それは……ここでのルール、でして……」
「回数が少ないんも訳アリっちゅうことやね……よし、それならそっちのルールに則って遠慮なく使わせてもらうで」
私は指を立てて、一つ目の質問を投げかけた。
「ひとつ目の質問な。……現世に生き返る方法って、ほんまに一ミリもないんか?」
「それはもう無理なんです」
胸の前で両腕を大きなバツの字に交差させ、女神様は必死に頭を振った。
「いやいや、あんた女神様やろ!? 異世界にはホイホイ送れるのに、元の身体ひとつサクッと生き返すことすらできひんの? ……とんだポンコツな女神サマだこと」
「ぽ、ポンコツ!? ひ、ひどいですぅ……っ。 私の腕前が足りないからじゃないです!」
「ほななんで戻せへんのよ。言ってみぃな」
必死に弁明をする女神だったが、私のジト目に耐えかねたのか、急に気まずそうに視線を泳がせ始めた。
「そ、それはですね……生き返らせられない理由がありまして……現世でのお身体がすでに……その、お骨になられておりまして……」
「えっ、もう焼かれたん!? えらい処理早ない!? どういうことなん?」
「現世とこちらでは時間の流れが違っていまして……っ!」
「マジか……死んですぐちゃうんか……」
(私ほんまに死んだんか……死んだときのこと、全然覚えてへんわ。実感もなんも……あいつらとバカ笑いする日常はもう……ないんやな)
もう、元の世界には戻れない。そう実感すると、胸の奥が少しだけ痛んだ。
私はすっと息を吐き、第二の質問を投げかけた。
「よし、二つ目。私がこのまま転生せえへんかったら、誰か困るん?」
「……はい」
即答だった。
「誰が困るん?」
「それは……」
「それ、三つ目の質問にしてほしい感じ?」
「……はい」
女神様が小さく頷き、消え入りそうな声で返事をした。
(……せやけど、まだひとつ気になることがある……いや、たぶんろくでもない理由や)
『異世界じゃないと意味がない』――さっきの女神の言葉が、頭から離れなかった。
これで最後の質問だ。
「三つ目の質問な。あんた、なんでそんなに私を異世界に転生させたいん?」
私の問いかけに、女神様は気まずそうに視線を泳がせた。
女神様の顔がどんどん真っ赤になり、ついに消え入りそうな声で白状する。
「……私、担当を外されるんです」
女神様は両手の指を胸元で絡め、今にも泣きそうな顔をした。
「……は?」
「今日……あなたを異世界へ送り出せないと……私、神界の研修プログラムに逆戻りになっちゃうんです! またあのスパルタな教官のもとで百年間補習を受けるなんて嫌なんですうぅ……っ!」
壮大すぎる内部事情に、一瞬だけ脳内で猫が宇宙を彷徨った。……けれど、すぐに我に返って叫ぶ。
「なんやねん研修って! そんな内部事情に私を巻き込むなや!」
「だってぇ! ひとつでも実績を作っておかないと本当に担当を外されてしまうんです! お願いです、私を研修生に戻さないでくださいぃ……!」
「はぁ!? 自分の都合1000%やないか!」
やっぱりただのポンコツだ。けれど、膝をついて泣きじゃくる女神様は、ふと目元を拭うと、静かに声のトーンを落とした。
「……でも、それだけじゃないんです」
「何がや?」
「あなたの現世での記録、見ました。毎日ちゃんと勉強して、友達との約束も大事にして……」
女神様は、少しだけ寂しそうに笑った。
「……一見、普通の毎日です。でも、あなたはその普通を、ちゃんと大切にして生きていたんですよね」
(このポンコツ女神……ちゃんと見とったんやな)
「だから……私の個人的な意見ですけど、『この子なら異世界で無双して私の評価を爆上げしてくれる!』って思ったんです!」
「本音ダダ漏れやんけ!!」
思わず、秒で突っ込んでしまった。
(あかんあかん、前言撤回や! やっぱポンコツやないか!)
せっかく神様らしいことを言ったと思ったのに、結局は自分の都合か。
「……なぁ」
私は少しだけ間を置いて、女神を見る。
「あんたは私に、ほんまに転生してほしいん?」
女神様の肩が、ぴくりと揺れた。
「…………」
さっきまで必死に私へ身を乗り出していたのに、今度は何も言わない。
「……なんや、答えられへんの?」
「それは……」
女神様の視線が、私から逃げる。
「……私にも、分からなくなってしまいました」
さっきまで必死だった女神は、自分がどうしたいのかさえ分からなくなったような顔をしていた。
「……そっか」
「でも……」
「でも?」
「何の落ち度もない貴女には、別の世界で楽しい人生を歩んでほしい。それは……女神としての建前ではなく、私個人の願いです……」
私はすっと息を吐き、ガシガシと頭を掻いた。
目の前の不器用な女神の本音を聞いて、何も思わないほど私は冷たい人間ではなかった。
「うー……んー……はぁ……ほんなら、しゃあないな」
「……え?」
「行ったるわ、異世界!」
「……えっ!? で、でも、嫌だったのでは……!?」
「そら嫌やで? めんどいし、友達とカラオケ行く約束もあったしな……」
私は腰に手を当て、ぽかんと口を開けている女神をビシッと指さした。
「でも、あんたにそんなこと言われたら期待に応えなあかんくなったやん」
鼻を真っ赤にして今にも泣き出しそうな女神から、私は気恥ずかしさをごまかすように、パッと視線を逸らした。
「〜〜〜〜っ!」
「一人で知らん世界行くん、流石にちょっと不安なんや。……だから条件がある」
「じ、条件……っ!? はい! どんなことでも、どんなチート能力でも差し上げますっ!」
「そしたら、あっちに行ってもあんたと話せる能力。それひとつでええ」
「……えっ?」
女神様がポカンと口を開けた。
「せっかくここまで話したんや。向こう行っても、たまにはこっちの愚痴聞いてもらわな困るわ」
「そ、そんなのでいいんですか……? もっと強い攻撃魔法とか無双できる能力じゃなくて……?」
「そんなんより、あんたと喋れる方がええやん。……あ、でも美味いご飯が食べられる能力はオマケで付けてくれてええで」
「ふふ……っ、はい! ぜんぶ準備します!」
女神様は鼻をすすりながら笑顔を見せた。
そして、その両手をそっと胸の前で組むと――。
足元から金色の光が立ち上り、私の体が少しずつ透けていく。いよいよ異世界への転生が始まるのだと実感する。
「では……いってらっしゃいませ! あなたの新しい人生が、素晴らしいものになりますように!」
胸の前で手を組み、精いっぱいの声で送り出してくれる女神様。
「ほな、行ってくるわ」
体が光に包まれる直前、私は振り返ってニコっと笑ってみせた。
「あ、それとな」
「はい?」
「……次はもっと上手くやりぃな」
まぶしい光の中へ、私の身体が溶けていく。
もう何も見えなくなりそうになった、そのとき。
「はいっ! ……次の転生者には、もっと上手く丸め込みます!!」
「そこは丸め込むんちゃうやろ!」
最後までポンコツやった。
(ま、たまにこいつと話して愚痴るのも悪ないか。転生先がどんな世界か知らんけど、こいつと話せるなら大丈夫やろ)
消えゆく意識の中でクスッと笑い、私は新しい世界へと踏み出した。