「言い訳は結構です、ラルゴ。それよりも――」
サイラスさんは呆れたようにため息をつくと、何を思ったのか、そこらへんで未だに四肢があり得ない角度に曲がったままピクリとも動かない、ヘラ・ファミリアの被災者(重症)の先輩団員を一人、ゴミ袋でも運ぶかのような手軽さでラルゴの目の前へとズリズリと連れて来た。
「ひぇっ!? な、なんですかサイラスさん、死体遺棄の片棒を担がせる気ですか!?」
「生きていますよ、一応。ラルゴ、貴方のその魔法【不屈の福音(リザレクション・レジスタンス)】を使いなさい。昨日のはただの暴発のようなものです。今度は明確に対象を認識し、魔法を発動させるのです」
「えぇ……。いや、別にいいですけど……」
サイラスさんは平然と指示を出しているが、その白銀の髪の奥にある瞳は、極めて冷徹な研究者のそれに変わっていた。
(ラルゴの魔法の記述にあった『治癒願望――治したいという思いを魔力変換』。その効果が実際の治療においてどの程度の出力を叩き出すのか、ここでじっくりと観察させてもらいましょう)
俺は観念して、ボロ雑巾のように転がる先輩団員の痛々しい胸元へと恐る恐る近づき、その身体にそっと右手を触れさせた。
一度深く息を吸い、脳裏に定着したあのトリガーの言葉を、今度はふざけずに、大真面目に紡ぎ出す。
「『――この手が届くすべての生に、果てなき抗戦の残響を』。――【不屈の福音(リザレクション・レジスタンス)】!!」
チリィィィン……と、再びどこまでも清澄な鈴の音と共に大聖樹の魔力が周囲の空気を震わせた。
直後、俺の手のひらから溢れ出た聖なる白銀の光が、瀕死の先輩団員の肉体を瞬時に包み込む。するとどうだ。へし折れていた骨がバキバキと音を立てて元の位置へと収まり、焼けただれていた皮膚が瑞々しい細胞へと一瞬で生まれ変わっていく。
数秒前まで「事後」だったはずの男が、何事もなかったかのようにすっきりと健康的な顔立ちで横たわっていた。
「……は、え……? 俺、生きてる……? ってか、痛みが一ミリもねぇ……!?」
完全に負傷が完治した先輩団員は、自分の両手を握ったり開いたりしながら、驚愕のあまりガタガタと震え出した。
「おいおいおいマジかよラルゴ! 今のヒール、オラリオでトップのミアハやディアンケヒトの熟達したヒーラー(治癒師)たちと比べても、全くそん色ねぇぞ!? Lv.1のなりたてが出せる効果じゃねぇ!!」
「おお……! 凄いな俺! 二百年に一人の天才は伊達じゃなかったわ!」
大喜びでガッツポーズを決める俺の横で、しかし、サイラスさんだけは完璧なポーカーフェイスを崩さないまま、白銀の眉をわずかにひそめていた。
(……いや、おかしい。確かに凄まじい効果ですが、私が導き出した『大聖樹の魔力そのもの』という圧倒的な魔力に比べれば、あまりにも効果が低すぎる。これではただの『優秀なベテランヒーラー』の域を出ていません)
サイラスさんは腕を組み、冷徹にその矛盾の理由を脳内で計算し始める。
(……なるほど、まだ発現したばかりで、魔法の制御や術式の構築もできず、ただ単純に莫大かつ神聖な魔力をそのままぶつけているだけだからですか。技術的な熟練度が皆無なせいで、本来のポテンシャルを大幅にロスしている。……とはいえ、ただ魔力をぶつけただけの未熟な状態で、オラリオ最高峰の治療系ファミリアの熟達者と同等の効果を叩き出していること自体、本来なら感嘆を通り越して恐怖すべき事態ではありますがね)
サイラスさんがそんなふうに思考を巡らせたあと、ふとラルゴの方へと視線を戻した、その時だった。
「ハァ……ハァ、……う、嘘だろ……、またこれ、かよ……っ」
さっきまで鼻を高くしていたラルゴが、いきなり膝を地面につき、滝のような汗を流しながら、肩を激しく揺らして必死に呼吸を整えようとしていた。顔面は紙のように真っ白で、完全にマインドダウン一歩手前の超絶疲弊状態に陥っている。
サイラスさんはその様子を見て、やはり、と確信を深める。
(やはり、この魔法の精神力(マインド)の消費量は尋常ではありません。一発撃つだけでLv.1の許容量のほとんどを強制的に持っていかれる)
だが、そこでサイラスさんの超一級の頭脳が、決定的な「違和感」を捉えた。
(……待て。何かがおかしい。見た感じの精神力の消費量やラルゴの疲弊具合は、昨晩、食堂で無差別にぶっ放して倒れた時とほとんど同じだ。しかし、それはあり得ない。昨晩はただの暴発。だが今回は、目の前の負傷者を『治したい』という明確な意思を持って放ったはず。ならば、魔法の効果である『治癒願望を魔力に変換する』という特性が働き、精神力の消費を大幅に肩代わり、あるいは燃費を向上させていなければ計算が合わない。なぜ、昨日と同じくらい疲弊している……?)
サイラスさんはじっとラルゴを観察し――そして、ある一つの、あまりにもゼウス・ファミリアの団員らしい「事実」に思い至ってしまった。
「……ラルゴ」
サイラスさんは冷たい覇気を微かに漂わせながら、地面にへたり込む俺の目の前へと歩み寄り、静かに見下ろした。
「貴方に、一つ質問をします。……貴方は今、その魔法を唱える瞬間、目の前で死にかけていた彼のことを、魂の底から『本気で治したい』と、そう思いましたか?」
「――っ!?」
サイラスさんの鋭い指摘に、俺の身体がビクンと跳ね上がった。
俺はサイラスさんの底冷えのする瞳から目を背けるように、気まずそうに、実に見事に視線を斜め上へと激しく逸らした。
「え、あー、いや……。その……あれです、ほら、新築の木の匂いって、目に染みるなーって……」
「やはりですか」
サイラスさんは本日何度目か分からない、心底呆れ果てたため息をついた。
そこへ、大剣を担いだマキシム団長が、ガシガシと頭を掻きながら不思議そうに割り込んできた。
「おいおいサイラス、一体どういう事だ? ラルゴの奴、ちゃんと魔法でそこの野郎をピンピンに治したじゃねぇか。『治したいと思ってなかった』って、そんなわけねぇだろ?」
「……結果ではなく、過程を見るのです、マキシム」
サイラスは、完全に新築再生された建物の前で、苦虫を噛み潰したような顔をして呟いた。その美しい白銀の眉間には、かつてないほど深い縦皺が刻まれている。
ハァ、と重苦しいため息を吐きながら、彼は天を仰いだ。
「これは、私の落ち度でもありますね。論理的に思考することを生業としておきながら、あまりにも盲点だった。よくよく考えれば、このファミリアの現状を知る者であれば、誰でも思い至る当たり前のことだったというのに……!」
大工仕事の道具を片付けながら、その様子を見ていたマキシム団長が、不思議そうに首を傾げた。
「おいおい、サイラス。さっきから一体何のことを言ってやがるんだ? ラルゴのヒールが凄かった、それじゃ駄目なのか?」
サイラスは拳を震わせ、己の不明を恥じるように、そして心底悔いるように答えた。
「マキシム……そもそも、ラルゴの【不屈の福音】の根幹を成すシステムは何でしたか? 『治癒願望――治したいという思いを魔力に変換する』ことでしょう? そして、それが最大の出力(ブースト)条件だ。にもかかわらず、なぜ先ほどの彼はあれほどマインドを消費しながら、医療系ファミリアと同等の並の効果しか出せなかったのか……」
一拍置き、サイラスは冷酷な、しかし真実の弾丸を放った。
「我がゼウス・ファミリアに、心から『治してあげたい』と思えるほどまともな人間が、少なすぎるからです!!」
「…………は?」
マキシムをはじめ、周囲で聞き耳を立てていたゾンビ上がりの怪物たちの顔が、一斉にアホのように呆け、硬直した。
「いいですか、今回のヘラ・ファミリアによる本拠地大炎上(リフォーム)も、元を正せば我がファミリアの不届き者どもが原因です。女性に対して言うには、あまりにも品性、配慮、そして常識というものが致命的に欠落した暴言を、考えなしにのたまった。――つまり、ここに転がっている怪我人どもは、例外なく全員が『100%自業自得』なのです!」
サイラスの言葉はさらに熱を帯び、どこかドスの利いた覇気が混ざり始める。
「そんな自堕落で、自業自得で、脳みそまで筋肉でできた品性の欠片もない男たちの傷を見て、ラルゴの中に『この人を心から救いたい!』などという純粋な治癒願望が湧き上がるはずがないでしょう! むしろ、まともな感性が残っていればいるほど、自業自得だ、そのままメインストリートに貼り付けにされてしまえ、と思うのが自然な考えです!」
そのあまりにも辛辣で、しかしぐうの音も出ない正論に対して、周囲の団員たちから一斉に大爆笑とツッコミが炸裂した。
「「「「お前、身内に対する愚痴のキレ味が相変わらず世界最高峰(Lv.7)だなオイ!!!!」」」」
「言われてみりゃ確かに、自業自得のバカを治すのに『魂の底からの願い』なんか湧くわけねぇわガハハハ!」
「ラルゴ、テメェ俺たちのことそんな目で見てたのか!?」
気まずそうに目を逸らし続けるラルゴの横で、サイラスは周囲のガヤを完全に遮断(シャットアウト)し、人差し指を顎に当てて冷徹に思考の海へと潜っていった。ラルゴの魔法の「今後の運用方法」について、瞬時に脳内算盤を弾き始めたのだ。
「……ふむ。しかし、これは実戦においては深刻な問題ですね。ダンジョン深層や三大クエストであれば、流石に『自業自得』などと言っている余裕はありませんから、自然とラルゴの治癒願望も最大値まで引き上げられるでしょう。ですが、日常の些事(ヘラによる襲撃)で毎回マインドを無駄に枯渇されては、彼の成長に支障をきたす……」
数秒の思考の後、サイラスはスッと光の消えた冷徹な目をラルゴへと向け、冷酷な決断を下した。
「……仕方ありません。方針を変更します。ラルゴ」
「へ、へい?」
「このホームにおいて、貴方のその貴重な魔法は、私やその他の『まともな団員専用のヒーラー』として運用することにします。ここに転がっている筋肉だるまどもがどれほどミンチになろうとも、基本的には放置しなさい。彼らには無駄なマインドを一滴すら注ぐ価値はありません。いいですね?」
「「「「副団長、差別が露骨すぎるぞォォォォォッッ!!!!」」」」
脳筋先輩たちの悲痛な叫びが新築の廊下に響き渡る中、ラルゴは「言葉って、時に刃物より鋭いんだな……」と冷や汗を流しながら、サイラスの斜め後ろへとそっと避難するのだった。