主神ゼウス
御中
拝啓
新緑の候、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
我がゼウス・ファミリアにおかれましては、相変わらず豪快で賑やかな日々をお過ごしのことと拝察いたします。
さて、私ことラルゴは、入団後、初のダンジョンでのレベリングという記念すべき初陣において、オラリオの過酷な洗礼を全身で浴びることとなりました。しかしながら、現在、私は非常に予期せぬ超不条理なイベントに直面しております。
単刀直入に申し上げます。
私は現在、隣の【ヘラ・ファミリア】の本拠地(ホーム)の一室にて、首輪(火炎石埋め込み済み)のアクセサリーを女帝レグナ様より賜り完全なる監禁状態に置かれております。
事の顛末を簡潔におまとめいたしますと、13階層での不慮の遭遇の際、私の宿した【不屈の福音】が、アルフィアさんと言う幼女の「不治の病」に対して劇的な緩和効果を発揮してしまいました。その結果、最愛の聖域であるメーテリアさんの「専属永久ヒーラー」として、女帝レグナ様の手により神速で拉致監禁される運命を辿った次第です。
現在、部屋の外には「一歩でも脱走を試みたら、その瞬間に『発禁ワード』にしてやる、雑音」と冷徹に言い放つアルフィアさんが、超広範囲音響魔法の待機状態で常時門番をされております。私の常時耐久デバフ付きLv.1のペラペラな肉体では、コンマ0.1秒で塵すら残さず消滅する未来が確定しております。
つきましては、主神ゼウスの爺さん、ならびにマキシム団長、サイラスさん。
世界最強の『雷速・神速』を誇る我がファミリアの全戦力をもって、この哀れな新入りの決死の救出作戦を大至急要請いたします。 バカな先輩たちの自業自得のツケを、なぜ新入りが命懸けで支払わねばならないのか、私の達者な口をもっても未だに納得のい理由がありません。
何卒、超優秀な団員を、ヘラの蛮族たちの手から奪い返してくださいますよう、魂の底より平に伏してお願い申し上げます。
敬具
追伸:ちなみに、地面にスイカ割りの如き勢いで埋め込まれたザルドさんとパールさんの下半身(大黒柱)がその後どうなったか、監禁部屋の窓から見えないため非常に心配しております。併せてご確認いただけますと幸いです。
ゼウス・ファミリア新人
ラルゴ(13歳・攻撃力ゼロ)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
かり、と豪奢な羽ペンをインク壺に戻し、ラルゴはふぅ、と深い、深いため息を吐いた。隣のヘラ・ファミリアの本拠地(ホーム)の一室。完璧な気品と秩序に満ちたその宮殿の片隅で、彼は自分が今しがた書き上げた「ゼウスの爺さん宛ての決死の救出要請書」を眺めながら、ここ数時間の激動すぎる展開を静かに回想し始めた。
(……いや、本当にさ。どうしてこうなったんだよチクショウ)
数時間前、ダンジョン13階層の暗い岩場。
すべてを諦めた「無の境地」から前世のバスケ漫画の名言をヤケクソ気味に叫び、六歳の幼きアルフィアの手をガシッと力任せに握りしめて発動した、【不屈の福音(リザレクション・レジスタンス)】。
その瞬間、13階層の薄暗い迷宮の闇の中、淡く照らすかのようにアルフィアを満たした、どこまでも清澄で神聖な『大聖樹の白い光』。
あの光のド真ん中で、アルフィアは驚愕に、その瞳を見開いていた。
彼女が驚いていたのは、単に生まれつき自身を蝕み、常に激痛と吐血を強いていた「不治の病」の痛みが、緩和されたことだけではなかった。
(……馬鹿な。私の肉体を、魂の底から縛り付けていたはずの、あの忌まわしきスキル『才禍代償(ギフ・ブレッシング)』の代償(弱体化デバフ)までが……今、急速に緩和(レジスト)されているというのか……!?)
下界の理を完全にへし折る、劣化なしの大聖樹の魔力出力。それは、単に傷や病魔を癒すだけでなく、彼女の宿した規格外のスキルに伴う枷(デバフ)そのものを、文字通り外側から強引に剥ぎ取り、軽減(レジスト)し始めていたのだ。六歳の幼女の小さな肉体に、かつてないほどの完璧な万能感と静寂が満ちていく。
一方で、そんな奇跡のド真ん中で、周囲に控えていたヘラ・ファミリアの美女団員たちは、信じられないものを見るような目で固まっていた。
――正直なところ、彼女たちはラルゴに対して、これっぽっちも期待などしていなかったのだ。
ゼウスのところに二日前に入ったばかりの、Lv.1の子供。そんな雑魚がのたまう「治癒魔法」など、どうせ普通の回復魔法にも劣るに違いない。
だから、今回のレグナの命令は、日頃から「五月蠅い、雑音」と他者を切り捨て、団長であるレグナにすら高圧的な態度を崩さない生意気なアルフィアに対する、ちょっとした『お仕置き(からかい)』の面が強かったのだ。
「どうせ失敗して、アルフィアが盛大に恥をかくか、不発に終わってあの子供を塵にするだけよ」
美女たちの脳内におけるラルゴの成功期待値は、1%未満。ただの残酷な余興のハズだった。
「……ねぇ、ちょっと。アルフィアの様子、おかしくない?」
「ええ……。いつもなら、手が触れた瞬間に『不愉快だ』って、あの子の首を胴体からへし折っ「自主規制」しているはずなのに……」
いつまで経ってもラルゴを粉砕しようとしないアルフィアの様子に、周囲の団員たちがひそひそと疑問と戦慄を口にし始める。
しかし、その場にいる全員が困惑する中で、先ほどラルゴに完璧なフォロー(助け舟)を入れてくれた、仮面を被ったダークエルフの副団長、メディアルナ・コルキスだけは、仮面の奥でその端正な目を限界まで見開いていた。
(……あり得ない。この感覚……下界に広く使われている、あの神の恩恵(ファルナ)による『治癒魔法』などという薄っぺらな代物ではないわ。これは……エルフの森の『大聖樹』そのものの魔力の気配……!)
レベル7にして『工房の魔女』の異名を持ち、領域内の魔力を完全に視認・統御するスキル『万象統御』を宿すメディアルナだからこそ、ラルゴの放ったその光が、下界の常識を根底から消滅させる下界、最上位の神秘(高位治癒魔法)であることを、誰よりも正確に、肌寒いほどの戦慄と共に察知していたのだ。
「ハァ……ハァ……ハァ……ッ」
チリィィィン……とベルの音が霧散する中、ラルゴは盛大に冷や汗を流しながら、その場にガタガタと情けなく座り込んだ。
普通なら、Lv.1の許容量を一瞬で食いつくすその最悪な燃費により、白目を剥いて倒れていたハズだった。しかし、今のラルゴは、ポーションも飲まずになんとか意識を保っている。
(あ、危ねぇ……。あの幼女(アルフィア)が『不治の病』って聞いた瞬間、俺のオタク脳が『この悲劇のヒロインを心から救いたい!!』って、本物の『治癒願望』を最大出力(ブースト)で稼働させやがったんだ……自分自身だとあんま効果出なかったけどよかったぁぁ!!)
「自業自得のバカ先輩たち」を治す時には1ミリも働かなかった魔法のブーストシステムが、アルフィアの過酷な運命(推定)を前にして純度100%で発動。魔力変換効率が発動したおかげで、ラルゴはなんとか精神消滅(マインドダウン)のデッドラインをギリギリのところで回避していた。立っていられないほど疲労状態には変わりないが。
静まり返った13階層の岩場。
女帝レグナは、手の中の手投げ弾(ダンジョンの石)をポイと捨てると、未だに手を握り合ったまま彫刻のように固まっているアルフィアへと、どこか楽しげに、しかし鋭い眼光を向けた。
「あら、アルフィア。随分とお行儀よく黙り込んでしまって。……どうかしら? そのゼウスの下っ端の魔法、あなたのそのひねくれた精神と身体に、少しは効いたかしら?」
いつもなら「五月蠅い、雑音」と切り捨てるはずのアルフィア。
しかし、彼女は握られたラルゴの手をじっと見つめたまま、その小さな唇を小さく震わせ――そして、驚くほど素直に、冷徹な声音でその事実を口にした。
「……信じられない。私の肉体を常時蝕んでいた不治の激痛が……今、緩和されている。それどころか……スキルによる身体の弱体化(デバフ)まで、劇的に軽減されている」
「「「「――な、何ですってぇぇぇぇぇぇッッ!!!!」」」」
アルフィアが1ミクロンの強がりも傲慢さも見せず、あまりにも「素直に効果を認めた」という異常事態。
その事実に対し、周囲のヘラ・ファミリアの美女団員たちはもちろん、あの世界最恐の女帝レグナすらも、「あのプライドの塊のようなアルフィアが、ゼウスの子の能力を素直に絶賛した!?」と、本日一番の、体がひっくり返るほどの衝撃に大パニックで驚愕するのだった。
「……感謝する」
静寂の立ち込める13階層の岩場に、鈴の音のように可憐で、しかし確かに紡がれた言葉が響いた。
「私の病を抑え、この忌まわしき呪い(デバフ)までをも退けるとは……。雑音と切り捨てるには、あまりにも見事な御業だ。――頼む、私の傲慢を許さなくていい。だから、私の妹(メーテリア)にも、その魔法を掛けてはくれないか」
あのプライドの塊であり、他者を一律で「雑音」と切り捨てるはずのアルフィアが、ラルゴに対して、深々とその小さな頭を下げて懇願した。
「「「「「う、嘘でしょおぉぉぉーーッ!?」!!!!」」」」
本日一番、いや、ヘラ・ファミリアの歴史上でも類を見ないレベルの驚愕が、その場にいた全員を直撃した。美女団員たちの目が文字通り飛び出さんばかりに見開かれ、誰もが自分の耳を疑って完全にフリーズしている。
そんな大パニックの渦中、仮面を被った副団長、メディアルナが静かに一歩前に出た。
「……レグナ。アルフィアがここまで素直に頭を下げるなど、有り得ない事象です。この少年こそが、私たちが何を犠牲にしてでも救いたかった聖域――メーテリアを救う本物の『鍵』になる可能性が極めて高いわ」
「――ッ!!」
メディアルナの冷徹かつ決定的な一言。
それを聞いた瞬間、女帝レグナの漆黒の瞳に、絶対的な略奪者の炎が灯った。そこからのヘラ・ファミリアの行動スピードは、文字通り『神速』の域を置き去りにしていた。
「話は決まりね。我がファミリアの至宝(メーテリア)の未来を切り開く道を見つけた。――全員、速攻でホームへ帰還するわよ!!」
「は、ひぇっ!?」
次の瞬間、レグナは「ちょっと失礼するわね」とも言わずに、Lv.1のなりたてで座り込んでいたラルゴの身体と、驚いているアルフィアの小さな身体を、左右の脇にまとめてガシッと力任せに担ぎ上げた。
「おい!!レグナ、放しなせ! 雑に扱われるのは不愉快だ!」
「レグナ様、大剣当たってる当たってる!! 首飛んでしまうから優しく運んでぇぇぇッ!!」
二人の抗議など、レベル8の暴君には届かない。
レグナはラルゴたちを小脇に抱えたまま、中層の岩場を爆破せんばかりの速度で地を蹴り、音速を超えるスピードで地上(ホーム)へと向かって爆走を開始した。
「「「「団長に続けェェェェッッ!!!!」」」」
メディアルナを筆頭とした美女団員たちも、闇派閥の幹部の死体をゴミ袋のように引きずりながら、その後ろを猛烈な残像となって追随していく。まさに、オラリオ史上最恐の軍勢による、一糸乱れぬ「神速の電撃拉致作戦」。
――なお、この時。
13階層の地面にスイカ割りの如き勢いで頭から埋め込まれ、下半身だけを突き出してピクピクと痙攣していたザルドとパールの二人は、誰一人として視界に入れることなく、その場に完璧に放置されていた。
「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
『おれは 命懸けのヒールをキメたら いつのまにか首輪を付けられて監禁部屋(ここ)にいた』
な… 何を言っているのか わかねーと思うが、おれも何が起きたのかわからなかった……!!」
回想を終えたラルゴは、豪奢なベッドの上で頭を抱え、前世の有名な奇妙な冒険のセリフを再び涙目で絶叫した。
あの時、中層に置き去りにされた大黒柱の先輩たちがその後どうなったのかを本気で心配しつつ、ラルゴはゼウス宛ての手紙をギュッと握り締めるのだった。
(……うん。思い返しても完璧に大成功(パターンA)しちゃってるよね。だから今、僕はこうしてヘラ・ファミリアの監禁部屋で、首輪(火炎石入り)を付けられて涙目で爺さんに救出レターを書いてるわけだ。ハッピーエンドへの道、初手から難易度がクソゲーの領域を突破してんだけどォォォォッッ!!!!)
監禁部屋の頑丈な扉(外には超広範囲音響魔法を構えたアルフィアが門番中)を睨みつけ、再び盛大な頭痛にのたうち回るのだった。