「……アルフィアは、どうしてここがこんなことになっているのか知っている?」
その問いかけを受けたアルフィアは、ほんのわずかに視線を妹へ向けた。
「私はずっとお前の傍にいた。ここで何があったかなど知らん」
それだけ言うと、アルフィアは再び口を閉ざした。
表情ひとつ変えず、まるで本当に自分とは無関係だと言わんばかりに、メーテリアさんの傍らに立ち続けている。
いや、嘘つけ。
俺はもちろん、周囲のヘラ・ファミリアの面々も、その言葉を聞いて一瞬だけ表情を引きつらせた。
どうやらアルフィアは、妹の前では自分だけは完全に無関係だったということにするつもりらしい。
(いやいやいや! その潔白アピール、無理があるだろ! そもそもアンタ、メーテリアさんに何も知らないって言える立場なのか!?)
しかし、誰も口には出さなかった。
あのアルフィアが自分から関係ないと言い張っている以上、ここで余計なことを言えば、今度は自分たちが彼女の標的になる可能性がある。何より、メーテリアの前で彼女の嘘を暴くような真似は、誰もしたくなかったのだ。
結果、ヘラ・ファミリアの面々は、全員が見事なまでに沈黙を守った。
そんな彼女たちの様子に気づいているのかいないのか、メーテリアさんは再びレグナ様へと向き直る。
「レグナさん……」
メーテリアさんは優しく小首を傾げると、未だに黒煙を上げている瓦礫の山を見つめ、実におっとりとした口調で次の純粋な疑問を投げかけた。
「ご挨拶に来ただけなのに、どうしてゼウス様たちのホームをあんなに木っ端微塵に破壊しちゃったの?」
ド直球かつ純粋無垢なその質問が響いた瞬間、レベル8の女帝レグナ様たちの肩がビクンと跳ね上がった。
まるで保護者面談で我が子のとんでもない失態を突きつけられた親のように、最恐の乙女たちが一斉にガタガタと震え上がる。
「そ、それはね、メーテリア! これは、その……建築物の『強度補正の検証』よ!」
レグナ様は顔を引きつらせながら、およそ世界最強の冒険者とは思えないほど苦しい言い訳をのたまい始めた。
「そう! 昨日新築されたばかりのゼウスの宮殿が、私たちの魔法の衝撃にどれだけ耐えられるか、ちょっと試してあげただけなの! 決して、八つ当たりや照れ隠しで消し炭にしたわけじゃないわ!」
(いや、言っちゃってる! 今、自分で八つ当たりや照れ隠しって認めちゃってるじゃん!!)
俺は更地の真ん中で正座したまま、内心で猛烈にツッコんだ。アルフィアは相変わらず何も言わない。
メーテリアさんの傍らで、ただ静かに妹の様子を見守っている、その姿は、まるで本当に自分だけは無関係であると主張しているかのようだった。だが、周囲の団員たちは誰一人として騙されていない。
(アルフィア……あんた、絶対に後で私たちにも責任を押しつけてくるつもりでしょ……)
そんな無言の疑惑が、ヘラ・ファミリアの面々の間を駆け巡っている気がした。
そんな必死な弁明を続けるレグナ様たちは、これ以上この話題を掘り下げられたくないとばかりに、大慌てで別の方向へと話を切り替えた。
「そ、それよりメーテリア、どうしてこんなところまで歩いてきたの? 体調は大丈夫なの?」
「ええ、レグナさん。ラルゴさんの魔法のおかげで、朝からとっても体が軽くて、嬉しくなっちゃったの。だから、今日こそはみんなで楽しく朝食を食べようと思って、ベッドを抜け出してきたのだけど……」
メーテリアさんは少し寂しそうに眉を下げた。
「ホームの中を探しても、誰も見当たらなくて。みんなが隣のゼウス様のところへ向かったと聞いたから、心配になって探しに来たの。でも……よかったわ」
ぱっと花が咲くような、どこまでも清らかな聖女の微笑みが、爆破跡の更地に広がっていく。
「レグナさんたちが、ゼウス様たちと仲良く『建築の勉強』をしていたのなら、何も心配することなんてなかったのね」
「「「「「…………っ」」」」」
その瞬間、世界最恐のヤクザ組織【ヘラ・ファミリア】の全団員の動きが、完全に凍りついた。
彼女たちの胸の奥に、千年の歴史の中で一度たりとも宿したことのない、未知の凄まじい感情がドロリと湧き上がってきたのだ。
――【罪悪感】。
最愛の至宝であるメーテリアが、「みんなと楽しく朝ごはんを食べたい」という、生まれたての赤ん坊のように純粋で、ささやかな幸せを願って病床を抜け出してきたというのに。
当の自分たちはといえば、昨日の恥ずかしい記憶を隠滅するためだけに、朝から武器を片手に隣のホームへ突撃し、大爆破を決めて新入りを正座させていたのだ。
(((((私たち……なんて最低最悪な蛮族の化物なのかしら……っ!!!)))))
レグナ様も、メディアルナさんも、周りの美女幹部たちも、自身のあまりの品性のなさと業の深さに魂の底から絶望し、かつてないほどの激しい赤面と羞恥心にガタガタと震えだした。
そんな最恐の乙女たちが一斉にメンタル崩壊を起こして静まり返った更地の中で、メーテリアさんだけが首を傾げて再びまっすぐに問いかけた。
「ねぇ、レグナさん。お勉強のためだとしても、ゼウス様たちのお家を壊してしまうのは、やっぱりかわいそうじゃないかしら?」
「あ、う、ええ……その、ね……?」
再び向けられたメーテリアさんの純粋な質問に、レグナ様たちは、顔を真っ赤にしたまま「あ、うあ」と壊れた人形のように震えるばかり。
その横で元気になったメーテリアへの喜びを滲ませながら微笑ましそうに眺めていたヘラ様が、ふと俺へと視線を向けた。
「……ラルゴ」
「は、はいっ!」
突然名前を呼ばれ、俺の背筋が反射的に伸びる。
「メーテリアが朝からあれほど元気に動けていることに免じて、今回は私の眷属たちを洗脳した件については、ひとまず保留にしておいてあげるわ」
「…………え?」
(いやいやいや! 保留じゃなくて、完全に消滅させてくださいよ!? そもそも洗脳なんてしてませんからね!?)
せっかく命の危機を乗り越えたと思ったのに、まだ疑惑が残っているらしい。
できれば、その件は二度と思い出さないでいただきたい。そんな風に心の中で懇願していると爆煙の向こうから、コツ、コツ、と非の打ち所がないほど美しい品格溢れる足音が響き渡った。
「――やれやれ。早朝からギルドへ出向いて事務処理を済ませて戻ってみれば……随分と、前衛的な景色にリフォームされているのですね」
白銀の長髪を揺らして現れたのは、我がゼウス・ファミリアの副団長、サイラスさんだった。
サイラスさんは手にした書類を脇に抱え、目の前に広がる凄惨極まりない光景を、その超一級の頭脳で瞬時に把握した。
跡形もなく爆散した新築二日目の我が家。ロープで縛られて贄にされた主神ゼウス。新入りを差し出して土下座するマキシムたちの団員。顔を真っ赤にして言い訳をするヘラ・ファミリアの面々。
そして、メーテリアさんの傍らで何食わぬ顔をして立っているアルフィア。
一瞬、サイラスさんのこめかみに強烈な青筋が浮かび、脳の髄まで染み渡るような凄まじい胃痛の表情が差した。
だが、そこは組織内の知性派にして絶対の副団長である。
彼は何事もなかったかのように完璧なビジネススマイルを張り付かせると、レグナ様、メディアルナさん、ヘラ様に向かって流麗で美しい一礼をキメてみせた。
「お初にお目にかかります、メーテリアさん。そしてヘラ様、レグナ団長、メディアルナ副団長。……我がファミリアの愚物どもが、大層お見苦しい姿を晒してしまい、申し訳ありません」
サイラスさんの凛とした涼しい声が、張り詰めた更地の空気を一瞬で塗り替えていく。
「我が新入りのラルゴが宿した魔法【不屈の福音】が、メーテリアさんの不治の病に対して劇的な効果を発揮した件について、我々両ファミリアの間で、早急に、かつ論理的な協議を執り行う必要があると考えております」
「き、協議、ですって……?」
レグナ様が縋るような目でサイラスさんを見つめる。
「ええ。具体的には二点。一つ目に、メーテリア様の今後の病状を考慮した、定期的かつ持続可能な治療計画の策定。二つ目に、我がファミリアの団員であるラルゴの治療訪問に関する安全保証、およびヘラ・ファミリアの『特別賓客』としての待遇の正式な確認にございます」
サイラスさんは冷徹に、しかしこれ以上ないほど完璧に交渉を展開していく。
「なお、ラルゴの所属は従来どおりゼウス・ファミリアに置きます。治療のための往来については、両ファミリアで必要な協力体制を整える。これまでに成立した取り決めを、幹部間で正式な記録として残しておきたいのです」
実に合理的な提案だった。すでに成立している治療訪問の約束を、今度は両ファミリアの組織間の取り決めとして正式に整理する。俺の身柄をヘラ側へ渡すわけでもなく、所属を変更するわけでもない、俺の立場を守りつつ、メーテリアさんの治療を継続できるようにする。
……さすがはサイラスさんだ。
この混沌とした現場で、これほど冷静に物事を進められる人間がいるとは。
「そして――」
サイラスさんは、一度だけ周囲の瓦礫を見渡した。
「今回の、我がゼウス・ファミリア本拠地の『爆破』に関しましては……。重大な医療プロジェクトについて、両ファミリアの幹部間で、一秒の猶予もなく緊急最高会合を開くための、ヘラ・ファミリア側からの極めて合理的で、かつ情熱的な『合図(シグナル)』であったと、私はそのように解釈しておりますが……違いましたでしょうか、レグナ団長?」
サイラスさんがニコリと、目が一切笑っていない完璧な笑顔で問いかける。
その瞬間、救いのクモの糸を差し出されたレグナ様やメディアルナさんたちは、プライドを完全にかなぐり捨てて、その外交的な美化説明へと全面的に乗っかった。
「そ、そうよ! まさにその通りだわサイラス君! さすがはゼウスの唯一の良心、話が早くて助かるわ!」
「ええ、その通りです。この極秘会合の重要性を鑑み、敢えてこのような派手な合図を放ったに過ぎません。決して私怨による爆破ではありません」
真実など知る由もない、メーテリアさんは「まぁ……!」と、これ以上ないほど納得したように大きな瞳を輝かせた。
「そうだったのね……! みんな、私の治療のために、そんなに真面目で大切な会議をしようとしてくれていたのね。レグナさん、疑ってしまってごめんなさい」
「い、いいのよメーテリア、気にしないで……!」
レグナ様は引きつった笑顔で答える、こうして、ヘラ・ファミリアは一応の社会的破滅を回避することに成功した。
もっとも、メーテリアさんに嘘をついたという事実は、彼女たちの胸に深く刻まれたようだが。
「おい待てサイラス!! お前、何勝手にヘラの蛮族どもの暴挙を美化して――」
「おい副団長! 俺たちの我が家がまた更地になったんだぞ! ひとこと言ってやらねぇと――」
縄で縛られたままのゼウスの爺さんや、土下座から立ち上がったマキシムたちが、さすがに納得がいかないとばかりにサイラスへ抗議の声を上げようとした。
まさに、その瞬間だった。
サイラスさんはスッと懐から一本の、妙に豪奢なボトルを取り出し、彼らの目の前へと提示した。
神聖な輝きを放つその銘酒の名は――。
「――マキシム。そしてそこの筋肉だるまども。このギルドの特別予算(賄賂)で手に入れてきた、最高級の銘酒【ディオニュソス・リザーブ(特製・限定品)】を一口も飲まなくてもよい者だけ抗議しなさい」
「「「「――ッッ!!!!」」」」
世界最強の脳筋団員たちの動きが、完全に停止した。
「この酒は、本日これから執り行われる『我がゼウス・ファミリア本拠地・完全再建』の終了後、新たな門出を祝う大宴会において、全員に惜しみなく振る舞う予定でしたが……何か不満でも?」
「……不満? ハハハ、何のことだサイラス! 俺は最初から、ヘラ様たちのあの爆破は最高にクールな緊急合図だと思ってたぜ!」
「そうだ! サイラス副団長、万歳! ディオニュソス・リザーブ、万歳だァァァッッ!!」
酒の名前を聞いた瞬間、世界最強の怪物たちは一瞬でプライドも我が家の恨みも100%綺麗さっぱり忘却。
信じられないほどの驚異的な手のひら返しで、サイラスさんを大絶賛し始めた。
「よし、野郎ども! 酒が美味いうちに、今すぐこの更地をピカピカの城へ再生させるぞ! 今日は昨日以上のクオリティを目指すぞォォォッ!!」
「「「「おおうッ!! 再建、開始だァァァッッ!!!」」」」
団員たちは一斉に巨大な大工用ハンマーを担ぎ出すと、廃材を拾い集め、凄まじい残像となって更地を駆け回り始めた。
さっきまで世界最強の冒険者だった男たちが、今や物理法則を置き去りにした職人系モンスターのプロ大工集団へとジョブチェンジしている。
「おいマキシム! 儂の分の酒もちゃんと残しておけよ! 待て、誰かこの縄を解けぇぇぇい!!」
主神ゼウスの爺さんも、縛られたままイモムシのような動きで大慌てで団員たちの後を追いかけていく。
そんな外交的な超絶フォローと幻の銘酒によって、一瞬で混沌が収拾されていく更地のど真ん中。
俺は、相変わらず一人ポツンと正座したままだった。
(……あー、一応、命の危機は脱した、のかな)
俺は引きつった乾いた笑いを漏らしながら、自分の周りで繰り広げられている、あまりにも致命的に頭の悪すぎる神速大工ワークと、メーテリアさんの傍らで何食わぬ顔をしているアルフィア、そして彼女に甘い視線を向けているヘラ・ファミリアの面々を、光の消えた死んだ目で眺めた。
(まあ……メーテリアさんが嬉しそうなら、それでいいのかもしれないけどさ)
俺は小さく息を吐いた。
……でもさ。
この世界、やっぱり色々とおかしくないか?
世界最強の冒険者たちがホームを破壊されても酒一本で許し、最恐の女傑たちが一人の少女の純粋な質問だけで精神崩壊を起こしかける。
そして、そのすべての後始末をするのは、なぜか毎回俺のファミリアの副団長なのだ。
(……サイラスさん、マジでお疲れ様です)
俺は心の底から副団長に同情した。
こうして、世界最強の二大ファミリアによる、あまりにも騒がしく、あまりにも非常識な朝は過ぎていくのだった。