そんな驚愕に震える化物先輩たちを前に、席の端っこで俺は、実に見事なフンスと胸を張って鼻を高くした。
「いやぁ、そこまで本気で驚かれると、流石の僕も照れちゃいますね! やっぱり、二百年に一人の天才ヒーラー(自称)にして、オラリオ最速(自称)としての才能が、初日からフルスロットルで開花しちゃったってわけですよ! ザルドさん、パールさん、もっと褒めてくれてもいいんですよ!」
「……調子に乗るな、テメェがただがむしゃらに逃げ回って、勝手に経験値を全吸収(ブースト)しただけだろーが!」
ザルドの咆哮が響く中、レグナ様とメディアルナさんは、驚愕の視線を数値からその下にある二つの「スキル」へと移し、さらに深く固まることになった。
「……なるほど。これ、単なる『臆病者のビビリスキル』じゃないわね、メディアルナ」
レグナ様が漆黒の瞳を鋭く細め、ゾクリとするほどの冷徹な分析を口にした。
「ええ、レグナ。こちらから攻撃を仕掛けようとすれば、凄まじいデバフで耐久が低下する。その代わり、戦闘そのものを完全に拒絶し、ただ『生き残る(生存)』することだけに特化した場合……下界のあらゆる常識を光速で置き去りにする、完全なる『絶対生存・神速の逃走』スキルです」
「そうそう! まさにその通りですよメディアルナさん!」
俺は我が意を得たりとばかりに、大声で自身の生存戦略を主張した。
「そもそも俺、戦いたくないんですよ! 攻撃力なんて最初からゼロでいいんです! 敵の攻撃を完璧に躱して、隠密で翻弄して、世界一の逃げ足で戦場を引っかき回す。味方の強力なアタッカー……例えばマキシム団長たちの『超優秀な囮』に徹するなら、これほど噛み合ったステータスはないんですから!」
「がっはっは! 戦う才能は皆無の紙装甲、だけど世界一の逃げ足と野生の勘で生き残るか! 潔いバカじゃねぇか!」
マキシム団長は大雑把に笑ったが、すぐにザルドさんと共に険しい表情に戻り、腕を組んだ。
「だがよ、ラルゴ。その『囮に徹する』って戦略は、最低限の【耐久力】が確保されてるからこそ成り立つんだぞ? 今のテメェは常時耐久デバフが刺さってるLv.1だ。ダンジョン深層の化け物相手じゃ、攻撃を『回避』し損ねて、風圧や掠り傷一つ喰らっただけで肉体が消し飛んで即死するぞ」
「うぐっ……」
ザルドさんの至極真っ当な指摘に、俺の背筋を冷たい汗が流れ落ちる。そう、ラルゴの最大の弱点は、一発でも直撃すればその場で瀕死になる点にある。
すると、それまで静かにペンを走らせていたサイラス副団長が、顔を上げて冷徹に告げた。
「……マキシム、ザルド。ラルゴを無理に戦闘要員として育てる必要はありません。彼の本質はそこにはない。今後の育成方針としては、あの異常な『逃走』『回避』『隠密』の精度をさらに研ぎ澄まさせつつ、メーテリアさんの命綱である『治療役(ヒーラー)』としての能力を最優先で伸ばす方向が最も望ましいと考えます」
サイラスさんは一度言葉を区切り、手元の羊皮紙をトントンと叩いた。
「ただし、ザルドの言う通り、耐久値の低さだけは放置できません。今後のレベリングでは、最低限の生存能力を底上げする必要があります」
「ふむ……。流石はサイラス、相変わらず完璧な計画ね」
ここまでの話を静かに聞いていた女帝レグナ様が、フッと不敵に唇を吊り上げ、白銀の髪の副団長へと視線を向けた。
「ラルゴのその『逃げ足の限界値』を安全に、かつ極限まで引き上げつつ、最低限の耐久力を効率よく確保する……。そのための、これ以上ないほどに完璧な【レベリング方法】を、私が一つ提案してあげましょうか、サイラス?」
「……ほう。レグナ団長からの提案ですか。お聞きしましょう」
サイラスさんが片眉を跳ね上げると、レグナ様は完璧な女王の微笑みを浮かべながら、実におっとりと、しかし致命的な『名前』を口にした。
「簡単な話よ。次からのラルゴのレベリングの引率……我がファミリアの『アルフィア』に、マンツーマンで彼を追い回させればいいのよ」
ピキィィィン……!!!
その瞬間、談話室からすべての酸素が光速で消失した。
「ひ、ひぇっ!?!?!?(声にならない絶叫)」
俺は椅子の上でひっくり返りそうになりながら、顔面を青、紫、緑へと光速で変色させた。
アルフィア。あの、出会い頭に俺の心臓に向けて殺戮の詠唱を紡ぎ、他者を一律で『雑音』と切り捨てる、冷酷残忍な才能の怪物。
「……アルフィアと一緒に、マンツーマンでレベリング、ですか?」
サイラスさんは白銀の眉をピクリと跳ね上げ、手元のペンを止めた。
「レグナ団長、提案の意図は分かりますが……彼女は確か、つい最近ファルナを刻んだばかりのLv.1のはず。いくらなんでも、新入りのラルゴを引率させるには荷が重いのではないですか?」
「ふふ、サイラス。貴方、あの子をただの『Lv.1の子供』だと思っているなら、痛い目に合うわよ」
レグナ様は不敵に、そして誇らしげに唇を吊り上げた。
「アルフィアはね、単なる天才なんて安い言葉じゃ収まらないわ。下界の全歴史を通じても間違いなく最高峰に位置する『才禍の怪物 』よ。あの子が私と同じレベルに到達したら、間違いなくこの私すらも越えて、世界の頂点へと駆け上がるわ。確信しているの」
「「「「――なっ!?!?!?」」」」
その衝撃的な断言が響いた瞬間、マキシム団長をはじめとするゼウス・ファミリア陣が一斉にガタガタと椅子の音を立てて驚愕した。
レベル8という人類史上最高峰の頂点に君臨する女帝レグナ本人が、「自分を超える」と迷いなく認めた圧倒的な潜在能力。
「おいおいレグナ、本気かよ……! あの幼女、そこまで規格外のバケモノなのか!?」
マキシム団長が目を血走らせて身を乗り出す。レグナ様は「当然よ」と不敵な笑みを崩さない。まだLv.1のなりたての少女が、すでに世界のルールをぶち壊すほどの輝きを宿しているという事実に、談話室の空気が本物の戦慄でミキミキと凍りついていく。
そんな驚愕の渦中、腕を組んで聞いていたザルドさんが、厳しい表情のまま冷静に突っ込みを入れた。
「……だが、レグナ団長。もしそのアルフィアってガキがそこまでの化物なんだとしたら、逆にうちのラルゴじゃ足手まといになるんじゃねぇか?」
ザルドさんはラルゴを光の消えたジト目で一瞥する。
「将来的にレベル8を超えるような天才と、第一階層のゴブリン最弱一体に三十分かけるようなクソガキだぞ? 成長速度も実力も違いすぎる。ラルゴがどれだけ必死について行こうとしたところで、アルフィアの成長の初速に一瞬で置いてきぼりにされて、レベリングにすらならねぇだろ」
「ザルドさん、さりげなく僕の初陣の傷口に塩を塗り込むのやめてもらっていいですか!?」
俺の真っ当な抗議。しかし、その懸念に対して、今度はサイラス副団長がフッと冷徹な笑みを浮かべながら反論した。
「いいえ、ザルド。むしろ逆の可能性すらありますよ」
サイラスさんは手元の書類をトントンと整え、俺のステータス紙を指差した。
「アルフィアという才能の怪物の、その異常な成長速度に唯一『追いつき、並走できる可能性』があるのは、我がファミリアにおいてこのラルゴだけかもしれません」
「あ? どういうことだ、サイラス」
「忘れたのですか? ラルゴの背中には、常時『敏捷』に超高補正と限界解除をもたらす【神代逃走】、そして逃走時に全能力をバグレベルで跳ね上げる【不戦不縛】が刻まれている。あの子が本気で『殺される(ビビる)』環境に置かれ、全力で逃げ回り続けた場合の敏捷の成長補正は、通常の冒険者の常識を光速で置き去りにする。アルフィアの規格外の進軍スピードに合わせて、ダンジョン内をノーダメージで神速追走し続けられる囮(デコイ)兼ヒーラーとして、これほど適任な相手は下界に二人と存在しませんよ」
「……あ、なるほど。ビビリが極まった結果、天才の成長速度に追いつけるわけか」
ザルドさんが心底呆れ果てたように天を仰いだ。
(いや待て待て待て!! 勝手に話を進めるな!! あの暗黒の眼光のシスコン幼女とマンツーマンでダンジョン引きこもりとか、精神的(マインド)な意味で一瞬で消滅させられるわ!!)
俺は座席の端っこで滝のような冷や汗を流しながら、この最悪なデスゲームを回避すべく、達者な口をフルスロットルで回して必死の代案をのたまう。
「あ、あの! レグナ様、メディアルナさん! 大変素晴らしい育成計画だと思うんですけど! わざわざアルフィアさんみたいな特級の天才にこだわらなくても、ヘラ・ファミリアには他にもたくさん団員がいらっしゃるじゃないですか! もしよろしければ、他のレベル1とかレベル2の、優しくて言葉の通じるお姉さん団員たちと、みんなで仲良くピクニック感覚でレベリングさせてもらう訳にはいかないでしょうか……!?」
俺の命懸けの保身の提案。しかし、それを聞いたレグナ様とメディアルナさんは、一斉に困ったような、苦虫を噛み潰したような顔をしてため息を漏らした。
「……ラルゴ、言いたいことは分かるけれどね、それが物理的に不可能なのよ」
「え? 不可能ですって?」
レグナ様はツンと顎を引くと、両ファミリアが抱える、あまりにも歪すぎる『現状の構成員バランス』について冷酷な事実を告げた。
「いい、ラルゴ? 現在、我がヘラ・ファミリアにも、そっちのゼウス・ファミリアにもね……前線でダンジョン探索を行うような、レベル3以下の団員なんて『一人も存在しない』のよ」
「一人もいない!?」
ラルゴはあまりの極端な実態に、思わず目を丸くした。
「一応、レベル3の構成員なら数人ほど在籍しているわよ。ただ、その人たちは全員が鍛冶師や調合師、あるいは事務処理といった、後方支援を専門に担当している非戦闘員だわ。つまり、アンタのレベリング相手として、一緒に前線で剣を振るってダンジョンへ同行できるような低レベルの団員は、うちにはアルフィア以外に一人も残されていないのよ」
「いやいや、世界最強の二大ファミリアですよ!? なんで若手や新人の育成枠が丸ごと消滅して、上から下まで化け物幹部しかいない少子高齢化みたいな過疎組織になってるんですか!?」
俺が頭を抱えて叫ぶと、隣に座るサイラス副団長が、深く、脳の髄まで胃痛が染み渡るかのような中間管理職のため息をついて解説した。
「当然です、ラルゴ。そもそも我がゼウス・ファミリアは、ここ数年間の間、外部からの新人募集というものを『一切行っていない』のですよ」
「募集をしてない? なんでですか?」
「現在、我がファミリアは世界の命運を賭けた【三大クエスト】の完全達成を見据え、全戦力をレベルアップと深層攻略に集中させている最中です。今さら一から素人の新人を迎え入れて育成するような、時間的・人員的なリソース(余裕)など、我が組織には残されていないのですよ。……それに何より」
サイラスさんは白銀の髪を軽く揺らし、極限まで冷めきった死んだ目で、窓の外の更地を一瞥した。
「仮に我がファミリアがギルドに大々的に求人募集(新人募集)を掛けたとしても……応募者など、最初から『皆無(ゼロ)』に決まっているでしょう」
「え? オラリオの頂点、世界最強のファミリアですよ? ステータスだけで貢がれるレベルの大人気組織のはずなのに、なんで応募者が来ないんですか?」
俺が素朴な疑問をぶつけると、サイラスさんはハッと冷たく自嘲気味に笑い、人差し指で俺の胸元をトントンと小突いた。
「ラルゴ、逆に聞きますが……週に三回のペースで、隣のヘラ・ファミリアに自分の家(ホーム)を跡形もなく木っ端微塵に爆破されるような場所に、自ら進んで住みたいと思う人間が、この下界に存在すると思いますか?」
「…………あ」
完璧に腑に落ちた。完全に、ぐうの音も出ない合理的正論だった。
昨日新築された家が、翌朝には地平線の彼方まで遮るもののない見事な更地になっているのだ。普通の感性を持った新人が入団したその瞬間に、恐怖で精神崩壊(マインドダウン)を起こして田舎へファストトラベルする未来が確定している。だからこそ、ここには「爆破を伝統行事として楽しむ世界最強のゾンビたち」しか生き残れなかったのだ。
「さらに言えば、我がファミリアの問題はホームの爆破だけではありませんよ」
サイラス副団長はこめかみを強く押さえながら、日頃の怨念を愚痴の弾丸に変えて重ねて爆破した。
「我がゼウス・ファミリアはね、オラリオに存在する大手の【医療系ファミリア】のほぼ全てから、治療費を法外な値段に割増しされるか、最悪の場合は『永久出入り禁止』の処回を喰らっているのが現状なのです」
「ええっ!? 医療系ファミリアから出入り禁止!? 強いんだから、ギルドの特別予算とかで優遇されてるんじゃないんですか!?」
「ハハ、そんな甘い特権が通用するほど下界は甘くありませんよ。……ラルゴ、すべての元凶はね、我が主神ゼウス、そして大多数の筋肉だるまどもですよ」
サイラスさんは、ヘラ様によって無理やり激辛スープを喉奥へ流し込まれている主神ゼウスを冷酷に指差した。
「あやつらは強さを求める一方で、医療施設に所属している優しき看護師の女性たちに対し、出向くたびに例外なく全員が致命的かつ深刻なセクシャルハラスメント(セクハラ)を日常茶飯事で繰り返す変態不届き者どもなのです。その結果、医療組織の神々を本気で激怒させ、ファミリア全体が連帯責任としてブラックリストに登録されたのですよ」
「いや人間性が本当に終わってますね、うちの先輩たち!!」
俺が冷や汗を流してドン引きする中、サイラスさんは各医療系ファミリアの、あまりにもリアルすぎる出入り禁止対応を淡々と列挙し始めた。
「まず、大手の一角である【ミアハ・ファミリア】にいたっては、主神ミアハ様の底知れない温情と慈悲により、ポーションなどの消耗品だけは辛うじて定価で販売してもらえています。治療に関しても、事前に申請し、対応する団員を男性団員に限定するという厳格な条件付きで、かろうじて最低限の出入りを許されている状態です。ゼウス・ファミリアに対しても、完全に関係を断絶しないあたり、あの神の優しさは本物の聖域と言っていい」
サイラスさんは一度言葉を区切り、ドスの利いた声音で冷酷に続けた。
「これに対して、もう一つの最大手【ディアンケヒト・ファミリア】の対応は真逆であり、極めて合理的です。主神ディアンケヒト様は、我が主神ゼウスと大多數の団員に対し、数年前に正式な『永久出入り禁止』の判決を下されました。ただし――戦場で四肢を失うなどの、一刻を争う緊急時の治療に限っては、例外的に受け入れるという規律を敷いています。……ただし、その場合の治療費にいたっては、通常の『5倍(割増価格)』という、我がファミリアの巨万の富を合法的に毟り取るための、極めて凶悪な悪魔の料金設定が刺さっているのですよ」
「出入り禁止なのに緊急時は5倍で毟り取る!! ディアンケヒト様、ビジネスの割り切り方がエグすぎるだろ!!」
ラルゴが医療系ファミリアのリアルすぎる大人の事情に戦慄する横で、ふと、一つの最もな素朴な疑問が頭をよぎった。
「あの……サイラスさん。そんなに各ファミリアから嫌われて出入り禁止になってるなら、普段、前線でボロ雑巾みたいにミンチにされて帰ってくる先輩たちは、一体どうやって傷を治してるんですか?」
「ああ、それですか」
サイラスさんは何事もないように、お茶のカップを口元へと運んだ。
「我がファミリアにも、後方支援として少数の調合師が所属しています。ですから普段は、ホームの裏庭にある超巨大な『木製の樽(タル)』の中に、その団員が作ったポーションを数千本分、並々と一気に注ぎ込み、負傷した団員をその中に『丸ごと一晩漬けておく』のです」
「……樽に、漬ける?」
「ええ。そうすれば、どれほど四肢があり得ない角度に曲がった重傷の脳筋であっても、翌朝には何事もなかったかのようにピンピンに完治して樽から這い出てきますからね。それでも治らなかった場合に限り、先ほどのディアンケヒトファミリアへ5倍の金を払ってデリバリー治療を頼むだけです。我がファミリアにとっては、これが最も合理的で初歩の日常習慣(デフォルト)ですよ」
「冒険者の治療方法として聞いたことねぇわァァァァッッ!!!! ピクルスかよテメェらは!!!!」
ホームは定期的に大爆破され、主神と団員は看護師へのセクハラでブラックリスト入り、医療施設からは治療費5倍で毟り取られ、怪我をしたらポーションの樽へ一晩漬け込まれる。
あまりにも異常すぎるゼウス・ファミリアの実態を前に、13歳の少年ヒーラー・ラルゴは、新人が一人も集まらない本当の理由を魂の底から理解し、ただただ冷や汗を流して戦慄するしかなかった。