(――っ、背後から不穏な魔力の残響!?)
野生の勘(ビビリセンサー)が、コンマ数秒先のデッドラインを強制起動させた。
ラルゴが本能のままに直角に横へとバックステップを踏み、進路を大きく回避した、まさにその刹那。
【炸響(ルギオ)】
アルフィアが低く呟いたスペルキーにより、空間に残っていた音の魔力が起爆。二段構えの砲撃となった凄まじい大爆発が、ラルゴの背後の魔物たちをまとめて撃砕した。
ラルゴが冷や汗を流しながら振り返ると、そこには、何食わぬ顔で立っているアルフィアの姿があった。
「……ちっ、避けたか。雑音のくせに、逃げ足だけは本当に厄介だな」
「おいテメェ今さらっと『ちっ』って舌打ちしただろーがよォォォォッッ!!!!」
ラルゴの渾身の地鳴りツッコミが上層に響き渡る。
「今、完全にゴブリンごと俺のことも爆殺しようとしてただろ! 育成レベリングの最中に身内からガチの二段構え暗殺魔法が飛んでくるなんて、どんだけ過酷なだよチクショウ!」
「騒ぐな、雑音。……おい、ラルゴ。そんなにその余計な足が回るというのなら、とりあえず通路の奥にいる魔物を片っ端から集めてこい」
アルフィアはオッドアイの目をギラリと輝かせ、これ以上なく無茶な指示を平然とのたまった。
「集めた魔物は、私の魔法でまとめて一網打尽にしてやる。効率がいい」
「質問なんですけど、その一網打尽にされる不可視の音響兵器の中に、囮(デコイ)をやってる俺の肉体は含まれていないということでよろしいでしょうか、アルフィアさん!?」
「お前なら避けられる。問題ない」
「大ありだよォォォォッッ!!!!」
絶叫しながらも、ラルゴは生存本能のタガを外し、神速の残像を残して迷宮の奥へと爆走を開始した。壁をナイフの柄でガンガンと叩いて音の反響を確かめ、死角に潜む魔物たちのヘイトを神速で集めながら、直角ステップですり抜けて引き連れて戻ってくる。
アルフィアはその集まった魔物の群れのド真ん中へ、容赦なく不可視の砲撃を全弾投下。
ゴォォォォォン!!!
衝撃の余波でラルゴの黒髪が激しく巻き上がる中、魔物たちは一瞬で一掃されていく。
後ろで腕を組んで見守っていたクシナは、そのあまりにも理不尽で、しかしこれ以上ないほどに完璧に機能している「神速のデコイと、凄まじい威力を誇る【サタナス・ヴェーリオン】の固定砲台」という常識外れな連携方法に、耳と尻尾をピキピキと固まらせながら、驚愕のあまり完全にフリーズして観察を続けていた。
* * *
アルフィアの魔法と、ラルゴの音の反響を利用した神速の危険予測誘導により、上層の探索は予想を遥かに超越した速度で順調(爆走)に進み、大きな問題も発生しないまま、三人は一気に中層の15階層へと到達していた。
「――ふむ、前方、曲がり角の奥。床を伝わる微震と音の反響から計算して、中層特有のアルミラージとヘルハウンドが合計で12体。接近方向は北西、コンマ4秒後に死角から奇襲が来ます!」
ラルゴは15階層の薄暗い岩場の通路で急停止すると、脳内構築された危険予測(ビビリセンサー)をフル稼働させて正確な情報を弾き出した。
発展アビリティ『隠密』で自身の気配や物音、魔力を完全に虚無へと遮断し、敵の網の目をすり抜けながら、安全な位置と逃走経路をミリ単位で完璧にキープ。
「……そこか。【福音(ゴスペル)】」
放たれた【サタナス・ヴェーリオン】は一瞬にして魔物たちを撃砕の渦へ押し流し、短時間で処理していく。
「…………っ」
後ろを追走していた引率のクシナは、その一連の動きを目の当たりにし、ついに本物の戦慄を覚えてその美貌を引きつらせた。
単なる新人冒険者二人の探索などという生易しいレベルでは断じてない。まるで百戦錬磨の冒険者が、あらかじめ構造を知り尽くした庭を散歩しているかのような、圧倒的な速度と異常なまでの討伐効率。本日何度目かわからない驚愕に体を震わせる。
(……あり得ない。ラルゴ殿のあの能力……単に足が速いだけではない)
クシナはラルゴの能力をより詳しく、精密に把握するため、道中で少しずつ探索の「難易度」を意図的に上げていった。あえて複数の魔物に挟撃されるような狭い空間や、逃走経路が左右の岩壁で極端に制限された一本道のエリアへと、二人を緩やかに誘導してみせたのだ。
だが、ラルゴの宿した異常性は、その極限状態においてこそ真のバグを起こした。
ザルドやパールに本気で殺される気で追い回されたあの恐怖の記憶がシンクロし、【神代逃走】の限界解除と【不戦不縛】の超高補正の相乗効果がフルスロットルで稼働。逃走中のラルゴの肉体はレベル3相当の神速の残像となり、一時発現した発展アビリティ『隠密』で気配を虚無へ消し去り、『回避』の極致で魔物たちの爪先をすべて髪一重ですり抜けて突破していった。
逃走中にかかるその凄まじい全能力の補正。普段の初期ステータス(笑)からは到底想像もつかない、物理法則を置き去りにした超常の身体操作。
(驚くべき状況判断能力と、進路選択の冴えにございます……。敵の位置や地形の断片情報から、自身の生存確率が最も高くなるルートを瞬時に弾き出して爆走している。……ですが、同時に、その『耐久力の低さ』もまた、極めて致命的。もし一歩でも逃走経路を誤り、中層の魔物の一撃やトラップがその肉体に直撃すれば……貴方様は今頃、この15階層の床でひき肉になっておられましたからね)
クシナは武人としての冷徹な目でラルゴの欠陥を見抜きつつ、今度は視線を隣のアルフィアに移し魔法と戦闘判断の観察へと移った。
アルフィアの動きもまた、Lv.1の枠を完全に逸脱していた。彼女は魔物たちの挙動をオッドアイの瞳で冷徹に見極め、無駄な魔力を1滴すら消費しないよう、必要最低限の出力と神速の制御精度で魔法を放ち、最短時間で敵を処理していた。その才能の煌めきは、まさに女帝レグナの「自分を超える」という評価に一切の狂いがないことを、クシナの肌に恐怖の鳥肌として実感させていた。
(――っ、これは!?)
その時、15階層の曲がり角の奥から、突如として想定していた数を遥かに超える、数十体もの頑強なヘルハウンドの混成軍勢が、地鳴りのような咆哮を上げて一斉に這い出てきた。前方から通路全体を隙間なく埋め尽くすほどの、圧倒的な物量による奇襲。
「お二人とも、下がってください! ここからは私が――」
クシナが即座に周囲の状況を把握し、刀の柄をギリィと握りしめて前に出ようとした、まさにその瞬間。
「――いいえ、クシナさん! ここは俺たちのレベリングの舞台です! ザルドさんたちの拳骨に比べれば、こんなワンちゃんたちの群れなんて、ただの障害物競争ですよ!!」
ラルゴは不敵に唇を吊り上げると、踵を返してあえてヘルハウンドの群れのド真ん中へと神速で突撃。すべての魔物のヘイトを自身へと完璧に集中させた。神速の残像となって魔物たちの牙の間をすり抜け、大きな円を描くようにして敵の陣形を綺麗に一箇所へと誘導していく。
「……よくやった、雑音。そのまま伏せろ」
アルフィアがその完璧に集められた魔物の中心に向けて、両手を構えた。
【福音(ゴスペル)】
ゴォォォォォォン……!!!
不可視の轟音が炸裂し、ラルゴが命懸けで集めたヘルハウンドの群れを一瞬にしてまとめて衝撃波の底へと圧し潰した。
さらに、その風圧の隙間を突いて、アルフィアの背後から音もなく跳びかかってきた執念の一体のヘルハウンドの影。
――シュパパパァン!!!
「我がヘラ・ファミリアの仲間の前に、その薄汚い牙を近づけること、断じて許しませんよ」
一瞬にして死角へと滑り込んでいたクシナが、流麗な抜刀術から正確な間合いで一太刀を放ち、ヘルハウンドの巨体を一瞬で真っ二つに両断して迎撃してみせた。無駄な動きを極力省いた、これぞ第二級冒険者(Lv.4)の技の暴力。
三人の役割が完璧に噛み合い、中層の危機をノーダメージのまま完璧に切り抜けた。
クシナは刀の鯉口をカチャリと鳴らして納刀すると、前方のラルゴを見つめ、武人としてその能力の「真の価値」を激しく評価し直した。
「……見事な連携にございました。ラルゴ殿、貴方様のあの逃走能力……単なる保身の技術にあらず。味方の攻撃を確実に成立させるための、これ以上ないほどに優秀な戦術的囮としての機能を持っていますね。感服いたしました」
「ふんす! ね? 言ったでしょうクシナ殿! 僕は世界一のデコイなんですから!」
ラルゴがフンスと胸を張る。
「ですが、ラルゴ殿。……調子に乗るのもそこまでにしなさい。貴方様の耐久力の低さと、攻撃を受けた際の危険性は、依然として存在してございます。そこを絶対に忘れない様にしてください、もし忘れた場合は指を切り落とします」
「丁寧な言葉遣いから、急に本物のヘラ・ファミリアのヤクザの片鱗が溢れ出てくんの怖すぎるんだけどォォォォッッ!!!!」
ラルゴが涙目でガタガタと震える中、クシナはアルフィアの方へと視線を戻した。
「アルフィア殿。魔法の威力、および制御の精度にいたっては、Lv.1としては完全に第二級冒険者の領域にございます。ですが……実戦における経験、および周囲の状況判断については、まだ伸ばせる部分が多くございます。今後も、私による指導をしっかりと脳に刻み込みなさい」
「……勝手にしろ。私は私のやり方でやる」
アルフィアは素っ気ない、冷淡な態度を崩さなかったものの、クシナの放った武人としての的確な指摘に対しては、その小さな耳をピクリと動かして静かに聞き入れ、次の戦闘からは即座にその重心のブレを完璧に修正してみせた。
その後も探索を継続し、三人は何ら大きな問題も発生しないまま、ついに16階層へと到達していた。
ラルゴは自身の宿した異常なスキルが、中層の化け物相手にも通用していること、基本を徹底して無事に探索を進められたというあまりにも平和な現実に、魂の底から安堵してガッツポーズを決めていた。
「よし! 今日のレベリングはここまでにして、新築ピカピカのホームに帰って美味しいご飯にでもしましょう!」
「メーテリアが待っている。早く帰えるぞ、雑音」
アルフィアも珍しく同意し、三人は踵を返して地上への帰還(凱旋)を開始した。