六本木の温度差   作:ぷーぷ

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「こっち側じゃない」
六本木の夜で、蘭が出会ったのは、自分の世界にはいないはずの少女だった。
助けたのは気まぐれ。
声をかけたのは退屈しのぎ。
けれど、水曜のカフェで顔を合わせるたび、夜と昼の境界は少しずつ曖昧になっていく。
偶然が約束に変わり、離れていた世界が、静かに混ざり始める。
二人はまだ知らないまま、一線を越えていく。

#東卍夢 #灰谷蘭 #tkrv夢 #東京【夢】リベンジャーズ #夢小説 #女主人公


臨界

I.異物

 

六本木の夜は、いつも通り騒がしかった。

 

ネオン、煙、酒、笑い声。

全部が混ざり合って、まともな感覚を削っていく。

 

そんな中で、蘭は退屈していた。

 

「……つまんねぇな」

 

いつも通りの連中。

いつも通りの女。

いつも通りの会話。

 

全部、知ってる温度だ。

 

その時だった。

路地の奥から、場違いな声が聞こえた。

 

「やめてください……」

 

振り向いた瞬間、違和感で分かる。

 

——こっち側じゃない。

 

六本木の閑静なエリアにある女子校の制服。

無駄に上品な、金のボタンと整ったライン。

地元の人間ならだれでも知っている伝統校。

 

それを囲んでいるのは、いかにもな輩。

 

蘭は一瞬だけ考えて、次の瞬間には歩いていた。

 

「うるせぇよ」

 

軽い声だった。

でも、目は笑っていない。

 

「は? 誰だよ——」

 

最後まで言わせなかった。

 

一人が壁に沈む。

鈍い音。

残りの男たちが、一歩引いた。

 

「悪ぃけどさ」

 

蘭は笑った。

 

「俺のシマで騒ぐなって言ってんの」

 

数秒で、空気が変わった。

さっきまで大きかった声が、急に小さくなる。

男たちは舌打ちを残して散った。

 

路地に、静けさだけが残る。

 

蘭は振り返った。

 

「……大丈夫か?」

 

そこで、言葉が少し止まった。

 

黒髪。

乱れていない制服。

逃げ腰じゃない姿勢。

そして、まっすぐな目。

 

「あ……ありがとうございます」

 

声も静かだった。

 

蘭は一瞬で理解した。

 

——やべぇな、これ。

 

面倒なタイプだ。

 

「……気ぃつけろよ。この辺」

 

それだけ言って、背を向けた。

でも、背中にまだ視線が刺さっていた。

 

その夜から、蘭の退屈は少しだけ形を変えた。

 

 

II 視線

 

数日後。

いつも昼過ぎまで寝ている蘭が、珍しく昼に外に出ていた。

 

静かで落ち着いたカフェの窓際。

コーヒーを飲みながら、人通りをぼんやり眺めている。

同じ制服の女子学生が何人も通り過ぎる。

 

——来るわけねぇか。

 

そう思った瞬間。

 

—いた。

 

同じ制服。

同じ黒髪。

同じ、場違いなほど整った空気。

 

蘭は思わず目で追った。

 

「……はは」

 

自分でも笑える。

 

今まで女に追いかけられることはあっても、自分から目で追ったことなんてない。

それなのに、ただ見かけるだけで目が離せない。

 

それから、蘭は昼にそこへ来るようになった。

 

理由はない。

あるとすれば、退屈じゃなくなったからだ。

 

学校と駅の間。

繁華街とは一線を画した、静かな通り。

 

 

ある日、カフェの扉が開いた。

 

彼女だった。

 

目が合う。

すぐに逸らされた。

でも、覚えている顔だった。

 

彼女は奥の席に座り、教科書とノートを広げた。

オレンジジュースが運ばれる。

 

蘭はゆっくりと彼女のテーブルに歩み寄った。

近づきすぎない距離で止まる。

 

「よぉ」

 

彼女が顔を上げる。

 

「この前の」

 

やっぱり覚えていた。

 

「また絡まれてねぇ?」

 

「……はい。大丈夫です」

 

小さな声。

でも、逃げてはいない。

 

沈黙。

 

蘭は軽く笑った。

 

「ならよかった」

 

それだけ言って、背を向ける。

 

「あの」

 

—来た。

 

蘭は振り返った。

 

「……ありがとうございました。この前」

 

立ち上がって、頭を下げた。

礼儀正しい声。

距離を測る目。

でも、その目はまっすぐだった。

 

蘭は少しだけ笑う。

 

「礼とかいいよ」

 

一拍置く。

 

「その代わり、たまにここ来いよ」

 

「……え?」

 

「俺もたまにいるからさ」

 

それだけ言って、今度こそ離れた。

 

追わない。

詰めない。

逃げ道は残す。

 

外に出て、煙草に火をつける。

 

「……派手じゃねぇ方が、難しいじゃん」

 

声は面倒くさそうだった。

 

でも、顔は笑っていた。

 

 

III 約束の手前

 

それから数日、蘭はカフェに入らなかった。

 

向かいの建物の二階から、通りだけを見ていた。

 

彼女は何度か店の前を通った。

 

友達と一緒の時は、横目で一度だけ見る。

一人の時は、入口の前で少し止まる。

 

でも、入らない。

 

蘭はそれを見て笑った。

 

—迷っている。

 

一週間後。

 

同じ曜日。

同じ時間。

 

蘭はカフェのいつもの席にいた。

もう外は見なかった。

 

扉の音。

 

「いらっしゃいませ」

 

——来た。

 

顔は上げない。

でも分かる。

 

今日の彼女は、迷っていない。

 

「……こんにちは」

 

先に声をかけてきた。

蘭は顔を上げる。

 

「よぉ」

 

「ここ、よく来るんですか?」

 

「まあな。暇つぶし」

 

「……暇なんですか?」

 

ほんの少し、表情が崩れた。

 

「昼はな」

 

わざと曖昧に言う。

彼女は少し考えてから、言った。

 

「……夜、危なくないですか」

 

「俺が?」

 

「……いえ、そういう意味じゃ」

 

言いかけて、止まる。

蘭はそこで初めて、少しだけ距離を詰めた。

 

「名前、聞いてなかったな」

 

彼女は一瞬迷った。

 

「……ナマエです」

 

「ナマエ、ね」

 

蘭はその名前を転がすように言う。

 

「俺、蘭」

 

ナマエは何か返そうとして、言葉を探している。

蘭は向かいの席を指した。

 

「座れば?」

 

ナマエは小さく会釈して、そっと座った。

 

「どうして助けてくれたんですか?」

 

まっすぐだった。

蘭は少し笑う。

 

「たまたま」

 

「……本当に?」

 

疑っているわけじゃない。

ただ、知りたがっている目だった。

 

蘭は少しだけ本音を混ぜる。

 

「場違いだったからな」

 

ナマエの目が揺れる。

 

「……やっぱり、そう見えますよね」

 

「そうだろ」

 

責めるでも慰めるでもなく、ただ言う。

 

「でもさ」

 

蘭は続けた。

 

「だからいいんじゃねぇの」

 

ナマエが顔を上げる。

 

「こっち側と同じ顔してたら、つまんねぇだろ」

 

その瞬間、ナマエの警戒が少しだけほどけた。

蘭はそれを見逃さなかった。

 

怖さは薄れた。

代わりに、分からなさが残っている。

 

それは、もう一度来る理由になる。

 

「……ここ、よく来るって言ってましたよね」

 

「ああ」

 

「……何時くらいに?」

 

蘭は目を細めた。

 

「バラバラ」

 

ナマエは少し困った顔をする。

 

「……じゃあ、また偶然ですね」

 

蘭は笑った。

 

「いや」

 

ナマエが顔を上げる。

 

「来る日、決めとけよ」

 

「え?」

 

「毎週、水曜。この時間」

 

一拍。

 

「俺は、たぶんいる」

 

ナマエは黙った。

 

逃げるか。

来るか。

 

「……分かりました」

 

小さく頷いた。

 

その瞬間、偶然は終わった。

 

店を出たあと、蘭は煙草に火をつける。

 

「……めんどくせぇな、これ」

 

でも、やめる気はなかった。

 

次の水曜。

来るかどうかで、全部が決まる。

 

そして、彼女は来た。

 

 

IV 居場所

 

次の水曜。

 

カフェの扉が開く音に、もう蘭は反応しない。

来る前提でいる。

 

そして、来る。

 

ナマエはもう迷わない。

席に着く動きも、視線の置き方も、最初とは違っていた。

 

「こんにちは」

 

「よぉ」

 

長く話すわけじゃない。

特別なことをするわけでもない。

 

ナマエは学校の話をした。

テストのこと。先生のこと。友達のこと。

 

蘭は頬杖をついて聞いていた。

 

評価もしない。

慰めもしない。

ただ、ときどき短く返す。

 

「今日、テスト失敗して……」

 

「へぇ」

 

「ちゃんと勉強したんですけど」

 

「じゃあ運悪かったんじゃねぇの」

 

「そんな適当な」

 

ナマエが少し笑う。

それだけで、空気が軽くなった。

 

「……でも」

 

ナマエはオレンジジュースのグラスを見つめた。

 

「ここ来ると、どうでもよくなります」

 

蘭は一瞬だけ目を細める。

 

逃げ場。

同時に、“依存の入り口”でもある。

 

でも口にしたのは、別の言葉だった。

 

「いいんじゃねぇの」

 

ナマエが顔を上げる。

 

「全部ちゃんとやる必要ねぇだろ」

 

ナマエは少し驚いて、それから小さく頷いた。

 

 

その水曜から、関係は少しずつ変わっていった。

 

次の水曜、ナマエは少し遅れてきた。

扉が開いた瞬間、蘭は顔を上げる。

 

「……遅ぇな」

 

「すみません」

 

ナマエは席に座った。

呼吸が少し乱れている。

蘭の目が細くなる。

 

「何かあった?」

 

ナマエは一瞬迷った。

 

「……少し」

 

「どこ」

 

「駅の反対側です」

 

繁華街側。

蘭は小さく舌打ちした。

 

「なんであっち行ってんだよ」

 

「本屋に」

 

「は?」

 

「学校の近くより、種類が多くて」

 

間が落ちる。

蘭は黙ってナマエを見る。

 

嘘じゃない。

でも、それだけでもない。

 

「絡まれた?」

 

「……声をかけられただけです」

 

「ナンパか」

 

ナマエは視線を落とす。

 

「でも、前のこと思い出して」

 

声が少し細くなる。

 

「怖くなって、走って逃げました」

 

蘭は何も言わなかった。

ただ、息を吐く。

 

「……ならいい」

 

その一言で終わらせた。

でもナマエは、まだ何か言いたそうにしていた。

 

「……蘭さんって」

 

「あ?」

 

「どこに住んでるんですか」

 

蘭はカップを指で回す。

 

「この辺」

 

「この辺って……」

 

ナマエは少し困った顔をする。

このカフェは、繁華街とは逆の静かなエリアにある。

 

「じゃあ、どうして」

 

一度言葉を切る。

 

「あの時、あそこにいたんですか」

 

蘭は少しだけ黙った。

 

「暇だったから」

 

短く返す。

 

嘘ではない。

でも、全部でもない。

 

ナマエはそれ以上聞かなかった。

代わりに、小さく言う。

 

「……私は、本屋に行きたかっただけです」

 

「さっき聞いた」

 

「でも」

 

ナマエが一瞬だけ蘭を見る。

 

「ちょっとだけ、気になってました」

 

「何が」

 

「……あの辺」

 

それだけで十分だった。

蘭は小さく笑う。

 

「やめとけよ」

 

軽い声。

でも、目は笑っていない。

 

「普通のままでいろ」

 

ナマエは少し考えて、

 

「……はい」

 

と答えた。

でも、その目は完全には引いていなかった。

 

時間が来る。

 

「そろそろ帰ります」

 

「おう」

 

いつも通り、店の前で別れる。

ナマエが一度だけ振り返った。

 

「……また水曜に」

 

蘭は笑った。

 

「来れたらな」

 

約束は強くしない。

でも、もう続いている。

 

 

V. 境界

 

次の水曜。

 

蘭はカフェの窓から、通りを見ていた。

ナマエが来る前から、気になっていた。

 

人の流れ。

視線。

店の前で止まる男。

さっきから同じ場所にいる顔。

 

——ダルいな。

 

扉が開く。

 

「こんにちは」

 

「よぉ」

 

ナマエが席につく前に、蘭は立った。

 

「場所、変えるぞ」

 

「え?」

 

「ここ、やめる」

 

ナマエの表情が固まる。

 

「……何かあったんですか」

 

蘭は答えない。

 

「ついて来れるか」

 

それだけ言う。

ナマエは一瞬迷って、小さく頷いた。

 

「はい」

 

二人はカフェを出た。

並ばない。

少し距離を空ける。

けれど、離れているわけでもない。

 

着いたのは、静かな建物だった。

 

「……図書館?」

 

「そう」

 

中に入ると、空気が変わった。

 

本の匂い。

ページをめくる音。

低い足音。

 

ナマエの世界に近い場所だった。

 

「ここならいい」

 

「何がですか」

 

「目立たねぇ」

 

短い説明。

でも、それで伝わった。

 

席は離れた。

ナマエは窓際。

蘭は少し奥の一人掛けの席。

同じ空間にいるのに、隣にはいない。

 

ナマエは教科書を開いた。

視線を上げると、遠くに蘭がいる。

 

蘭も本を開いていた。

でも、ときどき、こちらを見ている。

 

安心する。

なのに、少し寂しい。

 

数十分後、ナマエが教科書を閉じて外へ出た。

建物の外に、蘭がいた。

 

「終わったか」

 

「はい」

 

自然に並ぶ。

今度は、少し近い。

 

「……どうして、カフェやめたんですか」

 

蘭は前を向いたまま言う。

 

「見られてた」

 

ナマエの足が止まりかける。

 

「……誰に」

 

「色々」

 

「私のせいですか」

 

「違う」

 

即答だった。

一拍置いて、蘭は続ける。

 

「関係ねぇ」

 

ナマエは小さく頷いた。

納得はしていない。

でも、信じようとしていた。

 

「……図書館、好きです」

 

ぽつりと言う。

蘭は少し笑った。

 

「だろうな」

 

「でも」

 

ナマエは足元を見た。

 

「少しだけ、変です」

 

「何が」

 

「同じ場所にいるのに、離れてるの」

 

蘭は黙った。

数秒後、低く言う。

 

「その方がいい」

 

「……どうして」

 

「今はな」

 

それ以上は言わなかった。

ナマエも、それ以上は聞かなかった。

 

 

次の水曜も、二人は図書館にいた。

席は離れていた。

 

でも、視線の距離だけは、前より近かった。

 

 

VI 不可逆

 

水曜。

図書館。

 

いつも通り、席は離れている。

 

ナマエは窓際。

蘭は閲覧室の奥、一人掛けのチェア。

本を開いている。

 

でも、ときどき、こっちを見ている。

 

ナマエはページをめくる手を止める。

視線を上げる。

 

目が合う。

一瞬。

すぐ逸らされる。

 

それが、何度も続く。

 

“近いのに、遠い”

 

ナマエは小さく息を吐いた。

 

本を閉じ、立ち上がる。

閲覧室を出て、書架の並ぶ方へ向かう。

 

静かで、人の気配が途切れる場所。

 

数秒後、足音がした。

 

—来る。

 

振り返ると、蘭がいた。

 

「……なんだよ」

 

低い声。

ナマエは少しだけ息を整えて聞いた。

 

「なんで」

 

「隣に来てくれないんですか」

 

書架の間。

外からは見えにくい。

でも、完全に閉じた空間ではない。

 

蘭は答えない。

ただ、見ている。

 

「カフェの時は、もっと近かったのに」

 

ナマエが一歩だけ近づく。

 

「同じ場所にいるのに」

 

「……遠いです」

 

沈黙。

蘭がゆっくり息を吐く。

 

「……分かってねぇな」

 

「何がですか」

 

蘭の声が低くなる。

 

「近づいたら」

 

「隠せなくなる」

 

ナマエの目が揺れた。

でも、逃げなかった。

 

「いいです」

 

小さく、でもはっきり言う。

 

「それでも」

 

空気が止まった。

 

次の瞬間、蘭が一歩踏み込んだ。

距離が消える。

 

ナマエの呼吸が浅くなる。

でも、目は逸らさない。

 

蘭の手が、ナマエの腕を引いた。

書架の影。

視線が切れる場所。

 

そして、そっとキスをした。

 

短い。

触れるだけ。

 

でも、戻れない距離。

 

離れたあと、ナマエは動けなかった。

 

驚き。

熱。

理解。

 

全部が一度に来る。

 

蘭が低く言う。

 

「……だから言っただろ」

 

ナマエはゆっくり息を吐いた。

少しだけ震えている。

 

「隠さなくていいです」

 

はっきり言う。

 

蘭の目が一瞬止まる。

それから、小さく笑う。

 

「……ほんと面倒だな」

 

でも、もう距離は戻らなかった。

 

閲覧室の元の席へ戻った。

 

今度は、目が合っても視線を逸らさなかった。

 

水曜。

たったそれだけの時間で、一線を越えた。

 

もう、前の関係には戻らない。




あとがき

初めてハーメルンに投稿します、ぷーぷ。です!
まだ勝手がわからない部分もありますが、温かく見守っていただけると幸いです。
本作は【全25話の長編】として完結までお届けする予定です。最後までお付き合いいただけたら嬉しいです!
感想、評価、お気に入り登録などをいただけますと、執筆の大きな励みになります。どうぞよろしくお願いします!
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