六本木の温度差   作:ぷーぷ

3 / 9
「見てぇなと思って」
学校帰り、ナマエの前に突然現れた蘭。
彼が踏み込んできたことで、二人の世界は初めて人目の中で交わる。

#東卍夢 #灰谷蘭 #tkrv夢 #東京【夢】リベンジャーズ #夢小説 #女主人公


境界を踏み越える男

 

I.境界の接触

 

その日は、水曜じゃなかった。

 

昼下がり。

学校の帰り道。

 

制服の集団が、駅に向かって流れていく。

同じ歩幅、同じ声量、同じ速度。

 

その中に、ナマエがいた。

 

友達と並んで、笑って、

いつもの“彼女の世界”の中で。

 

「ナマエってさ、最近どっか寄ってるよね?」

 

「え?」

 

「水曜だけ、すぐ帰んないじゃん」

 

一瞬だけ、心臓が跳ねる。

でも、顔には出さない。

 

「ちょっと図書館で勉強してるだけ」

 

嘘じゃない。

ただ、本質を隠しているだけ。

 

その時だった。

 

「あれ、なんかあそこに座ってる人……」

 

友達の一人が、指を差す。

 

視線が揃う。

 

ガードレール。

学校を少し過ぎた先。

 

そこに——いた。

 

灰谷蘭。

 

制服の流れの中で、明らかに異物だった。

ラフな格好。

気だるい姿勢。

片足をぶらつかせながら、ただ座っている。

 

煙草も吸っていない。

ただ、そこにいるだけ。

 

そして——

 

目が合う。

ナマエの足が止まる。

 

「……え」

 

声にならない。

蘭は、いつも通りの顔で、軽く手を上げた。

まるで、“偶然見つけた”みたいに。

 

あり得ない。

ここは、彼のいる場所じゃない。

 

「ナマエ、知り合い?」

 

隣の友達が、小声で聞く。

数秒。

たったそれだけの時間で、

ナマエの中で何かが決まる。

 

「……うん」

 

小さく。

でも、はっきりと。

 

友達たちの視線が、一斉に蘭へ向く。

空気が変わる。

 

「ちょっと行ってくる」

 

一歩、前へ。

足取りはゆっくり。

でも——戻らない。

 

蘭の前まで来る。

 

「……なんでここにいるんですか」

 

抑えた声。

それでも、動揺は隠せていない。

蘭は肩をすくめる。

 

「通り道」

 

「違いますよね」

 

即答。

蘭は、わずかに笑う。

 

「見てぇなと思って」

 

直球だった。

逃げも、濁しもない。

ナマエの呼吸が、一瞬止まる。

後ろでは、友達たちのざわめき。

 

“こっち側”と“あっち側”が、

はじめて、はっきり接触した瞬間だった。

 

「……ここ、学校の近くです」

 

「知ってる」

 

「よくないです」

 

少し強く言う。

蘭は一度だけ視線を外し、

すぐに戻す。

 

「じゃあ来なきゃよかった?」

 

その一言で、ナマエは詰まる。

数秒の沈黙。

 

「……来てほしくなかったわけじゃないです」

 

小さい。

でも、確かな声。

蘭はその言葉をそのまま受け取る。

何も言わない。

ただ、ゆっくり立ち上がる。

 

「じゃあいいじゃん」

 

軽い。

けれど、それで十分だった。

 

「帰り?」

 

「……はい」

 

「送る」

 

「いりません」

 

どちらも即答。

蘭は気にしない。

 

「そ」

 

ナマエは一瞬だけ迷って、

結局、そのまま歩き出した。

 

後ろに、気配。

距離はある。

でも、消えない。

 

振り返らない。

でも、分かる。

 

友達に追いつく。

 

「……ねえ、あの人誰?」

 

小声。

振り返る。

 

——もういない。

最初からいなかったみたいに。

 

「……知り合い」

 

それ以上は言わない。

言えない。

 

「知り合いって、どういう?」

 

「どこで会ったの?」

 

「ちょっと怖くない?」

 

矢継ぎ早。

でも、責めてはいない。

“普通の反応”だ。

ナマエは、立ち止まりそうになるのをこらえて、

 

「前に、ちょっとトラブルあって……その時に」

 

それだけ。

 

「助けてくれた人?」

 

「……うん」

 

その一言で、空気は少しだけ緩む。

でも、完全には消えない。

 

「でもさ、ああいう人と関わるのって、ちょっと危なくない?」

 

正論。

否定できない。

 

「……分かってる」

 

小さく答える。

 

その日の夜。

自室では、机の上には、開いたままの教科書。

でも、ナマエは一度もそこに戻らない。

 

“見てぇなと思って”

 

あの一言が、離れない。

 

理由もない。

言い訳もない。

ただ、それだけ。

 

思い返せば——

 

カフェの奥の席。

図書館。

離れて座る時間。

短い逢瀬。

六本木の外でのデート。

 

ずっと人目を避けて会っている。

しかも、ナマエ側で。

 

守っていたのか。

それとも、踏み込ませないためだったのか。

 

じゃあ、なぜ。

今日に限って、あんな場所に現れたのか。

 

『ああいう人と関わるのって、危なくない?』

 

友達の言葉がよぎる。

危ない人って、何だ。

 

何をしているのか。

どこに住んでいるのか。

家族はいるのか。

何も知らない。

 

いつも、曖昧にかわされる。

輪郭が、ない。

 

海に行った日もそうだ。

呼び出しの電話を受けたあの一瞬、蘭は自分の知らない顔をした。

 

それで——

“違う”って、言えるのか。

 

ナマエは、携帯を取る。

画面を開く。

少しだけ迷って、一行だけ打つ。

 

「次の水曜。あのカフェに来れますか」

 

送信。

はじめて、自分から場所を指定した。

 

 

次の水曜。

ナマエは、少し早めにカフェに入った。

まだ人は少ない。

窓際の席に座る。

 

落ち着かない。

自分でも分かるくらいに。

 

ドアの開く音に、いちいち反応してしまう。

カップに触れた指先が、わずかに冷たい。

 

数分後。

 

「早ぇな」

 

後ろから声がした。

振り向くと、蘭が立っていた。

いつも通りの顔で。

当たり前みたいに。

まるで、この前のことなんて、何もなかったみたいに。

 

「待たせたか」

 

「……いえ」

 

向かいに座る。

いつも通りの距離。

いつも通りの空気。

 

注文をして、

他愛のない話をして、

時間が流れる。

 

でも、今日は違う。

ナマエの中で、

“聞かなきゃいけないこと”が、ある。

 

「……この前」

 

蘭が視線を上げる。

 

「ん?」

 

「なんで、学校の近くまで来たんですか」

 

蘭は少しだけ考えるふりをして、

 

「確認」

 

と答えた。

 

「何を?」

 

視線がぶつかる。

蘭は、逸らさない。

 

「ちゃんと、そっち側で生きてんのか」

 

予想外の答え。

一瞬、言葉が止まる。

 

「……どういう意味ですか」

 

蘭はコーヒーを一口飲んでから、

 

「俺と関わって、変なことになってねぇかってこと」

 

さらっと言う。

軽い口調。

 

あんなことをすれば、逆に”変なこと”になってしまうことぐらい、わかっているだろうに。

 

線を引かれているのか。

 

「……じゃあ」

 

しばらく考えて、ナマエがようやく言葉を絞り出す。

 

「関わらない方がいいって思ってるんですか」

 

蘭は、一瞬だけ沈黙する。

その問いが、どこまで踏み込んでいるか分かっている顔。

 

「思ってるよ」

 

即答だった。

ナマエの指先が、少しだけ強くカップを握る。

 

「じゃあ、なんで」

 

言いかけて止まる。

でも蘭は、その先を拾う。

 

「やめねぇのかって?」

 

視線が合う。

逃げ場はない。

 

「……はい」

 

数秒の間。

蘭は、小さく笑った。

 

「無理だから」

 

あっさり。

でも、嘘じゃない。

 

「そっちもだろ」

 

ナマエは、否定できず、思わず沈黙した。

でも今回は、逃げ場のある沈黙じゃない。

“選ばなきゃいけない”沈黙。

 

蘭はそこで、ふっと視線を外す。

そして、何事もなかったみたいに言う。

 

「土曜の夜、時間あんの?」

 

唐突だった。

でも、流れを断ち切るには十分すぎる。

ナマエは少しだけ戸惑う。

 

「……遅くならない時間までなら」

 

その答えを聞いた瞬間、蘭は椅子を引いて立ち上がる。

 

「じゃあ来いよ」

 

「え?」

 

「昼の六本木しか知らねぇだろ」

 

一歩離れ、少しだけ振り返る。

 

「夜、見せてやる」

 

境界線の、向こう側。

蘭の居場所。

 

「連絡するわ」

 

軽く手を上げ、振り返らずに歩き出す。

ナマエは席に残されたまま、動けない。

 

行けば——

戻れないかもしれない。

 

でも、

行かなければ、このまま何も分からない。

 

「……っ」

 

小さく息を吸う。

指先の力を抜く。

 

決める。

 

その選択が、今の二人の関係をすべて変えるとしても。

 

 

II.境界の内側

 

六本木の夜は、昼と別の街になる。

ネオンが濃くなる。

音が低くなる。

人の目が、少しだけ鋭くなる。

ナマエは一歩踏み出した瞬間、それを理解した。

 

「……」

 

言葉が出ない。

隣にいる蘭は、もう“カフェにいる時の蘭”じゃない。

 

六本木のカリスマ—灰谷蘭

 

ナマエはまだその異名を知らない。

でも、気づいたことがあった。

歩き方が違う。

周りの視線の流れが

彼に向かって自然に割れる。

 

「……怖い?」

 

ふと、横から声。

ナマエは一瞬だけ迷って、

 

「……少し」

 

と正直に言った。

蘭はそれを否定しない。

 

「だろうな」

 

軽い。

 

「帰るか?」

 

選択肢を出す。

ナマエはその言葉に、少しだけ安心して、

でも——

 

「……大丈夫です」

 

と答えた。

その瞬間、蘭は小さく頷いた。

“じゃあ、見せる”

 

路地に入る。

少し暗くなる。

数人の男たちが、壁にもたれて話している。

蘭の姿を見た瞬間、空気が変わる。

 

「お疲れっす」

 

軽く頭を下げる。

ナマエはそれを見てはっきり理解する。

“この人は、この街の中で「強い側」の人間だ”

守る側でもあり、壊す側でもある。

 

「……あんま見んなよ」

 

蘭が小さく言う。

 

「え?」

 

「目、合うと面倒なのもいる」

 

淡々としている。

説明でも脅しでもない。

ただの事実。

ナマエは少しだけ視線を落とす。

 

一つの建物の前で立ち止まる。

重低音が外まで響いている。

蘭がナマエの肩を抱き、

その建物の中へ入っていく。

 

「え、ここ….?」

 

戸惑うナマエの耳元で面白そうにささやく。

 

「そ。おれのアソビバ」

 

入口にいたドアマンが、

重厚なドアをあけると

音が一気に押し寄せる。

 

光と煙、派手な女たちの笑い声。

フロアで踊る人々。

 

蘭は何も言わず進む。

人が自然に避け、道が開く。

視線が集まる。

 

ナマエは自分が場違いだということは分かっていた。

それでも足を止めない。

止められない。

 

そのままVIPルームへ入ると、少しだけ落ち着いた空気になった。

 

「蘭さん」

 

黒服の男がすぐに近づいてきて、軽く頭を下げる。

 

「今日はどうされますか」

 

「いつも通りでいい」

 

短い返答。

 

「かしこまりました」

 

すぐに引く。

 

それと同時に、フロアの空気がわずかに変わる。

DJが一度だけこちらに視線を向け、次の瞬間、音が切り替わる。

派手すぎず、重すぎない。

けれど、この空間の中心がどこかを示すような選曲。

 

ナマエはそれに気づく。

 

「……さっきと違いますよね」

 

「ああ」

 

蘭は当たり前のように答える。

 

ソファに座ると女たちが集まってくる。

派手で整った顔立ち、露出の多い服。

距離の詰め方も慣れている。

 

「蘭〜、ほんと久しぶりじゃない?」

 

一人が蘭の隣に座り、自然に腕に触れる。

ナマエはそれを見る。

 

——近い。

 

一瞬だけ視線を落とす。

でも、すぐに戻す。

 

蘭はため息混じりに手を動かす。

触れていた手を、軽く、しかし迷いなく外す。

 

「今日はいい」

 

それだけ。

女たちは一瞬だけ間を置き、すぐに理解する。

 

「あー……そういう日ね」

 

笑いながら距離を取る。

不機嫌になる者はいない。

蘭が“今は違う”と決めたときの空気を、周りの全員が知っている。

 

興味は、蘭からナマエへ移る。

もう一人が覗き込む。

 

「ねえ、この子誰?」

 

軽い調子。

でも目は見ている。

値踏み。

 

ナマエは視線を逸らさない。

見られていることを理解した上で、そのまま受け止める。

 

「珍しいね」

 

他の女もナマエを見る。

 

「こういうタイプ連れてくるの」

 

ナマエは逸らさない。

 

「壊れなさそう」

 

軽い口調。

ナマエは何も言わない。

ただ受け止める。

 

逃げない。

怯えない。

でも、染まらない。

 

蘭は横目でそれを見る。

 

ここは自分の世界だ。

守れる。

でも同時に巻き込む。

 

ナマエはドリンクを一口飲む。

味はよく分からない。

 

 

時間が流れる。

 

音も光も変わらないのに、ナマエの中で何かが静かに定まっていく。

 

「出るか」

 

ナマエは頷く。

立ち上がると、

また視線が集まる。

最初とは違う、“確認する目”。

 

外に出ると、夜の空気が軽く感じた。

少し歩くと、人通りが落ち着く場所に出る。

さっきまでの騒がしさが、嘘みたいに消える。

 

「……どう?」

 

ナマエは、すぐには答えなかった。

 

「……ああいうの、慣れてますよね」

 

小さく言う。

蘭は少しだけ振り返る。

 

「何が」

 

「全部」

 

曖昧な言い方。

でも伝わる。

蘭は少しだけ考えて、

 

「まあな」

 

とだけ答えた。

 

「あと……思ってたより」

 

一度、言葉を区切る。

 

「ちゃんとしてます」

 

蘭は一瞬だけ目を細めた。

 

「どういう意味だよ」

 

少し笑いながら聞く。

 

「もっと……ぐちゃぐちゃだと思ってました」

 

正直すぎる言葉。

蘭は少しだけ空を見上げて、

 

「場所による」

 

と答えた。

 

「俺もな」

 

ナマエはその言葉を、そのまま受け取る。

“全部がこの人じゃない”

でも、“これもこの人”。

 

その時だった。

少し離れた場所で、

怒鳴り声。

揉めている。

 

ナマエの肩がわずかに揺れる。

蘭はそっちを一瞬だけ見て、

 

「ここで待ってろ」

 

と短く言った。

 

「え?」

 

返事を待たずに、歩き出す。

 

数十秒。

声が一段低くなり、

すぐに静かになる。

 

ナマエは動けない。

見に行くこともできない。

ただ、“何が起きているか”は分かる。

 

戻ってきた蘭は、何事もなかった顔をしている。

でも、ほんの少しだけ、空気が鋭い。

 

ナマエは、何も聞かなかった。

聞けなかった、が正しい。

 

帰り道。

蘭が少し前を歩く。

ナマエはその背中を見ながら、ゆっくり言った。

 

「……やっぱり、危ない人ですね」

 

蘭は振り返らない。

 

「今さらだろ」

 

その通りだった。

 

「でも」

 

ナマエが続ける。

蘭の足が、わずかに止まる。

 

「……それでも、怖くないです」

 

静かな声。

でも、はっきりしている。

 

蘭はゆっくり振り返った。

 

その目で、確かめる。

嘘か、本気か。

 

ナマエは、逸らさない。

その目を見て、蘭は分かる。

 

―引かねえのかよ。

 

蘭は小さく笑った。

 

「それが一番、危ねぇよ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。