六本木の温度差   作:ぷーぷ

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「蘭さんのいる場所、全部見たいです」
蘭が呼ばれれば向かう場所。
迷わず切り替わる、その理由。
横浜の集会でナマエが見たのは、天竺の中心に立つ黒川イザナ。
ナマエは初めて、蘭の世界に“見られる側”になる。

#東卍夢 #灰谷蘭 #tkrv夢 #東京【夢】リベンジャーズ #夢小説 #女主人公


引けない場所に立つ女

I. 試される覚悟

 

六本木の夜から、数日後。

水曜、図書館、いつもの時間、いつもの席。

 

ナマエは開いた本に目を落としていたが、内容はほとんど頭に入ってこなかった。

あの夜のことが、まだ残っている。

 

光

音

視線

欲望

緊張

 

そして、その中心にいた蘭。

 

——あれが、この人の世界。

 

それだけでも蘭を知るには十分なはずだった。

けれど、胸の奥にひとつだけ、引っかかったままのものがある。

 

海辺で、蘭が呼び出されたときのこと。

あの一瞬だけ見せた、切り替わった顔。

迷いもためらいもなく、空気ごと切り替えるような動き。

 

“断れない”というより、

“最初から選ぶ余地がない”ように見えた。

 

ナマエは小さく息を吐く。

携帯が震える。

 

『外』

 

短いメッセージ。

 

すぐに立ち上がった。

 

外に出ると、蘭がいた。

 

「早ぇな」

「分かるので」

 

二人とも少し笑った。

短いやり取り。

それだけで、いつもの距離に戻る。

 

二人は並んで歩き出す。

近い。

でも、触れてはいない。

 

しばらく無言が続いたあと、ナマエが口を開いた。

 

「……この前の夜、怖くは、なかったです」

 

蘭は何も言わない。

 

「楽しい、とも違いましたけど」

 

少しだけ間を置く。

 

「知らないものを見てる感じでした。遠いのに、ちゃんと現実で」

 

蘭は横目だけでナマエを見る。

それでも口は挟まない。

ナマエは続ける。

 

「でも……あれでも、まだ全部じゃないですよね」

 

蘭の足が、ほんの一瞬だけ止まる。

 

「……何が」

 

分かっていて聞いている声だった。

 

「蘭さんのいる場所です」

 

ナマエはまっすぐ言う。

 

「もっと知りたいです」

 

蘭は答えない。

その沈黙ごと見たうえで、ナマエはさらに踏み込んだ。

 

「この前の人....」

 

今度は、蘭の足がはっきり止まる。

 

「……誰」

 

「海に行ったときに、蘭さんを呼び出した人です」

 

蘭は視線を逸らした。

 

「関係ねぇ」

 

短く切る。

そこで終わらせるための言い方。

 

けれど、ナマエは引かなかった。

 

「関係なくないです」

 

一歩だけ、距離を詰める。

 

「蘭さんが、あんなふうに動くの、初めて見ました」

 

少しだけ息を整える。

 

「……知りたいです」

 

沈黙。

蘭は答えない。

 

「やめとけ」

 

低い声だった。

 

「面倒だぞ」

 

ナマエは小さく頷く。

 

「知ってます」

「分かってない」

 

即答。

 

けれどナマエも止まらない。

 

「分かってなくてもいいです」

 

はっきりと言う。

 

「それでも、知りたいです」

 

しばらく無言が続く。

 

やがて蘭は小さく息を吐いた。

 

「……好きにしろ」

 

投げるような言い方。

でも、それは拒絶ではなかった。

そして続ける。

 

「土曜夕方。横浜。…..来れるか」

 

唐突な誘い。

ナマエは蘭を見る。

 

「……何があるんですか」

 

「俺の居場所」

 

短い。

けれど、今までで一番はっきりした答えだった。

 

蘭はわずかに目を細める。

 

「見たいんだろ」

 

ナマエは数秒だけ考えたあと、

 

「はい」

 

小さく、でも迷いなく答えた。

蘭はそれ以上、何も言わない。

 

そのときだった。

 

「へぇ」

 

後ろから、声が割り込む。

 

ナマエは驚いて振り返る。

 

蘭が舌打ちする。

 

いつの間にか、ひとりの男が立っていた。

 

水色のメッシュが入った長めの髪をハーフアップにまとめ、サングラスをかけている。

蘭より背は低い。

黒いTシャツ越しにも分かる、無駄のないしっかりした体つき。

 

男はサングラスを外し、ゆっくり距離を詰めた。

 

紫の瞳。

既視感。

 

まっすぐにナマエを見る。

笑っているようで、まったく笑っていない。

値踏みするような視線。

 

ナマエは逸らさない。

 

「……誰ですか」

 

静かに問う。

 

男は口元だけで笑った。

 

「オトウト」

 

それだけ。

名前は出さない。

 

でも、それで十分だった。

 

「帰れ」

 

ナマエに向けた声だった。

いつもより強い。

 

ナマエは一瞬だけ迷う。

それでも、頷く。

 

「……また、土曜に」

 

それだけ言って、離れる。

蘭は答えない。

 

ナマエの背中を、竜胆は黙って見送る。

 

静かなやつだ、と思う。

騒がない。

怯えない。

だが、引かない。

 

一番面倒なタイプだ。

 

「何してんだよ」

 

蘭の低い声。

竜胆は肩をすくめる。

 

「別に。暇だったから」

 

蘭の目が細くなる。

 

「余計なことすんな」

 

短く、鋭い。

竜胆は軽く笑った。

 

「心配してやってんだよ」

 

「いらねぇ」

 

即答。

少しの沈黙。

 

竜胆がぽつりと聞く。

 

「……本気か」

 

蘭は答えない。

それで、十分だった。

 

竜胆は小さく息を吐く。

 

「昼の女か」

 

「関係ねぇだろ」

 

「関係あるだろ」

 

軽く言いながらも、目は笑っていない。

 

「顔、変わってる」

 

蘭は視線を逸らす。

それ自体が、もう珍しかった。

 

「……うるせぇ」

 

小さく返して、蘭は歩き出す。

 

竜胆は、さっきのナマエの顔を思い出す。

 

——染まらない顔。

 

「一番面倒なの拾ったな」

 

ぽつりと呟く。

 

風が吹く。

昼の空気の中で、二人だけが少し浮いていた。

 

 

II. 観察者

 

予兆はあった。

 

最近、兄貴の様子がおかしかった。

 

昼に起きる。

外に出る。

しかも週末まで動く。

 

服のチョイスが変わった。

あれだけ面倒くさがっていたコンタクトまで入れている。

 

「……女か」

 

自然と、そう思った。

 

しかも夜の女じゃない。

昼の女。

 

それだけで、妙に引っかかった。

 

一度、尾行させた。

制服からして、名門女子高の生徒らしい。

すぐに気づかれたが、図書館の方へ向かったところまでは掴めた。

 

そのあと、兄貴がクラブに“変なタイプ”を連れてきたという話まで入る。

 

あの兄貴が。

 

気にならないわけがない。

 

だから今日、同じ時間に兄貴がまた出たとき、今度は自分で動いた。

 

公園を抜ける。

木が鬱蒼としている。

その奥に図書館。

 

「……まさかな」

 

そう思いながら進む。

 

少しして、気配。

視線を向ける。

 

いた。

 

そして、その隣に——

制服姿の女。

 

黒髪。

セミロング。

 

——噂通りか。

 

距離が近い。

見れば分かる。

そういう関係だ。

 

竜胆は足を止める。

すぐには出ない。

 

ただ、見る。

 

女子高生が何かを話している。

蘭は短く返す。

いつも通りのはずなのに、どこか違う。

 

兄貴が、相手の言葉を切らない。

会話を終わらせない。

それだけで十分、異常だった。

 

そのとき、蘭の視線が一瞬だけ動く。

竜胆のいる方向へ。

 

気づかれた。

 

「……なるほどね」

 

竜胆は小さく笑う。

兄貴は、もう引き返せないところまで来ている。

だから竜胆は、姿を見せた。

 

 

III. 中心に見られる

 

土曜。

日が落ちる少し前。

六本木の交差点近くでナマエは待っていた。

 

竜胆の車がすっと路肩に止まる。

 

「乗って」

 

運転席から短い声。

ナマエは一瞬だけ竜胆を見る。

軽いのに隙がない。

 

後部座席にはすでに蘭がいる。

ナマエは何も言わずに乗り込む。

二人が黒いお揃いの服を着ていることに気づくが、何も言わない。

ドアが閉まり、車が動き出す。

 

いつもより雰囲気が少し鋭い蘭がまっすぐに前を見ている。

ナマエは蘭の横顔をみながら、不安を感じた。

その気配を察したのか、蘭が、ナマエの手を強く握る。

 

「中には入るな。外から見てろ」

 

夕方から夜へ変わっていく時間。

まだ戻れるはずの時間帯。

それでも誰もそれを口にしない。

 

車は横浜へ入る。

光が減り、音も薄くなる。

やがて車がゆっくりと減速し

止まった。

 

蘭が先にドアを開ける。

 

「降りて」

 

短く言う。

 

ナマエが外に出ると、空気が違った。

港の倉庫が立ち並ぶ一角。

コンテナがつみあげられ、磯のにおいがした。

 

少し離れた先に赤い洋服に身を包んだ人影がある。

最初は数人に見えたが、

目が慣れると違う。

数十では足りない。

もっといる。

 

バイクが並んでいる。

整列。

無駄な動きがない。

話し声はあるのに、

騒がしくない。

統率されていた。

 

ナマエは一歩も動かない。

動けないのではなく、動かないのだ。

 

蘭は振り返らない。

 

「ここで待ってろ」

 

それだけ言って 群衆の方へ進んでいった。

 

ナマエはその場に残った。

少し離れた位置に、数人の男たちが立っている。

 

バイクのそば、壁際。

誰も話さない。

 

一人がナマエを見る。

一瞬だけ。

すぐに蘭の方へ視線を送る。

蘭は何も言わない。

それで終わる。

男はナマエから完全に視線を外す。

言葉はないが、意味は分かる。

 

触るな。

 

ナマエはその空気を受け止める。

守られている。

でも、属してはいない。

 

中では、群衆の列が整う。

蘭と竜胆が前へ歩いていく。

誰も止めない。

むしろ道が空く。

 

ナマエはそれを外から見る。

まるで別人のように思えた。

 

そのとき、ざわめきが変わった。

音が一段、落ちる。

理由は分からないのに、分かる。

さっきまでとは違う。

 

正面の高く積まれたコンテナのテッペンに

赤い特攻服をなびかせた、白銀の髪の小柄な人物が現れた。

 

黒川イザナ

 

ナマエはその名前を知らない。

けれど、目が離せない。

説明できない。

ただ、格が違うと分かる。

 

イザナの視線が動く。

前から、外へ。

車のあたり。

 

ナマエへ。

 

止まる。

数秒。

逸らさない。

ナマエも逸らさない、逸らせない。

 

何も起きない。

ただ、見られている。

測られている。

 

やがて視線が外れる。

それだけ。

 

ナマエはゆっくり息を吐く。

 

もう一度列の最前列を見る。

蘭はそこにいる。

遠い場所に。

でも、確かにいることで少しほっとする。

 

 

IV. 視界の中に置く

 

コンテナの上。

黒川イザナの視線は群衆へ向いている。

だが、見ているのは“全体”だ。

 

誰がいるか。

どこが乱れるか。

どこが崩れるか。

 

その中に、ひとつだけ異物が混じる。

視線が、自然にそこへ流れる。

 

外側。

群れの外。

バイクの列からも、壁際からも、少しだけ離れた位置。

 

女。

 

一瞬で判断する。

関係者ではない。

連れてこられた。

だが、放置されているわけでもない。

 

視線を少しだけ動かす。

最前列。

灰谷蘭。

 

理解する。

ああ、あれか。

 

もう一度、女を見る。

 

騒がない。

視線を逸らさない。

立ち位置を変えない。

 

逃げない。

 

その一点で、引っかかる。

 

普通なら、違う。

ここに来た時点で、

目を逸らす

空気に飲まれる

誰かの後ろに隠れる

どれかになる。

 

だが、あそこにいる女は違った。

 

イザナはわずかに目を細める。

面白い、とは思わない。

気に入った、でもない。

 

ただ、

“壊れ方が分からない”

 

それだけで、十分だった。

視線をそのまま止める。

数秒。

 

女も、逸らさない。

 

測っている。

どこまで耐えるか。

どこで崩れるか。

 

だが、

崩れない。

 

イザナはわずかに口元を歪める。

 

なるほど。

 

視線を外す。

 

最前列へ、ほんの少しだけ意識を戻す。

灰谷蘭。

 

「……面倒なもん拾ったな」

 

誰にも聞こえない声で呟く。

 

 

集会が終わり、群衆が解け始める。

整っていた列が、少しずつ崩れる。

エンジン音が重なり、低く響く。

 

「蘭」

 

上から、声。

蘭の足が止まる。

コンテナの上の黒川イザナ。

 

「来いよ」

 

命令でも、誘いでもない。

ただの事実みたいな言い方。

 

蘭は一瞬だけ考える。

だが、断らない。

 

「……車んとこ行ってろ」

 

それだけ竜胆に言って、前へ出る。

竜胆はナマエのいる車に戻った。

 

数分後。

竜胆の携帯が鳴った。

 

「ナマエ、連れて来い」

 

蘭が短く言う。

 

「……どこに」

「上」

 

それだけ言って切れた。

チっと竜胆が舌打ちをした。

 

「兄貴が、連れてこいって。」

 

意味が分からないまま、ナマエは竜胆を見た。

竜胆は車の前の散り行く群衆に目をやるだけで、それ以上説明しない。

 

「やめとくか?」

 

一瞬だけ竜胆の視線が落ちる。

ナマエは数秒だけ考える。

 

「……行きます」

 

即答ではない。

でも、迷いきらない。

 

竜胆は小さく息を吐く。

 

「……そうかよ」

 

竜胆の後ろについてコンテナへ向かう。

すぐ横の古びた建物の鉄の階段を登る。

カンカンという足音がやけに響く。

 

屯している数人の赤い特攻服達の視線が集まる。

 

見られている。

さっきとは違う。

“外の人間を見る目”じゃない。

“中に入るかもしれないものを見る目”

 

最上部の部屋を開けるとイザナがいた。

こちらを向いて立っていた。

 

ナマエ達が入ると、中にいた蘭が二人の一歩前に出る。

 

「連れてきた」

 

竜胆がそれだけ言う。

 

イザナの視線がナマエに落ちる。

逃げ場がない。

 

数秒。

 

「名前」

 

唐突に聞く。

 

ナマエは一瞬だけ迷って、

 

「……ナマエです」

 

と答える。

イザナはわずかに首を傾ける。

 

「ふーん」

 

興味なさそうな声。

でも、視線は外さない。

イザナはナマエを見たまま言う。

 

「お前さ」

 

一歩、距離を詰める。

 

「どっち側にいんの?」

 

ナマエは答えない。

 

「外で見てるだけか」

 

少し間。

 

「それとも、こっち来る気あんのか」

 

ナマエの指先が、わずかに動く。

 

「……まだ、分かりません」

 

正直に言う。

イザナは小さく笑う。

 

「だよな」

 

さらに一歩、近づく。

 

「でもさ、それ一番だりぃぞ」

 

ナマエはわずかに眉を寄せる。

イザナは続ける。

 

「外にいりゃ、何も分かんねぇまま終わる」

 

一拍。

 

「中に来りゃ、全部巻き込まれる」

 

視線は外さない。

 

「どっちも嫌なら」

 

少しだけ口元が歪む。

 

「選ばなくていい場所にいろよ」

 

意味がすぐには飲み込めない。

 

「……選ばなくていい場所?」

 

イザナは肩をすくめる。

 

「俺の近く」

 

軽く言う。

蘭の視線が一瞬鋭くなる。

 

「全部見れる」

 

一拍。

 

「その代わり、逃げれねぇけどな」

 

沈黙。

それでも、ナマエは視線を逸らさない。

 

「……ここにいれば」

 

小さく言う。

 

「蘭さんのこと、分かりますか」

 

空気がわずかに変わる。

 

蘭の視線が動く。

イザナは、その変化を見る。

そして、笑う。

 

「はは」

 

小さく。

 

「そっちかよ」

 

興味が少しだけ深くなる。

 

「いいよ」

 

あっさりと言う。

 

「全部見れる」

 

一歩、引く。

 

「その代わり」

 

少しだけ視線を落とす。

 

「戻れなくなっても知らねぇけどな」

 

ナマエは、数秒だけ考える。

その視線は蘭へ向けられる。

蘭はじっとナマエを見つめる。

何かを伝えるように。

 

「……大丈夫です」

 

一歩、前に出る。

 

「蘭さんのいる場所、全部見たいです」

 

沈黙。

蘭は何も言わない。

止めない。

それが、答えだった。

 

イザナは満足そうに目を細める。

 

「いいね」

 

軽く言う。

 

それだけで決まる。

ナマエの立ち位置が変わる。

外でもない。

中でもない。

 

“イザナの視界の中”

 

そして同時に

 

逃げられない場所。

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