俺は前原圭一、ごく最近雛見沢に越してきたばかりでわりと普通の男子そんな感じ。雛見沢はそりゃあドがつくくらいの田舎だけど、都会にはもううんざりだったし村のみんなが親切だから、すぐになじめて引っ越し最高。
親戚の葬式でしばらくぶりに都会へ行ったんだけど、即座に思ったね、雛見沢に帰りたいって。もうホームシックを覚えてしまうくらい、俺は雛見沢にどっぷり浸かってしまっているらしい。ということで、親父には悪いけど早めに切り上げさせてもらって一人で雛見沢へ帰るところなんだけど……。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
なんか、向かいの席に座った女の子が涙目でずっと謝ってて、ちょっと不気味なんですけど。巫女服っぽい変な服を着ているけど、かなり可愛い女の子だ。特に変わった色の髪から覗くツノみたいのが実に萌えポイント。にしても、なにをこんなに謝ってるんだろうな。そもそも誰に謝ってるのか知らないけど、いいかげん許してやればいいのに……。
おっと、興宮についたか。電車を降りて、レトロな駅の改札を抜ける。さてどうやって家まで帰ろうか……バスに乗り換えるのが妥当な線だが、妥当無難と言われると逆らいたくなる俺はノゥと言える反逆者、前原圭一。2時間くらいはかかるだろうけど今日は歩いて帰ると決意して、雛見沢へ向かう道を歩きだしたのはいいんだが……、ええと。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
さっきの女の子がぴったりと後ろについてくるのはどういうわけだろう。
「……なあ、なんか俺に用なのか?」
立ち止まってそう聞いてみると、その女の子は話しかけられたのが意外なことだったかのようにきょとんとして小さく首を傾げた。きょときょととあたりを見回すが、ここは人も車もめったに通らないような田舎道だ、俺と彼女以外誰もいるはずがない。
「あぅ?」
心の底から不思議そうに俺をまじまじと見る。この微妙過ぎる空気、ボケずにはいられないぜ!……そう思うだろ、あんたも!
「その鳴き声は……わかった、七年前に俺が助けた狐だな!?」
「違うのです違うのです!……あぅあぅ?」
少女はすこし考え込むようにうつむいてから、ちょこまかと左右に動いてみせた。
「……?」
俺が視線で追っているのに気づくと、あわあわと慌てた様子になる。
「お前は次に『はわわ~、浩之さーん』……と言う!」
「あぅあぅ、僕はメイドロボじゃないのです!」
なんだ、そういうボケ返しじゃないのか。うぐぅでツッコミ入れるのはありきたりだからヒネリを加えてきたのかと思ったけど、確かにちょっとネタが古かったよな。
「……け、圭一。もしかして、僕が見えているのですか?」
……何かあぶないことを言い出した。これはあれか、いわゆる中二病患者ってやつか?
というか、なんで俺の名前を知ってるんだ?
「いや見えない。全然見えない。さっきから俺は、何をひとりで会話してるんだろう」
「……あぅあぅ、よかったのです。足音どころか姿が見えるなんて、末期症状もいいとこなのです。謎の独り言を言い始めるなんて、圭一は中二病患者だったのですね……」
お前だ、お前!……とツッコミたいところではあったが、少女は俺が見えないふりをしたほうが都合がいいらしい。ならばここは、あえて見えないふりをしてあげるのが優しさだと理解している俺は、背中で愛を語れるリアル中二、前原圭一。ということで再び歩き出したが、少女はぴったり背中について歩き出す。……正直あまり居心地がよろしくない。
「うっ、背後に殺気……、俺の後ろに立つんじゃねぇ!」
「さ、殺気なんて出してないのです! あぅあぅ、もう疑心暗鬼の症状がでているのでしょうか……圭一、気をしっかりもつのです!」
「うわぁあ、だめだ、後ろにいられると俺の中で殺意が膨らんでいく! せめて隣にいれば心安らかにいられるのに……も、もう抑えられねぇえ!」
あたふたと少女が隣に並び、不安げに俺の顔を見つめてくる。
「うん、そこならいいや。……また一人で会話してしまった自分がかわいいぜ」
何事もなかったかのように歩き出す。少女もさすがに懲りたのか、隣をぺたぺたと歩いている。歩幅が微妙に違うので、大変そうだからすこし歩くペースを落としてやった。
「あぅあぅ、圭一の言動がおかしいのです……普通の雛見沢症候群の症状とも、また違うような……梨花に相談してみたほうがいいのでしょうか」
りか? この子、梨花ちゃんの友達なのかな……確かにそう年は違わないように見える。それにしてもいま雛見沢症候群がどうとかって言わなかったか? 雛見沢にはなにかそういう風土病があるんだろうか。たしか軽井沢にもあるんだよな、無闇にただれた青春を送りたくなる精神病が……このネタも、古い上にマイナーだから誰もわかんないか?
「そういえば不思議と自己紹介をしたくなったな。俺は前原圭一、最近雛見沢に引っ越してきたばかりなんだ。天よ地よ、誰でもいい、俺に自己紹介をしてくれないか」
少女はすこし躊躇っていたが、おずおずと口を開いた。
「あぅ……僕は羽入と申しますです。よ、よろしくなのです……」
「む、むむ。俺の乙女コスモから素敵ワードが浮かび上がってきたぜ……よし、なんとなく独り言の相手を羽入と呼ぶことに決定したぜ。よろしくな羽入!」
「あぅあぅ、圭一は変な人だとは思っていましたが、ここまで変な人だとは気づかなかったのですよ……でも、まるで話が通じているみたいで、嬉しいのです。あぅ☆」
お、笑顔が可愛い。さっきまで泣きそうな顔だったけど、女の子は笑ってるのが一番だ。
「よし、羽入の設定を考えよう。羽入は……そうだな、せっかくの話し相手だから可愛い女の子がいい。見た目、ちょっと年下くらいかな。こう、髪が長くて童顔で、いつもあぅあぅ言ってるようなかんじだ」
「……なんだか、僕のことを言われているような気がするのです。ホントの僕を見ても、圭一は可愛いって言ってくれるでしょうか……」
なにやら赤くなった頬を押さえてぶつぶつ言っている。
「一人称は“僕”だ。萌えの殿堂、僕っ娘ってやつだな。う~ん、学校では見かけないから、興宮の学校に通ってるんだろうか?」
「僕は神様だから、学校に行く必要はないのですよ」
か、神様か。これはまた、凄い設定を持ち出してきやがった。そのうち閉鎖空間とか作り出さないだろうな……悪いけど俺は、ガチホモの超能力者はもちろん、巻き込まれる一般人の役回りだって遠慮したいぞ。まぁ、ここは話を合わせておこう。
「羽入は学校には行ってないんだ、実は神様だからだ。ああ、神様だから普通の人間には姿が見えないんだ、きっと。で、なぜか俺だけ会話できると」
「会話できるのは梨花なのです。でも、圭一ともお話できたら楽しそうなのです」
いや、お話してるだろ。思いっきり。
「梨花ちゃんも会話できることにしよう。梨花ちゃんもあれでなかなか、不思議系っぽいところがあるからな、うん。……おっと、そうだ」
親父が、留守番のお袋になにかお菓子を買っていってやれって言ってたから、向こうの駅前でシュークリームを買ってあったのを思い出した。
「羽入はシュークリームとか好きかな。見た目が和風だから、和菓子のほうがいいか?」
「ぼ、僕は甘いものならなんだって大好きなのです! 中でもシュークリームは、大好物なのですよ~☆」
羽入はあぅあぅと嬉しそうに目を輝かせている。……く、可愛いじゃねぇか。
「1個やるよ。けっこう高い店のだから、きっと美味いぞ~」
「ほ、本当なのですか! 圭一、圭一、シュークリーム食べたいのです!」
ぱたぱた手を振り回しながら詰め寄ってくる……見えないって設定はもういいのかよ。お袋には1個か2個残しておけば、まぁいいだろう。俺は箱からシュークリームをひとつ取り出すと、羽入のほうに差し出した。歩きながらは行儀が悪いけど……、おや?
「あぅ……た、食べたいのです。で、でも、梨花がいないと……あぅあぅあぅ」
なぜか羽入は、悲しそうにシュークリームを見つめるだけだった。なんだ、友達の梨花ちゃんに遠慮してるんだろうか。良い子だなぁ。
「いいから、遠慮せずに食べろよ。梨花ちゃんには今度、別のをご馳走するしさ」
俺は羽入の手をとって、シュークリームを掌に乗せてやった。
「あ、あぅ? なにがどうして……あぅあぅ、はむっ☆」
羽入はなぜか混乱した様子だったが、パニックの末に目の前に好物があったからとりあえずかぶりついたという雰囲気だった。ほわ~、と幸せそうな笑顔を見せる羽入。
「あ、甘いのですぅ~♪ 圭一、ありがとうです☆」
「どういたしまして。ほら、ほっぺにクリームついてるぜ」
笑いながら、指先でちょんと羽入の頬についたクリームをぬぐう。
「あぅあぅ、だってだって、とっても美味しいのですよ……あむあむ」
嬉し恥ずかしの入り交じった上目遣いを向けてくる羽入。な、なんだこの萌え指数の値は……馬鹿な、まだ上がるだと……!? 羽入……、お前がナンバーワンだ!
ぺろりと1個たいらげてから、幸せそうだった羽入の表情が3段階くらい激変した。
「……け、圭一!? や、やっぱり僕が見えていて、しかも触れるのですか!?」
何をいまさら。ていうか、まだその設定続いてたのか……?
「あぅあぅ、大変なのです! シュークリームもう1個欲しいのです、あぅあぅあぅ!」
慌てるか食い意地を優先するか、どっちかにしろよっ!?