「ホントに見えてるのね……しかも、触ることまでできるなんて信じられない」
羽入に案内されてやってきた神社で会った梨花ちゃんは、いつもとは違う妙に大人びた口調でそう言った。
梨花ちゃんによれば羽入は雛見沢ではオヤシロさまと呼ばれる神様で、この古手神社に祀られているらしい。確かに、ここまで来る間に何人か村の人とすれ違ったときは俺だけ挨拶されていたみたいだったから、俺と梨花ちゃんにしか見えないというのは本当なのだろう。……村ぐるみで俺をからかっているのでなければ、の話だが。
「あぅあぅ、不思議なのです。僕の姿が見えるほどの末期症状なら、とっくに首を掻きむしっていなければおかしいのですよ。でも圭一は、見たところ全然普通なのです!」
興奮した様子でそう主張する羽入はといえば、石段に座った俺の首にうしろから腕を絡ませていた。……首を掻きむしるとか末期症状とか不穏なワードが聞こえたにも関わらず背中の感触を貪るのに夢中で聞き流す俺は集中力に定評のある男、前原圭一。
「……普通というかスケベ顔に見えるけどね。それにしても、シュークリームを食べられるっていうのがよくわからないわね。ただ触れるっていうだけなら、まだどうにか理屈もつきそうなんだけど……羽入、あんたの神通力でなにかわからないの?」
腕組みをして、不思議そうに首をひねる梨花ちゃん。いつもの可愛らしさやあどけなさはどこにいったんだろう。……が、それもまた良し。ギャップ萌えというやつだ!
「あぅ……それでは、オヤシロリサーチで調べてみるのですよ。いでよ、オヤシロ魂!」
羽入が俺の隣に移動し、巫女服の懐から淡く光る球体を取り出して、手をかざす。
「うわ……その設定とネーミング、まだ続いてるのね」
なぜか梨花ちゃんが、げんなりとした表情になる。羽入はにっこり笑って、
「梨花がなにを言っているのかわからないのです。きっと奉納乱舞の共通設定なのです」
「って、思いっきり意味通じてるじゃない!?……で、どうなの?」
羽入はしばし目を閉じていたが、ふっと力を抜くと俺のほうを見た。
「どうやら圭一は、今回村を離れて雛見沢症候群を発症しかけたようですが、そのときに血の中に眠らせていた別の能力までも目覚めさせてしまったようなのです」
「別の能力……っていうと私のループ能力みたいなアレ?」
「いえ、系統は別なのです。特異な魔術回路のなせる業と言いますか……梨花、思い出してください。圭一の父は、雛見沢を訪れたばかりなのに僕を見ることができたでしょう」
ループだとか魔術回路だとか、なんの話だよ……と、話についていけないことを認識すると同時に目の前にいる羽入の巫女服の脇がけっこう大きく開いていることに気づいて顔の角度を微妙に調整する俺はさりげなさを信条とする思春期男子、前原圭一。
「そういえばそうね……って、何さらりと別の作品世界の用語もってきてんのよ!?」
「前の話で魔砲撃った梨花に言われたくないのです。それに、知恵の存在や入江の能力によってある程度のリンクは既にあるのですから、実に自然な展開なのですよ」
……よくわからんが、たぶん羽入の言い分はツッコミどころさえないほどのハイレベルで間違っている。梨花ちゃんの白い視線がなによりも雄弁にそう言ってるからな。
「圭一が原作において未完成ながら片鱗を見せていた能力……固有結界と呼ばれる能力だと推測できるのです。もちろん能力の完成には赤毛の無鉄砲少年がひねた銀髪の英霊になるほどの時間と修行、そして『いったいなにがあったんだお前は』と言いたくなるほどの劇的な経緯を必要とするのですが、それでもいつもの圭一が使う固有結界に比べれば現実に干渉する力は段違いなのです。いわゆる覚醒圭一なのですよ、あぅあぅ」
これ以上ないくらいに真顔で、電波な話を垂れ流す羽入だった。
「な、なんだってー!?」
しかも梨花ちゃん、ノリがいい。くっ、俺も見習わないとな。
「……いつもの圭一の固有結界ってあれよね、萌え話で相手を自分のペースに引きずり込んで洗脳する、あらゆる意味で主人公としてはかなりダメな能力」
「り、梨花ちゃん……さすがの俺でも、そこまでストレートに言われると傷つくぜ」
なぜか胸が銃弾でえぐられるように痛い……すまねえ、真っ先にリタイアしちまう。
「あぅあぅ、その通りです。圭一の本来持つ魔術特性は、父と同じく『妄想具現化』なのです。萌えを心に秘めた殿方を洗脳するのは、あふれ出す妄想力の強さが引き起こす副産物に過ぎないのです。そして、ある意味でひぐらしユーザーの妄想から生まれた存在と言える僕を圭一の父やいまの圭一が見ることができるのは、当然の帰結なのですよ」
死にかけているのをさらっと流された上、なにかちっともかっこよくない設定が俺に付け加えられていく。……へへ、今度こそ俺が主人公だと思ったのに、やっぱりこの二人の会話で話が進んでいく形式は変わらないんだな……。
「……ということはいまの圭一の能力も、その延長線上にあるってことね」
梨花ちゃんはのたうちまわる俺を華麗にスルーしながら、真剣な様子で先を促した。
「はいです。たまたまその場に妄想属性を持つ僕がいたためでしょう、僕に、限定的ではありますが現実に干渉できる力を与えてしまったようなのです。現時点での妄想結界の有効半径は圭一本人を中心におよそ数十センチ程度なので、よほど不用意に接近しないかぎり他人がこの能力による実害を受けることはないはずなのです」
なるほど、と頷いた梨花ちゃんがすぐにじとりと半眼になる。
「……つまり、羽入はとっくにその結界に囚われちゃってるってことね」
「あぅあぅ、実はそうなのです。さっきから試しているのですが、結界から出られないのですよ梨花ぁあ~、やり直しを要求するのです~! あぅう~」
さっきまでの真面目な口調から、一転してジタバタしながら泣き出す羽入だった。
「それで圭一にベタベタくっついてたわけね……くすくす、わかったわ」
肩をすくめて可笑しそうにそう呟くと、梨花ちゃんは優雅な仕草で立ち上がった。
「あぅあぅあぅ……梨花ぁ、なにか考えがあるのですか?」
「そうね。……とりあえず、今夜はうるさいのに邪魔されず飲み放題ってことかしら」
「あぅ!? り、梨花……それはまさか、僕を見捨てるということなのでは……」
「圭一、しばらく羽入をよろしくね。あと、綿流しを終えたらなるべく私のそばにいてくれると助かるわ。理由は今度説明するから……さてさて、ボクは沙都子と、水入らずで楽しい夜を過ごすのですよ、にぱ~☆」
いつもの口調でそう宣言すると、梨花ちゃんはさっさと境内の裏にあるという自宅の方へ駆け出していってしまった。……呆然と見送る俺と羽入をその場に置き去りにして。
「あぅう……梨花は薄情なのです、性悪なのです、覚えてやがれ、なのですぅ~!」
泣きながら地団駄を踏む羽入を慰めるべく頭を撫でる。柔らかな髪の感触が心地良い。
「よくわからなかったけど、羽入はしばらく俺から離れられないってことか?」
「あぅあぅ、そうなのです……しかも梨花はめんどくさくなって放り投げやがったのです。あんな子に育てた覚えはなくもないけど、この仕打ちはあんまりだと思うのですよ……」
困り果てて途方に暮れつつも、羽入は俺の背中に回ってぴったりと体を密着させる。なるほど、俺から離れられない以上、この体勢が一番楽だってことか。神社までの道のりは隣を歩いていたのだが、すこしでも離れると見えない壁にぶち当たったかのようにふらついていたもんな。しかし、やはりこの背中の感触……『あたっている』ッ!。
「あててんのです、圭一……!」
なにィッ! こ、心を読まれただと……!? いままでいろいろなアルター使いと戦ってきたが、心を読むアルターだけはいなかった……。落ち着け、前原圭一。クールになれ……そうだ、素数を数えて落ち着くんだ。素数は孤独な数字、俺に勇気を与えてくれる。4243、4253、4259、4261……。
「あぅあぅ、圭一。全然話が進まないのです。圭一には立派な足がついてるのですよ、立って歩け、前に進め、なのです!」
さりげなくネタ元を増やしてカオス化に拍車をかけようと目論む羽入に危機感を刺激された俺は、仕方なくその場で立ち上がった。羽入の腕は首に絡みついたままだが、不思議なことにほとんど重さを感じない。羽入は反重力システム搭載か。
「原作に描写がないので自由に空を飛んだりはできないのですが、なぜか梨花の後ろでふわふわ浮いてることはあるので、このくらいはHBの鉛筆をベキッとヘシ折るように……出来て当然なのです! なにしろ僕は神様なのですから!」
鏡がこの場にあれば、神様というよりタチの悪い背後霊に見えるであろうことを確信しつつも羽入が傷つくといけないのであえて口には出さない俺は空気の読める男、前原圭一。まだ雛見沢の地理には不案内だが、そこは千年この地に引きこもっているという経歴を持つ気合いの入ったニート、じゃなかった自称神様がいるので迷わず自宅に帰り着けた。
「ただいま~」
「あら圭一、おかえりなさい。帰りは夜中になると思ったのに、ずいぶん早かったのね」
「先に帰らせてもらったんだ。父さんは向こうを出るの夕方になるってさ。これお土産」
やっぱりお袋には見えないらしく、羽入がくっついてる異様な姿は完全にスルーされた。もし反応されたら、『こいつは羽入、俺のスタンドだ。見えるってことは母さんもスタンド使いってことだよなァ~~!?』と誤魔化す予定でいた俺は用意周到な男、前原圭一。
「圭一、それではまったく誤魔化せないと思うのです……」
羽入があぅあぅと余計なツッコミを入れるが、もちろんお袋には聞こえない。
「シュークリームね、ありがとう。すぐご飯の支度するわね」
俺は生返事をして、自分の部屋に向かう。
「……けど羽入、さっきの話どおりだと親父には見えるんじゃないのか?」
「あぅ……言われてみればそうなのです。そのときは圭一のガッツに期待するのですよ」
厄介ごとをあっさりと押しつけてくる羽入にうすら寒いものを感じながらも、その笑顔にみとれて嫌とは言えないあたりが、男が女には決して勝てない理由なのだろうか。
「げに哀しきは男の性、なのです☆」