「……なるほどな。そりゃ、レナが隠したくもなるわけだぜ」
休日は、レナと魅音の提案で雛見沢を案内してもらった。羽入という優秀なナビゲーターを得た俺ではあるけど、村のことを知っておいて損はないと思ったし、神社では沙都子や梨花ちゃんも加わってのにぎやかな昼食だったから楽しく過ごせた。
みんなと別れた後、レナに付き合ったダム現場で出会った怪しいカメラマンは富竹と名乗り、右腕がどうとか思わせぶりなことを言ってくれたがレナにそのことを尋ねたら不自然な拒絶が返ってきたのには参った。……が、言うまでもなく俺には雛見沢に精通した最強の情報源がある。
羽入は最初話していいものかどうかという様子だったが、冷蔵庫から失敬してきたソフトクリームをお供えしたら途端に口が滑らかになったようで、俺の知りたかったことを語ってくれた。雛見沢の住人たちが一丸となって戦ったダム戦争、それに端を発して過去4年にわたって一人が死に、一人が消える……連続怪死事件の概要。もっとも衝撃的だったのは、沙都子や梨花ちゃんの家族がその犠牲となり、警察や噂好きの人々にとっての最有力な容疑者は魅音の家、園崎家なのだということだった。
「今年の綿流しはもうすぐだって言ったよな。5年目の祟りは、いったい誰なんだ?」
「……あぅ。圭一、僕は祟りなんて望んだことは一度だってないのです」
しゅんとしてしまう羽入を慌てて撫でる。
「あ、いや……俺は、羽入が起こしてるなんて思ってねぇよ。ごめんな」
俺は祟りなんて信じない。いや、羽入という超常的な存在を目の前にしたらその前提も怪しいものだが、ともかく個々の事件について聞く限り人間の起こす事件、あるいは事故といった印象しか受けなかったから、そこに超自然的な力が働いてるとは思えなかった。だとすれば、園崎家ないし何らかの意図を持った人間がそこに関わっているはずだ。
「順当にいけば……北条家はいまでも村の嫌われ者だって言うし、いままで4人もの身内が祟りに遭ってるんだ、今年は沙都子が犠牲になるってことはないのか……?」
「あぅあぅ……圭一が信じてくれるかどうかはわかりませんが、僕と梨花には今年の犠牲者がある程度わかるのです」
羽入の答は意外なものだった。……いや、神様なんだからわかってもおかしくはないが。
「今年の綿流しの夜に死ぬのは、富竹。そして鷹野です」
「なっ……、さっき会ったばかりの、富竹さんか!? 鷹野……って誰だよ!」
「彼女も、今日会っているのですよ。鷹野三四、入江診療所の看護婦をしているのです」
ああ……顔はよく思い出せないけど、そういえば村を案内してもらってるときにそんなプロフィールの人がいたってレナたちに教えてもらった気がする。
「確か……、そうだ。あの立派な胸の人だな!」
「顔は覚えてないのにそっちは覚えてるのですね、下郎☆」
年上の女の人と真正面から視線を交わすのが照れくさくて、主に存在感のあるバストに視線を這わせていたものだからそちらの印象ばかりが強烈に残ってしまった俺は、思春期ど真ん中のシャイな青少年、前原圭一。
「でもどうしてだよ、最初の被害者はダムの現場監督、沙都子の身内はダム推進派、神主さんが日和見だったってのは……まぁ、理由としてはわからなくもないけど、カメラマンと看護婦さんが殺される理由なんかないだろ?」
当然の質問に、羽入は隣に座った俺の肩に頭を乗せ、慎重に答えた。
「……理由として考えられそうなのは二つありますのです。一つは、綿流しの夜……その二人は、古手神社の奥にある神聖不可侵な祭具殿にこっそり忍び込むからです」
「忍び込むって……決まってることなのかよ?」
「はい。梨花の奉納演舞で衆目が本殿前に集まっているときを狙ってのことなので、邪魔をするのは難しいのですよ。鷹野は雛見沢の神話や伝承にひとかたならぬ興味を持っていますのです……祭具殿は、鷹野にとっては宝の山なのです」
「忍び込む側の動機はわかったけど……オヤシロさまの羽入が祟るわけじゃないなら、どうしてそれでその二人が死ななきゃならないんだ?」
その鷹野さんの唱える説によれば、雛見沢にはオヤシロさまを盲信する一派がいて、園崎もそれに与しているのだという。羽入が気にしなくても(鷹野に入られるのは実際にイヤだとは言っているが)彼らにとっては祭具殿侵入は冒涜であり、死に値する罪なのだ。
「……う~ん、なんだかあんまり実感が沸かないな。もうひとつの理由は?」
「鷹野と富竹は、梨花を守る立場にあるから……それを排除するため、ということも考えられるのです」
いきなり羽入の話が飛躍した気がする。梨花ちゃんを守るって、どういう意味……、
「……そして綿流しの数日後、梨花が殺されるのです」
「なっ!? は、羽入、悪い冗談はよせよ!」
……殺されるだって、あの梨花ちゃんが!?
「待ってくれ、おかしいだろ。梨花ちゃんはオヤシロさまの生まれ変わりって言われてて御三家の血筋で……とにかく、殺される理由なんかないじゃないか!」
もちろん標的が沙都子だったとしても許せるわけはないけど、梨花ちゃんだと話の筋がまるで通らない。それに、富竹さんや鷹野って人が梨花ちゃんを守るってどういう意味だ?
「……圭一、どんなことを聞いても僕を信じてくれますか?」
「ああ、俺は羽入を信じる!」
「富竹と鷹野は黄金聖闘士で、女神の生まれ変わりである梨花を守護しているのです!」
「な、なんだってー!?」
た、たしかにそれなら理屈は通るが……黄金聖闘士をあっさりと殺すだなんて、いったいどんな連中の仕業だって言うんだ……! まさか、敵は(ry
「……圭一、人の話をなんでも信じてはダメなのです」
「いやすまん、なにしろ今回、鬼囃し編だからな」
「それはキバヤシと読んではいけないのです、あぅあぅ☆」
「というか、流れるように嘘をつくな。本気で信じそうになっただろ」
「いまの話を本気で信じそうになるのも、人としてどうかと思うのですが……」
まぁ、それ以前にまだその話の雑誌連載すら始まってないわけだが……。
「ということで、鵜呑みにしないで頭を使いながら聞くのです圭一」
「おk」
羽入が話してくれたのは、この雛見沢に特有の風土病、雛見沢症候群。それを研究するために普通の診療所に偽装している入江機関の存在だった。富竹さんは東京との連絡役、鷹野さんて人は研究員兼山狗とかいう特殊部隊の指揮官でもあるのだそうだ。梨花ちゃんは女王感染者として入江機関に協力しており、山狗が護衛についている……と。
「把握した」
なんとも壮大な話だった。
与太話だと切って捨てたいところではあるけど、羽入はさっきと違って真剣な様子だし、羽入が見えると言い出した俺を心配していた梨花ちゃんや羽入の様子も説明がつく。それに疑心暗鬼の症状が怪死事件に関わっているとすれば、のどかな村にはそぐわない、血なまぐさい事件の数々にもある程度の説明はつけられそうだ。
「……でも、その二人や梨花ちゃんが殺されるって話のソースはどこなんだ?」
そう、疑問はそこだ。それが計画された殺人事件だとするなら、梨花ちゃんや羽入はその計画を知る立場にあることになるが、自分を殺す計画を知っているというのはおかしい。
「その点については……僕の独断では話せないのです。梨花に聞いて欲しいのです」
俺は言われるまま梨花ちゃんの家に電話した。梨花ちゃんはあの神社の敷地にある防災倉庫で沙都子と二人で暮らしているそうだが、沙都子はもう寝ている時間らしい。境内で落ち合う約束をして、家をこっそり抜け出す。
「……羽入、ずいぶんいろいろ喋ってくれるわね」
出会い頭に、梨花ちゃんの盛大なため息。
「……あぅあぅ、今回の圭一は僕が見えるぶん不思議な話も信じてくれると思うのです。梨花の力になってくれるはずです」
「そうだぜ、梨花ちゃん。俺で力になれるかどうかはわからないけどさ、話してくれよ」
二人がかりの説得に、梨花ちゃんはたいして期待もしていなさそうに肩をすくめた。
「……まぁ、無駄を承知で話してみるのもアリかしら。死という月を映す夜の校舎の窓ガラスなら、壊して回ることもあるかもしれない」
なにその盗んだバイクで走り出しそうな詩的表現!?
そうして梨花ちゃんと、ときおり羽入が注釈つきで語ってくれたのは二人の百年にも及ぶ旅路。何度繰り返してもこの昭和58年6月のどこかで梨花ちゃんは何者かに殺され、羽入の力を借りてまた同じ時を繰り返す……羽入や梨花ちゃんが転校してきたばかりの俺についていろいろと知っていたのも、それぞれの世界で転校してきた俺と仲間として接してきたからだと言う。
「みんなにも話してみたらどうかな。魅音とかレナとか」
「そう簡単に信じてくれるような話じゃないわ。……変に勘繰って疑心暗鬼に陥られても私の死期を早めるだけの結果になるしね」
なるほど。羽入という超常現象を前提にしている俺でさえ半信半疑だっていうのに、それすらない魅音たちに打ち明けても簡単に信じてくれる話じゃない。信じられなければ、次には俺や梨花ちゃんが『どこから殺人事件についての情報を得たか』を疑い始める。……それがいい結果を生まないことは、俺にも理解できた。
「……わかった。俺だけでも、きっと梨花ちゃんの力になるよ」
結論を言えば……、その約束を果たすことはできなかった。