「羽入は俺の嫁だッ!」
どーん、という効果音さえもリビングに響き渡ったに違いない。
「あ、あぅあぅあぅ!? け、圭一、いきなり何を言うのですか!」
真っ赤になってじたばたする羽入を強引に抱き寄せる。
「父さん、頼みがある!」
「な、……なんだ」
俺の勢いに圧されて先を促してしまう親父。ずっと俺のターン!
「実はこの羽入は父さんがアトリエを作った村の古手神社に祀られている雛見沢の守り神で別名をオヤシロさまって言うんだが古手家の最後の末裔である梨花ちゃんっていう俺より3つ年下の巫女さんにしか見ることのできない存在だったはずがなぜか俺と父さんには見えるらしくて俺はひょんなことから羽入と出会って恋に落ちてしまったんだそれも無理ないだろ巫女服でツノっ娘で一人称が僕で口癖があぅあぅで口調はなのですなんだぜこんな萌えの塊のうえにドジっ子の神様で俺から離れられないってそれなんてえろげな設定までついてると来たら恋に落ちない男なんて主人公の資格がないってもんだとそう思うだろあんたもしかもその上今ならにぱ~でロリな巫女さんの梨花ちゃんもお得なセットと来たもんだからもう最高ってわけで羽入は俺の嫁これ決定異論は認めんだがしかし雛見沢の守り神であるところの羽入はどうしても村に戻らなければならない愛し合う二人を引き裂く運命に屈する他ないのかでも屈するななんてことを考えてたんだぜこの俺がよ笑っちまうよな君島ァでも意地があんだろ男の子にはってことで俺は何があろうと羽入と一緒に雛見沢で暮らすことに決めたもう決めたこれは誰にも覆せないこの俺の強固な意志だもし父さんがわかってくれるなら今すぐ転校を認めてくれ認めてくれないなら俺は父さんを軽蔑するし親子の縁も切らせてもらう微塵ほども容赦なく何故なら嫁のために全てを賭けようとしている息子の願いを聞けないなんて現実に迎合するしかできない薄っぺらな男に萌えを語る資格も価値もねぇからださぁ父さん決めろ今すぐ決めろあんたが俺ほどの男にとって背中を追うに相応しいだけの度量を持った男なのか体面や常識に囚われて一番大事なときに決断を躊躇うクズ野郎なのかこの俺が見極めてやるから腹を括って答えろ己が尊厳と誇りにかけて即答しろ即決しろ即断しろ前原伊知郎ォオォォオ!!」
一息で叩きつけた言葉が空間を、いや世界をも鳴動させる音を俺ははっきりと聞いた。
「ぐぅっ……!」
切り裂くような押し潰すようなその圧倒的な空気の中で、親父は呻きながら不敵に笑っていた。川原正敏漫画の登場人物のように『ニィ……』と笑って見せたのだ。
「ぞくぞくするなぁ……圭一。まさか我が子が、すでに私と同じ場所に立っていたとは」
空気がざわめく。肌が粟立つ。俺は親父が恐ろしい。だが、その何十倍も……楽しい!
「いいだろう、圭一。……東京での生活も、進学も、全て投げ捨ててその子のために雛見沢に行くというのなら、問題ない。世間体など知るか常識など知るか、社会のしがらみが今後どれだけやって来ようとも私たちが全部叩き潰してやる! それが門を開けてしまったお前に、親としての私がしてやれる最後のことだ……!」
やはり親父は漢だった。俺がその背中を追い、いつかは超えるに相応しい漢……!
「あぅあぅあぅ……なにか物凄くダメな親子に関わってしまった気がするのです……!」
で、羽入が見えないお袋とはさすがに一悶着あったものの親父の応援と、羽入がものを触れる状態だったことが幸いして半信半疑ながら存在を認めてくれた。そしてお袋には普通にいまの塾通いの日々や本当に心を許せる友人がいない学校での生活が苦痛であること、そのストレスが高じて通り魔的なことを繰り返していて、いつか取り返しのつかないことになってしまうのが怖かったことなどを打ち明けた。
「圭一がそこまで追いつめられていたなんて……きっかけを作ってくれた羽入ちゃんには感謝しないといけないわね」
警察に出頭して被害届を出していた何人かの子たちの家に行って頭を下げ、学校の手続きを終え、俺たちは前の世界とほぼ同じ日程で雛見沢へと移り住むことができた。
「は、羽入ぅっ!?」
そして転校の前日、分校の下見にやってきた俺たちに驚きの声とともに飛びついてきたのは梨花ちゃんだった。
「あぅあぅ、梨花ぁ! 会いたかったのです!」
「いきなりいなくなって、不安だったんだからね! 羽入、いったい何がどうして圭一と一緒にいるのよ!?」
俺と羽入は梨花ちゃんのその反応に顔を見合わせた。どうやらこの梨花ちゃんには前の世界の記憶がないらしい。羽入としばらく話してみたところによると、いくつか前の世界の梨花ちゃんにあたるらしい。彼女の主観ではあるとき急に羽入が消えてしまって途方に暮れていたけど、俺がここへやってくる日は覚えていたから会いに来たらしい。
「僕が死の間際に梨花のそばにいけなかったせいで、あの世界の梨花はおそらく次元の狭間で迷子になってるんだと思います。時空管理局に捜索願いを出しておくのです」
「あるんだ、時空管理局ッ!?」
羽入と梨花ちゃんがなにを言っているのかさっぱりわかりません。はい。
「……なるほどね。その圭一の迷惑な能力のおかげで、私は死ぬほど絶望したわけね」
前の世界とここへ来るまでの経緯を話すと、梨花ちゃんは呆れ顔でそう吐き捨てた。
面目ないです。
「それにしても羽入を嫁にするなんて、圭一らしいというか予想の斜め上を行く展開ね」
「あ、ついでに梨花ちゃんもセットで嫁にしたって親父たちには報告したから」
「なにその一夫多妻制!? 圭一ってば、いつまで徒然花気分でいるのよっ!」
「大丈夫だって。羽入は戸籍ないから、重婚罪にはならないし」
「言われてみればそうよね、ってそーゆー問題じゃないッ!?」
ともかく、綿流しまでの残り時間はおよそ一ヶ月。これだけの準備期間があれば、今度こそ梨花ちゃんを救い、二人の百年にも及ぶ旅をおしまいにできるかもしれない。
「とは言ってもね……、問題は、いまだに犯人がわからないってことなのよ」
梨花ちゃんは難しい顔で腕組みをする。だが、俺は笑って返した。
「梨花ちゃん……いまの俺、覚醒した前原圭一を侮ってもらっちゃあ困る! ここに来るまでに考えて、犯人の目星はほとんどついてるんだッ!」
「「な、なんだってー!?」なのです!」
二人が背景効果付きで驚きを表現する。
「二人はドラマとかで、クロロホルムを嗅がされて気絶する人って見たことあるか?」
「見たことあるかもなにも……私が殺されるときは、たいていそのパターンよ」
その答えに、俺はニヤリと笑った。
「ところがだ、クロロホルムを吸い込んだくらいじゃあんな簡単に人は意識を失ったりしないんだ。梨花ちゃんくらいの小さな子でも、まあ余裕で数分はかかるだろう」
「そ、そうなの……?」
「お袋が推理物のマニアでさ、いろいろ訊いてみたんだ。あれは絵としてわかりやすいからそうしてるだけで、本当に意識を失わせたいだけなら柔道の有段者でも連れてきて締めたほうがよほど確実にオトせる。けど、梨花ちゃんには薬品を嗅がせる方法がとられた……これだけで、実行犯が素人の集団じゃなく、その手の薬品に対して専門知識と入手経路を有し、実行できるだけの訓練を受けていることが窺えるってわけだ」
「あぅあぅ……そうすると、まさか、犯人は……」
「そう、村人には無理だ。なら……入江機関と山狗しかあり得ないんだよ!」
梨花ちゃんと羽入が驚いて俺を見る。
「で、でも圭一、入江機関は女王感染者の私が死ぬと困るはずよ。村人全員が発症する可能性が高いって……そんなことになれば、雛見沢症候群の研究どころじゃなくなるわ。それを知ってる彼らが犯人っていうのは、動機から見て一番ありえないでしょ!?」
やや取り乱しながらも反論してくる梨花ちゃんだが、俺は冷静に返した。
「なら、村人や園崎家にとって梨花ちゃんを殺す動機がどこにある?」
「あ……」
絶句する。当然だ……オヤシロさまを信仰する人々にとってはオヤシロさまの生まれ変わりで、園崎家にとっては御三家のひとつ古手家の最後の末裔、入江機関にとっては研究の鍵となる女王感染者。この雛見沢で梨花ちゃんほど、殺される理由のない人間はいない。
「だから逆に考えるんだ。梨花ちゃんが死んで『なにかが起きる』ことを知っている人間だけが、梨花ちゃんを殺す理由をもっているんじゃないかってな……!」
俺が辿り着いたのはここまでだが、そう的はずれな結論ではないはずだ。実行する手段があり、実行した場合の結果を知っている集団こそがもっとも怪しい、考えてみれば当たり前の話だ。まして、梨花ちゃんの身辺警護をしていたのが山狗なら、梨花ちゃんは最初から丸裸で運命に抗おうとしていたのも同じ。丸裸の梨花ちゃん……ずびッ!
「圭一がなにかエロいことを考えてやがるのですよ……」
「正直ごめんっ!?」
ともあれ、その先はどちらかというと魅音の得意分野だ。転校してからもとの部活メンバーと俺が仲良くなるのを見計らって、梨花ちゃんはみんなに相談を持ちかけた。
「ボクはこのままだと、殺されてしまうのです……!」
「な、なんだってー!?」
もはやお約束のように驚く魅音、レナ、沙都子だ。羽入まで付き合わなくていいから。
俺の思ったとおり、魅音はこの難問にあっさりと答を出してくれた。組織内の派閥争いに入江機関が利用されている可能性、それは雛見沢住人全ての虐殺につながる……!
「くっくっく、こうなると関係者をお招きしようかねぇ……!」