廊下を爆発的な炎が包み、沙都子は監督の前へと着地する。
その炎のなかに、ゆらめく影が映る。
―――体は萌えで出来ている。
血潮は燃えで、心は不屈。
幾たびの惨劇を越えて不滅。
ただの一度も容赦はなく、
ただの一度も理解されない。
彼の者は常に独り、時空の狭間で勝利に酔う。
故に、生涯に意味はなく。
その体は、きっと萌えで出来ていた。
燃えさかる炎の向こうから踏み出してくるのは、無傷の白い影。
「……悪魔め、っていうかまたそのネタですの?」
呻く沙都子の目に映るのは、今や最悪の敵となった親友の姿。
黒髪を炎になびかせ、禍々しい鎌を手に、白い衣装をまとう少女……どこかの世界の白い悪魔モードとなった梨花ちゃんが立っていた。
「天丼でいいわ……天丼らしく今回も運命を打ち破ってみせるから」
鎌を一振りしただけで、炎が一瞬にして吹き散らされる。
「くっ、まさか前原さんの能力が、これほどまでのものだとは……!」
焼け跡には、羽入のオヤシロバリアーで炎をはねのけた俺が立っていた。
もう、迷いはない。……目の前の黒幕を、この俺が打倒する。
「……行くぜ監督。メイド服の在庫は充分か」
監督はその言葉に表情を歪め、腕を振り上げた。
「くっ……魅音さん! 詩音さん!」
その声で双子の姉妹が梨花ちゃんへと襲いかかるが、
「オヤシロシューター!」
素早く放たれた無数の光弾が軌跡を描き、二人のメイド服を一瞬にしてボロ布に変える。
「うぁっ……!?」
メイド服を分解された衝撃で正気を戻しかける二人だが、監督は即座に力をそそぎこみ、別のメイド服を具現化させていく。
「無駄よ……!」
「なっ!?」
いつの間にか魅音と詩音を取り巻くのは数十個の光弾。
「こ、これは、オールレンジ攻撃……!?」
「あなたには、再装着の時間さえ与えない! シュート!」
梨花ちゃんが手を振り下ろすと、光弾が飛び交い二人のメイド服を着せられるそばから分解し続けていく。な、なんて嬉しい光景だッ……!
「へっ、隙ありぃっ!」
見とれている暇はなかった。回り込んだ小此木さんが、俺と羽入めがけて襲いかかる。
「あぅあぅ、圭一! オヤシロバリアーの展開が間に合わないのです!」
梨花ちゃんに白い悪魔を投影している俺本人を打ち倒せばいいと気づいたのだろう。
……だが、それも遅い!
「―――投影、完了」
その眼前に目にも留まらぬ速度で割り込むのは、黒いマントを翻し、ぴっちりとしたレオタードのような黒い衣装を纏ったレナ。
「うぉっ……!?」
彼女の手にした巨大な鉈が空を薙ぎ、小此木さんの足を止める。
「圭一くん、梨花ちゃん、遅れてゴメンね……レナも、戦うから」
肩越しに微笑むと、レナが前に出る。
「ちぃ……っ!」
「レナ・フラッシュ・ザンバーッ!」
たったの一撃。
「ぐはぁあっ!」
レナの振り回した巨大鉈の一撃が小此木さんを叩き伏せ、そのメイド服をも引き裂き、分解していく。……な、なんて恐ろしい光景だ!
「ヤなもの見たのです!」
羽入の悲鳴が、その場の全てを物語っていた。……ま、まぁ成人男性サイズのメイド服がそうたくさん用意されているとは思えない。小此木さんはこれで無力化だろう。
残るは……!
「ふっ……どうやら、前原さんを見くびりすぎたようですね」
最後の守りであるはずの沙都子を下がらせて、監督が前に出てくる。
「ご、ご主人様、私におまかせなのですわ!」
沙都子はそう叫んだが、監督は首を横に振った。
「いいえ、沙都子ちゃん。私はご主人様として、これ以上メイドさんが傷つくのを見ているわけにはいきません……前原さん、直接対決といきましょう!」
「いいぜ、監督。……そろそろこのネタバトル展開もお腹いっぱいだしな」
俺は金属バットを握りしめ、前に進み出た。
監督の方も、沙都子が診察室に飾られていたバットを持ってきてそれを手にする。
「同感です……いきますよ、前原さん!」
「望むところだ、監督ッ!」
皆が見守る中、俺は悟史のバットを振りかざして踏み込む。
「むんっ!」
横薙ぎに振るわれた監督のバットがその一撃を弾き返し、俺の体が流れたところへ追撃!
素早くバットを引き戻し、残りの手を添えて監督の打撃を受け止める。
「甘い甘い、甘いですよっ!」
コンパクトな振りで畳みかけるように連撃が叩きつけられた。
「うっ、く、ぐっ……!」
かろうじてそれを弾き、かわし、受け流すが、攻撃に転じる余裕はどこにもない。
「あぅあぅ、圭一! 僕がオヤシロバリアーで防御するのです、攻撃に集中して!」
「手を出すな、羽入ッ!」
羽入の提案は有り難かったが、これは男と男の意地をかけた一騎打ち。
「俺を信じろ、絶対に……勝つッ!」
矢継ぎ早に襲いかかる監督のバットを、こちらも全力で迎撃する。
「大きく出ましたね……!」
その軌跡は必殺、ひとつでも読み違えれば俺の脳天なり肋骨なりを打ち砕くだけの威力がこめられている。細身に見えても大の大人だ、運動が得意なわけでもないこの俺では明らかに分の悪い勝負。
「その程度の速度では立派なメイドさんにはなれませんよ前原さんっ!」
「け、圭一……っ!」
さきほどから一歩、二歩と後退を余儀なくされていた。上下左右から間断なく叩きつけられる重い一撃を受け止めるたびに、背後の壁へと追いつめられていく。
「後がありませんよ、前原さん……! 妄想を抱いて、溺死しなさいっ!」
強烈な一撃でわずかにふらつき構えを崩した俺めがけて、監督が大上段にふりかぶったとどめの一撃を閃光の速さで叩きつけるっ!
「圭一くんっ!?」
鮮血が、舞った。レナが悲鳴のように喘ぎ、直後に重い金属音。
「ッ!?」
監督が大きく飛び退いた。壁に追いつめられる直前で俺は、防御を捨てて前に出た。真芯をはずしたとはいえ額で監督のバットを受け止め、袈裟懸けの一撃を叩き込んだのだ。案の定額は割れ、しかも反撃は監督に弾かれるという不様な結果に終わった。
「無駄なことを……!」
再び間合いを詰めようとする監督の動きに合わせて前に出る。真下から両手でバットを振り上げ、監督の胸を狙うがこれも弾かれる。監督は返す刃で俺の肩を打つが、すでにバットは逆の手へと持ち替えている!
「……うっ!?」
振り下ろした先から監督が一瞬早く横へと逃げていた。再び両手でグリップを握り、そちらも見ずに振り回す。衝撃、手から得物をもぎ取られそうになるのをこらえて振り向きざまの攻撃を放つ。
「こ、これは……ッ!」
全身全霊をこめて、息をすることさえ忘れて連打を浴びせ続ける。
じりじりと後退するのは、今度は監督のほうになっていた。
……そう、無駄だとわかっていても俺は引き下がるわけにはいかないんだ。
この一撃一撃には、梨花ちゃんの命がかかっている。
それが俺の戦う理由。
仲間を守りたい、大事な誰かを守りたい、ただそれだけの理由なんだ。
羽入に聞いた沙都子の兄、このバットの持ち主である北条悟史だって、きっとそれだけを理由に戦ったはずなんだ。なら俺だって、負けられない。
理由なんて、それで充分だった。
それはきっと、間違いなんかじゃないんだから……!
その一瞬、体が軽くなった。まるで悟史が乗り移って力を貸してくれたみたいに。
「悟史ぃ! こいつは……俺とお前の、輝きだぁあッ!」