戦×恋:レボリューション・ボルト ~雷神の転校生が九人の戦乙女を救ったら、前線直結のラブコメバトルが始まった~   作:夜幻

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はじめまして。『戦×恋(ヴァルラヴ)』の二次創作です。

早乙女家の九姉妹が、主神の代行者のいないまま悪魔の大侵攻に追い詰められる場面に、オリジナル主人公・獅堂雷牙(トール)を投入し、原作の窮地を救済する物語です。全10話の完結作品です。

【この作品について】
・陽キャで豪快な兄貴肌の最強主人公が、実はスキンシップに弱くて照れる、というギャップが見どころです。
・恋人行動はハグや手つなぎ程度で、性的な描写はありません。
・原作の流れや世界観は大切にしつつ、独自の敵や必殺技、設定を補っています。
・原作の細かな設定や時系列と異なる点があるかもしれません。ご了承ください。

【ご注意】
・本作は生成AIで作成した本文を含みます。
・原作の著作権は、原作者・出版社に帰属します。

気軽に楽しんでいただければ嬉しいです。それでは、第1話をどうぞ!


第1話 結界、軋む

 鉄の味が、口の中いっぱいに広がっていた。

 一千花は唇の端の血を手の甲で乱暴に拭い、ひび割れていく結界を睨みつける。茜色に染まった空には、石をぶつけたガラスのような亀裂が走り、その向こうで邪界の裂け目が黒い口を開けていた。そこから、影の濁流が止めどなく溢れ出してくる。

 小さな体で長槍を握り直す。掌はとっくに汗と血でぬめっていた。

(まだよ……まだ、倒れるわけにはいかない……!)

 視線を巡らせれば、妹たちの姿が目に入る。誰もが傷つき、泥にまみれ、それでも武器を手放そうとしない。その背中を見るたびに、一千花の胸には、誇らしさと同じ分だけ、焼けつくような悔しさが込み上げた。

「お姉ちゃん、結界の維持、もう限界だよ……!」

 二葉の声が震えていた。両手を高く掲げ、巨大な城壁を召喚し続けている長身の妹が、膝をかくかくと笑わせている。額から落ちた汗が、顎を伝って地面に黒い染みを作った。

「大丈夫、もう少しだけ踏ん張って、二葉」

「うん……でも、お姉ちゃんの方が、ずっと傷だらけだよ」

「私は長女なの。これくらい平気よ」

 強がりだった。自分でも分かっている。

「アタシの糸、さっきから三本も切られたんだけど」

 三沙が肩で息をしながら、乾いた笑いをこぼした。指先から伸びる無数の糸が悪魔の群れを必死に縛りつけているが、その糸はぷつり、ぷつりと切れていく。

「また縫い直しだねぇ、こりゃ。針が何本あっても足りやしない」

「三沙姉さん、笑っている場合ではありません」

 五夜が鎖を操りながら、鋭く言った。生徒会長として培った冷静さで戦況を読もうとしているが、その声の端が、かすかに揺れている。

「戦術的には、撤退が最善です。ですが、背後には街があります。ここを抜かれれば、お父様の守ろうとしたものが……」

「分かってるわよ、そんなこと」

 一千花は短く返した。

 四乃は大きな鎧に身を包んだまま、一言も発さなかった。顔を覆う兜の奥から、荒い息だけが聞こえてくる。結界の要として、ひたすら力を注ぎ続けているのだ。

「ふ、ふえぇ……もう、足、動かないです……」

 六海が翼を畳んで地面にへたり込む。ステージ衣装みたいな戦装束は、泥と埃でぼろぼろだった。

「ちょっと六海! 座るんじゃないわよ!」

 七樹が剣を構えたまま、顔だけで振り返る。

「だ、だって、七樹ちゃん……」

「アタシが前に出てるんだから、アンタは後ろで歌でも歌ってなさい!」

「七樹の足、震えてるよ」

 八雲がヘッドホンを首にかけたまま、ぼそりと言った。

「う、うるさい! 震えてないってば!」

「……嘘つき」

 八雲は小さくため息をつき、手にした本をぱたんと閉じる。音の力を使い続けたせいか、ページの端が焦げていた。

「お姉ちゃん」

 九瑠璃が巨大な砲を抱えながら、一千花の袖をちょんと引っ張った。七歳の小さな体に不釣り合いな砲身が、ぷるぷると揺れている。

「ボクの砲、もう弾がないの。トラップもぜんぶ壊されちゃった」

「九瑠璃……」

「ボク、役に立てなくてごめんなさい」

「そんなこと言わないの。あなたは、十分すぎるくらい頑張ってるわ」

 一千花は妹の頭を、ぎゅっと抱き寄せた。九瑠璃の小さな体は、細かく震えていた。

 その時、鈍い音を立てて、結界がきしんだ。

 ぴしり。ぴし、ぴしぴし。

 空の亀裂が、音を立てて広がっていく。

「まずい……!」

 九瑠璃のタブレットが、けたたましい警告音を鳴らした。

「お姉ちゃん、結界の強度、残り一割を切ったよ! あと三分もたない!」

「三分……」

 誰も、何も言えなくなった。

 風が止む。焦げた土の匂いと、悪魔の吐く腐臭が混ざり合って、喉の奥にまとわりついた。遠くの街から、夕刻のチャイムが小さく聞こえてくる。いつも通りの日常が、すぐそこにあるのに。

(お父様……どうして、まだ指揮官を遣わしてくださらないの)

 戦乙女の力は、主神の代行者との恋人契約があって初めて、本当の強さを発揮する。けれど、その代行者は、まだ現れない。姉妹だけで、もう何日も、この大侵攻を食い止め続けているのだ。

「……みんな、聞いて」

 一千花は、顔を上げた。

「ここが限界なら、せめて私が殿を務める。あなたたちは街へ退いて、避難を」

「お姉ちゃん!?」

「そんなこと、させられるわけないでしょ!」

「バカなこと言わないで、一千花姉さん」

 二葉、七樹、三沙が、ほとんど同時に声を上げた。

「でも……」

「でももへったくれもないよ。アタシたちは、全員で帰るんだ」

 三沙の言葉に、姉妹たちが頷く。

 一千花は、唇を噛んだ。胸の奥が、じんと熱くなる。

(バカね、みんな。……でも、ありがとう)

 涙が滲んで、視界がぼやけた。慌てて袖で目元を拭う。

「……分かったわ。全員で、ここを守り抜くわよ!」

「はい!」

 その時だった。

 結界の一角が、ガラスのように砕け散った。

 無数の破片が、夕日を浴びてきらきらと降り注ぐ。冷たい風が一千花の頬を叩き、その向こうから、黒い影が牙を剥いて殺到してきた。

「っ、来る!」

 誰かが叫んだ。

 一千花は槍を構え、妹たちの前に飛び出す。両腕を広げ、全身で盾になる。

(ごめんなさい、みんな……!)

 ぎゅっと、目を閉じた。

 その瞬間。

 空が、鳴った。

 轟音。大気がびりびりと震え、青白い稲光が悪魔の群れの真ん中に突き刺さる。爆風が髪を巻き上げ、鼻先をオゾンの匂いが走り抜けた。耳の奥で、遠雷のような余韻が鳴り続けている。

「うおおおっ、間に合ったァ!」

 場違いなほど明るい声が、砂煙の中から響いた。

 一千花は恐る恐る、目を開ける。

 煙の切れ間に、一人の少年が立っていた。黒いレザージャケットを羽織り、太陽みたいな笑顔で、ひらりと着地している。足元では、残った稲妻がぱちぱちと弾けていた。

「……え?」

 誰の声か分からないほど、全員が間の抜けた声を漏らす。

 少年は砂埃をぱんぱんと払うと、ぐるりと姉妹たちを見渡し、満面の笑みで大きく手を振った。

「お前らが俺の新しい戦友か! よろしくな!」

「…………は?」

 一千花の思考が、完全に停止した。

「いやー、道に迷っちまってさ! でもギリギリセーフだったな!」

「み、道に迷って……?」

「おう。あ、自己紹介がまだだったな。俺は獅堂雷牙! 神から派遣された転校生で、お前たちの主神の代行者だ!」

「だ、代行者……? あなたが!?」

 声が裏返った。二葉も三沙も、ぽかんと口を開けたまま固まっている。四乃の兜が、わずかに傾いた。

「ね、ねえ、お姉ちゃん……あの人、誰?」

 六海が、一千花の背中に隠れるようにして、そっと囁く。

「分からないわ。いきなり現れて、代行者だなんて……」

「怪しい」

 七樹が、むっとした顔で雷牙を睨みつけた。

「どこの馬の骨とも分からない男が、いきなり現れて、あっさり悪魔を倒すなんて。絶対に何か裏があるに決まってる」

「でも、悪い人には見えないよ?」

「六海は人を信じすぎ!」

「……変な人」

 八雲が、読みかけの本から顔を上げずに、ぼそりと呟く。

「でも、嫌な感じは、しない」

「ほら、八雲だって言ってる」

「それは、八雲が変わってるだけ!」

「……失礼」

「あ、あの、悪魔は……」

「ん? ああ、あのへんのは、さっきまとめて吹っ飛ばしといたぜ」

 雷牙が親指で背後を示す。見れば、結界を破って殺到していた悪魔の先鋒は、黒焦げになって地面に転がっていた。

「い、今の一瞬で……?」

 五夜が眼鏡を押し上げる手を、ぴたりと止める。

「戦術的に、ありえません。あの数を、たった一撃で」

「細けえことは気にすんな! それより、お前ら全員、傷だらけじゃねえか。よく頑張ったな!」

 雷牙は、にかっと笑った。

 その笑顔があまりにまっすぐで、一千花は、ほんの一瞬だけ言葉を失った。

(……なに、この人。さっきまでの絶望的な空気を、笑顔ひとつで吹き飛ばして……)

 けれど、次の瞬間、彼女の感情は別の方向へと爆発することになる。

「で、お前が一千花だな! 話は聞いてるぜ。長女で、リーダーで、すげえ頑張り屋だって」

「え? ちょ、ちょっと、近……」

 言い終わる前に、がしっと肩に腕が回された。

「よく耐えたな! あとは俺に任せろ!」

 一千花の顔が、一気に沸騰した。

 肩に伝わる腕の重みと熱。レザーの匂いに混じって、雨上がりのような電気の匂いが、ふわりと鼻をかすめる。

(近い近い近い! 初対面で肩を抱く!? 距離感どうなってるのよ、コイツ!)

「な、なれなれしく触るな! 私はあなたを主神の代行者などと認めたわけでは……っ!」

「おう、じゃあこれから認めさせてやるよ!」

「人の話を聞きなさいよ、このバカ!」

 一千花は腕を振りほどこうとして、真っ赤な顔のまま、じたばたと暴れた。身長百三十八センチの体では、雷牙の腕はびくともしない。

「は、離しなさい! 離しなさいってば!」

「ははっ、元気じゃねえか! いいぞいいぞ!」

「褒めてない! 全然褒めてないから!」

 二葉が、おろおろと手を伸ばす。

「お、お姉ちゃん、顔、真っ赤……」

「二葉は黙ってて! 赤くない! これは、その、夕日のせいよ!」

「いや、もう日没近いけどな」

「余計なこと言わないの、七樹!」

 三沙が腹を抱えて笑い出した。

「あっはは! 一千花のこんな顔、久々に見たよ! アンタ、やるじゃないか、新入り」

「新入りじゃなくて、雷牙だ。よろしくな、三沙!」

「あれ、アタシの名前、知ってんの?」

「おう、全員覚えてる。二葉、三沙、四乃、五夜、六海、七樹、八雲、九瑠璃、だろ?」

 雷牙は指を折りながら、一人一人に笑顔を向けていく。名前を呼ばれるたびに、姉妹たちが、はっと息を呑んだ。

「……わ、私の名前も」

 四乃の小さな声が、兜の奥から漏れた。

「もちろんだ。四乃、お前、ずっと結界を支えてたんだろ。すげえ根性だな」

「…………」

 四乃は何も言わず、ただ、兜がこくりと小さく揺れた。

(ええと、肩を抱かれたまま、何を和んでるのよ私は!)

 一千花は我に返り、渾身の力で雷牙の腕を押しのけた。

「いい加減にしなさい! 初対面の女性にいきなり触れるなんて、無礼にも程があるわ!」

「あ、悪い悪い。つい、いつもの癖でな」

「いつもこうなの!?」

「おう。うちの地元じゃ、みんなこうだぞ?」

「そんな地元、今すぐ滅びなさい!」

 雷牙は、あははと大笑いした。

 けれど、その笑い声の背後で。

 地面が、ずしん、と揺れた。

 煙を裂いて、角を生やした巨躯が、ゆっくりと姿を現す。全身を黒鉄のような皮膚で覆い、金色の双眸を細めて、雷牙を見下ろしていた。吐く息が、焼けた鉄のように熱い。

「……上級悪魔」

 九瑠璃が、掠れた声で呟く。

「ボクのデータにある中で、最悪の部類だよ。雷牙、逃げて!」

 姉妹たちが、一斉に武器を構え直す。しかし、その手はみな、もう限界を超えて震えていた。

「みんな、下がって! 私が……!」

 一千花が槍を握り直し、前に出ようとした、その時。

 彼女の手を、ぐっと誰かが掴んだ。

「待てよ、一千花」

 雷牙の手だった。大きくて、熱くて、そして、驚くほど力強い。

「な、何するのよ、離しなさい!」

「お前、もう限界だろ。足、震えてるぜ」

「そ、そんなことない!」

「嘘つけ」

 静かな声だった。さっきまでの騒がしさとは違う、芯のある低い声。

 一千花は、思わず雷牙の顔を見上げた。

 彼は笑っていた。けれど、その瞳は、悪魔ではなく、傷だらけの一千花だけを、まっすぐに見つめている。

「あとは、俺の番だ」

「え……」

「お前らが守ってきたもん、今から全部、俺が預かる」

 雷牙は、一千花の手をそっと離し、一歩、前に出た。

「おっ、デカいのが来たな。ちょうどいい、準備運動だ」

 ポケットから、小さな金属のキーホルダーを取り出す。夕日を受けて、きらりと光った。

「雷牙、それ、ただのアクセサリー……」

「見てろよ」

 にやりと笑い、天に向かって突き上げる。

「唸れ、ミョルニル!」

 轟、と空が割れた。

 雷光がキーホルダーに集束し、膨れ上がり、空気が灼ける。耳をつんざく雷鳴。鉄の匂いが鼻を刺し、肌を電気がちりちりと撫でていく。眩しさに、姉妹たちは思わず腕で顔を覆った。

 光が収まった時、雷牙の手には、身長を超える漆黒の大槌が握られていた。

「う、嘘……」

 三沙が、呆然と呟く。

「あんなの、アタシの糸じゃ、引っ張ることもできないよ」

「ボクのデータが、ぜんぶ振り切れてる……」

 九瑠璃のタブレットが、ぴーっと悲鳴を上げて、ブラックアウトした。

 上級悪魔が、咆哮した。

 大地が揺れ、空気が震える。振り下ろされた巨大な爪が、雷牙の頭上に迫った。

「危ない!」

 誰かが叫ぶ。

 雷牙は、避けなかった。

 左手一本で、爪を受け止めた。

 鈍い音。足元の地面が陥没し、衝撃波が草を薙ぎ払う。しかし、雷牙の体は、一歩も下がらない。

「軽いな」

「…………え?」

 一千花の口から、間の抜けた声が漏れた。

「お前、本気出してんのか? なら、もうちょい気合い入れろよ」

 雷牙の右手が、大槌を振りかぶる。

「じゃ、行くぜ」

 一閃。

 轟音とともに、大槌が悪魔の胴を打ち抜いた。黒鉄の皮膚が砕け、衝撃が背中まで突き抜ける。雷光が悪魔の全身を駆け巡り、次の瞬間、巨体は霧のように霧散した。

 静寂が落ちた。

 焦げた匂いだけが、風に乗って漂っている。

 一千花は、自分が息を止めていたことに、ようやく気づいた。肺に流れ込んできた空気は、まだ雷の余韻を含んでいて、舌の上でぴりぴりと弾ける。耳鳴りの向こうで、鼓動だけがやけに大きく響いていた。

(私たちが何日もかけて、命を削って食い止めてきたものを、たった一人で、一振りで……)

 悔しさと、安堵と、どうしようもない驚きとが、胸の中でぐるぐると渦を巻く。握りしめた指先が、かたかたと震えていた。

(怖い。……ううん、違う。これは、怖いんじゃなくて)

 認めたくない感情に名前をつける前に、彼女は慌てて首を振った。

 夕日の中、漆黒の大槌を肩に担いだ少年が、振り返って、にかっと笑った。

「どうだ? 俺、結構やるだろ!」

 姉妹たちは、誰も答えられなかった。

 一千花の膝が、かくんと折れる。慌てて槍を杖にして踏みとどまりながら、彼女は震える声を絞り出した。

「……あ、あなた、一体、何者なの……」

 雷牙は、太陽のように笑った。

「言っただろ? お前たちの、新しい戦友だ!」

 その言葉に、一千花の胸の奥で、何かが、ことり、と音を立てて動いた。

 認めたくない。

 認めたくないのに、胸の鼓動だけが、うるさいくらいに高鳴っていた。

「……ねえ、ちょっと待ちなさい」

 一千花は、槍に体重を預けたまま、雷牙を睨みつけた。

「あなた、本当にお父様の使いなの? 証拠は?」

「証拠? これじゃ足りねえか?」

 雷牙が、ミョルニルの大槌をとんとんと肩で弾ませる。

「それは、武器の証拠でしょう。私が聞いているのは、お父様から遣わされた証拠よ」

「おっ、鋭いな。さすが長女」

 雷牙は感心したように頷き、ジャケットの内ポケットをごそごそと探る。

「ほらよ、これだ。オーディンのおっさんから預かってきた」

「おっさん!?」

「お父様をおっさんと呼ばないでください!」

 一千花と五夜の叫びが、きれいにハモった。

「え、ダメなのか?」

「ダメに決まってるでしょう! 主神オーディンよ!?」

「そうか、悪い悪い。じゃあ、おっさん様で」

「悪化してるわよ!」

 額に手を当て、一千花は深く息を吐いた。

(頭が痛い……。この男、本当に、あのお父様の人選なの?)

 雷牙が差し出した封筒を、おずおずと受け取る。丁寧な筆致で、確かに父の筆跡が並んでいた。「この者を信頼せよ。そして、お前たち自身も、この者に信頼されてやってほしい」。

 読み終えた一千花は、きゅっと唇を結んだ。

「……本物、みたいね」

「だろ?」

「でも、認めるかどうかは、別問題よ」

「ああ、それでいい。ゆっくり認めてくれりゃいいさ」

 雷牙は、あっけらかんと笑った。その屈託のなさに、一千花は何も言い返せなかった。

「す、すごいです……! 今の、ほんとに人間ですか?」

 六海が、へたり込んだまま目をきらきらさせて雷牙を見上げた。

「人間だぞ。ちょっと神様に頼まれて、派遣されただけのな」

「それ、ぜんぜん普通の人間じゃないと思うんですけど……」

「ははっ、よく言われる!」

「あのっ、らいがさん! お礼に、今度、私のサイン、プレゼントします! 私、アイドルなので!」

「おっ、そりゃ嬉しいな! 家宝にするぜ!」

「えへへ……ちゃんと、ファンになってくださいね?」

「おう、もうなってるさ!」

 六海が、ぱあっと花が咲いたように笑った。その笑顔につられて、へたり込んでいた姉妹たちの口元も、ふっとほころぶ。

「獅堂くん、今の一撃の出力は、先ほどの数値の何倍に当たるんですか?」

 五夜が眼鏡をくいっと押し上げ、身を乗り出した。

「さあな、測ったことねえや!」

「測ったことが、ない……? 天才肌というのは、ここまで計測に無頓着なのですか……」

「五夜、メモ取ってる場合?」

「七樹、これは重要な戦力評価です」

「ふん、アタシだって、あれくらい……」

 七樹は腕を組んで、ぷいと顔をそむけた。けれど、その視線は、雷牙の握る大槌から、ちらちらと離れない。

「七樹、気になるなら、持ってみるか?」

「えっ!? い、いいの?」

「おう。ほらよ」

 雷牙が、ひょいと大槌の柄を差し出す。七樹が両手で受け取った途端、

「おっ、重っ!? ちょ、ちょっと、これ、重すぎ……ぎゃっ!」

 どすん、と大槌が地面にめり込み、七樹が尻餅をついた。

「ははは! 悪い悪い、普通は持てねえんだ、こいつ!」

「先に言いなさいよバカ!!」

「バカとは何だ、バカとは」

「バカにバカって言って何が悪いのよ!」

 七樹が涙目で叫ぶ横で、八雲がぽつりと言った。

「……雷牙、声、大きい」

「悪い悪い、よく言われる」

「……でも、嫌いじゃない」

「お? そうか?」

「……ん」

 八雲はヘッドホンを耳に当てたまま、そっぽを向いた。いつも毒舌の彼女が、ほんの少しだけ口元をゆるめている。

 九瑠璃が、ぴょんぴょんと跳ねながら雷牙の足にしがみついた。

「ねえねえ、雷牙! そのキーホルダー、ボクに見せて! どうなってるの!? どこに質量を隠してるの!?」

「ははっ、お前、面白いこと聞くなあ。俺にも分かんねえ!」

「えええ!? 分かんないのに使ってるの!?」

「おう、使えればいいんだ!」

「それ、科学じゃない!」

「いや、神話だ」

「ぐぬぬ……! 絶対、解明してやる……!」

 九瑠璃が小さな拳をぎゅっと握りしめた。

 二葉が、ハンカチを取り出して、雷牙の頬の小さな傷にそっと当てる。

「雷牙くん、血が出てるよ。さっき、悪魔の爪が掠めたでしょ」

「ん? ああ、気づかなかった」

「ダメだよ、ちゃんと手当てしないと。あとで、ご飯の前に消毒しようね」

「ご飯!? 作ってくれるのか!?」

「うん。みんなが無事だったお祝いに、とびきりのを作るから」

「やったぜ! 二葉は優しいな!」

「えへへ……」

 二葉が、はにかんだように笑う。三沙がにやにやしながら、その様子を眺めていた。

 その平穏を、無粋な咆哮が引き裂いた。

 ずざざざざ、と地響きが近づいてくる。振り返ると、裂け目の向こうから、残りの悪魔たちが雪崩のように押し寄せてきていた。その数、ざっと百は下らない。

「ひ、ひゃく!?」

「冗談でしょ、あんなの、もう無理……!」

 七樹の悲鳴に、姉妹たちの顔色が、再び青ざめた。

「だーいじょうぶだって!」

 雷牙は、ひょいと大槌を拾い上げ、肩に担ぐ。

「お前ら、座ってろ。ここからは、俺の仕事だ」

「で、でも、一人じゃ……!」

「一千花」

 雷牙が、振り返る。

「俺を、信じろとは言わねえ。ただ、見ててくれ」

「……っ」

 一千花は、言葉を失った。

 ずるい、と思った。そんな、まっすぐな目で言われたら、反論できないではないか。

「……分かったわ。見ててあげる。でも、少しでも危なくなったら、すぐに加勢するから!」

「おう、頼りにしてるぜ!」

 雷牙は駆け出した。

 足元で、稲妻が弾ける。彼の姿が残像を引いて消え、次の瞬間、悪魔の群れの真ん中に出現していた。

「おらあああっ!」

 大槌が、横一文字に薙ぎ払われる。

 轟音。雷鳴。

 十体以上の悪魔が、まとめて宙へ吹き飛んだ。

「まだまだァ!」

 返す刀の一撃で、さらに十体。踏み込み、叩き、薙ぎ、砕く。雷光が走るたび、黒い影が霧散していく。

 悪魔の一体が、背後から雷牙に飛びかかった。

「危ない、後ろ!」

 三沙が叫ぶ。けれど雷牙は、振り向きもせず、大槌の柄尻を背中越しに突き出した。

 鈍い音。悪魔の顔面が柄に陥没して吹き飛ぶ。

「後ろだって? 見えてるぜ!」

「あ、あいつ、背中に目でもついてんの!?」

 七樹が、呆れたように叫ぶ。

「雷の気配を、感じ取っているのでしょうか」

 五夜が、必死にメモを取りながら分析する。

「……うるさい」

 八雲が耳を塞ぎながら呟いた。けれど、ヘッドホンをつけている彼女の唇は、かすかに笑っていた。

「雷牙、かっこいい……」

「えっ、八雲、今なんて?」

「……何でもない」

 八雲はぷいと顔を伏せ、本のページを開いた。ただし、ページをめくる手は、全く動いていない。

 戦場の中心で、雷牙は笑っていた。

「ははっ! いいぞ、もっと来い! 全員まとめて相手してやる!」

 雷光が、夜空に向かって枝分かれする。まるで、巨大な樹が枝を広げるように。落雷が、悪魔の群れを次々と貫いていく。肌を撫でる静電気で、姉妹たちの髪が、ふわりと逆立った。

「うわ、髪の毛がびりびりする!」

「六海、アイドルなのに爆発してるよ」

「ひどいよ七樹ちゃん! あとで直すから!」

「ふふ、六海はどんな髪型でも可愛いよ」

 二葉が、優しく六海の髪を撫でつけてやる。

 九瑠璃が、真剣な顔で空を見上げて、ぽつりと言った。

「……あれ、本当に落雷だよね。ボクの計算だと、自然現象の三百倍の電圧なんだけど」

「九瑠璃、計算してる場合じゃないでしょ」

「でも、気になるんだもん!」

 四乃は、兜の奥から、じっと雷牙の背中を見つめていた。鎧の指先が、ぎゅっと、自分の胸の前で握りしめられている。

 一千花は、その様子に気づいていた。

(四乃……あの子、普段は誰にも心を開かないのに)

 それだけではない。三沙も、七樹も、八雲も、みんなが、気づかないうちに雷牙を目で追っている。

(まったく。出会って、まだ十分も経ってないのに……!)

 複雑な気持ちで、一千花は唇を尖らせた。

「す、すごい……」

「まるで、嵐みたい……」

 二葉と六海が、息を呑んだ。

「あれが、主神の代行者……」

 五夜が、ぽつりと呟く。

「お父様が、あの人を選んだ理由が、少し分かった気がします」

「五夜は、お父様のことになると、すぐ贔屓するんだから」

「ひ、贔屓ではありません! 客観的な評価です!」

 五夜が、慌てて眼鏡を押し上げた。耳の先まで、真っ赤になっている。

「お父様の選んだ方が、素晴らしいのは当然のことなので……!」

「はいはい、ファザコンファザコン」

「七樹! その言い方はやめなさい!」

 一千花は、何も言えなかった。ただ、握りしめた槍の柄が、汗でじっとりと濡れている。

(強い。ただ強いだけじゃない。この人は、戦うのが楽しいんじゃなくて……守るのが、当たり前だと思ってる)

 胸の奥が、きゅっと締めつけられた。

 最後の一体を叩き伏せると、雷牙は肩で大槌を回しながら、ゆっくりと戻ってきた。

 周囲には、悪魔の影ひとつ残っていない。夜の帳が降り始めた空に、一番星が瞬いていた。

 雷牙が戻ってくると、二葉が真っ先に駆け寄った。

「雷牙くん、おかえりなさい! 怪我はない?」

「おう、ぴんぴんしてるぜ!」

「ほんと? 見せて、ほら、袖まくって」

「ちょ、二葉、くすぐったいって」

「だめ。長女の次は、私がお母さん役なんだから」

 二葉が雷牙の腕をくまなくチェックする。その様子に、三沙がにやりと笑って口を挟んだ。

「二葉、アンタ、すっかりお世話モードだねぇ」

「だって、雷牙くん、さっきまで無茶ばっかりしてたもん」

「無茶じゃねえよ、普通だ」

「普通じゃないよぉ!」

 ぷくっと頬を膨らませる二葉に、雷牙は豪快に笑って、ぽんぽんと頭を撫でた。

「悪い悪い。ありがとな、心配してくれて」

「……もう。ずるいなぁ」

 二葉は耳まで赤くなりながら、小さく笑った。

「ところで雷牙、アタシの名前、本当に最初から知ってたの?」

 三沙が首を傾げる。

「おう。神様にもらった資料に、全員の写真と名前が載ってたからな」

「ふーん、資料ねぇ。で、アタシの写真、どうだった?」

「めっちゃ姉御って感じで、頼りになりそうだった!」

「ははっ、嬉しいこと言ってくれるじゃないか」

 三沙が、満足そうに腕を組む。

 一千花は、一歩離れたところで、その光景を眺めていた。

(……あんなに、笑ってる)

 疲労と絶望に沈んでいた妹たちの顔に、血の気が戻っている。まるで、夜明けを迎えたように。

(この男が来ただけで、これだけ空気が変わるなんて)

 悔しい。けれど、確かに、救われた。

 一千花は槍を持ち直し、ぐっと胸を張る。

「……獅堂」

「おう、なんだ?」

「その、今日は、助かったわ。……礼は、言っておく」

 精一杯のツンとした顔で、そっぽを向く。けれど、頬の赤みは隠せない。

「おう! どういたしまして!」

 雷牙が、満面の笑みで返した。

 その笑顔が眩しくて、一千花は、また、そっと目を逸らした。

「さて! 戦いも片付いたし、次は、世界を救うための大事な仕事だな!」

「……大事な仕事?」

「おう。お前らと、イチャイチャすることだ!」

「…………はあああああああ!?」

 一千花の絶叫が、夜空に響き渡った。

「な、ななな、何を言っているの、あなたは! イチャイチャって、その、恋人行動のこと!?」

「おう、そうだ。お前たち、恋人契約ってのを結んで、イチャイチャすればするほど強くなるんだろ?」

「そ、そうだけど! それは、その、段階というものが……!」

「段階? 別にいいじゃねえか、早いほうが!」

「よくない! 全然よくない!」

 一千花が顔を真っ赤にして叫ぶ横で、二葉が頬に手を当てて、おろおろとしていた。

「ど、どうしよう、お姉ちゃん。いきなりだと、お料理の準備もできてないよ」

「二葉、問題はそこじゃないわ!」

「アタシは別にいいけど? アンタ、いい体してるし」

「三沙姉さん!?」

「いやだって、事実だし」

 三沙が、悪戯っぽく片目をつぶる。

「戦術的に、合理的ではありますが……」

 五夜が、頬を染めながら眼鏡の位置を直した。

「私にも心の準備というものが、その、ありまして……」

「ふん! アタシは、まだ認めてないから! アンタなんかと、誰がイチャイチャするもんですか!」

 七樹が両腕を組んで、ぷいと顔をそむける。けれど、その耳は、夕焼けより赤かった。

「えへへ……らいがさんと、恋人行動……」

「六海、顔がにやけてるよ」

「に、にやけてないよ!」

「……とりあえず、うるさいのは、やめて」

 八雲が、耳のヘッドホンを押さえてぼやく。

「ボクは、ミョルニルのデータが欲しいだけだもん」

 九瑠璃が、壊れたタブレットをぽんぽんと叩きながら、ぷいと横を向いた。

 一千花は頭を抱えた。

(なんでみんな、そんなにあっさり受け入れてるのよ! 私だけ空回りしてるじゃない!)

 その時、雷牙が両腕を大きく広げた。

「よし、じゃあまず、長女の一千花からだ! 遠慮すんな、来い!」

「行くわけないでしょ、このバカ!!」

 夜空に、再び絶叫が響き渡る。

 一千花は、緩みそうになる口元を槍の柄でこっそり隠した。胸の奥では、まだ雷の余韻が、くすぐったく弾けている。夜風が火照った頬を撫でていく。その心地よさを認めてしまいそうな自分が、いちばん悔しかった。今夜は、少しだけ、長い夜になりそうだった。

 星々の下、これから始まる賑やかな日々の予感が、夜風に乗って、ふわりと広がっていった。

 

 

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