戦×恋:レボリューション・ボルト ~雷神の転校生が九人の戦乙女を救ったら、前線直結のラブコメバトルが始まった~ 作:夜幻
河川敷は、黒い波に呑まれていた。
土手の向こうに広がる広い草地を、悪魔の群れが埋め尽くしている。角を生やしたもの、翼を持つもの、四つ足で地を這うもの。咆哮と牙の音が重なり合い、地面は絶え間なく震えていた。
「……これは、想像以上ね」
一千花は土手の上に立ち、槍を握りしめた。風が長い髪をなびかせ、鼻先を腐った鉄のような臭いが掠めていく。
「ざっと三百五十。しかも、後ろにまだ続いてるぜ」
雷牙が、目の上に手をかざして遠くを見やった。
「楽しそうに言わないでくれる?」
「楽しいだろ。こんだけ歯ごたえがありゃ、準備運動にゃちょうどいい」
「準備運動で三百五十体を相手にしないで!」
一千花の怒鳴り声が、河川敷に響く。けれど、その声に、昨日までの悲壮感はなかった。
「みんな、聞いて」
一千花は、くるりと振り返った。
土手の上に、八人の妹たちが並んでいる。二葉、三沙、四乃、五夜、七樹、八雲、九瑠璃。それぞれが武装を身に纏い、朝の光を浴びて凛と立っていた。
「昨日までの私たちは、守るだけで精一杯だった。でも、今日は違う。……そうよね?」
「うん!」
「おうさ!」
「……ああ」
口々に返事が返ってくる。その中に、ひとつだけ、軽い声が混じった。
「そうそう、その調子だ! お前ら、いい顔してるぜ!」
「あなたは、少し黙ってなさい」
「えっ、なんでだ」
「士気を上げるのは、私の役目よ」
「そうか、悪い悪い」
雷牙は、頭を掻いて笑った。一千花は、こほんと咳払いをして、槍の穂先を、悪魔の群れへと向けた。
「布陣は、昨夜決めた通り。二葉、城を」
「うん、任せて!」
二葉が、土手の中央に進み出た。両手を大きく広げ、目を閉じる。
次の瞬間、河川敷の地面から、巨大な石の城壁が、ごごご、とせり上がってきた。灰色の石積みが何層にも重なり、塔や櫓が立ち並び、あっという間に一つの城塞が出現する。
「うおっ、すげえ! 城だ!」
「ふふ、これが私の力。『城』の戦乙女だよ」
二葉は、少し得意げに微笑んだ。昨夜、雷牙と心を通わせたからだろうか、その城壁は、昨日よりもずっと高く、堅牢に見えた。
「三沙、左右の封鎖を」
「あいよ!」
三沙の指先から、銀色の糸が、しゅるしゅると放たれる。糸は川沿いの木々や岩に絡みつき、見る間に、巨大な網となって、河川敷の左右を覆い尽くした。
「アタシの糸は、昨日より断然、調子がいいよ。雷牙、アンタのおかげだ」
「そりゃよかった!」
「四乃、結界を」
「…………」
四乃が、こくりと兜を揺らして、鎧の腕を高く掲げた。藍色の光が、城壁と糸の網の上を走り、半透明の壁となって、河川敷全体を包み込む。
「……いける」
「ありがとう、四乃」
「……雷牙の、お守りのおかげ」
小さな呟きが、風に混じった。雷牙は、にっと笑って、四乃に親指を立てた。
一千花は、満足そうに頷いて、続けた。
「五夜、指揮を」
「はい。状況を整理します」
五夜が、鎖をじゃらりと鳴らして、一歩前に出た。眼鏡の奥の瞳が、冷静に戦場を見渡している。
「敵の主力は、中央の突撃型。左右の飛行型は数が少ないので、七樹と八雲で対処。九瑠璃は後方から砲撃支援。私は鎖で、中央の足止めを行います」
「了解。アタシが前衛ね」
「七樹、決して突出しないように。あくまで、陣形を保って」
「分かってるわよ。アンタに言われなくても」
「……音で、飛行型を、落とす」
「ボクの砲、満タンだよ。いつでも撃てる!」
九瑠璃が、巨大な砲を抱えて、ぴょこんと胸を張った。
「獅堂くんには、陣形の維持と、中央の遊撃をお願いします。指示した位置から、決して離れないでください」
「おう、了解!」
「本当に、了解したの?」
「したぞ!」
「……信用できないわね」
一千花が、じとっとした目を向けた。雷牙は、きょとんと首を傾げる。
「なんでだ?」
「あなたの返事は、軽すぎるのよ」
「軽いほうが、気楽でいいだろ」
「そういう問題じゃないの!」
その時、土手の下から、咆哮が轟いた。
悪魔の群れが、一斉に、こちらへ向けて動き出したのだ。
「来るわよ!」
「行くぜ、お前ら!」
雷牙が、ミョルニルのキーホルダーを、天に突き上げた。
「唸れ、ミョルニル!」
轟、と、空が割れた。
青白い雷光が、キーホルダーに収束し、黒い大槌が、その手に顕現する。鉄の匂いと、雷鳴の余韻が、河川敷の空気を震わせた。
「す、すごい……」
「昨日より、さらに大きくない?」
「そりゃ、お前らと力を合わせたからな! 絆パワーだ!」
「絆パワーって、何よ」
七樹が呆れたように呟く。けれど、その顔には、確かに笑みが浮かんでいた。
戦いが、始まった。
最初に敵とぶつかったのは、七樹だった。
「はあっ!」
彼女の剣が、閃光となって悪魔の首を薙ぎ払う。光の軌跡が、二体、三体と、続けて敵を斬り裂いた。
「七樹、突出しすぎです! 陣形を!」
「分かってるって!」
「全然、分かってない……」
五夜が、頭を抱えながら、鎖を振るった。じゃらじゃらと音を立てて、鎖が悪魔の足元に絡みつく。十数体の動きが、一瞬で止まった。
「いまです、七樹!」
「任せなさい!」
七樹の剣が、動きを止められた悪魔たちを、一気に斬り伏せていく。
「よし、いい連携ね!」
七樹の剣が、悪魔の爪を受け流し、ひらりと体をひねって、その背後に回り込んだ。
「あれ……今の動き」
七樹は、自分の足元を見下ろした。さっき雷牙に言われた、体重移動のコツを、無意識のうちに使っていたのだ。
「……ふん。まあ、悪くないじゃない」
小さく呟いて、七樹は、口の端をにっと上げた。
「七樹、笑ってるよ!」
「笑ってない! 集中しなさい、九瑠璃!」
「はーい!」
後方で、九瑠璃が砲を構え直しながら、くすくす笑った。
一千花の槍が、閃いた。青白い光をまとった穂先が、悪魔の胸を貫き、そのまま一気に周囲を薙ぐ。
(体が、軽い。槍が、手に吸い付くみたい)
昨夜、雷牙に抱きしめられた時の温もりが、まだ体の奥に残っているようだった。力が、全身から湧き上がってくる。
「一千花、いい動きだな!」
背後から、雷牙の声がした。
「あなたに言われなくても、分かってるわよ!」
「素直に喜べよ」
「喜んでるわよ! ……少しだけ」
「ははっ!」
雷牙は、笑いながら、大槌を振りかぶった。
「いくぜ!」
大槌が、横一文字に振り抜かれた。
轟音。衝撃波が、地面を走る。その進路上にいた悪魔たち、二十体以上が、まとめて宙に舞い上がり、雷光に包まれて霧散した。
「す、すげえ……いや、すごい……」
七樹が、思わず口を押さえた。
「……雷牙、ずるい」
八雲が、ぼそりと言いながら、ヘッドホンを両手で押さえた。指先から放たれた音波が、空中の飛行型悪魔を、次々と撃ち落としていく。
「ずるくない! 俺は全力でやってるだけだ!」
「……だから、ずるい」
「ねえ、見て見て! ボクの砲、威力、すごいよ!」
九瑠璃が、後方から巨大な砲を撃ち放った。金色の光線が、悪魔の群れを貫き、一直線に焼き払う。
「おお、九瑠璃もやるじゃねえか!」
「でしょ!? 雷牙のおかげで、エネルギー効率が三倍になったんだよ!」
「そりゃよかったな! あとで、頭撫でてやる!」
「やった!」
九瑠璃が、ぴょんぴょん跳ねた。その勢いで、砲がぐらりと揺れる。
「九瑠璃、砲を振り回さないで!」
二葉が、慌てて城壁の上から叫んだ。
河川敷は、戦場と化していた。
雷光、閃光、轟音、咆哮。それらが入り乱れる中、一千花は、ふと、あることに気づいた。
(……あれ? 雷牙は、どこ?)
さっきまで、すぐ近くにいたはずの雷牙の姿が、見当たらない。
「獅堂くん! 獅堂くん、どこへ行ったのですか!」
五夜が、鎖を操りながら叫んでいる。
「指示した位置から、離れないでくださいと言ったでしょう!」
「おう、ここだ!」
声は、悪魔の群れの、ど真ん中から聞こえた。
「な……!?」
全員が、ぎょっとして振り返る。
雷牙が、悪魔の海のただ中で、大槌を振るっていた。四方八方から襲いかかる敵を、豪快に薙ぎ払いながら、ずんずんと奥へ進んでいる。
「ちょっと、何してるの!? 戻りなさい!」
「いやー、敵の真ん中の方が、効率いいんだよ!」
「効率の問題じゃない!」
一千花の怒号が、戦場に響き渡った。
「獅堂くん! 私の完璧な戦術を無視して突撃するなんて……!」
五夜が、わなわなと震えながら叫ぶ。
「悪い、五夜! でも、これが一番、手っ取り早いんだ!」
「手っ取り早さで戦術を崩さないでください!」
「でも、効いてるだろ?」
「それは、その、確かに、効いていますが……!」
五夜は、悔しそうに唇を噛んだ。
その時だった。
五夜の背後の地面が、ぼこりと盛り上がった。
「え……?」
土の中から、巨大な爪が、ぬっと現れる。地下を這って忍び寄っていた、土潜りの悪魔だった。
「五夜! 後ろ!」
誰かが叫ぶ。
けれど、五夜は、鎖を操る途中で、とっさに反応できなかった。巨大な爪が、彼女の頭上から、振り下ろされる。
(しまっ……!)
目を閉じた、その瞬間。
轟音と共に、強い衝撃が、五夜の体を包んだ。
「…………?」
恐る恐る、目を開ける。
目の前に、広い背中があった。
黒いレザージャケットが、五夜の視界を覆っている。その向こうで、土潜りの悪魔の爪が、大槌の柄に受け止められていた。
「獅堂、くん……?」
「大丈夫か、五夜!」
雷牙が、振り返って、にかっと笑った。その頬には、細い傷が一筋、走っている。
「怪我はねえか?」
「は、はい……私は、大丈夫、ですが……」
「そうか、よかった!」
雷牙は、大槌を一閃させて、悪魔を吹き飛ばした。轟音と共に、土潜りの悪魔が、地面ごと霧散する。
「なんで……あなたは、あんな遠くまで、行っていたのに」
「ん? お前の鎖の音が、ちょっと乱れたのが聞こえたからな」
「え……?」
「戦ってる最中は、仲間の音を聞くようにしてるんだ。何かあったら、すぐ分かる」
五夜は、言葉を失った。
戦術を無視して突撃したはずの男が、誰よりも、仲間の状態を把握していた。
「私は……」
五夜は、眼鏡の奥で、瞳を揺らした。
「私は、あなたの動きを、誤解していたようです」
「ん? 何をだ?」
「いえ、その……」
五夜は、頬を、ぽっと赤く染めた。
「で、でも、私を庇ってくれたのは、その、嬉しかった、です」
「おう、当たり前だろ」
「……お礼に、私の手を握る権利をあげます……!」
五夜は、顔を真っ赤にして、すっと右手を差し出した。眼鏡のつるを押さえる指が、ぷるぷると震えている。
「お、おう。いいのか?」
「い、いいから! 早くしてください!」
「お、おう」
雷牙は、大槌を左手に持ち替えて、五夜の手を、そっと握った。
五夜の手は、小さくて、冷たかった。けれど、雷牙の大きな掌に包まれた瞬間、じんわりと、熱が伝わってくる。
「…………」
「…………」
二人の間に、気まずい沈黙が流れた。
「…………あ」
雷牙の顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
「……あ、いや、すまん。やっぱこれ照れるな!」
「え!?」
「す、すみません、手を、握ってしまって……!」
「な、なんで獅堂くんが謝るんですか! 私が、握る権利をあげたのに!」
「いえ、その、女子の手を握るのは、緊張するもので……!」
「また敬語になってます!」
五夜は、ぷっと吹き出しそうになって、慌てて口元を押さえた。
(……この人、本当に、不思議な人)
戦場の真ん中で、悪魔の咆哮が響く中、真っ赤な顔で目を逸らす少年の姿は、なぜか、少しも怖くなかった。
それどころか、胸の奥が、きゅうっと、温かくなった。
その瞬間、五夜の鎖が、眩しく輝き始めた。
「これは……!」
銀色だった鎖が、金色の光を帯びて、波打つように伸びていく。その長さは、さっきの倍以上に膨れ上がっていた。
「五夜、すごい! 鎖が、光ってる!」
「ええ。これは、戦術的に、非常に有利です」
五夜は、眼鏡をくいっと押し上げて、鎖を振るった。金色の鎖が、河川敷を縦横無尽に駆け巡り、数十体の悪魔を、一度に縛り上げる。
「獅堂くん」
「ん?」
「今のうちに、中央の敵を、一気に殲滅してください」
「おう、任せとけ!」
「それと」
「ん?」
「……ありがとう、ございました」
五夜は、ぷいと顔を背けて、小さく呟いた。雷牙は、にっと笑って、手を振った。
その時だった。
空の彼方から、きらきらと、何かが降ってきた。
「みんなーっ! お待たせーっ!」
甲高い声が、河川敷に響き渡る。
見上げると、青空の中に、純白の翼を広げた少女が、ふわりと舞い降りてくるところだった。
「六海!?」
「撮影は、どうしたの!?」
「マネージャーさんに、事情を話して、抜けてきたの! 衣装のまま、飛んできちゃった!」
六海は、着地すると、くるりと一回転して、笑顔を見せた。ステージ衣装のようなフリルの戦装束が、朝日にきらきらと輝いている。
「らいがさん! 遅くなって、ごめんなさい!」
「おう、六海! 来てくれたのか!」
「はいっ! 私も、お役に立ちたくて!」
六海は、翼をばさりと広げた。
「みんな、聞いてください! 今日のために、特別な歌を用意してきました!」
「……歌?」
「はい! 私の『翼』の力は、歌で、みんなの力を引き上げるんです!」
六海は、ひとつ息を吸い込んで、澄んだ声で歌い始めた。
優しく、あたたかく、それでいて力強い旋律が、河川敷いっぱいに広がっていく。音は光の粒となり、戦乙女たちの武装に降り注いだ。
「あれ……体が、軽い」
「力が、湧いてくる……!」
「六海、すごい!」
七樹の剣が、さらに鋭く輝き、二葉の城壁が、さらに堅く厚くなる。三沙の糸が、金属のような艶を帯び、四乃の結界が、一層まばゆく光った。
「これが、六海の力……」
一千花は、思わず目を見張った。
「六海、いつの間に、こんなにすごい歌、歌えるようになったんだい?」
三沙が、目を丸くして尋ねた。
「えへへ、実は、らいがさんが来てから、毎晩、練習してたんです」
「毎晩?」
「はい。……らいがさんの、役に立ちたくて」
六海は、ぽっと頬を染めて、翼で顔を隠した。
「らいがさんも、どうぞ!」
六海が、雷牙に向けて、そっと手を差し伸べた。歌声の光が、雷牙の大槌にも降り注ぐ。
「おお……! なんだ、こりゃ! 力が、溢れてくるぞ!」
大槌が、これまで以上の雷光を放った。
「よし、一気に決めるぜ!」
雷牙が、大槌を高く掲げる。
雷が、天から降り注ぎ、河川敷全体を、青白い光で包み込んだ。
轟音。閃光。
光が収まったあと、悪魔の群れは、半分以下に減っていた。
「す、すげえ……」
「やったあ!」
姉妹たちの歓声が、河川敷に響いた。
けれど、その時。
大地が、ずしん、と大きく揺れた。
「な、なに!?」
「地震……?」
揺れは、次第に強くなっていく。川の水面が波立ち、土手の草が、ざわざわと揺れた。
「……気配が、変わった」
八雲が、ヘッドホンを押さえて、低く呟く。
「……すごく、大きいのが、来る」
「大きいのって……」
一千花の背筋に、冷たいものが走った。
邪界の裂け目が、ぐわりと、さらに大きく開く。その奥から、黒い霧が噴き出し、河川敷を包み込んでいった。
霧の中から、ゆっくりと、巨大な影が姿を現す。
身の丈は、城壁をも超えるほど。全身を黒い鎧で覆い、頭には、二本の螺旋状の角。手には、巨大な戦斧が握られていた。
「……あれは」
九瑠璃が、掠れた声で言った。
「ボクのデータにも、載ってない。……邪界の、将軍クラス」
「将軍……!?」
姉妹たちの顔が、さっと青ざめる。
「グオオオオオオッ!」
将軍の咆哮が、河川敷を震わせた。衝撃波で、二葉の城壁にひびが入り、三沙の糸が、数本、ぷつりと切れた。
「くっ……!」
「みんな、下がって!」
一千花が叫んだ。けれど、将軍は、悠然と歩みを進めてくる。一歩ごとに、地面が陥没し、土手が崩れていく。
「……お前たちが、噂の戦乙女か」
低く、重い声が、空気を震わせた。
「喋った……!?」
「我は、ゲヘナ第三軍、将軍ガルザード。主神の娘ども、貴様らの首を、我が王に捧げに来た」
「させるもんですか!」
一千花が、槍を構えて、前に飛び出した。
「一千花、待て!」
雷牙が、制止の声を上げる。けれど、一千花は止まらなかった。
「私たちは、もう、逃げない!」
槍が、青い光を放って、将軍の胸元へと突き込まれた。
けれど。
がきん、と、鈍い音が響いた。
「……な……!」
槍の穂先は、黒い鎧に、わずかな傷をつけただけで、弾き返された。
「小娘が」
将軍が、斧を振り上げる。
「一千花!」
誰かが、叫んだ。
斧が、振り下ろされる。
一千花は、咄嗟に槍で受け止めた。けれど、その衝撃は、あまりにも重かった。
「ぐ、うっ……!」
膝が、ぎしりと軋む。腕が痺れる。槍の柄が、みしみしと悲鳴を上げた。
(重い……! こんな、力が……!)
「一千花!」
雷牙の声が、背後から聞こえた。
次の瞬間、雷牙の大槌が、将軍の斧を、横から叩きつけた。
轟音。火花。
将軍の体が、わずかによろめいた。
「ほう……貴様が、神の使いか」
「おう。獅堂雷牙。お前に、名乗ってもらったんだ、こっちも名乗らなきゃな」
雷牙は、一千花を背後に庇うように立った。
「悪いが、こいつらに手は出させねえぞ」
「面白い。貴様の首も、いただこう」
「我が王は、貴様らの血を欲している。主神の娘どもの力を喰らえば、ゲヘナの門は、完全に開くのだ」
「そんなこと、させないって言ってるでしょう!」
「ふん。足掻くがいい。どうせ、貴様らに待つのは、絶望のみ」
「絶望ならよ」
雷牙が、大槌を肩に担ぎ直して、にやりと笑った。
「昨日、こいつらが、散々味わってるんだ。もう、お腹いっぱいだとよ」
「……なに?」
「だから、お前の出る幕は、ねえってことだ!」
二人の巨躯が、正面からぶつかり合った。
大槌と戦斧。雷光と黒い瘴気。衝撃波が、河川敷を揺るがす。
「くっ……!」
雷牙が、押し込まれた。足が、ずるずると地面を滑る。
「雷牙!」
「雷牙くん!」
姉妹たちの悲鳴が、重なった。
「アタシの糸が、もたない!」
三沙の指から、糸が切れていく。ぷつり、ぷつりと。
「二葉、城がっ!」
「分かってる! でも、もう少しだけ……!」
二葉の城壁に、ひびが走っていく。額に浮かんだ汗が、頬を伝って落ちた。
「……結界、割れそう」
四乃の声が、震えている。
それでも、誰一人、手を止めなかった。
一千花は、地面に膝をついたまま、その光景を見つめていた。
(私が、あの時、飛び出さなければ……)
悔しさが、胸を締めつける。
(私は、また、守られている……)
けれど、その時、雷牙の声が、聞こえた。
「一千花! お前の力、貸してくれ!」
「え……!?」
「一人じゃ、こいつは倒せねえ! お前と、お前たちの力が必要なんだ!」
雷牙は、将軍の斧を、必死に受け止めながら、叫んでいた。
「でも、私は……」
「お前の槍は、昨日よりずっと強くなってる! それは、お前が、昨日より強くなったからだ!」
「…………」
「だから、信じろ! 俺と一緒に、やるぞ!」
一千花は、唇を噛みしめた。
それから、ゆっくりと、立ち上がった。
「……分かったわ」
彼女は、槍を握り直し、雷牙の隣に並んだ。
「あなたと、一緒にやるわ」
「おう!」
「ただし」
「ん?」
「手を、貸しなさい」
「手?」
「私の槍に、あなたの雷を、流し込むの。そのためには、触れていないといけないでしょう?」
「なるほど! じゃあ、握るぞ!」
雷牙が、一千花の手に、自分の手を重ねた。
大きくて、熱い掌。その温もりが、一千花の指先から、全身へと広がっていく。
「ちょ、ちょっと、いきなり握らないで!」
「え? お前が、手を貸せって言ったんだろ?」
「そうだけど! バカ、手を握るなら、先にそう言いなさい……!」
「いや、今、言ったじゃねえか!」
「言い方の問題よ!」
一千花は、真っ赤な顔で、ぷいと顔をそむけた。けれど、握った手は、離さなかった。
その瞬間、二人の手の間から、まばゆい光が溢れ出した。
「これは……!」
一千花の槍が、青から白へと色を変え、雷光をまとって、脈打つように輝き始めた。
「いけるぞ、一千花!」
「ええ……!」
将軍が、斧を振りかぶった。
「小癪な!」
「みんな、援護を!」
一千花の号令が、河川敷に響いた。
「了解! 城、展開!」
二葉の城壁が、将軍の足元を囲んで、迫り上がる。
「アタシの糸で、動きを止めるよ!」
三沙の糸が、将軍の腕と脚に絡みつく。
「……結界、固定」
四乃の結界が、将軍の周囲を、ぴたりと囲んだ。
「鎖で、縛ります!」
五夜の金色の鎖が、将軍の胴を、きつく締め上げる。
「アタシが、斬り込む!」
七樹の剣が、将軍の鎧の継ぎ目を、正確に斬り裂いた。
「……音で、鎧を、砕く」
八雲が、ヘッドホンのスイッチを押し、高周波の音波を放った。
「ボクの砲で、とどめを刺す準備、完了!」
九瑠璃の砲口が、金色に輝いた。
「みなさん、頑張ってください!」
六海の歌が、全員の力を、さらに押し上げる。
「な……何だ、これは……!?」
将軍の巨体が、動きを封じられた。
「いまよ、獅堂!」
「おう!」
雷牙と一千花は、手を重ねたまま、槍を前に突き出した。
「いくぞ、一千花!」
「ええ!」
「合体技――」
雷牙が、息を吸い込んだ。
「『雷槍・神裂き』!!」
轟、と、世界が白く染まった。
白雷をまとった槍が、まっすぐに、将軍の胸の中心を貫いた。黒い鎧が砕け、瘴気が吹き飛び、巨体が、断末魔の叫びを上げて、崩れ落ちていく。
「ぐ、おおおおっ……! 我が王よ……お許しを……!」
将軍の体が、黒い霧となって霧散した。
静寂が、河川敷に降りた。
朝日が、少しずつ高く昇り、血のように赤かった空が、やがて青く澄んでいく。
焼けた草の匂いが、風に乗って流れていく。耳の奥では、まだ雷鳴の余韻が、低く唸っていた。握りしめていた手のひらは、じんじんと熱を持ち、指先は、かすかに震えている。
(これが……仲間と、力を合わせるということ)
これまで、一千花は、ひとりで槍を握ってきた。誰かの力を借りるのは、弱さだと思っていた。けれど、今、胸の中にあるのは、不思議なほどの充足感だった。
「……やった」
一千花は、呆然と呟いた。
「やった、のね……私たち」
「おう! やったな!」
雷牙が、にかっと笑って、握ったままの手を、ぶんぶんと振った。
「ちょ、ちょっと! 痛いわよ!」
「あ、悪い悪い!」
雷牙は、慌てて手を離した。一千花は、赤くなった手のひらを、そっと胸に抱いた。
背後から、姉妹たちが、わっと駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん!」
「すごかったよ!」
「やったな、一千花!」
「アタシの剣も、見ててくれた?」
「……みんな、頑張った」
「ボクの砲が、決め手だったよね!?」
「みなさん、お疲れさまでした!」
その輪の外で、四乃が、雷牙の胸ポケットのお守りに、そっと指先で触れた。
「……ちゃんと、持っててくれた」
「当たり前だろ。ほら、傷ひとつねえ」
「……うん。よかった」
兜の奥で、安堵の息が漏れた。
「ねえ、獅堂」
七樹が、そっぽを向いたまま、ぼそりと言った。
「さっきの体重移動、……ちゃんと、使えたわよ」
「おっ、本当か!」
「べ、別に、アンタのおかげじゃないからね! アタシが天才だから、すぐ覚えられただけなんだから!」
「おう、そうだな! 七樹は、すげえな!」
「…………っ。素直に認めないでよ、調子狂うでしょ!」
「どっちなんだ!?」
七樹は、真っ赤な顔で、ぷいと走り去った。
わいわいと、口々に叫びながら、姉妹たちが、一千花の周りに集まる。
「みんな……」
一千花は、胸の奥から、込み上げてくるものを、必死にこらえた。
「ありがとう。みんなが、いてくれたから……」
「お姉ちゃん、泣いてる?」
「な、泣いてないわ! 目に、ゴミが入っただけよ!」
「ふふ、お姉ちゃんは、素直じゃないなぁ」
二葉が、優しく笑って、一千花の頭を撫でた。今度は、一千花も、拒まなかった。
「……お姉ちゃん、今、ちょっとだけ、嬉しそうだった」
八雲が、ぽつりと言った。
「うるさいわね、八雲」
「……事実」
「そうだよ、お姉ちゃん。素直になっても、いいんだよ?」
「だから、素直に、なってるでしょう!」
「雷牙」
一千花は、雷牙に向き直った。
「その……さっきは、ありがとう。あなたが、私に力を貸してくれなかったら、勝てなかったわ」
「何言ってんだ。力を貸してくれたのは、お前たちだろ」
「……そう、かもね」
「だから、これからも、頼むぜ。相棒」
「相棒、って……私は、あなたのことを、まだ……」
「認めてない、だろ?」
「……っ!」
先回りされて、一千花は、言葉に詰まった。
「分かってる。ゆっくりでいいって、言っただろ」
「……ふん」
一千花は、そっぽを向いた。けれど、その口元は、確かに緩んでいた。
「でも」
「ん?」
「……少しは、信じて、あげるわ」
「おう! ありがとな!」
雷牙は、太陽みたいな笑顔で、一千花に手を差し出した。
一千花は、ちらりと、その手を見た。それから、少し迷って、そっと、自分の手を重ねた。
「……今度は、先に言ったから、いいでしょう?」
「ああ、完璧だ!」
朝の光の中、二人の手が、しっかりと繋がれた。
遠くで、六海が、うっとりと呟いた。
「いいなぁ、お姉ちゃん……」
「六海、顔がにやけてるよ」
「に、にやけてないよ!」
「らいがさん、お疲れさまでした! あとで、お仕事の話、聞いてくださいね?」
「おう、いくらでも聞くぜ!」
「えへへ、約束ですよ!」
土手の上へ戻りながら、二葉が、雷牙の頬の傷に気づいた。
「雷牙くん、また怪我してる!」
「ん? ああ、かすり傷だ。気にすんな」
「だめ。昨日も言ったでしょ?」
「ほら、アタシが縫ってやろうか?」
「縫うのは服だけにしてくれ!」
「冗談だよ。……五夜、あんた、ハンカチ持ってたろ?」
「は、はい。ありますが」
五夜が、慌ててポケットを探り、きれいに折りたたまれたハンカチを取り出した。
「これで、よろしければ」
「おっ、サンキュー。……あれ、なんか、いい匂いするな」
「か、嗅がないでください!」
「いや、嗅いでねえよ、勝手に匂うんだ」
「それを嗅ぐというんです!」
五夜が、耳まで真っ赤にして、ハンカチを雷牙の頬に、ぐいっと押し当てた。
「いてて! もう少し、優しく!」
「獅堂くんが悪いんです!」
騒ぐ二人を、姉妹たちが、くすくす笑って見守っていた。
賑やかな笑い声が、河川敷に広がっていく。
その時、雷牙は、ふと、空の彼方に目を向けた。
裂け目は、すでに閉じている。けれど、その向こう側に、まだ、何か巨大なものが、じっとこちらを窺っているような気配があった。
(……将軍が、最後に言ってたな。『我が王』って)
雷牙の表情が、一瞬だけ、真剣なものに変わる。
けれど、すぐに、いつもの笑顔に戻った。
「よし、帰るか! 腹減ったし、二葉の飯が食いてえ!」
「もう、雷牙くんったら」
「さっき食べたばっかりでしょう?」
「戦ったら、腹が減るんだ!」
「はいはい」
「雷牙……ボク、もう、歩けない」
九瑠璃が、砲を引きずりながら、とぼとぼと近づいてきた。
「おっと。頑張ったもんな。ほら、乗れ」
「……うん」
九瑠璃は、ちょこんと雷牙の肩に乗り、ぎゅっと、その頭にしがみついた。
「おやすみ、雷牙……」
「おい、寝るなよ!」
「……すぅ」
「早っ!」
あっという間に寝息を立て始めた九瑠璃に、雷牙は、苦笑して、そっと歩調を緩めた。
「……雷牙」
隣を歩いていた八雲が、袖を、ちょんと引いた。
「ん? どうした、八雲」
「……今日の雷牙の音、すごく、きれいだった。……それだけ」
「そうか? ありがとな」
「……ん」
八雲は、ヘッドホンを両手で押さえて、そっと視線を落とした。口元が、ほんの少しだけ、ほころんでいる。
姉妹たちの笑い声と共に、一行は、河川敷をあとにした。
一千花は、ふと足を止めて、振り返った。河川敷には、もう悪魔の影ひとつない。ただ、朝の風に揺れる草の波が、きらきらと、金色に光っているだけだった。
(また、ここから、始まるのね)
彼女は、小さく微笑んで、仲間たちの背中を追いかけた。
朝日に照らされた街が、静かに目を覚まし始めている。
けれど、遠い邪界の底では、新たな影が、ゆっくりと、目を開けようとしていた。