婚約破棄された令嬢は、最後の一手を探す   作:松平まこと

2 / 4
第2話

「わーお……これは……」

 

 走ること15分ほど、墜落現場に辿り着いた。

 なぎ倒された木々、その破片やちぎれた枝があちこちに散らばっている。

 

 その中心に黒い塊があった。

 翼竜だった。

 あちこちから血を流していて、前足の片方は変な方向に曲がっていた。

 ぴくりとも動かない。

 

 鐙のようなものに跨った竜騎士。

 こちらは目立った外傷はなさそうだった。

 気絶しているのかぐったりとして身体には意思を感じられなかった。

 

 そこでようやく介抱したほうがいいのでは?ということに思い至った。

 

 私は翼竜を起こさないように、そっと静かに近づいた。

 死んでいるのかもしれないけれど、単に死んだふりをしているのかもしれない。

 刺激しないにこしたことはないでしょう。

 

 竜騎士に近づいて彼が着ている服が軍服らしいことがわかった。

 羽織っているマントにはアリーイタ皇国の国章が大きく縫いこまれている。

 これで敵か味方かを見分けているのかな。

 

 落ちないようにするためだろう。

 いくつかの革紐(ベルト)で身体が固定されている。

 それらをえっちらおっちらなんとか外していく。

 

 解放された身体が落ちてくるのを身体強化を使いながら受け止める。

 彼は背中から落ちてきたので自然と後ろから抱きかかえることになった。

 

 間近でお顔を拝見する。

 黒髪の端正な顔立ちの青年だった。

 年はそれほど離れていない様に見える。高く見積もっても20代前半だろう。

 

 よっこらしょっと竜騎士を地面に寝かせる。

 身体の傷の具合を見る。

 といってもそこまで知識があるわけではないから明らかな異常があるかどうかぐらいだけど。

 

 とりあえず手足は曲がっていないし、内出血もひどいものはなさそうだった。

 不自然に汗もかいていないし、顔色も悪くはない。

 どうやら竜が庇ったおかげで、彼の傷はそれほどでもなかったらしい。

 

 それなら放っておいてもいいだろう。

 次は竜のほうだ。

 

 といっても翼竜の治療のやり方なんて知らない。

 なので馬や人間に使えそうな薬草をその辺りで拾ってきて千切って張り付けていく。

 折れた前足には椹木をして蔓で縛って固定する。

 その間竜は目を覚まさなかったけど荒かった呼吸が落ち着いてきたのがわかった。

 

 そこまでやって、寝かせた彼から距離を取って私も座り込む。

 日はすっかり落ちてあたりは月明かりでなんとか見える、という程度になってしまった。

 

 私はまた空を見上げた。

 それにしても皇国かぁ……。

 

 私が追放される原因となった国。

 プーケから見て大陸の南西の大部分を支配している超大国。

 いくつもの国々を侵略して支配していく国。

 

 私は彼をどう扱うべきなのだろう。

 

 そう思って目を閉じるとなんだかんだで疲れていたのだろう。

 私はあっさり眠ってしまった。

 

 

 翌朝、私が目を覚ますと日はそれなりに高かった。

 まだ朝だけど数時間で昼になる、といった塩梅。

 起き上がろうとするとかけられていた布が落ちた。

 あの竜騎士が羽織っていたマントがかけられていた。

 

 慌てて拾い上げつつ、周りを見ると翼竜の様子を見ている竜騎士がいた。

 

「ああ、起きたか」

 よっと彼は片手を上げた。

 

「もう起き上がっても大丈夫なのですか?」

 彼は頷くと、片膝をついて私の手の甲にキスをした。

「そなたに感謝を」

 

 ちょ……!

 私は耳が赤くなるのを自覚した。

 なにせレオ以外にこんなことを許した相手はいない。

 

「私を解放してくれたことに感謝を」

「別に何も……」

「何をしてくれたかではない」

 竜騎士は言い切った。

「このような場所に落ちた私とフォルゴーレを助けようとしてくれた。その心に礼を述べた」

 

 なんというかそうやって真面目に礼を言われると面映ゆい。

 それこそたまたま興味を引かれたからだっただけだし。

 

 私は頬をかきながら言った。

「その感謝を述べてくださったあなたをなんとお呼びしたらいいのでしょうか?」

「ヴァレリオ・ヴェラティだ。好きに呼ぶと良い」

「ヴァレリオさんですね」

 うむ、とヴァレリオさんは偉そうに頷いた。

 起きていたらしい竜も頷いている。

「そなたは?」

「エレナです」

 私は姓を名乗らなかった。

 名乗る気にもならなかったし、もうその名を名乗っていいのかがわからなかった。

 ヴァレリオはそうか、と頷いただけだった。

 

「そちらの翼竜…さんは大丈夫そうですか?」

「フォルゴーレだ」

 ヴァレリオさんはフォルゴーレというらしい翼竜の顎のあたりを撫でながら言った。

「そなたがしてくれた手当のおかげだ。墜落した割には調子がいい。薬草がよかったのだろう」

「飛べるのですか?」

 私の言葉にフォルゴーレが鳴いて答えた。

 ヴァレリオは笑った。

 子供のような笑顔だった。

「飛べるそうだ。もう少し休ませて、なにか食わしてやる必要があるが」

「なにかって……」

 

「肉だな」

 

 もちろん私は肉を持っていなかったし、ヴァレリオが持っていた非常食の干し肉では足りない。

 

「狩りだ」

 

 結論から言うと狩りはなぜか上手くいった。

 私が実家で教わった罠を仕掛けると猪があっさりかかり、それをヴァレリオの短銃が仕留めたのだった。

 銃声で追手にバレやしないかと思ったけど、竜が墜落したのだからいまさらだろう。

 普通に考えたら脱走した御令嬢がそんなものに近づくわけがないのだし。

 

 ヴァレリオがてきぱきと慣れた手つきで猪を解体していく。

「馴れていますね」

「狩りは子供のころによくやった。本当はこういったことはしてはいけなかったがこっそり教わった」

 どうやらヴァレリオはそれなり以上の家の生まれらしい。

 そうでないと獲るだけ獲って解体をだれかにやらせる狩りなんてやらないだろう。

 まぁそうじゃないと竜騎士なんてやれないかもしれない。

 

 フォルゴーレの前に猪だったものをヴァレリオが置く。

 フォルゴーレは、ヴァレリオに視線を据えた。

 ヴァレリオが頷くのを確認してからすごい勢いで食べ始める。

 

「けっこうかわいいですね」

 ばきばきと骨が折れている音を無視したら、だけど。

「そなたは竜騎士の才能があるな」

「はい?」

「竜騎士の第一条件は竜が好きなことだ。騎兵が馬を愛するように」

「空が好きなことかと思っていました」

「おかしなことを言う」

 そう言うとヴァレリオは笑みを消した。

「空を飛ぶということは恐ろしいことだ。それを忘れる者は良き竜騎士ではない」

「なるほど……?」

 わかるようなわからないような。

 

 フォルゴーレが満足そうな声を上げた。

 どうやら食べ終わったらしい。

 ヴァレリオはその頭を撫でてやりながら私に言った。

「あと一時間ほどでここを立つ。準備をしておけ」

「……もしかして私も連れて行く気ですか?」

 ヴァレリオは当然だと言った顔で言った。

「私は恩人をこんなところに放って帰るほど礼儀知らずではない」

 

 

 

 1時間後、空を飛び始めてから私は後悔していた。

 

 いやだって、ほら、確かにあそこに置いて行かれるとしんどいかなって思ったんだもの。

 でも空がこんなに怖いなんて聞いていない。

 

 私はほとんどヴァレリオに抱きしめられるような形でフォルゴーレに乗っていた。

 元々一人乗り用の鐙だったからこのような形でないと乗れなかったのだ。

 

 それもあってか乗り心地は、落ちそうで、速くて、高くて怖いのだった。

 

 ヴァレリオが耳元でなにか言うけどほとんど聞こえない。

 ほとんど拷問のように思えた人生で初めての空中散歩だった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。