男の貞操が国宝の世界で、俺のスキルは"繋がらないと"発動しない ~18年我慢した転生貴族、全部いただきます~   作:朝凪小夜

10 / 10
第10話 顔に、書いてある

 

冒険者ギルド王都本部の扉を開けた瞬間、酒場の喧騒が止まった。

昼下がりだった。依頼帰りの冒険者たちが、長卓で麦酒を呷っている時間帯だ。

その全員が、入口を見ていた。

正確には、入口に立つ男を。

 

「……見学の、お約束で参りました。フェンネルと申します」

 

アルトが一礼すると、酒場のあちこちで、ひそひそと声が交わされた。

 

「男だ」

「男が、ギルドに」

「あれが噂の」

 

付き添いの長姉エルゼが、一歩前に出た。背筋を伸ばし、酒場全体を見回す。笑顔だった。目は笑っていなかった。

囁き声が、すっと引いた。

 

(エルゼ姉上、強い)

 

奥の受付から、背の高い女性が歩いてきた。

四十代半ばだろうか。短く刈った灰色の髪に、片眼鏡。腰に剣を佩いているが、手に持っているのは書類の束だった。

 

「ギルド長のハンナ・クロイツです。ようこそ、フェンネル殿」

 

「本日は、お招きいただき」

 

「堅苦しいのはいい。見るものも大してないが、ゆっくりしていってくれ」

 

ハンナは書類を脇に挟んで、酒場の奥を顎で示した。

 

「依頼の掲示板と、素材の買取所と、訓練場。それから、うちの看板がいる」

 

「看板」

 

「ああ。今日はちょうど、帰ってきてる」

 

 

酒場の一番奥の卓に、その女はいた。

一人で、骨付き肉に齧りついていた。

赤い髪を、首のあたりで無造作に短く切っている。日焼けした肌。袖のない革の上衣から伸びる腕は、アルトの太腿より太かった。その腕のあちこちに、白い傷痕が走っている。

椅子の背に、身の丈ほどの大剣が立てかけてあった。

 

「ロッサ」

 

ハンナが呼んだ。

 

「客だ。挨拶しろ」

 

女は肉を齧ったまま、顔を上げた。

金茶色の目が、アルトを見た。

頭のてっぺんから、つま先まで。ゆっくりと、一度だけ。

それから、骨を皿に置いた。

指についた脂を、ぺろりと舐める。椅子をがたんと引いて、立ち上がった。

大きかった。アルトより、頭一つ分は高かった。

彼女はアルトの目の前まで歩いてきて、見下ろした。

土と、焚き火と、汗の匂いがした。

 

「お前」

 

低い、少し掠れた声だった。

 

「ヤりたいんだろ?」

 

酒場が、凍りついた。

 

「顔に書いてある」

 

 

誰も、動かなかった。

エルゼが、笑顔のまま固まっていた。ハンナが、片眼鏡の奥で目を閉じていた。長卓の冒険者たちが、麦酒の杯を口元で止めていた。

アルトは、目の前の女を見上げていた。

 

(……え)

 

金茶色の目が、まっすぐにこちらを見ていた。

からかっている目ではなかった。試している目でもなかった。

ただ、見たままを言った。そういう目だった。

 

(え、待って)

 

(バレてる)

 

(いや、バレてるっていうか、言われた)

 

(初対面で、面と向かって、一言目で)

 

アルトの頭の中で、十八年かけて築いた建前の城壁が、音を立てて軋んでいた。

 

(否定、否定しないと)

 

(いや、でも、この人の目、否定しても無駄な目だ)

 

(素数……2……3……)

 

(顔に書いてある、って、どこに、どの辺に)

 

(5……7……顔のどこに……)

 

(だめだ、素数が顔に負ける)

 

最初に動いたのは、酒場の隅の誰かだった。

ぷっ、と吹き出す音がした。

それが合図だった。

酒場中が、爆発したように笑い出した。

 

「ロッサ、またかよ!」

「男が女を、なんて、あるわけねえだろ!」

「こないだは犬が人の言葉を喋るって言ってたよな!」

「あれは本当に喋ったんだって!」

 

長卓を叩く音。杯がぶつかる音。誰もが腹を抱えて笑っていた。

 

「すまない、フェンネル殿」

 

ハンナが、こめかみを押さえながら言った。

 

「こいつの言うことは、気にしないでくれ。一割で聞いておけばいい」

 

「ハンナ、だから一割は本当なんだって」

 

「その一割がどれか、誰にも分からんのが問題だ」

 

アルトは、ようやく息をした。

それから、穏やかに微笑んだ。

 

「……面白い方ですね」

 

(助かった)

 

(この人の言うこと、誰も信じないんだ)

 

エルゼも、ほっとしたように笑った。

 

「本当に、失礼な冗談だこと。ねえ、アルト」

 

「ええ、姉上」

 

酒場の笑い声は、なかなか収まらなかった。

その中で、一人だけ笑っていない人がいた。

ロッサだった。

いや、笑っていた。

ただ、他の連中とは違う笑い方だった。口の端だけを持ち上げて、にやにやと。金茶色の目が、ずっとアルトを見ていた。

アルトは、その目から視線を外した。

外してから、もう一度だけ見てしまった。

ロッサの笑みが、深くなった。

 

ギルドの見学は、つつがなく終わった。

掲示板の依頼。買取所の素材の山。訓練場で剣を振る冒険者たち。ハンナは説明が短く、要点だけを話す人だった。

帰り際、入口の扉の前で、背後から声がした。

 

「おい」

 

振り返ると、ロッサが壁にもたれていた。いつの間に来たのか、足音がまったくしなかった。

 

「また来いよ」

 

「……機会があれば」

 

「あるさ」

 

ロッサは、にかっと笑った。白い歯が、日焼けした顔の中で光った。

 

「あたしの勘は、当たるんだ。誰も信じないけどな」

 

エルゼが、アルトの腕を引いた。

 

「行きましょう、アルト」

 

扉が閉まる直前、もう一度だけ振り返った。

ロッサは、まだ壁にもたれてこちらを見ていた。骨付き肉を、どこからか取り出して、また齧っていた。

 

三日後。

王宮の小庭園で、茶会が開かれた。

初夏の花が咲き乱れる庭に、白い卓が据えられていた。銀の茶器。焼き菓子の皿。日除けの天幕。

招かれたのは、アルトと母のマルタだった。

 

「このような席に、うちの子を」

 

母は朝から緊張しきっていた。王家からの招待など、準男爵家には一生に一度あるかないかの話だった。

卓の周りには、王宮の侍女たちが十人ほど控えていた。

全員が、若く美しかった。全員が、なぜか茶会の給仕にしては着飾りすぎていた。

侍女長のグレタが、恭しく一礼した。

 

「本日は、王家の小茶会にようこそお越しくださいました。どうぞ、お掛けくださいませ」

 

アルトが席に着いた瞬間、両側の椅子に侍女が座った。

給仕ではなく、座った。

 

「お茶を、お注ぎいたしますわ」

右の侍女が、ポットを手に身を寄せた。

肩が、触れそうなほど近い。花の香油の匂いがした。

 

(……っ)

 

「焼き菓子は、いかがですか」

 

左の侍女が、皿を差し出しながら身を寄せた。

髪が、アルトの頬をかすめた。

 

(……っ、っ)

 

「あら、袖にくずが」

 

正面の侍女が、身を乗り出してアルトの袖に手を伸ばした。

 

「触れても、よろしいかしら」

 

「……お気遣い、ありがとうございます」

 

母が、隣の席で目を白黒させていた。

 

(母上、これが王家の作法だと思ってるな)

 

(違います母上)

 

(これは、包囲です)

 

侍女たちは、入れ替わり立ち替わりアルトの周りを固めた。茶を注ぐ。菓子を勧める。袖を払う。髪を直す。耳元で、天気の話をする。

全部が、誘いの作法だった。

この国の女が男に向けて使う、昔ながらの作法。身を寄せる。耳元で囁く。手に触れる。香りを纏う。

普通の男には効かない。怯えて身を固くするか、逃げ出すか、どちらかだ。

アルトには、全部効いていた。

効いていたが、母が隣にいた。王家の茶会だった。

アルトは、十八年分の演技を総動員して、穏やかな微笑みを顔に貼りつけ続けた。

 

(2、3、5、7、11)

 

(13、17、19、23)

 

(素数って、無限にあるんだよな。ユークリッド、ありがとう)

 

 

卓の上座に、一つだけ空いた席があった。

茶碗が置かれ、焼き菓子が取り分けられている。誰も座っていなかった。

茶会が半ばを過ぎた頃、一人の侍女がグレタの耳元で何かを囁いた。

グレタの表情は、変わらなかった。ただ、手にしていた扇が、ほんのわずかに止まった。

 

「……皆さま」

 

グレタが、穏やかに告げた。

 

「本日、第一王女殿下もお見えになる予定でございましたが、急な体調不良のため、ご欠席となりました。大変失礼いたしました」

 

母が、あわてて頭を下げた。

 

「まあ、それはお大事に」

 

アルトは、空いた上座の席を見た。

茶碗の中の茶は、冷めかけていた。取り分けられた焼き菓子に、誰も手をつけていなかった。

 

(第一王女)

 

噂には聞いていた。この国の王位継承者。自分と同じ十八歳で、ほとんど人前に出ない人だと。

 

(体調不良、か)

 

その席の周りにだけ、なぜか花が一輪も飾られていなかった。

 

茶会の帰り、馬車の中で、母がぐったりと座席にもたれた。

 

「王家の茶会って、あんなに賑やかなものなのね……」

 

「そのようですね」

 

「侍女の方々が、ずいぶん親切で」

 

「……ええ。とても」

 

アルトは窓の外を見ていた。

肩に、まだ花の香油の匂いが残っていた。頬に、侍女の髪の感触が残っていた。

 

(ギリギリ、耐えた)

 

(たぶん)

 

(……つもり)

 

 

その夜。

蒼薔薇騎士団、団長室。

ベアトリクスの机の上に、報告書が積み上がっていた。

騎士団の合同訓練。魔導院の健康診断。七都商盟の試用会。冒険者ギルドの見学。王家の茶会。

どこからどう手に入れたのか、五つ全部の記録が、ここに揃っていた。

そして、その全部が、同じことを示していた。

ベアトリクスは、報告書の一番上に置かれた封書を手に取った。

今日の夕方、軍務院から届いたものだった。封蝋は、まだ割っていなかった。

割らなくても、中身の見当はついた。

神殿の祝福が倍になった、という話は、もう王都中に広まっている。軍務院が、それを黙って見ているはずがない。

彼女は封蝋を割った。

文面を読む。一度。それから、もう一度。

それから、扉の外の当番兵に声をかけた。

 

「副長を、呼べ」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

貞操逆転世界を三大欲求強めに生きるだけ(作者:逆転逆転逆転逆転逆転)(オリジナル:現代/恋愛)

よく寝て、よく食べて、よく抱かれて。


総合評価:2966/評価:8.47/連載:6話/更新日時:2026年09月19日(土) 02:04 小説情報

貞操逆転世界で幼なじみ♀を慰めてたら襲われた(作者:おねがいします)(オリジナル:現代/恋愛)

あべこべでの百合が見たい。


総合評価:9064/評価:8.85/短編:2話/更新日時:2026年06月01日(月) 00:03 小説情報

二次創作のムチムチなサーナイトでシコってたやつ(作者:バリ茶)(原作:ポケットモンスター)

「いやもちろんポケモン自体は遊んだことあるよ、エメラルドとか。それよりイッシュ?地方ってラルトスはどこに生息してるんすか」


総合評価:9462/評価:8.53/連載:5話/更新日時:2026年10月12日(月) 08:30 小説情報

転生特典がパワプロ風成長だったのでデートして最強になろうと思います(作者:らっきー(16代目))(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

あるいはSkyrimみたいな自分でスキルを選ぶタイプ。ダクソとかエルデンリング方式のレベルアップでも可。ウマ娘方式とも言う。努力が実る保証があるってサイコー!…は建前で。▼デートで経験値が入るならさぁ!何股もかけて経験点稼ぎまくればいいじゃん!ゲームと違ってデートの回数に制限とか無いし!!何人でも口説けるし!!!▼だがTS娘は知らなかった…有り得ない早さで強…


総合評価:7740/評価:8.58/連載:9話/更新日時:2026年09月20日(日) 07:03 小説情報

“パエトーン”に過剰反応する系の偽旅人(作者:融合好き)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

ゼンゼロの世界で何故か旅人になってしまった元原神プレイヤーが、世界任務のノリで初手からヤバいことをやらかす話


総合評価:6807/評価:8.82/連載:19話/更新日時:2026年10月13日(火) 23:49 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>