男の貞操が国宝の世界で、俺のスキルは"繋がらないと"発動しない ~18年我慢した転生貴族、全部いただきます~   作:朝凪小夜

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第48話 また、厚くなっている

 

第十八次茶会作戦は、王宮の東の庭の四阿で行われた。

秋が、深まり始めていた。

楓の葉が、赤く色づいていた。四阿の屋根の上に、ときどき、乾いた葉が落ちてきて、かさりと音を立てた。

王女は、出席した。

公の茶会だった。凱旋の英雄を労う、王家の茶会の、第二回。欠席は、許されなかった。

四阿の円卓の、アルトの正面に、王女は座っていた。

アルトは、王女を見て、気づいた。

 

(……厚い)

 

前回より、厚かった。

前回は、詰まった襟が二重になっていた。

今回は、その上に、肩掛けが一枚。薄い、けれど確かに毛織の、秋の終わりに羽織るような。

王女は、茶を一杯だけ飲んだ。

アルトと、三言だけ話した。

それから、席を立った。

 

第十九次茶会作戦は、王宮の温室で行われた。

温室は、暖かかった。

ガラス張りの天井から、秋の陽射しが降り注いでいた。南国の植物が、青々と葉を茂らせていた。

ただ、花は、一輪もなかった。

温室の花は、すべて、別の場所に移されていた。

侍女長の指示だった。理由は、誰も聞かなかった。

王女は、出席した。

温室の中で、外套を着ていた。

肩掛けの上に、さらにもう一枚。足首まで届く、厚手の外套。冬の夜に、馬車に乗るときに羽織るような。

温室の中は、汗ばむほど暖かかった。

侍女たちは、袖をまくっていた。女王は、扇で顔を仰いでいた。

王女だけが、外套の前を、喉元まで閉じていた。

アルトは、王女の額を見ていた。

汗は、浮かんでいなかった。

ただ、頬の奥が、ほんのりと熱を帯びて見えた。

王女は、茶を一杯だけ飲んで、席を立った。

アルトと、二言だけ話した。

 

第二十次茶会作戦は、王宮の北の露台で行われた。

秋の、晴れた午後だった。

露台からは、王都が一望できた。赤い屋根の家々。大神殿の尖塔。騎士団の詰所。魔導院の研究棟。

王女は、出席した。

ドレスの上に、肩掛け。肩掛けの上に、外套。

外套の襟を、立てていた。

首筋が、完全に隠れていた。顎の下まで、外套の襟が覆っていた。

手袋の上から、さらにもう一枚、薄い手袋を重ねていた。

アルトは、もう、心配を隠しきれなかった。

 

(大丈夫なのか、この人)

 

(秋だぞ。まだ、秋だぞ)

 

(真冬になったら、何を着るんだ)

 

王女は、茶を一杯だけ飲んだ。

アルトと、一言も話さなかった。

ただ、席を立つときに、一瞬だけ、アルトを見た。

銀灰色の目が、外套の高い襟の上から、こちらを見ていた。

すぐに、逸らした。

 

その夜。

神殿の小鑑定室で、セラフィナが待っていた。

鎖は、六本だった。

鑑定を終えて、記録簿に数値を書き写す。一画も、ずらさずに。

それから、彼女は燭台の灯りの中で、アルトの方へ身を寄せた。

いつものように。

 

「フェンネル様」

 

耳元で、声がした。

柔らかくて、少しだけ掠れた声。

 

「今日も、王宮に、いらしたのですね」

 

「……第二十次、でした」

 

「二十」

 

セラフィナの吐息が、耳の縁をくすぐった。

 

(……っ)

 

「お疲れでしょう」

 

彼女の鎖が、アルトの腕に触れた。

六本目の鎖が、胸の下を通って、燭台の灯りに金色に光っていた。

陽だまりのミルクの匂い。

 

(……っ、っ)

 

「……今日は」

 

セラフィナが、小さく言った。

 

「何本に、いたしましょうか」

 

(ありがとうございます。ありがとうございます)

 

(毎回、ありがとうございます)

 

「……仕方ありませんね」

 

アルトの声は、穏やかだった。

 

翌日。

騎士団の訓練場で、クラウディアが跪いていた。

 

「本日の訓練、終了しました」

 

いつもの報告。いつもの作法。

花の香油の匂いが、手首から立っていた。

報告が終わると、彼女は顔を上げた。

 

「フェンネル殿。連携訓練の、追加の一本を」

 

「……先週も、追加が」

 

「意図伝達が明瞭になりましたので」

 

クラウディアは、真顔で言った。

 

「訓練の頻度を上げれば、戦場での連携の精度が、さらに」

 

それから、彼女は、剣を抜いた。

両手で捧げ持った。

刃を自分に、柄をアルトに向けて。

 

「……跪きました」

 

灰色の目が、下から見上げていた。

 

「ご命令を」

 

(エッッッロ!!!)

 

「……仕方ありませんね」

 

その翌日。

魔導院の観察室で、リゼットが記録板を構えていた。

三つ編みだった。

白衣のボタンが、一つずつずれていた。

 

「本日の対照群は、ボタンです」

 

「……ボタン、だけですか」

 

リゼットのペンが、止まった。

 

「……ボタン、と、もう一箇所」

 

彼女は、記録板を膝の上に置いた。

それから、計測器の位置を直すために、立ち上がった。

アルトの胸元に、手を伸ばす。

右腕を、高く上げて。

 

(わぁ……)

 

(対照群……ありがとう……)

 

「……計測を、中断します」

 

リゼットの耳が、赤かった。

 

その翌日。

七都商盟の議長私室で、マルグリットが付属書を開いていた。

濃紺の、上下揃いの仕立てを着ていた。

スーツだった。

 

「条項第十五条の、履行の日時について」

 

彼女は、アルトの耳元に唇を寄せた。

 

「……協議させていただきたく」

 

(耳元……条項……スーツ……)

 

(ありがとうございます……)

 

「……仕方ありませんね」

 

その翌日。

冒険者ギルドの裏の、空き地。

ロッサが、大剣を肩に担いで立っていた。

 

「なあ」

 

「はい」

 

「抱かせろ」

 

「……昨日も」

 

「強くなるから」

 

ロッサは、にかっと笑った。

それから、何の前置きもなく、アルトを肩に担ぎ上げた。

 

(担がれた)

 

(……ありがとうございます)

 

一週間が、そうして過ぎた。

神殿。騎士団。魔導院。七都商盟。冒険者ギルド。

五人が、それぞれの作法で、アルトを誘った。

身を寄せる。耳元で囁く。手に触れる。香りを纏う。跪く。条項を読む。対照群を見せる。担ぎ上げる。

全部、効いた。

アルトは、一行だけ抵抗して、全部負けた。

 

「……仕方ありませんね」

 

毎日、その台詞を言っていた。

ただ、その合間に、アルトはずっと、別のことを考えていた。

 

(……あの人だけ、何もしてこない)

 

第十八次。第十九次。第二十次。

三回の茶会で、王女は、一度も身を寄せなかった。一度も、囁かなかった。一度も、手に触れなかった。

香りも、纏わなかった。

ただ、服だけが、厚くなっていった。

肩掛け。外套。高い襟。二重の手袋。

 

(迫ってこない)

 

この世界の女は、男に迫る。

誘いの作法を、何百年も使い続けてきた。普通の男には効かないと分かっていても、やめられない。欲が強いから。

アルトには、全部効く。

五人は、それを知っていた。侍女たちも、知っていた。王家の情報網で、確認済みだと侍女長が言っていた。

王女も、知っているはずだった。

それなのに、王女だけが、何もしてこなかった。

 

(……迫られないって、こんなに、気になるものなのか)

 

前世では、誰にも迫られなかった。この世界に来てからは、迫られ続けた。

迫られないことが、こんなに、胸の奥に引っかかるとは、思っていなかった。

 

神殿の小鑑定室で、セラフィナに鎖の本数を聞かれているとき。

アルトの内心は、崩れていた。

 

(ありがとうございます)

 

騎士団の訓練場で、クラウディアに跪かれているとき。

 

(エッッッロ!!!)

 

魔導院の観察室で、リゼットの脇を前にしたとき。

 

(わぁ……SO……)

 

王宮の茶会で、王女の正面に座っているとき。

 

(……)

 

何も、なかった。

空白だった。

崩れることも、微震することも、できなかった。

ただ、王女を見ていた。

厚くなっていく服を。一杯だけの茶を。震えている、手袋の指先を。

 

(……なんで、あの人だけ)

 

その週の終わり。

魔導院の院長室で、ドロテア・クラムが、一通の書状を読んでいた。

王国議会の、薬事を所管する委員会からの、報告だった。

 

『滋養強壮魔導薬の上限規定見直しに関する陳情について当委員会において審議中。現時点で、賛成五名、反対六名、態度未定二名。』

 

院長は、書状を机の上に置いた。

眼鏡を外す。目頭を揉む。眼鏡をかけ直す。

反対、六名。

 

「……否決、か」

 

院長は、窓の外を見た。

秋の陽射しが、研究棟の中庭を照らしていた。

第七号の需要は、七都商盟の流通で、王国中に広がっていた。議員たちの地元でも、使う家が増えていた。

それでも、足りなかった。

反対の議員たちの言い分は、同じだった。

男性の体を守るための上限を、なぜ緩める必要があるのか。

回復させすぎれば、それだけ消耗も増える。この国の男は、消耗を望まない。

ただ一人を、除いて。

その一人のために、法律を変えるのか、と。

院長は、机の端の胃薬の小瓶に、手を伸ばした。

栓を抜いた。

一口、飲んだ。

苦かった。

 

翌朝。

フェンネル家の玄関に、王宮の使いが現れた。

いつもの、蒼い封蝋の書状だった。

ただ、いつもと違った。

侍女長の署名では、なかった。

女王陛下の、直筆の署名だった。

母のマルタが、封を切って、読み上げた。

声が、震えていた。

 

「アルト・フェンネル殿。明日、王宮の、わたくしの私室に来られたし」

 

母は、書状の続きを読んだ。

それから、顔を上げた。

青ざめていた。

 

「……一人で、いらっしゃい」

 

母は、最後の一行を、もう一度読んだ。

 

「付き添いは、扉の外で」

 

 

 

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