男の貞操が国宝の世界で、俺のスキルは"繋がらないと"発動しない ~18年我慢した転生貴族、全部いただきます~   作:朝凪小夜

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第54話 審議会の結論

 

縁談審議会の議場は官庁街の石造りの建物の二階にあった。

天井の高い、細長い部屋だった。

奥に、半円形の長い卓。その後ろに、審議員の席が七つ。

手前に、傍聴の長椅子が並んでいた。

秋の終わりの朝だった。

窓から差し込む光が、冷たく澄んでいた。

 

審議会が開かれたのは、ペトラが上役に書類を差し出した、その三日後だった。

半年以上、一度も開かれなかった審議が。

傍聴の長椅子に、人が座っていた。

フェンネル家の、家族。母のマルタ。姉のエルゼとヘルガ。父のハインツ。

それから、アルト本人。

アルトの後ろの長椅子に、五人が並んでいた。

セラフィナ。クラウディア。リゼット。マルグリット。ロッサ。

各勢力の代表として、審議会から傍聴を許されていた。

議場の反対側の長椅子に、王宮の侍女長グレタが、一人で座っていた。

背筋を、定規を当てたようにまっすぐ伸ばして。

 

審議員たちが、入ってきた。

七人。

全員が、黒い法衣を着ていた。

一番端の席に、ペトラが座った。

担当官として。

眼鏡を押し上げて、手元の書類を揃えていた。

目の下の隈が、まだ少し残っていた。

議長役の、年配の審議員が、木槌を一度鳴らした。

 

「これより、稀少技能保有男性婚姻、しんぎ……」

 

議長が、咳払いをした。

 

「……縁談審議会を、開会します」

 

(議長も、噛むんだ)

 

審議は、驚くほど早く進んだ。

ペトラが、書類を読み上げた。

フェンネル家の案件の経緯。天賦の儀。稀少度測定不能。婚姻法上の下限、算定不能。縁談の申込み、八百十二通。各勢力との契約、五件。

それから、王家からの申込み。

ペトラがその書類を読み上げたとき、傍聴席がざわついた。

母のマルタがエルゼの腕を握りしめていた。

 

「王家からの申込みは、天賦の儀の一か月後に提出されております」

 

ペトラは、淡々と読み上げた。

 

「……審議の順番により、本日の審議となりました」

 

(順番)

 

アルトは、ペトラの顔を見た。

ペトラは、眼鏡を押し上げていた。

表情は、変わらなかった。

ただ、耳の先が、少しだけ赤かった。

 

審議員たちが、書類を回し読みした。

 

王家の申込み。

女王の署名。

第一王女、エリシア・アズール。

 

「本件について、異議のある者は」

 

議長が、言った。

誰も、手を挙げなかった。

王家の申込みに、異議を唱える審議員はいなかった。

 

「では、採決に入ります」

 

議長が、木槌を手に取った。

 

「アルト・フェンネルと、第一王女エリシア・アズールの婚約を、可とする者」

 

七人の審議員が、手を挙げた。

全員だった。

木槌が、鳴った。

 

「可決」

 

傍聴席で、母のマルタが、静かに後ろへ倒れた。

 

「母上!」「お母様!」

 

エルゼとヘルガが、両側から受け止めた。

天賦の儀の日と、同じだった。

母は、長椅子の背にもたれて、目を閉じていた。小さく、何かを呟いていた。

 

「……王家……王女様……アルトが……」

 

父のハインツは、黙って懐から小瓶を出した。

包み紙にくるまれた、中身の見えない小瓶。

封を切って、飲み干した。

 

「続いて」

 

議長が、木槌を置いて言った。

 

「婚姻法上の、妻の下限について」

 

議場が、静かになった。

 

「フェンネル卿の妻の下限は、天賦の儀の日、稀少度測定不能のため、算定不能とされました。本日、王家との婚約が成立したことを受け、改めて算定いたします」

 

ペトラが、書類を一枚、議長に差し出した。

議長は、それを読んだ。

 

「担当官より、算定案の提出がありました。……七都商盟議長、マルグリット・オーベール殿の起草による条項案を、参考にしたとのこと」

 

傍聴席で、マルグリットが、背筋を伸ばした。

議長は、書類を読み上げた。

 

「稀少度測定不能のスキルを持つ男性で、すでに五名の女性と公的な協力関係にある者。この協力関係を、婚姻の中に包摂するため」

 

議長は、顔を上げた。

 

「妻の下限を、六と定める」

 

議場が、ざわついた。

 

「正妻一名。それに加え、既存の協力関係にある五名を、公認の妻として、婚姻の中に迎える」

 

議長は、書類をめくった。

 

「なお、王家との婚約は、本審議会が正式に認めたものである。審議会の認めた婚約は、婚姻法の定めにより、婚姻に準ずるものとして扱う」

 

(婚姻に、準ずる)

 

アルトは、その言葉を、心の中で繰り返した。

なぜかは、分からなかった。

ただ、何かが、引っかかった。

 

「また、本婚約の成立に伴い、フェンネル卿に関する新規契約の一時凍結を、解除する」

議長は、木槌を手に取った。

 

「以上について、可とする者」

 

七人の審議員が、手を挙げた。

木槌が、鳴った。

 

「可決」

 

傍聴席の、アルトの後ろで。

五人が、それぞれに、その言葉を聞いていた。

セラフィナは、胸の前で、縛られた手を組んでいた。

鎖が、八本になっていた。

彼女は、目を閉じていた。

何かを、静かに受け入れるような顔だった。

最初の一人。儀式の日に、彼の口の端を見た、最初の女。

正妻ではなく、公認の妻の一人として。

それでも、最初の一人であることは、変わらない。

彼女は、目を開けた。

空色の目で、前の席のアルトの背中を見た。

それから、小さく、頷いた。

 

クラウディアは、直立に近い姿勢で座っていた。

灰色の目が、まっすぐ前を見ていた。

その目が、少しだけ、潤んでいた。

主君が、彼を望んだ。

彼が、主君の婚約者になった。

そして、自分も、彼の妻の一人として、そこに含まれる。

主君への忠誠と。彼への、それ以外の何かと。

二つが、ぶつかることなく、同じ場所に収まった。

クラウディアは、膝の上で、拳を握りしめた。

それから、ゆっくりと、ほどいた。

小さく、息をついた。

安堵の、息だった。

 

リゼットは、記録板を膝の上に置いていた。

ペンを、走らせていた。

 

『十時十二分。審議会、フェンネル卿と第一王女殿下の婚約を可決。十時十八分。妻の下限、六と定める。既存の契約者五名、公認の妻として包摂。十時十九分。新規契約の一時凍結、解除』

 

一行ずつ、正確に。秒まで。

書き終えて、彼女はペンを止めた。

それから、もう一行、書き足した。

 

『記録者:公認の妻の一人』

 

リゼットは、その一行を、しばらく見つめていた。

眼鏡を、押し上げた。

耳が、少しだけ赤かった。

 

マルグリットは、帳簿を胸に抱いていた。

微笑んでいた。

自分の条項案が、そのまま採用された。

勝ち目のない商売は、しない。勝ち目のある条件で、確実に、手元に残すものを、残す。

計算通りだった。

マルグリットは、帳簿を開いた。

条項案の頁を、指でなぞった。

第十四条。第十五条。

それから、帳簿を閉じた。

 

「……悪くない取引でした」

 

小さく、呟いた。

 

ロッサは、長椅子の背にもたれて、あくびをしていた。

審議の間じゅう、退屈そうにしていた。

木槌が鳴るたびに、ちらりと顔を上げて、また目を閉じていた。

全部が終わって、傍聴席がざわつき始めたとき。

ロッサは、目を開けた。

隣のマルグリットを見た。

 

「で、どうなったんだ」

 

「婚約が決まって、私たちは全員、公認の妻になりました」

 

「ふうん」

 

ロッサは、大きく伸びをした。

 

「まあ、いいんじゃねえの」

 

それから、前の席のアルトの後頭部を、ぽんと叩いた。

 

「よかったな」

 

アルトが、振り返った。

ロッサは、にかっと笑っていた。

 

審議会が、閉会した。

傍聴席の人々が、議場を出ていった。

母は、エルゼに支えられて、まだぼんやりしていた。

父は、黙って、二本目の小瓶を出していた。

ヘルガが、アルトの手を握った。

 

「……アルト」

 

「はい、姉上」

 

ヘルガの目が、少しだけ赤かった。

 

「王女様の、旦那様になるんだね」

 

「……そのようです」

 

「弟じゃ…なかったら」

 

エルゼの手が、母を支えながら、正確にヘルガの口を塞いだ。

ヘルガは、口を塞がれたまま、アルトの手を、ぎゅっと握りしめた。

エルゼも、空いている方の手で、アルトのもう片方の手を握った。

二人とも、何も言わなかった。

ただ、弟の手を、握っていた。

 

議場の反対側の長椅子で、侍女長のグレタが立ち上がった。

一礼した。

審議員たちに。それから、傍聴席のフェンネル家に。

最後に、アルトに。

深く、長く。

それから、議場を出ていった。

 

アルトは、議場の真ん中に立っていた。

婚約。

第一王女、エリシア・アズール。

楓の東屋で、二重の手袋で茶を淹れてくれた人。精神の数字を見て、長く何かを我慢してきた人のものだと言った人。

自分の鑑定の写しを、差し出してくれた人。

「わたくしは、平気ですので」と、完璧な微笑みで言った人。

 

(婚約……王女と……)

 

(あの、見えない人と)

 

崩れるような、喜びではなかった。

戸惑いだった。

それから、その戸惑いの底に、何かがあった。

小さくて、熱いもの。

期待、と呼ぶには、まだ形が定まっていないもの。

 

王宮の東の棟。

その一番奥の部屋。

厚い帳で閉ざされた、花のない部屋。

王女は、窓辺に立っていた。

帳の、ほんのわずかな隙間から、外を見ていた。

秋の終わりの、冷たく澄んだ空。

背後で、侍女が、羊皮紙を読み上げていた。

縁談審議会からの、正式な通知だった。

 

「アルト・フェンネル殿と、第一王女エリシア・アズール殿下の婚約を、可とする」

 

侍女の声が、少しだけ弾んでいた。

 

「審議会の認めた婚約は、婚姻法の定めにより、婚姻に準ずるものとして扱う」

 

王女は、何も言わなかった。

窓の外を、見たままだった。

 

「姫様」

 

侍女が、羊皮紙を下ろした。

 

「おめでとう、ございます」

 

王女は、振り返らなかった。

窓の外を見たまま、両手を、胸の前で組んでいた。

二重の手袋の、指先を。

握りしめていた。

強く。

白い手袋が、皺になるほど。

指先が、震えていた。

 

 

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