男の貞操が国宝の世界で、俺のスキルは"繋がらないと"発動しない ~18年我慢した転生貴族、全部いただきます~   作:朝凪小夜

9 / 10
第9話 検証作戦、その一

 

 

「合同訓練です」

 

蒼薔薇騎士団の訓練場で、女騎士が爽やかに言った。

初夏の陽射しが、砂の上に照りつけていた。その中に、アルトは立っていた。

周りを、女騎士たちが囲んでいた。

八人。いや、十人はいる。全員が、訓練用の薄い肌着姿だった。袖はなく、裾は膝の上まで。鍛えた腕と脚が、陽に焼けて光っている。

 

「騎士団では、夏場はこの格好で訓練するのが決まりでして」

 

「……そう、なのですね」

 

(そんな決まり、聞いたことない)

 

付き添いのヘルガが、訓練場の端の日陰から手を振っていた。片手に、来る途中で買った揚げ菓子の袋を持っていた。

 

「本日は、男性の護身術の基礎を。組み手を少々」

 

「組み手」

 

「ご安心ください。寝技が中心ですので、怪我はいたしません」

 

(寝技)

 

 

この国の法では、女が男に無断で触れることは罪になる。

だから、女騎士は組み手の前に、作法通りに尋ねた。

 

「お体に、触れてもよろしいでしょうか」

 

アルトは、少し考えるふりをした。

断れば、それで済む話だった。この国の男なら、誰でもそうする。

 

「……訓練、ですので」

 

「感謝いたします」

 

女騎士が、にっこりと笑った。

次の瞬間、アルトの視界が回転した。

背中が砂についた。上から、温かい重みがのしかかってきた。

 

「これが、基本の抑え込みです」

 

耳元で声がした。

 

「ここから抜け出す方法を、お教えします。まず、腰をこう」

 

彼女の腰が、アルトの腰の上で動いた。

 

(……っ)

 

「膝をこう」

 

彼女の膝が、アルトの脇腹を締めた。

 

(……っ、っ)

 

「そして、腕をこう取られた場合は」

 

彼女が身を乗り出した。汗と、日向の砂の匂い。

鍛えた太腿が、アルトの首の横を通過した。

 

(今)

 

(今、太腿が、首の、横を、通過しました)

 

(現在、太腿は、首の、真横に、待機中)

 

(あっ、移動、移動します、反対側へ、ゆっくりと)

 

「——分かりましたか?」

 

上から、女騎士が覗き込んでいた。

アルトは砂の上に仰向けのまま、穏やかに答えた。

 

「……大変、勉強になります」

 

(素数が、足りない)

 

 

二人目も、三人目も、同じだった。

寝技。抑え込み。腕の取り方。足の絡め方。女騎士たちは入れ替わり立ち替わり、アルトを砂の上に転がした。

全員が、近かった。全員が、汗をかいていた。

アルトは三人目のあたりで、素数を数えるのを諦めた。代わりに、王国の歴代国王の名前を暗唱し始めた。それも十代目で尽きた。

訓練場の端で、一人の女騎士が腕を組んで立っていた。

長い黒髪を、きっちりと束ねている。灰色の目が、アルトの一挙手一投足を見ていた。何かを帳面に書きつけながら。

 

(あの人だけ、組み手に入ってこないな)

 

その黒髪の騎士は、アルトと一度だけ目が合うと、何事もなかったように帳面へ視線を戻した。

 

 

翌日は、王立魔導院だった。

 

「健康診断です」

 

白衣の研究員が、無表情に言った。

診察室の椅子に座らされたアルトの胸と手首に、細い管のついた金属片が貼りつけられた。管の先は、壁際の大きな機械に繋がっている。

 

「心拍計測器です。魔力で拍動を読み取り、こちらの紙に記録します」

 

機械の上で、ペンがかすかに揺れながら、細長い紙に線を引いていた。規則正しい、小さな波だった。

 

「三十分ほど、そのまま座っていてください。こちらで、いくつか確認いたしますので」

 

「確認」

 

「はい。順番に」

 

研究員が扉の方へ合図をした。

扉が開いた。

一人目の研究員が入ってきた。

白衣の前を、なぜか大きく開けていた。中は、薄手の夏服だった。

彼女はアルトの前を、ゆっくりと横切った。棚から書類を一枚取って、また、ゆっくりと出ていった。

機械のペンが、ぴくりと跳ねた。

二人目が入ってきた。

髪を下ろしていた。窓際まで歩いて、窓を開けた。風が吹き込んで、彼女の髪が揺れた。甘い香油の匂いが、部屋に広がった。

ペンが、さっきより大きく跳ねた。

三人目。四人目。

全員が、美人だった。全員が、何かしら用事を作っては、アルトの目の前を通っていった。

五人目は、アルトのすぐ前で屈んで、床に落ちた(落とした)ペンを拾った。

機械のペンが、紙の端まで跳ね上がった。

 

(Oh……)

 

(Oh, my……)

 

(This is……so……beautiful……)

 

(Science……Science is……beautiful……)

 

「異常はございませんか」

 

記録係の研究員が、無表情に聞いた。

アルトは椅子の上で、背筋を伸ばした。

 

「……特に、ありません」

 

研究員は、機械の紙を見た。

紙の上で、ペンが描いた線は、山脈のようになっていた。

 

「…………」

 

研究員は、紙を見て、アルトを見て、もう一度紙を見た。

 

「機器の故障、でしょうか」

 

「故障、でしょうね」

 

 

 

診察室を出ると、廊下の向こうから書類の山が歩いてきた。

いや、書類の山を抱えた人だった。

腕いっぱいに紙の束を抱えて、顔がほとんど見えない。その上から、とんでもなく長い灰銀の髪がはみ出していた。手入れをしていないのか、あちこちが跳ねて、書類の端に絡まっている。

 

「ハーシェル」

 

さっきの研究員が、書類の山に呼びかけた。

 

「これも、統計課の分析に回しておいて」

 

研究員は、心拍計の記録紙を丸めて、書類の山の一番上に乗せた。

 

「……はい」

 

書類の山の向こうから、淡々とした声がした。

 

「機器の故障だと思うから、適当でいいわよ。どうせ手が空いてるでしょう」

 

「はい」

 

書類の山は、それ以上何も言わずに、ゆっくりと廊下の奥へ歩いていった。

すれ違いざまに、紙と、インクと、少し焦げたような匂いがした。それから、その奥に、日向で丸くなった猫のような、ほのかに温かい匂い。

アルトは振り返った。

書類の山の後ろ姿から、灰銀の髪が床に届きそうなほど垂れていた。

 

 

 

三日目は、七都商盟だった。

 

「新商品の、試用会にございます」

 

商盟の展示室には、長い卓がいくつも並んでいた。その上に、色とりどりの品物が所狭しと置かれている。

香水。装身具。織物。見たこともない形の道具。

 

「どれも、まだ市場に出ていない品です。殿方のご意見を、ぜひ伺いたく」

 

案内係の女性が、にこやかに言った。

アルトは卓の間を歩いた。付き添いのヘルガが、後ろから物珍しそうについてくる。

 

「ねえアルト、これ何?」

 

ヘルガが、細長い革の道具を手に取った。

 

「……分かりません」

 

「こっちは?」

 

「分かりません」

 

(分かるけど、分からないことにしておく)

 

品物の多くは、どうやら女性向けのものらしかった。男の目を惹くための香水。男の警戒を解くための装身具。そういう説明書きが、小さな札に添えられている。

 

(この世界の女性も、大変なんだな)

 

アルトは卓の一番端で、足を止めた。

小さな銀の首飾りがあった。

細い鎖の先に、親指の先ほどの小瓶がついている。札には、こう書いてあった。

 

『香封じの首飾り。身につけた方の香りを、ごく近くでだけ、強く立たせます。離れれば、ほとんど香りません』

その下に、もう一行。

 

『※殿方には、ご好評をいただけておりません』

 

(近くでだけ)

 

アルトは、その首飾りを見つめていた。

遠くでは分からない。近づいたときだけ、その人の匂いが強くなる。

あの小鑑定室で、セラフィナが身を屈めたときの、陽だまりのミルクの匂いを思い出していた。

 

(……これ、すごくいいのでは)

 

気がつくと、首飾りを手に取っていた。

小瓶を、灯りにかざしていた。指先で、その細い鎖を、そっとなぞっていた。

 

(考えた人、天才では)

 

(ありがとうございます。名前も知らない職人さん、ありがとうございます)

 

「……あの」

 

案内係の声で、我に返った。

 

「お気に召しましたか」

アルトは首飾りを卓に戻した。

 

「いえ。造りが、珍しかったので」

 

穏やかに微笑む。いつもの顔だった。

 

「拝見しただけです」

 

「左様でございますか」

 

案内係は、にこやかに頷いた。

アルトは気づかなかった。

展示室の奥、帳の陰に、もう一人の女がいたことに。

赤褐色の髪をきっちりとまとめ、仕立てのいい服を着て、帳簿を手にした女。彼女は、アルトが首飾りを手に取ってから戻すまでを、最初から最後まで見ていた。

数えていた、と言った方が正しかった。

手に取ってから、灯りにかざすまで。かざしてから、鎖をなぞるまで。なぞってから、戻すまで。

インクの染みのついた指先が、帳簿の余白に、小さく書き込んだ。

 

『香封じ手に取る、十二呼吸』

 

 

その夜。

蒼薔薇騎士団の会議室。

 

「抑え込みの最中、対象は一度も悲鳴を上げなかった」

 

組み手を担当した女騎士が報告していた。

 

「男性は、通常なら三秒で泣き出します。十人がかりで、一人も泣かせられませんでした」

 

「それどころか」

 

別の騎士が付け加えた。

 

「三人目あたりから、何か、歴代国王の名前を呟いていました」

 

長い黒髪の騎士が、帳面を閉じた。

 

「……やはり」

 

 

 

王立魔導院の会議室。

 

「心拍計は故障でした」

 

研究員が報告していた。

 

「念のため、同じ機器で同じ条件の別の男性を計測しましたが、そちらは正常でした」

 

「つまり」

 

「対象の測定時のみ、故障しました」

 

会議室の全員が、黙った。

院長のドロテアが、眼鏡を押し上げた。

 

「……故障では、ないわね」

 

七都商盟の議長室。

マルグリットは、帳簿の余白を指でなぞっていた。

 

『香封じ手に取る、十二呼吸』

 

普通の男なら、手に取りもしない。手に取ったとしても、二呼吸で戻す。

十二呼吸。

 

「……なるほど」

 

彼女は帳簿を閉じた。

三つの部屋で、三つの勢力が、同じ結論に辿り着いていた。

そしてそれぞれが、こう確信していた。

 

これに気づいたのは、我々だけだ、と。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。