マチルダ隊は今日も元気です 作:ガルパンおじさん復帰勢(にわか)
ネタバレはありませんが、キャラ崩壊があるかもしれません。
独自設定、オリキャラ、ガバガバ戦術と粗も多いですが楽しんでもらえたら嬉しいです。
「ダージリン様! クルセイダー隊を何とかしてくださいまし!」
ばぁん! と扉が開いた。優雅なティータイムに似つかわしくない登場である。
お茶会への突然の乱入に、アッサムは眉をひそめ、オレンジペコも苦笑いする。
それでも犯人のキームンはお構いなし。なにせクルセイダー隊にぶつけられて車両が小破したのだから。
頭から湯気でも噴きそうな顔で、ずかずかとテーブルまで詰め寄った。
「先日の演習でも、あの方たちは隊列を乱して勝手に突撃! わたくしたちの進路を塞いだのですわ!」
「あら。それは困ったわね」
ダージリンは紅茶の香りを楽しみ、優雅に一口。少々荒っぽいキームンの入室にも眉一つ動かさない。
この胆力というか、図太さこそが聖グロリアーナ女学院の隊長としての資質だった。
「ルクリリ。あなたも同じ意見かしら?」
「はい。恐れながら、クルセイダー隊の皆様には、もう少し周囲の状況にご配慮いただければと存じます」
対して、その後ろのルクリリは澄ました顔で立っていた。
背筋ピンッ。両手きっちり。誰がどう見ても完璧な淑女である。
キームンは口を半開きにして、ルクリリを見た。
つい三分前まで廊下で「あの青いゴキブリどもブレーキついてんのか!?」とか「次に進路妨害したら履帯で踏み潰して紅茶畑の肥料にしてやる!」などと叫んでいた女と同一人物とは思えない。
「そう。それならローズヒップの教育を二人にお願いしようかしら。キームンは礼節を、ルクリリは規律と忍耐を」
「「……え?」」
「あなたたちなら、きっとよいお手本になれるでしょう?」
ダージリンはにっこりと微笑んだ。逃げ道が消えた。
「いかがかしら?」
「……喜んで、お引き受けいたしますわ」
「私も……微力ながら、お力添えできればと存じます」
「頼もしいわね」
二人は揃って優雅に一礼。
姿勢を崩すことなく執務室を後にした。
ぱたん。
扉が閉まる。
「……おい、キームン」
「……何ですの?」
「これ私らがやる仕事か?」
「わたくしにおっしゃらないでくださる?」
「お前が直訴したせいだろうが!」
「あなたも賛同していたでしょう!?」
廊下に二人の罵声が響いた。
聖グロリアーナの扉は分厚い。それでも二人の罵声は筒抜けだった。
なお、扉の向こうでは、ダージリンが口元を押さえて肩を震わせていた。
*
翌日の談話室。
「いいですこと、ローズヒップさん」
「はいですわ!」
「淑女たるもの、いついかなるときも優雅でなければなりませんわ」
「かしこまりですわ!」
ローズヒップが椅子へ飛び込むように腰を下ろした。ガタン!
「乱暴に座らない! 戦車とは違いますのよ?」
「心得ましたわ、キームン様!」
「では、教えた通り姿勢を正してカップを持ち上げなさい」
背筋を伸ばし、足を揃え、ゆっくりカップを持ち上げ、一口。
落ち着きのある淑女のようだった。クルセイダーの乗員もきっと目を疑うに違いない。
「まあ!」
キームンの表情が明るくなる。
「できるではありませんか!」
「当然ですわ! わたくしも聖グロリアーナの淑女ですもの!」
「その意気ですわ!」
どうやら杞憂だったらしい。
ローズヒップだって、やればできるのだ。
キームンが安心しかけた、そのとき。
カタカタカタカタ。
戦車が近づいたときのようにテーブルが揺れた。
ローズヒップの右足が高速で上下していたからだ。
「右足を動かさない!」
ぴたり。一瞬、動きを止めた。
カタカタカタカタ。
「左足も!」
ぴたり。左足も停止した。
トントントントン。
「今度は指!」
ぴたり。テーブルを叩いていた指が止まった。
ゆらゆらゆら。
「なあんて落ち着きがないのかしら!?」
「じっとしていると、むずむずしますの!」
「我慢なさい!」
「あと何分ですの!?」
「ずっとよ!」
「一生ですの!?」
「当たり前でしょう!?」
「そんなぁー!」
ローズヒップが飛び上がった。
テーブルが揺れ、銀食器がカタカタと踊る。
「座りなさい!」
「はいですわ!」
ガタン!
ティーカップから紅茶がこぼれた。
純白のテーブルクロスに茶色い花が咲く。
「Bloody hell!」
思わずキームンがソーサーをテーブルへ叩きつけた。
ぱきん。
「「……あ」」
綺麗なひびが一本入った。
淑女教育開始から十八分。指導者の方が先に優雅さを失った。
*
「甘いんだよ、キームン」
翌日。
校庭でルクリリは腕を組んでいた。
「紅茶飲ませて大人しくなるなら、クルセイダー隊はとっくに世界一上品な部隊になってんだろ」
「……お手並み拝見ですわね」
「ルクリリ様! 本日はよろしくお願いいたしますわ!」
「おう!」
ジャージ姿のローズヒップを前に、ルクリリは自信満々だった。
「こういうのはな、頭で覚えさせようとするからダメなんだ」
「では、どうすると言うのですか?」
「身体に叩き込む!」
「体育会系ですわね」
ベンチに腰掛けたキームンは白けている。
なんとなくオチが読めたからだ。
でもルクリリとローズヒップは元気よくストレッチしている。やる気満々だ。
「まず二十周! 一定のペースで走る! 私が見本を見せてやるから、絶対に前に出るなよ!」
「了解ですわ!」
「よし! 行くぞ、ローズヒップ!」
三十秒後。
「前に出るな!」
「合わせておりますわー!」
「どこがだよ! 待て! 待てってば!」
二十分後。
「ルクリリ様? まだ十周ですわよ?」
「ぜぇっ……はぁっ……うぇっ……」
ローズヒップは爽やかな笑顔。ルクリリは膝に両手をついていた。
途中で一周追い抜かれたのは内緒である。
「……次は……五分……動くな……」
「それだけですの?」
直立。十秒、二十秒。
二十五秒で、膝がぷるぷる震え始めた。
「動くな!」
「動いておりませんわ! 身体の内側から力が溢れておりますの!」
「抑えろ!」
「無理ですわ! こうなったら、もう一周ですわ!」
「待て!」
「はい?」
「……今日はここまでにしよう」
「まだ十周しかしてませんわ!」
「十分だろ」
「決めたことは最後までやるのが規律ではありませんの?」
「うるさい!」
ルクリリの制止を聞かず、ローズヒップは再び走り出した。
「Bugger!」
校庭にルクリリの罵声が響いた。
身体に叩き込むはずが、先にルクリリの身体が音を上げた。
やっぱり指導者の方が先に忍耐を失った。
*
翌日の談話室。
疲れ切ったキームンは机に突っ伏し、ルクリリは椅子の背もたれに身体を預けていた。
誰がどう見ても優雅ではなかった。というか、くたびれたサラリーマンみたいだった。
「こうなったら最終手段ですわ。マチルダに乗せるのです」
キームンが机に突っ伏したまま顔を上げると、ルクリリも身を乗り出した。
「速度の出ない車両で、周囲に合わせて走らせるわけか」
「ええ。そもそもクルセイダーなんかに乗るからおかしくなるのですわ」
「それは言えてる」
戦車に罪はない。
はずだが、じゃじゃ馬に散々振り回された二人にそんなことを考える余裕はなかった。
「なら、ニルギリに任せるか」
「いいですわね。あの子が紅茶をこぼしたところは見たことがございませんわ」
「教え方も丁寧で、指導力に定評がある」
「「そして何よりも遅い!」」
その瞬間、二人の教育係としての仕事はニルギリへ丸投げされた。
反省という選択肢は、最初から存在しなかった。
*
「ローズヒップさんの操縦訓練を? 分かりました、お手伝いしましょう」
聖人か。ルクリリとキームンは心の中で拝んだ。
訓練当日。
丘の上から演習場を眺める二人の前で、四両のマチルダが横一列に並ぶ。
「相変わらず定規で引いたみたいに綺麗な隊列ですわね」
「あいつ、こういう基本は得意だよな」
「その分、想定外には滅法弱いですが」
「試合になるとメチャクチャ慎重だよな」
「いえ。あの遅さは、慎重と言うより愚鈍では?」
「ははは。確かに」
仕事を丸投げしたクセに随分な言い草だった。
案の定、ニルギリから無線通信が来た。
『お二人とも?』
「やべえ。聞こえてた」
「お、おほほほ! それよりもニルギリさん! ローズヒップさんはどうかしら?」
『……ええ。指示通りに操縦していただいてますね』
『もちろんですわー!』
一糸乱れぬ優雅な行進。寸分の狂いなき完璧な隊列。
これぞ聖グロリアーナ女学院の伝統的な戦車道だった。
ただ訓練を開始してから五分。異変が起こった。
がくん!
一両だけ前へ飛び出した。ニルギリのマチルダである。
「あら?」
「なんだ、ありゃあ?」
がくん! 急減速。後続が慌ててブレーキを踏む。
がくん! 再加速。
隊列が伸びる。縮む。また伸びる。四両のマチルダが蛇腹のように伸縮していた。
「あははははは! 見ろよ、ニルギリの隊列が崩れてるぞ!」
「おほほほほ! マチルダが貧乏ゆすりしておりますわ!」
二人は肩を叩き合って大笑い。
仕事を押しつけた相手が苦労している姿に爆笑する。絵に描いたようなカスであった。
一方その頃、車内。
「もう少し滑らかにお願いしますね」
「承知しましたわ!」
がくん!
ニルギリのティーカップから紅茶が跳ねた。
「あら」
がくん!
ソーサーにも跳ねた。
「大丈夫ですよ。では、私の合図で停止してみましょう。三、二、い――」
がくん! 急停止。
ばしゃっ!
紅茶がニルギリの胸元へ盛大に飛んだ。
「…………」
ニルギリは静かにカップを置いた。
そしてハンカチで胸元を押さえ、深呼吸をひとつ。それから通信機を手に取った。
「各車、訓練終了です」
いつも通り穏やかな声だった。ただ、心なしか周囲の温度が下がった気がした。
砲手は顔を青くして震えている。
「ところで、キームンさん、ルクリリさん」
『おほほほほ! な、なんですの? 訓練は終わりですの?』
『あははははは! いつもは長々とやってんのにな!』
『ぷっ……そんなこと言っちゃダメですわ! うふふふふふ!』
「……ずいぶん楽しそうですね?」
丘の上の笑い声が消えた。
「ローズヒップさんは大変熱心です」
「ありがとうございます!」
「少し黙っててもらえますか?」
「はいですわ!」
『お、おう。そうか』
『そ、それは何よりですわ』
「ただ、私一人では少々、指導が行き届かないようでして」
装填手は目を閉じて何度も十字を切っている。
それを見たローズヒップだけが、不思議そうに首を傾げていた。
「お二人にも、引き続きお力添えをお願いできますか? もともと、お二人が引き受けた教育係ですものね」
ぐうの音も出ない。
「明日からは再び基礎訓練を行います。隊列走行を繰り返して、正しい速度感覚を身につけてもらいましょう」
『な、なあ。ニルギリ。私たちも悪かったよ。だから、その……』
「キームンさんには午前、ルクリリさんには午後の指導をお願いします」
『わ、わたくしたちがやるんですの!?』
「礼節と忍耐、そして規律の教育ですから。何かご都合でも?」
『……喜んで、お引き受けいたしますわ』
『マジかよ……』
「ふふ。頼もしいですね」
通信が切れる。
規律は保たれた。
*
その日の夕方。
執務室を訪れたニルギリは、姿勢も振る舞いも、何もかもが完璧だった。
ただし、ジャケットの胸元から裾にかけて、盛大な紅茶の染みが広がっていた。
「ローズヒップさんには、まだ忍耐が必要です。それから、キームンさんとルクリリさんにも」
「あら、二人にも?」
「ええ。自分で引き受けた仕事は、最後まで責任を持つことが大切ですから。明日からの訓練は、お二人に指導していただきます」
「……ふっ」
「ローズヒップさんも楽しみにしているようです。『明日は校庭を二十周してから乗ってもよろしいですか』と。ルクリリさんが、ご一緒してくださる手筈となっています」
「ふふっ」
「では、失礼いたします」
ニルギリは優雅に一礼して退室した。
ぱたん。
三秒。
「ふふふっ……あんなニルギリ、初めて見たわ」
ダージリンはとうとう堪えきれず笑い出した。
アッサムは手慣れた手つきでノートパソコンのキーボードを叩いている。
「ルクリリとキームンが三日以内に音を上げる確率は、85%を超えていますわ」
「ふふふ。きっと明日にはニルギリに泣きつくでしょうね」
「降参が早くないですか?」
オレンジペコの言葉に、ダージリンはしたり顔で応える。
「こんな格言を知ってる? 逃げた者は、もう一度戦える」
「古代ギリシアの政治家、デモステネスですね」
「負けるとわかっていて続けることはないわ。大切なのは引き際よ」
「そういうものでしょうか」
イマイチ腑に落ちない。
オレンジペコは、とりあえず覚えておくことにした。
「それにしても、やはりニルギリは素晴らしいわね。怒りに任せて振る舞わず、優雅さを失わない。まさに、聖グロリアーナの淑女だわ」
オレンジペコは思い出した。
紅茶でびしょ濡れのジャケット。いつも以上に穏やかな笑顔。
そして、キームンとルクリリを逃がす気が一切ない、完璧な訓練計画。
「……そうでしょうか」
淑女とは何なのか。
オレンジペコには、少し分からなくなった。
反応など頂けると嬉しいです!